「美香、藤原君、一緒に遊ぼう!」

帰り道、そそくさと帰ろうとしていた美香と藤原君を捕まえる。
がっしりとシャツを掴むと、美香は嫌そうに眉を寄せて振り返る。

「………また?」
「そう!一緒に遊んだ方が楽しいでしょ!」

かわいい顔して意外ときっつい親友は、心底嫌そうな顔をした。
じりじりと私の腕から逃げるように、後ずさろうとする。

「私、そろそろ藤原君と二人で遊びたいなあ」
「美香、お前そんなに友達甲斐ない奴だったのか!友達より男を取るのか!」
「うん!」

にっこりとかわいらしく笑って、勢いよく頷く美香。
くそ、今ちょっと本気でショックだったぞ。
こいつが本当はドライでサバサバしてるってことは、知ってるけどさ。

「………」
「嘘、嘘だよ、由紀。分かったからそんな泣きそうな顔しないで」

思わず黙り込んでしまうと、美香が困ったように笑って肩をポンポンと叩いてくる。
結構きつくてドライで冷たい親友は、それでもやっぱり優しい。
私の腕に絡みつくと、上機嫌に笑う。

「じゃあ、ファミレスで新メニューのパフェ食べにいこー」
「うん!」

助かった。
なんか藤原君が困ったような顔してるけど、知るもんか。
藤原君の都合はこの際二の次だ。
私の貞操が、今は何よりも大事。
ごめんね、藤原君。

「そんなに野口君と二人でいたくないの?」

私と美香の後ろを、藤原君と野口が付いて来る。
とりあえず、絶対に二人にはならない。
二人になったら、どうなってしまうか分からない。

「こいつと二人になんてなれるか!」
「ふーん」

親友の腕にしがみつくように縋る。
美香はちらりと後ろを振り返って、首を傾げる。

「でも、いいの、野口君?」
「三田がそうしたいって言うなら別にいいよ」
「ふーん」

ここ一週間ぐらい、絶対に二人きりにはなっていない。
学校の帰りも四人、遊ぶ時も四人、部活がある時は先に帰らせる。
野口は意外に、特に何も言わない。
まあ、待つって言ってるしな。
とりあえず、もうちょっとだけ心の準備をする時間が欲しい。

そのまま、四人でファミレスで訪れる。
秋の新作メニューを頼んで、試食会。

「わあ、おいしそう!」

向かいに座る美香がかぼちゃのパフェを見て歓声をあげる。
オレンジ色がベースで生クリームがたっぷり乗ったパフェは、見た目もかわいく美味しそうだ。

「うん、おいしそう!」

私は栗のパフェを見て、同じく頬が緩む。
やっぱり甘いものっていうのは、乙女心をくすぐる。

「由紀のちょっと頂戴。私のも食べていいよ」
「ありがと」

美香が長いスプーンを伸ばして、私のパフェを掬っていく。
私も美香のかぼちゃのペーストを救い、口に入れる。
ほこほことした優しい甘さは、口の中にほんわりと広がる。

「あー、これもおいしい!」
「こっちもこっちも!」

私たちははしゃいでお互いのパフェを取り合い、自分のパフェを夢中になって食べる。
藤原君はそんな美香の様子を微笑ましくにこにことしながら見ている。
穏やかな、楽しい時間。
私はやっぱり、こういう時間が好きだな。
できれば、ずっとこんな感じで、いたいな。
友達のように、だらだらと、楽しく過ごしたい。
そんなことを思いながら、もう一口栗を口に放り込む。

