「で、結局ヤってるの?」
「は!?」

昼休みののどかなひと時、いきなり美香が不穏なことを言い出した。
学校という場所に全く相応しくない、いかがわしい言葉だ。
思わずウーロン茶を噴き出しそうになるが、美香は至って真剣だ。
どこか不機嫌そうに口を尖らせている。

「だって、由紀、あんなに嫌がってた割にはファミレスでべろちゅーだしさ」
「あれは私の意志じゃない!」
「でも慣れた感じだったし、もう本当はヤりまくってるの?あんなに悩んでるふりしてさ。由紀は私には言ってくれると思ったのに」
「ヤってない!」

ああ、こんな教室内で私は何を言ってるんだろう。
周りを見渡すが、幸いクラスメイトは特にこちらを気にする様子はない。
よかった。
これ以上噂とかになったりするのはごめんだ。
美香は私の言葉が信じられないらしく、野口をじと目で睨む。

「本当に、野口君?」
「うん。キス止まり」
「え!?」

あっさりと頷く野口に、思わず驚きの声を上げてしまった。
美香がますます目を細くして、眉を寄せる。

「なんで由紀が驚いてるの?野口君本当?」
「嘘は言いません」
「由紀?」
「………だって、ええ!?」

キス止まり。
キスだけ。
そうだったっけ。
そうだったか?

いや、でも、そうなのか。
別に、変なところ触られたりしてないし、勿論その先なんていってない。
ただ、キスをした、だけだ。
だけか?

「………ああ、うん、キス、だけ?」
「何その煮えきらない感じ」
「いや、うん。キス、だけ」

そうなのか。
まあ、確かに口をくっつけただけか。
後は喉とか、まあ、ちょっと胸の上を齧られたぐらい。
キスだけってことに、なるのか。
なるのか?

「本当にぃ?」
「………うん」
「………」
「本当だって!」

それでもやっぱり、疑わしそうに睨んでくる美香。
いや、まあ、自分でもなんか納得できないところがあるんだが。
でも、それ以外説明が出来ない。
キス、だけなんだろう。
なのか?

「本当かなあ」
「雪下、その辺で………」
「うー………」

常識人の藤原君が自分の彼女を宥める。
それでも美香は恨めしそうに私と野口を睨み続けた。

でも、だって、嘘はついていない。
多分。



***




「てことで、キスしていい?」
「何が、てことで、だ」
「俺達、キスだけの清い仲でしょ?」

今日も野口のバイト前での一時、私の部屋で過ごす。
そのうちお父さんにも会ってしまいそうで、ちょっと不安だ。
でも、なんだかんだで、ここが一番安全な場所な気がする。
外で何かされるのはごめんだし、野口の家に行く覚悟は決まってない。
消去法で、一番被害が少ないのがここだ。

「キスぐらいは好きにさせてくれないと、若さゆえの欲望の暴走が心配される」
「お前は意図的に暴走してるだけだろ」
「俺にそんな理性はない」
「偉そうに言うことか!」

ベッドに座った私を見上げて、眼鏡の男は偉そうに馬鹿なことを言っている。
本当にこいつは、真剣に馬鹿だ。
割と取り返しのつかない感じに馬鹿だ。

「ね、キスさせて」
「いい、けど」

それぐらいでおさまってくれるなら、いい。
下手に拒んで、欲望が暴走されたほうがまずい。
いい加減待たせてるかなって気もしないでもないので、これくらいで満足してくれるならありがたい。

「それじゃ遠慮なく」

そっと、野口を迎えるために目を瞑る。
衣擦れの音が静まり返った部屋に微かに響く。
早くなった鼓動と共に、唇に触れる感触を、待つ。

「うわ!」

しかし、濡れた感触がしたのは、左足の膝だった。
慌てて目を開くと、野口は、ベッドに座った私の前に跪くようにして、膝にキスを落としている。

「な、何してやがる!」
「キス」
「ど、どこに」
「足」

逃げようとした足のふくらはぎを押さえられ、膝の内側が舐められる。
濡れた冷たい感触に、ざわりと全身の肌が粟立つ。

「この、嘘つき!」
「口にするとは言ってないし」
「………また!」

こいつは屁理屈ばっかりだ。
いっつもいっつも、嘘ばっかり。
騙される私も私だけど。

「大丈夫、服がないところにしておくから」
「………何も大丈夫じゃないんだけど!」

抗議をしても、聞いちゃいない。
ちゅ、ちゅ、と何度も音を立てながら、膝にキスを落とされる。
その光景に、脳みそが沸騰して蒸発してしまいそうだ。
野口は右足に移ろうとして、動きを止める。

