二回目のデートは、ようやく映画にいけた。
最初のデートの大失敗を覆すべく、私は気合いを入れていた。

いきなりやりすぎはよくないと思い知ったので、今日はほどほどにした。
スカートだが、下にはレギンスを合わせた。
ヒールはやめて、靴はフラットなものにした。
でもいつものスニーカーではなく、ちょっとかわいいものを買った。
これでだいぶ、歩きやすい。

メイクは練習した成果があって、前よりもナチュラルになったと思う。
前は正直、今思い返せばケバかった。
年相応の、うまいとは言わないが、普通のメイクになっていると思う。
髪もきっちりまとめるのではなく、ゆるくお団子にした。

邪魔にならない程度に、シンプルなネックレスとブレスレットだけつけた。
マニキュアは失敗してしまったので、できなかった。
でも、だいぶよくなったと思う。

この前より女の子らしさはなくなったが、その分自然に動ける程度のお洒落になっていると思う。
これが、今の私の精一杯だ。
背伸びをしすぎない、私の精一杯だった。

待ち合わせ場所に30分前にたどりついてしまった私は、ドキドキしながら彼を待つ。
自分がこんなにかわいくなれるとは思わなかった。
野良犬の私が、こんな女の子になれるとは思わなかった。
これも、彼の影響なのだ。
本当に、藤原君はすごい。
野良犬すらお行儀よく、大人しくさせてしまう。
「待て」を覚えさせられてしまった。

こんな風に待っているのも、楽しい。
緊張で喉が渇いて、頭がくらくらする。
時計の針が進むのが遅い気がする。
それでも、この時間すら大切なものに、思える。

待ち合わせの5分前になって、彼はあらわれた。
いつものように優しげに笑って手をあげる。
私はぎこちなく震える手を同じようにふって応える。

「悪い、待たせた……」

そこで、藤原君の動きが止まった。
目を丸くして、私をまじまじと見る。
私は焦って顔を両手で隠した。

「あ、ど、どっか変?」

や、やっぱり変だっただろうか。
アイラインははみ出したし、グロスを重ねたら少し濃い色になった気がする。
右眉と左眉のバランスもなんかおかしい気がするし、お団子もほつれてしまっただろうか。
筋肉質の脚にはいくらレギンスを合わせているとはいえ、ミニスカートは犯罪だっただろうか。
フラットの靴は、やっぱり足首が太く見える気がする。
いや、太いのだが。

「いや、その………」
「何!変だったら言って!大丈夫、心の準備はできてる!思い切ってどうぞ!さあ、どうぞ」
「いや、かわいい」

でも、彼はそんな風に被害妄想を重ねる私に、あっさりとそう言った。
だから、藤原君にはかなわない。
被害者意識でいっぱいの負け犬を、こんなにも簡単に黙らせてしまうのだから。

「…………」
「え、その」

私が黙り込んでしまうと、藤原君は戸惑ったように私の様子をうかがう。
困った、また泣いてしまいそうだ。
私はどれだけ彼に泣かされているんだろう。
でも、もう泣くわけにもいかないので、目をぎゅっとつぶってこらえた。
そして、頑張って笑ってみせる。

「………あ、ありがとう」
「うん」

私のつたないお礼に、藤原君は優しく微笑んで見せた。



***




暗い映画館から出てくると、日差しが眩しく感じた。
泣きまくってしょぼしょぼした眼には余計につらく感じる。
先ほど直したものの、頑張ったメイクは台無しになっていた。
映画の選択を失敗した。

今日見たのは、話題になっていた感動動物もの。
分かり切った内容なのに、動物と人との絆には弱い。
鼻水をすすりながら、しょぼしょぼとした目を瞬かせる。

「うー」
「三田って、結構涙もろいよな」
「う、うっさいよ。ど、どうせガラじゃないよ」
「なんで、別にいいじゃん。素直に泣けるのっていいと思うけど」

彼はやっぱり涼しい顔でさらりとそんなクサイことを言ってのける。
どうやったら彼のように真顔でそんな殺し文句が吐けるのだろう。
私はもう、殺されまくりだ。
意地っ張りで天の邪鬼の私が、素直にお礼なんて出てきてしまう。
これが野口だったりしたら、馬鹿にするなと文句が出てくるだろう。

「あ、ありがとう」

彼はにっこり笑ってうなづいた。
人を褒め慣れている人だ、本当に。
どういう育ち方をしたら、こんな人が出来上がるんだろう。

「よくこういう映画見に来るの?」
「うん、映画は好きだから」
「雪下とかと?」
「うん、でも美香はこういう映画あんま好きじゃないから、もっとほかのを見る」

彼は驚いたように眼を丸くして見せる。
そりゃそうだ、こういう映画を好きそうなのはどう考えても美香の方だろう。
小動物とか甘い恋愛ものとか感動ものとか好きそうなイメージだ。

