「本当に藤原君は、優しいねえ」 「うん」 「よかった。私、由紀が幸せそうだと嬉しい」 そう言って、にこにこ笑うのは私の親友。 親友はかわいい。 女の私から見ても、文句なしにかわいい。 勿論男から見ても、文句のつけどころがないほどにかわいい。 私が、自分をかわいくないと思うのは、彼女のせいでもある。 彼女が、完璧すぎるせいだ。 親友、雪下美香はかわいい。 すんげーかわいい。 細くて美人でかわいい。 優しくて気がきいて、それでいてお茶目でドジだったりする。 こんなかわいいなりをして、口の周りにあんこをつけてあんまん一気食いとかしたりする。 それがまたかわいい。 私がそれをしたら、ただの空気の読めないブスだが、彼女がしたらそれも魅力なのだ。 美人は得だと思い知った。 隙があるところが、また隙がない。 そんな彼女が横にいたら、私も憶病になるというものだ。 私が努力して、何になるのだ、と。 どう背伸びしても、どう頑張っても、結局彼女には敵わないのだから。 ブスは別にいてもいいが、美人は存在するだけで価値がある。 美香は血統書つきのチワワ。 小さく穏やかで安定志向で優しくてお茶目。 かわいらしい仕草と外見で、周りの人を幸せにする。 笑っているだけで皆嬉しくなって、愛されるチワワ。 まあ、彼女に嫉妬はするものの、私は美香が大好きだ。 確かに美人の得さを思い知るが、美人は優しい。 美香はかわいくて優しくて、楽しい。 私は美香が大好きだ。 だから、美香とはずっと一緒にいたいし、美香のためにはなんだってしてあげたい。 「いいなあ、藤原君。かっこいい」 「………えへへ」 「由紀はいい人捕まえたね」 美香はそう言って、とても綺麗に優しく笑う。 本当に、いい奴だ。 とっても、優しくて、かわいい。 「私、少しでもかわいくなる!頑張る!だから美香、お願いします!」 「うん、私も協力するよ!」 今私は、教室の中で化粧を教わっている。 私は今まで本当にそういうことに興味がなかったから、1どころかマイナスからの出発だ。 ファンデの前に下地がいることも、睫にこんなに何回も色々塗らなきゃいけないことも、知らなかった。 これはバイトしないと、何もできない。 女らしくすることに、こんなに金がかかるとは思わなかった。 今まで馬鹿にしていたが、お洒落をしている女の子って、本当にすごい。 彼女たちがもてはやされるのは、それは当然の結果だ。 女の子をするっていうのは、こんなにも重労働。 「おーい。三田、無駄なことすんなよ!化粧がもったいないだろ」 クラスの男子が、必死になってる私を見て笑う。 私はよく男子にからかわれる。 イジメというほど陰湿ではない。 気になるほどではない、ただのからかいだ。 いつもは楽しくしゃべるし、一緒に遊ぶことも多い。 私はガサツで女らしくなく、勝気だ。 男子としては女と意識しないで、同性のように扱えるタイプなのだろう。 別にそれはかまわない。 内心女として扱ってよ!と思ったりもしたが、女として努力もしてなかったから。 自分が女としてふるまわないのに、女扱いをしろというのは勝手な話だ。 それに友達のように気兼ねなく付き合えるのも、それなりに楽しかった。 「うるせー!私がその気になったら、お前らなんて悩殺だ!」 「いいか、ブスは何してもブスなんだぞ。親切心で言ってやってんだぞ」 「死ね、お前が鏡見てから言え!」 でも、彼と付き合い始めて。 そんな私でも女らしくなろうと努力しはじめて。 こんな野次ぐらいでは、負けない。 絶対、彼に好きになってもらうのだ。 一石一丁で女らしくなれるわけじゃないから、まだまだこんなガサツなところが出てしまう。 それでもがんばっていた。 「うるさいよ!由紀はかわいいの!」 そんな私をかばってくれるのは、私の親友。 本当に出来すぎた親友だ。 まあ、美香にかわいいと言われても、微妙な気持ちになるのは確かなんだが。 「雪下はいいよ、雪下は。三田はなあ…」 「…なあ」 「うるさいな!今に後悔するからね!!」 美香は必死に私をかばう。 庇われれば庇われるほど、微妙にみじめな気持になったりもする。 素直に受け取れない、自分の性格の悪さはうらめしい。 でも、彼女が私を好きだということは、知っているから。 だから、みじめな気持ちでも、何も言わない。 言えない。 そこに、彼がやってきた。 私たちが付き合っていることを知っている男子は、藤原君をはやし立てる。 「おーい、藤原、言ってやれよ。三田に無駄だって」 「は、何が?」 「お前の彼女の無駄な努力」 唐突に話をふられて彼は首をかしげるが、その言葉にああ、と思い至ったように首を振る。 私の砂を積むような努力のことは、彼も知っている。 その理由が彼だということも、彼は知っている。 誰にからかわれてもいい。 誰に笑われてもいい。 でも、彼には、彼だけには、冗談でも私の努力を笑われたくなかった。 無駄だと、言われたくなかった。 彼がこちらに視線を向ける。 私は、身をこわばらせる。 でも彼はいつもどおり穏やかに、自然にそれを口にする。 「でも、最近三田、かわいくなったよな」 辺りが静まりかえる。 私も、言葉が出てこない。 「う、わあ、由紀、いいねえ」 そんな声をあげて、私の背中をばんばんと叩くのは美香。 私は、未だに、何を言ったらいいか、わからない。 そんな言葉が返ってくるとは、思わなかったのだ。 彼は一瞬後に、自分が何を行ったのか気づいて、顔を赤らめる。 周りの男子が、彼をからかう。 私は、やっぱり言葉が出てこなかった。 ただ、私はやっぱり彼が好きだと思った。 私は、彼のためになることをしようと、思った。 |