「俺にも頂戴、三田」
「あ?うん」

隣にいた野口が私のパフェを見て、強請る。
私は頷いて、スプーンで生クリームと栗のペーストを掬う。

「じゃあ、いただきます」

しかしそれを差し出す前に、横から顎をとられて野口の方を無理矢理向かされる。
何事かと思う前に、あっと言う前に眼鏡が目の前まで来ていた。

「ん!?」

口を塞がれ、口の中の栗が掬いとられる。
すぐ至近距離にある眼鏡の奥の目は、じっと私を観察するように見ている。

「ん、んー!!!!!」

口の中に残ったパフェの欠片を残さず掬いとるように舐めまわされる。
私は慌ててスプーンを持ってない方の手で、目の前の体を押しのけた。

「ぷはっ!」

力一杯はねのけると、ようやく薄い体が離れて行く。
野口は無表情に、口を親指で拭った。

「甘」
「な、な、な、何しやがる!この野郎!!!」
「だから味見」
「ふざけんな!」

こんなファミレスの、人が大勢いるところで。
ああ、隣の人が見ている。
ていうか美香と藤原君が固まっている。
顔が燃えそうなほどに、熱い。
恥ずかしい。

「三田」
「ち、近寄るな!」

野口がじりっとソファの上を、少しだけ近づいてくる。
私はソファの上で、少しだけ距離をとる。

「俺は、あんたが言うように変態です」
「な、何言って」

野口はいつものように表情が見えない冷たい目で、私をじっと見ている。
一見すると、とても真面目そうに見える、冷静な眼鏡男。

「誤解があるようだから言っておくけど、俺に常識を期待するな。俺は基本的に時とか場所とか考慮しない。TPOとか弁えない。空気読まない」
「あ………」

しかし言っていることは、心底アホだった。
あまりにも馬鹿すぎる内容に、言い返すことすらできない。
何を言っているんだ、この変態エロ眼鏡は。

「逃げるのはいいけど、俺に理性とか求めるな」

何を偉そうに、ふんぞり返っているんだ。
そんなの分かってる。
最初から変態だと分かっていた。
分かっていたが、こんな、人がいっぱいいるところで。
本当にこいつはアホだ。

「………ば」

馬鹿じゃないのか、と言おうとしたところで。

「由紀が汚されたあ!」
「ゆ、雪下」

固まっていた美香が頭を抱えて叫ぶ。
こっちもまた何を言っているんだ。

「私の由紀が!」
「雪下、落ち着け、雪下!!」
「野口君の馬鹿!このケダモノ!!」

美香が野口に机の下でげしげしと蹴りを入れている。
藤原君が焦って止めているが、止まる気配はない。
野口はいつもの性格の悪さまるだしのチェシャ猫の笑いで、私の肩を抱く。

「だってこれは、俺の物だし」
「私は物じゃない!」

そして野口の所有物になった覚えはない。
まだ、そこまで許した覚えはない。
私の否定に、野口は小さく笑う。

「ああ、間違った。ごめん」

私の顔を覗き込んで、目を細める。

「俺が、三田の物。だから俺は三田が望むようにするだけ」

頭が一気に熱くなる。

「誰がいつ何を望んだ!」
「だって、望んでるだろ?」

ああ、もう何を言ったらいいか分からない。
この馬鹿は、本当にどうしようもないろくでもない。
なんでもかんでも自分の都合のいいように解釈する。

「由紀が食われちゃったあ」
「雪下、三田と野口もほら、一応付き合ってるし」

そして目の前の二人もどうしたらいいか分からない。
ていうか美香、あんだけヤっちゃえとか言ってたくせに、今更何を言ってるんだ。

ああ、もう本当に。
ろくでもない。



***




「………」

そして次の日、私は野口を家に招待した。
お母さんが連れて来いって言ってたし、外で何かされるよりは誰もいない方がいい。
うちだったらお母さんと絵理もいるし、大したことはできないだろうし。
ここが、一番マシだと判断した。

「なんでそんな警戒してるの?」

部屋の隅に座って距離をとっていると、野口が聞いてくる。

「普通するだろ、この変態!このケダモノ!」
「仕方ないだろ。二人きりになれない寂しさでつい衝動的に」
「そんなかわいいもんか!」

かわいらしいことを言っても、やってることは全くかわいくない。
あんな衆人環視の前で大恥掻いた。
もうあのファミレスには、二度と行けない。

「三田」
「な、なんだよ」

野口が小さくため息をついて、じっと私を見つめてくる。
その表情は嫌になるほど冷静で、少しひるんでしまう。

「これ以上つれなくすると、俺は若さゆえの欲求不満をこじらせて、ついうっかり押し倒して犯してしまうかもしれない」
「………っ」

変態変態変態。
何を涼しい顔で言ってるんだ、こいつは。
しかも全く冗談に聞こえない。
ていうか多分冗談じゃない。

「三田、隣に来て?」
「………」
「ね?」

野口がにっこりと笑って、手を差し伸べる。
けれど、怖くて近寄れるはずがない。

「………」
「三田は、お母さんに見られても平気?」

よろよろと立ちあがって野口の隣に行くと、ぎゅっと抱きしめられた。
首筋に顔を押しあて、猫のように頬を擦り寄せる。

「あー、三田だ」
「………」
「三田の汗の匂い」
「かぐな!汗とか言うな!」
「嫌がる顔がかわいい。もっと嫌がらせしたくなる」

ああ、最低だ。
本当に最低だ。

「お前の愛は歪んでる!」
「でも愛だから」

それなのに、この一言で黙ってしまう私が本当に最低だ。
もう、私は完全に壊れてしまっている。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。

