はじめてのデートは、映画に行った。

私は友人の手を借りて精一杯のお洒落をした。
いつもは全くしない化粧をして。
いつもパンツしか履かないのに、無理やりスカートを身につけて。
慣れないヒールの靴を履いた。

高いヒールはうまく歩けなくて、尖ったつま先は足を圧迫する。
彼は緊張した面持ちの怖い顔で、早足で。
私は痛む足をこらえて、付いていくのに必死で。

「う、わあああああ!!!」

そして、転んだ。
顔から、石畳につっこみ、盛大にスライディングした。

「いったたたた」

じんじんとする顔と膝と手を押さえて慌てて起き上がる。
慣れないスカートをはいていた私は、いつもの調子で大股で。
パンツが丸見えだった。

「うっわああああ」

立ち上がって逃げようとすると何かに引っ掛かって私は再度転んでしまう。
脱げてしまった靴に手を伸ばすと、ヒールがぽっきり折れていた。

もう、起き上がりたくなかった。
いっそ、ここで死にたかった。
とにかく逃げたかった。
彼の前からいなくなりたかった。
周りの人に、彼が私の連れだと、思われたくなった。
こんな野良犬が、彼と連れ立ってるなんて、思って欲しくなかった。

二度も転んだせいで、スカートはどろどろ。
裾は破けている。
鼻から血が出ていて、1時間かけたメイクは台無し。
手も膝も擦り剥けて、ちゃんとまとめた髪もぐしゃぐしゃ。
周りからくすくすと笑う声が聞こえる。

もう駄目だ。
慣れないことはするものじゃない。
どだい、私が彼と釣り合う人間になろうってのが無謀だったのだ。
これで、終わった。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
情けない。

彼に申し訳なくて仕方ない。
また、泣きそうになる。
この前のとは違って、今度は恥ずかしくて情けなくて、申し訳なくて。
どうしてこんなバカなことしてしまったのだろう。
夢なんて見るものじゃない。
本当に大バカ者だ。
野良犬の私ならともかく、藤原君にまで恥をかかせてどうするんだ。
一人で嘲笑われるていればいいのに。
どうやって彼に迷惑かけずに逃げ出そうかと、そう考えている時だった。

「大丈夫?」

優しい気遣わしげな声に、私は顔を恐る恐る上げる。
藤原君が、心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。
笑ってはいない。
呆れてもいない。
こいつ、ホントうぜーって顔もしてない。
藤原君は、いつもの藤原君だった。

「あ………」

私は地面に倒れたまま、彼の顔を見上げる。
彼はハンカチで、どろどろの私の顔を拭いてくれた。

「う、す、すみません!」

私は思わず、泣いていた。
ますますうざいことに、また泣いてしまった。
彼は少し笑って、顔を拭いていてくれた。
それでも涙は後から後から止まらなくて、ハンカチはますますどろどろになってしまう。

私は鼻をすすって、せめて鼻水を出さないようにする。
きっと顔はもう大変なことになってる。
周りの人は、相変わらず笑ってる。
それでも藤原君は変わらない。
少し可笑しそうに、でも優しく私を見ていてくれる。

「とりあえず、服着替えに帰ろうか」

彼はそう言って、私の家まで送ってくれた。
近くのディスカウントショップで1000円の靴を買って、彼の上着を貸してくれた。
私は私らしくなく大人しく黙り込んで、彼の後を付いて行った。
一歩前を行く彼は歩調を緩めてくれていて、私はそれに従う。
まるで、私は女の子だった。
頼りなくて大人しい、かよわい女の子だった。

「映画は今度にして、今日はとりあえずファミレスでもいこうか」

彼はそう言って、振り返ると目尻に皺を作って笑った。
本当に最低な思い出。
最悪の初デート。
彼にはいいところだけを見せたいのに、絶対に見られたくないみっともないところばかり見られている。
本当に最低で最悪の、どうしようもない一日。

でも、最高の、一日だった。
彼は、優しく笑って、顔を拭いてくれた。
呆れなかった、嘲笑わなかった。
靴を買ってくれた、服を貸してくれた。

手を、つないでくれた。

私は一念発起した。
彼に好きになってもらおうと。

それなのに、私が、彼をますます好きになってしまったのだ。





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