「これ、どうしたの?」
「………部活で、転んだ」
「痛そう」

右足の膝は、軽く皮膚が破け固まった血で覆われていた。
昨日、部活で転んだ時すりむいたのだ。
小さな傷なので、そのままにしてあったが、野口はそこにキスをしてくる。

「………んっ」

固まった血をぺろりと舐められる。
腰の辺りが、じわりと重くなる。
多分、その行為そのものよりも、その光景を見て、体の内側から、熱くなってくる。

「痛っ」

いきなり、そこに歯が立てられた。
塞がりかけていた傷をえぐるように、野口が噛みつく。
鋭い痛みに足を振り回そうとするが、押さえつけられて、それは叶わない。

「血が、出てきた」
「や、め」

また痛みを与えられそうで怖くて、野口の体を押しのけようとする。
けれど野口は嬉しそうに無表情を少しだけ緩めて、血が滲んだ膝を舐める。
痛みと、濡れた感触に、目尻に涙が浮かんでくる。
血を拭うように執拗に膝を舐める野口。

「しょっぱい」

上目遣いに私を見て、赤く汚れた唇を上機嫌にべろり舐め取る。
まるで私の血がアルコールであるかのように、酔っているような上気した顔。
全身の血が、熱くなって、沸騰してしまう。

「………っ」

ひとしきり膝を舐めると、野口は私の足を持ち上げる。
舌でつーっと脛を伝って、剥き出しの足の甲まで辿りつく。
そして躊躇いなく、私の足の指を口に含んだ。
右足の親指と人差し指が、温かい口内に包まれる。

「ば、か、汚い!」

帰ってきて、足なんて洗っていない。
けれど、野口は私の抗議なんて聞かないで、今度は足の裏を舐める。
途端にぞわぞわと背中に電流が走って、体が跳ねる。
足の指に力がはいって、指先が丸まる。

「ひっ、ん」

土ふまずから踵まで舌を伝わせ、小指を、指の間を、爪を舐め取る。
ぴちゃりと音がして、耳から熱が入ってくる。

「汚いっ、てば!」
「構わない」
「私が構うっ」
「汚いぐらいでちょうどいい」

変態。
変態変態変態変態。

「っ………っ」

ぺちゃぺちゃと音を立てて、野口が足の指を舐める。
私の足が、野口の唾液でべたべたにされる。
今まで何も考えたことのない足という体の一部分を、初めてこんなにリアルに感じる。
野口が触れている場所、全てが敏感に反応して、全てが熱くなる。

「………つっ」

そして今度はさっきとは逆に、足の甲を伝い、脛を通り、膝にキスを落とす。
そのまま足を持ち上げ、今度は太腿の内側を舌が辿る。
スカートで覆われているところまで野口の顔が近づいてきて、私は慌ててその顔を止めた。

「だ、駄目!」
「ん」

野口は珍しく私の制止を素直に聞いた。
けれどほっとしたのもつかの間、太腿の裏の柔らかいところが、齧られる。

「痛い!!」
「ここなら、見えない」

太腿の裏側の、ちょうどスカートで隠れるか隠れないかのギリギリの位置に、真っ赤に腫れた歯型が残される。
この前の、胸の歯型は、本当に困った。
体育の時間に着替えるのに気を使うし、家でもふとした瞬間に見えてしまいそうで、隠すのに必死だった。
バンドエイドを貼って、虫にさされたという言い訳を作ってはいたが、極力誰にも見られないように1週間気が抜けなかった。
あの時散々文句を言ったのを、一応覚えていたのだろう。
全く改善されてないが。

「この、馬鹿!」

なじると、野口は小さく笑って、歯型の上にキスを落とした。
太腿がじんじんと痛む。
血がにじむ膝も、ひりひりと痛む。

野口が伸びあがって、体を寄せてくる。
まだ足を持たれたままだったので、自然と私はベッドの上に上半身が寝転ぶ形になる。

「三田、腹が引き締まってるよな」
「んっ」

制服のシャツがいつの間にかはだけて、お腹が見えていた。
野口が、そのシャツの隙間から、お腹にキスをしてくる。
何度も何度も、お腹に小さくキスを落とす。

「あ、はっ」

へそを舐められて、いきなり変な声が出てしまった。
その声に驚いて、慌てて自分の口を塞ぐ。
なんだ、今の声。
いやだ。
いやだいやだいやだ。

「ん」

アイスキャンディーを食べるように音を立てて、野口がへそを舐める。
腰が浮いて、魚のようにびくびくと体が跳ねてしまう。
せめて私は口を塞いで、変な声が出そうになるのを堪えた。

「は、あ、おいし」

熱に浮かされたようなぼんやりとした声で、野口がつぶやく。
私は寝っ転がっていて、野口はお腹の辺りにいる。
顔は見えない。
けれど、冷たい野口の手と舌と唇だけは感じる。