「へ、変なことはするな!」
「変なことって?」
「へ、変なことは変なことだ!」

うーん、と野口が首を傾げる。
そしてやっと体を離してくれた。
そしてローテーブルの上に乗っている、自分が持ってきたお土産のケーキを指さす。

「じゃあ、とりあえず健全にケーキでも食べようか」
「………私、最近甘いもの食べすぎだから、いいや」
「三田運動してるから、これくらいいいのに」

運動している分、ガタイがいい。
昨日もパフェを食べたし、やっぱりそう連日甘いものばっかりって訳にはいかない。
野口はガリガリだし、横に並ぶと自分の方がたくましくてへこむ。

「うーん」

野口が困ったように首を傾げる。
そしてしばらくして、楽しそうに意地悪く笑った。

「じゃあ、半分こしよう」
「………嫌だ」

半分こって言葉に、なんだかとてつもない嫌な予感がする。
野口の笑顔が、薄気味悪い。

「それじゃ三田を食べよう」
「ケーキ食べよう!」
「そう?よかった」

二人でローテーブルの前に座ると、野口が中指と人差し指でショートケーキの生クリームを救う。
そして私に差し出してきた。

「はい」
「………ぜってー、やると思ったよ。ああ思ってたよ」
「じゃあ、張りきっていってみよう」

ああ、ちくしょう。
分かってるよ。
どうせ逃げられないんだろう。

「ん」

私は恥ずかしさをこらえて、その生クリームを指ごと口に含む。
野口のお薦めのケーキ屋さんの生クリームは甘さ控えめで、口の中でさらりと解ける。

「おいしい?全部食べて?」

言われて、野口の指に付く生クリームを舐めとる。
一通り舐めて口から指を出そうとすると、逆に奥に突っ込まれた。

「んぅっ」

上顎を爪で抉られると、くすぐったくて体が震える。
舌を掴まれ、引っ掻かれ、歯列をなぞられる。
私が口の中を侵されてる間、野口はじっと観察するように私を見ていた。

「う、ん、………は、ん」

最後に喉の奥をつつかれて、たまらずえづく。
ぬるりと粘ついた唾液が、喉の奥から流れてくる。

「か、はっ、ケホっ、ケホっ」

野口の指を吐きだして、体を丸めてその場で咳き込む。
戻しそうになるのをこらえると、涙がジワリと滲んだ。
何度も咳き込んで、口の周りが唾液で汚れる。

「………ん」

顎をすくいとられて、ちゅっと口にキスを落とされる。
汚れた口の周りを野口に舐められる。
顎、唇、頬、冷たい舌が、なぞっていくと、それに合わせて体が震える。

「俺にも、食べさせて?」

全てを舐め取って、野口が自分の唇をべろりと舐める。
その仕草が見ていられなくて、目を逸らす。

「三田?」

生クリームが削られたケーキに視線を送る。
隣には、フォークがある。
恐る恐るフォークに、手を伸ばそうとすると、柔らかい声でもう一回名前を呼ばれる。

「三田?」
「………っ」

別に命令はされていない。
怒られてもいない。
それなのになぜか、逆らうことが出来ない。
本当に私は、おかしい。
絶対におかしい。

恥ずかしさと悔しさをこらえて、ケーキを指で掬いとる。
落ちないように注意して、ゆっくりとそれを野口に差し出す。

「ん」

野口が鼻を鳴らしながら、私の指を口に含む。
舌は冷たいのに、口の中は熱い。
べろりと舐められて、声を上げそうになる。

「っ」

口から出して、今度は私に見せつけるように、指を丁寧に舐める。
手の平を舐められるとくすぐったさと何かで、びくびくと体が震えた。
それに気をよくしたのか、上目遣いで私を見ながら、執拗に私の指を舐める。
人差し指、指の間、手のひら、中指の爪、小指。
野口の舌が、嫌に赤く見える。

「ん、はっ」

野口が浮かされたように、息が漏らしながら、私の手を舐めている。
まるで、私の手自体がおいしいケーキであるかのように。
私は手をベタベタにされながら、小さく体を震わせることしかできない。

「は」

満足したのか小さく息をついて、野口が体を離す。
私もほっとして大きく息をついてしまう。
眼鏡の男がくっと小さく喉で笑う。

今度はフォークを使って、スポンジを一切れ取り分ける。
そして、それを付きだした自分の舌に乗せて、私に目で促す。

「………」

引き寄せられるように、差し出された舌に乗せられたスポンジを、自分の舌で掬い取る。
野口の冷たい舌をなぞると、先がじんと痺れた感じがする。
飲みこむと、柔らかなスポンジのしゅわしゅわとした感触がした。

