「私、藤原君とえっちしちゃった」

いつもの笑顔でさらっと言われて、一瞬何を言われたのか分からなかった。
えっちってなんだっけって考えた。
美香は相変わらず可愛く爽やかに完璧に笑っている。
そしてそのまま30秒ぐらい二人でぼけっと突っ立っていた。

「ええ!?」

それからようやく意味を理解した。
驚いて声を上げた私に、美香がくすくすと笑う。
とんでもないこと言ってるのに、相変わらず汚いことなんて何もしれないって綺麗な笑顔で笑っている。

「早いかなって、ちょっと思ったんだけどね。夏休みって駄目だね。ずっと一緒にいるから、なんかもっともっと一緒にいたくなっちゃった」
「な………」

何を言えばいいんだ。
えっと藤原君と、美香が、えっちをした。
美香が。
思わず視線が美香の体を上から下を辿ってしまう。
おっきな胸、引き締まったけれど柔らかそうなウエスト、小さなお尻、細い脚。
そして前に見た裸を思い出して、頭に血が上る。
藤原君は、アレを見て、その上触って、その上。
うわ。
藤原君の裸まで想像してしまう。
その上二人の絡んでるところを想像してしまう。
やめろやめろやめろ。
なんだか申し訳ないことをしている気分になって、必死で妄想を打ち消す。

「藤原君、度胸ないから私から襲っちゃった。ぜんっぜん、触ってこないんだもん。手をつなぐのも、キスするのも私から。ちょっと情けなすぎるよね」

ああ、なんて藤原君らしい。
あの優しくてかっこよくてへたれな人は、きっと大切にしすぎて大事な美香に触れられなかったのだろう。
優柔不断な域まで優しい人。

あれ、ていうか私の時は結構すぐ手をつないできたよね。
それは本命とその他の違いか。
あいつ。
なんか、胸がチクチクする。
あれ、なんだこれ、なんだろう。
変だ。
なんか胸が、変な感触がする。

「えっちしてる間も、なんかいっぱいいっぱいで、藤原君が心配で色々考えてる余裕なかったよ。やっぱり全然ロマンチックでもなんでもないね。痛かったし」

そんな生々しい話聞かせなくていい。
なんか知り合いのそういう話、聞きたくない。
想像してしまう。
なんか美香の顔がまっすぐに見れない。

「由紀、顔真っ赤」

美香が小さく、くすくすと笑う。
無邪気な、前と全く変わらない笑い方。
なのにもう前の美香とは違うのか。
全く変わった様子はないけれど。
ああ、でもなんかもう色々想像してしまって頭がぐるぐるする。。

「だ、だって」
「こんなことベラベラ話すことじゃないけど、由紀には聞いておいて欲しくて」
「なんで!?」

むしろ聞かせなくていい。
まあ、たまにどこまでいったのかなあ、とか考えてたけどさ。
でも、こんな生々しい話は聞きたくない。

「だって由紀は私の親友だし」

美香が私の顔を見上げてくる。
そして、見たことのない意地悪そうな顔で笑った。
それに、と続ける。

「牽制」
「へ?」

なんのことだ。
意味が分からなくて間抜けな声を上げると、美香は意地悪そうな顔のまま、いつもより低い声で先を続ける。

「藤原君、まだ由紀のこと好きみたいだし、由紀も藤原君のことまだ結構好きだよね?」
「え」
「だから、牽制」

オレンジ色に染まる、シミ一つない白い頬。
笑う美香は、まるで別人のよう。

「藤原君は私のものだから、取っちゃ駄目だよ」

けれど笑う親友は、今まで見たどんな時より綺麗な気がした。
別に藤原君を、取る気なんてない。
藤原君は、私のことなんて好きになってくれなかったから。
好きになることなんて、今後ないから。
あの人は人のもの。
美香のもの。
だから、未練なんて一切ない。

今、胸がチクチクして、なんか寂しい気分なのは、きっと気のせい。
ていうかこれがそもそも、親友に置いて行かれた寂しさなのか、元カレが完全に人のものになってしまった切なさなのか、それすら判別つかない。

「だからね、私としては由紀が野口君とさっさとくっついてくれると、色々な意味でとっても嬉しい」

美香はにこにこ笑いながら、まるで野口のようにストレートなことを言う。
私は色々と言うことを考えて、結局一言に集約された。

「………あんた、性格悪い」
「知らなかったの?女の友情なんて男の前では風で吹き飛ぶようなものだよ」

澄まして言われて、言葉に詰まる。
こいつは友情は永遠だよ、とか言うかと思っていた。
綺麗な綺麗な、理想の女の子。

「私も性格悪いんだよ。由紀が思うような完璧な女の子じゃないよ」

私の妄想を吹き飛ばすように、美香はばっさり切り捨てる。

「藤原君と由紀が話してると嫉妬して、藤原君が私を選んだことに優越感を持つの」

藤原君と美香が話していると嫉妬して、藤原君が美香を見ていることに劣等感を持っていた。
そして美香は私を見下してるんだろうなって思ってた。
でも、美香はそんな子じゃないんだよなって考えて余計に自分の性格の悪さにへこんでた。
本当に見下されていたのか。
最低だ。

「藤原君は、私のことが好きだから」
「…………」

そこで一旦、はっと吐き出すようにため息をつく。
そして美香はまっすぐに私を見てきた。

「由紀、私のこと嫌いになった?」

笑おうとして失敗したような中途半端な笑い方で、美香が聞いてくる。
聞かれて、考える。
そういえば確かに美香は付き合い始める前はともかく、付き合い始めた後は、『藤原君は由紀の方が好きだよ』とか、『由紀みたいな可愛い子を差し置いて』とかそういった類のことは言わなかったな。
そんな綺麗事、言わなかった。

「………別に、だってあんたが性格悪いのなんて、知ってたし」

可愛くて、性格良くて、綺麗で、真っ直ぐでさっぱりしてて、理想の女の子。
こんな性格悪いこと言いながら、でもそれでもかっこいい。
そんなこと言ってても、それでもやっぱり、かわいらしい。
ああ、本当にずるいなあ。

「うん、私も由紀が本当はウジウジしてて後ろ向きで女々しい性格だって知ってる」

美香は私の性格をズバリ言い当てる。
ああ、まさしくその通り。
今、美香が汚いところを見せてくれて、同じなんだって嬉しく思う。
それと同時に、それも演技でしょ、結局勝ち組だからそんなこと言えるんだ、なんて思ってる。
どこまでもウジウジして後ろ向きで女々しい私。

「でもね、そういうところウザいって思う以上に、由紀が好きだよ。プラスマイナスで大きくプラス。だから、一緒にいる」

それは、素直に頷くよ。
私もあんたといると余計にコンプレックスに苛まれるし、そのお綺麗なところも鼻につくし、やたらと人を褒めるところも嫌い。
でもね、一緒にいると楽しいの。
プラスマイナスでプラス。
だから、やっぱり一緒にいたい。

「………そうだね、私もあんたのこと嫌いなところいっぱいあるけど、でもそれ以上に好きなところ、いっぱいある」

美香は夕日の下、蕩けそうに笑った。
その笑顔は、女の私でもドキドキしてしまいそう。

「野口君も、そうだと思うよ?」

いや、それはどうだろう。





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