「へえ、意外。雪下だったらこういう映画見てそうなのに」
「美香はバリバリアクションが好きなんだ。あとスプラッタホラー……」
「うわー、想像できないな。でも面白いなそれも」

藤原君は面白そうにくすくすと笑う。
確かに、そんなところも美香は意外性があってかわいいのだ。
かわいいからこそ、アクション好きという趣味が生きてくる。
私がアクションを好きだといっても、ああやっぱりで済まされてしまう。
こういう動物ものが好きだといったら、似合わないことをするなと言われるだろう。
本当に、かわいいって得だ。
と考える自分の底意地の悪さに辟易する。
美香はあんなにいい奴なのに。

「付き合わされるのは大変だよ……」

交互に自分たちの見たいものにつき合わせたりするが、正直美香の趣味に付き合うのは試練だ。
代わりに私も他の人間は連れて行けないこういう感動ものとか来てもらっているから仕方ないのだが。
私のトーンの落ちた声に気付いたのか、藤原君が首をかしげる。

「三田は、苦手なの?」
「アクションはいいんだけど……」
「ホラー苦手なんだ」

どこか面白そうに小さくと笑う。
私は顔が赤くなる。
どうせ、似合わない。
ゾンビだの幽霊だの、素手で殴り倒しそうだと言われたことすらある。

「悪かったな!似合わないよ!」
「だからそんなこと言ってないって」
「うー、くそー、ちくしょ−」

くすくすと笑う藤原君。
可笑しそうに笑われてるのに、それでもむっとこないのは、藤原君が馬鹿にした様子がないからだろう。
どうしてこんなに、人を優しい気持ちにできるんだろう。
私はどうしたって、野良犬なのに。
雑種に生まれたら、やはり血統書付にはなれないのだろうか。

「じゃ、今度ホラー見に行こうか」
「だからやだってば!その場合は美香と見に行って!」

藤原君は冗談めかしてそんなことを言う。
だから私はすねたふりをしてそっぽを向いて見せた。
藤原君はやっぱりホラーを見に行きたいのだろうか。
動物ものなんかではなくて。

「藤原君はアクションが好きなの?」
「うーん、なんでも好きだけど。そうだなアクションが好きかな」
「そっか、美香と気が合いそうだね」
「ああ、そうかもな」

うんうんと頷く藤原君に、他意は感じない。
だから私はそのまま次の話題に移った。

今日はそのあと一緒に映画の感想を言いながらご飯を食べて、街を歩き回って。
お互いのことをもっと知った。

藤原君は箸の使い方が上手で、和食が好き。
私も和食が好き。
ここは、共通点。
はじめての共通点。
意外と服装には気を使ってなくて、適当にそこら辺で服を買うらしい。
ブランドとかも疎かった。
それでもこんなにかっこ良くなってしまうのだから、ずるい。
映画も好きで、ゲームも好き。
どっちもアクションが好きらしい。

些細なことを知るたび嬉しくて、より彼に惹かれてく。
彼の一つ一つが好ましくて、私の胸はいつでも昂ぶっている。

大好きな藤原君。
どうしても、好きになっていく藤原君。
私を好きになってもらおうとしたのに、私がどんどん好きになっていく。

優しい藤原君。
真面目な藤原君。
穏やかな藤原君。

藤羅君に見とれていたら、足もとが疎かになってしまった。
石畳の隙間に足を取られて、私はまた躓いてしまう。

「うわあ!!」
「三田!」

すんでのところで、藤原君の腕に抱きとめられる。
その予想以上にたくましい腕に、心臓がハイスピードで暴走を始める。

「あ、ありがとう」
「ホント、危なかっしいな」

苦笑して、ちゃんと立たせてくれる。
顔が熱くなるが、藤原君は咎めていない。
そのことにほっとする。
温もりが名残惜しくて、私はつい離れていく腕を追いかけてしまう。
それに気付いただろうか。
藤原君の手が、一瞬私の手に伸ばしかけたように見えた。

しかし、よく見ていなければ分からないぐらい、わずかに眉をしかめる。
もしかしたら気のせいかもしれない。
伸ばしかけた手は、まるで最初からそこを目指していたかのように私の頭へといく。

「髪が、ほつれちゃったな」

そして、不自然じゃないように手を離して振り返った。
私の手は、行き場を失う。

ねえ、藤原君。
手をつなぎたいよ。
もっと近くに行きたいよ。

大好きな藤原君。
優しい藤原君。

嘘が上手な、藤原君。





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