そして、今度はスポンジを一切れ、フォークで差し出される。
少し躊躇ってから舌を突き出すと、その上に乗せられる。
すぐに野口の舌が、それを舐め取っていく。

ものすごく汚くて、ものすごく行儀悪くて、ものすごく変態な行為。
それなのに、頭の中が熱く痺れて、何も考えられなくなっていく。

「もう一口」

今度は自分の口の中に放り込んで、すぐにキスをしてきた。
湿ったスポンジが、私の口の中に流し込まれる。
少し気持ち悪くて吐きだしたくなるが、口を塞いだままの野口がそれを許さない。
仕方なく、甘いスポンジを飲み込む。

「んっ」

このケーキには、なんか変な薬でも入っているのかもしれない。
ケーキを一口食べるたびに、体温が一度上がっていく感じがする。
徐々に思考が、霞みがかって鈍くなっていく。

ちゃんと飲みこんだのを確認して、野口が一旦離れる。
そしてスポンジが乗ったフォークを差し出してくる。

「俺にも一口」
「………」

私はフォークをくわえてスポンジを口の中に入れる。
そして野口にキスを返す。
口の中でケーキを渡すと、野口は私の口の中を掻きまわすようにして唾液ごとケーキを持っていく。

「うっ」
「ん」

こくりと、音を立てて野口がケーキを飲み込む。
汚い。
気持ち悪い。
それなのに、体が熱くなっていく。

「やっぱショートケーキは苺だよね」

ちょこんとケーキの上に乗った真っ赤な小さな果物をとって、野口がくわえる。
そして口移しするように、苺ごと口を塞がれる。
受け渡されたそれを咀嚼すると、甘酸っぱい果汁と匂いが、口いっぱいに広がった。

「ぅんっ」
「ん」

野口がその砕かれた果汁と果肉を一旦自分の舌で絡め取る。
私はその苺の味を追いかけるように、野口の口の中を追う。
すると、野口が小さくなった苺をまた私に返す。
私はそれを少し飲み込み、また野口に返す。

「んん」
「ふっ、ん」

口の中でキャッチボールのように行き来する苺。
唾液が混じり、体温で温くなり、ぐちゃぐちゃになっていく苺。
汚くて、まずくて、最低な食べ方。

けれど私たちは夢中になって、苺を最後まで奪い合う。
きっとこのケーキには、麻薬でも入っているんだ。
そうじゃなきゃ、こんなこと、出来ない。

「は、あ」
「はあ、はあ」

最後の一口を野口が飲みこんで、ゆっくりと体を離す。
野口の細く冷たい目が、いつになくとろんとうるみ、目尻が赤くなっている。
息は荒くて、何度も喘ぐように呼吸を繰り返す。
白い肌を汚すように、口の周りが赤かったから、私は綺麗にしたくて顎を舐める。

「んっ」

すると野口は眉を顰めて、体を小さく震わせた。
なぜか、ゾクゾクと、背筋に寒気に似た感触が走る。
野口がビクビクと体を震わせるのが楽しくて、執拗に野口の口の周りを舐め取る。
すると野口も私の口の周りを舐めてくる。

「あ、はっ」
「はあ」

お互い競うように舐めあって、しばらくして体を離す。
ベタベタになった顔と手を持て余して座りこんでいると、野口が私を胸の中に抱きこむ。
野口の手も顔も汚れている。
けれどもうどうでもいい気がして、私は野口のシャツに顔を擦り寄せる。
息が苦しい。
体が重い。

「はあ………。このまま、三田ごと食べたいな。頭から足まで舐めて味わって、バリバリって噛み砕いて飲み込みたい」
「………食うなよ」
「うん。勿体ないからじわじわ舐める。飴みたいに味わって溶かしたい」

変態で怖い言葉に、腰から痺れるように電流が走る。
喉が渇いて、引き攣れる。

ああ、本当に食べられてしまいそうだ。
このままバリバリと、頭から噛み砕かれてしまいそう。
いや、違う、もう前からじわじわと食べられてしまっているんだ。

少しづつ少しづつ野口に食べられ、侵蝕されている。
私の中にあった常識とか意地とかそういったものが、食べつくされてしまう。
そして、野口の毒に侵される。

野口の毒が体中に周ったら、私はどうなってしまうんだろう。





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