空き教室の教卓の下で隠れていると、静かな足音がした。
この重さを感じさせない歩き方の持ち主は、もう覚えてしまった。
なんでこいつは私のいるところをいっつもわかるんだ。

「また逃げてる」
「うるさい」

同じように教卓の前に座り込んで私を覗きこんだ野口は、冷笑を浮かべている。
眼鏡の下の細い眼は、相変わらず蛇のように陰険そうだ。

「今日は何やらかしたんだ?」
「………藤原君の体操着破いた。今美香が縫ってる」
「ひでえな。お前さ、ぶっちゃけ藤原に嫌がらせしたいだけなんじゃないの?」
「………そうじゃないけど、入っているかもしれない」

感情が溢れすぎて、ついやりすぎてしまうのかもしれない。
藤原君には、申し訳ない。
でも、これだけしてれば、周りの人間にだってわかるだろう。
私が藤原君にふさわしくないということを。
藤原君だって、いい加減決心がついてくれるかもしれない。

「お前、この前藤原との約束破ったんだってな」
「腹が痛くなったんだよ」
「へー」

野口は信じていない。
相変わらずむかつく冷笑を浮かべて、覗き込んでいる。

「ほんっとにムカつくな!言いたいことあるなら言え!男なら拳でこい!」
「やだ」
「いいから来い!」
「やだって。それにいいのか?暴れると見つかるぞ」
「……う」

せっかく隠れているのに、見つかってしまってはどうしようもない。
優しいあの人たちは、探しに来てしまうから。
野口は黙り込んでしまった私に、大きくため息をつく。
こいつのこの、すべてを見透かすような目が、大嫌いだ。

「いい加減、ケリつけろよ」

だからムカつく眼鏡だ。
分かってる。
そんなことこいつに言われなくても分かってる。
こんな消極的な作戦、どうにもならないって、分かってる。
優しくて、そして優柔不断な藤原君は、自分からは終わらせられないんだから。

「あんたに言われなくても分かってる」
「じゃあ、さっさとやれよ」
「………でも、私藤原君が好きなんだもん」
「嘘でも、付き合っていたい?」
「それもある」
「他には?」
「………全部知ってるって、言いたくない。みじめになりたくない」

野口は本当に嫌いだ。
隠していたい本心を、暴いてしまう。
言いたくないことを、言わされる。
見たくない、自分の汚い部分を、さらけ出してしまう。

「正直だな」
「………」
「でもさ、悪者は藤原だろ」
「………そうだけどさ」

そうなのだ。
どう考えても、私よりも藤原君が悪者だろう。
私の勘違いを、そのままにしていたんだから。
私に、本当のことを言わないでそのまま付き合っていたんだから。

「………だからこそ、みじめだ」
「ま、確かに」

勘違いにすがって付き合っていたなんて。
女として、なんてみじめなんだ。
私はどこまでいっても、どうしたって。

負け犬だ。





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