「ん」

野口が私の胸に、頭を乗せる。
体が、ぴったりと密着する。
冷たい、けれど汗ばんだ体の感触を、リアルに感じる。
野口のコロンの匂いが、二人の汗の匂いと混じる。

「心臓、すごいドキドキしてる」
「う………」

心音を聞くように、胸に顔を摺り寄せられる。
余計に、心臓が、壊れそうなほどに、早くなる。
自分の耳の中でも、血の流れる音がする。

「も、やだっ」
「うん」

冷たい体がまた伸びあがって、私の肩に顔を埋める。
喉元に、熱い息を感じた。
ずしりと、野口の重みが圧し掛かってくる。
腕で抑えているようだが、結構重い。

「………っ、のぐ、ち」

野口が私の喉を、舐め上げる。
何度も何度も舐め上げて、軽く歯を立てる。
また痕をつけられるのが嫌で、軽く顔を振って抵抗をする。

「のぐちっ」
「噛み、ちぎりたい」

上擦った、切羽詰まったような声。
野口の呼吸も、荒い。

「噛む、なっ」
「うん、でも、噛みたい」

痕をつけない程度に、何度も何度も歯を立てられる。
本当に噛みちぎりたいのをなんとか我慢するように。

「う………」
「は、あ」

野口の体とぴったりと密着して、足の付け根に、堅いものがあたっているのに気付く。
気付いて、また体温が一度上がった気がする。
居心地が悪くて身じろぎするが、喉に歯を立てられ止められる。

「の、ぐち、………あたってる」
「勃っちゃった」
「………」

熱い吐息混じりに、上擦った声で言われる。
そして足の付け根に、それが余計に押しつけられる。

「………っ」

逃げたいが、野口にのしかかられているこの状態では、逃げられない。
主張するようにそれが押しつけて、野口の呼吸がもっと荒くなる。
私の呼吸と鼓動も、早くなる。

「ねえ、ここでオナニーしていい?」
「あほか!」
「だよな」

とんでもないことを言い出す野口の髪をつかむ。
なんとか引きはがそうとするが、私の手も力が中々入らない。
野口がぎゅっと私の体を抱きしめて、息をつく。

「は、あ」
「……………」

少し苦しそうな、呼吸。
この状態は、辛いのだろうか。
勃つって、すぐにはおさまらないものなのだろうか。
私は、どうしたらいいんだ。

「このままくっついてたら、おさまらなそうだな」
「じゃあ、離れろ!」
「それもまた嫌なんだよな」

じゃあ、どうするんだ。
本当にここで自分でするつもりか。
でも、そうでもしないと、どうにもならないんだろうか。
させてあげたほうがいいのか。
頭の中がぐるぐるして、まともな考えが浮かばない。

「三田は、濡れた?」
「………っ」

耳元でとんでもないことを聞かれる。
掴んだ野口の髪を引っ張るが、気にせず先を続ける。

「居心地悪そうに足をもぞもぞしてるの、すっごい興奮する」
「この、馬鹿!変態!」
「はい、若干変態よりです」

言われると意識してしまって、余計に足の置き場に困ってもぞもぞとしてしまう。
腰の奥が、熱い感触がする。

「駄目だ、どうしよう、すっごい射精したい」
「………っ」
「でも、さすがにここでヤる訳にはいかないしな」
「やめろ!」

一階にはお母さんがいる。
無断で入ってくることはないが、さすがにここでヤられる訳にはいかない。
音とか声とか、多分、分かってしまうだろう。
絶対にそれは無理だ。

「ね、自分でやるから出していい?」
「我慢しろ!」
「無理」
「お前、馬鹿だろっ」
「うん、馬鹿。ね、お願い」

野口はまた、堅いそれを、押しつけてくる。
その感触が気持ち悪くて、居心地悪くて、逃げ出したい。
それでも野口は、逃がしてくれない。

「………この、変態っ」
「はい、変態です」
「………もうっ」

引きはがそうとしていた手から、力が抜ける。
すると耳元で、小さく笑った気配がした。

「ああ、ね、三田?」
「………」

そして楽しそうに、ベッドに投げ出した私の手を取る。
弄ぶように、指を一本一本とって、いじる。

「ん………」

手の平を、軽くひっかっかれる。
それだけで、体が、じわりとまた熱くなる。

「三田の堅い手、好き」

野口は少し体を起こして、手の平に軽くキスを落とす。
それから、目を細めていつもと違って熱の浮かぶ目で、私をじっと見てくる。

「手伝って?」
「………っ」
「ね、見たくない?」

喉が、渇く。
脳が、沸騰する。
ごくりと、自分が唾を飲み込む音が、嫌に大きく聞こえた。



そして私はまた一つ、野口に侵され馬鹿になる。





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