「いや、パパ、ママ!パパ、助けて、パパ!」

怖い男の人達が私の体を掴んで庭に抑えつける。
必死に暴れながら、いつも私を守ってくれる、大好きな人達を呼ぶ。
そんな私を、男の一人が醜く顔を歪めて笑った。

「お前のパパとママは中でこんがり焼けてるよ」

頬を嬲る熱気、大きな音を立てて燃える家。
辺りは畑や山ばかりで、人が気付くのも遅いだろう。
急に頭に認識されるその事実の全てが、一気に私を絶望に陥れる。

「………いやあ!パパ、ママっ!」

信じたくない。
自分の想像を、信じる訳にはいかない。
けれど、胸を蝕む闇は、全身を包み込む。

「お前も、すぐに一緒のところに行けるさ」
「そうそう。さっさとしないと誰か来るぞ」
「そうだな」

どうしてこうなんだ。
あの時も、こうだった。
圧倒的な暴力が、私の意志なんて無視して私のことを決めるのだ。
私に近づいてくる人は皆そうだ。
とても汚い。
パパとママとカガ君以外の人は、皆皆大嫌い。
皆、消えてしまえばいい。

「………死んじゃえ!あんた達なんて、死んじゃえ!!!」

男たちの手が、私の首にかかる。
恐怖を感じながら、それを上回る怒りに、男たちを睨み続けた。

「死んじゃえっ」



***




「い、いや、いや、だ」

逃げようとした体はあっという間にソファに抑えつけられて、勝田さんのネクタイが私の腕を縛る。
非力で無力な自分が悔しくて仕方ない。
せめて二人を蹴りあげようとするが、その足も簡単に抑えつけられる。
蛇穴君が、私の足を抑えながら穏やかに笑う。

「怪我はさせたくないからね、大人しくして」
「い、いやっ!いや!」

そしてそのまま、制服のスカートをめくりあげ足を撫でる。
その感触の不快さに、全身に鳥肌が立った。

「やめてっ!!」

更に暴れようとするが、蛇穴君は笑って今度はブラウスをむしり取る。
ぶちぶちと音を立ててボタンがはじけ飛んだ。
私の貧相な体が、さらけだされる。
羞恥と怒りで、目の奥がスパークする。

「………っ」
「ほら、もっと泣き叫んで」

悔しくて目尻に涙が浮かぶと、それを蛇穴君が優しく舌ですくい取る。
濡れた感触が気持ち悪くて、それでも声をあげたくなくて、唇を噛みしめる。
蛇穴君が私の脚の上に乗りあげながら、ポケットから携帯を取り出す。

「とりあえず携帯の動画でいいかな」
「デジカメなんて持ってないだろ」
「うん。ああ、水葉ちゃんは持ってない?」

ごくごく自然に聞いてくる蛇穴君が、気持ち悪い。
ずっと優しかった人とはまるで別人の、得体のしれない化け物のようだ。
蛇神様ではなかったけれど、この人は本当に人じゃないのかもしれない。
人の皮をかぶった、何かだ。

「写真も撮っとけよ」
「はいはい」

かしゃり、と音を立てて蛇穴君が私の体を写真で撮る。
かしゃ、かしゃ、と何回か音を立てると、蛇穴君が満足げに私の頭を撫でる。

「うん、かわいいかわいい」
「和江もさすがにこれなら金出すだろ」
「お、叔母、叔母さんは、出さない、よ」

叔母さんは私になんか、お金を出さないはずだ。
あの人は、私のことが嫌いなんだから。
出さないでほしい。
これ以上、人に迷惑はかけたくない。

「出すよ」

けれど勝田さんは私の剥き出しの腹を撫でながら、にやりと笑う
近づいた息がタバコ臭くて、気持ち悪い。

「言っただろ。あいつは君がかわいくて仕方ないんだ。不器用なだけなんだよ」

勝田さんは、いつもそう言っていた。
あいつは不器用なだけ。
本当はとても優しい、と。
優しいことは知っている。
けれど、そんな訳は、ない。

「だから、出すよ。君のためならいくらでもね」
「………あ」

勝田さんの手がブラジャーにかかり、引き下ろす。
胸が二人にさらけだされ、羞恥に頭が真っ白になる。

「その通りよ」

涼やかな声が、響く。
その時、いきなり体の上が軽くなった。
バキ、ガツ、ドサリと何かよく分からない音が響く。
私の圧し掛かっていた二人が、いなくなっている。

「人の姪に何してくれてんのよ、このウスラボケ!」

縛られたうまく使えない腕でなんとかソファの上に起き上がると、ゴルフクラブを持った叔母さんがそこに立っていた。
怒りで眉を吊り上げて、肩で息をしている。
ソファの下には、体を抑えてうずくまる勝田さんと蛇穴君。
肩を抑えていた勝田さんが、床に転がりながら叔母さんを見上げる。

「か、和江!」
「なんか様子がおかしいから早く帰ってみれば、人の留守に何してんのよ」
「………ぐっ」

つかつかと歩いて近づいてきた叔母さんは、その足で思いっきり勝田さんの腹を蹴りあげる。
勝田さんはつぶれた悲鳴をあげて、お腹を抑える。

「ふざけんじゃないわよ、このロクデナシ!」
「こ、これは………ご、誤解だ」

苦しげに腹を抑えながら、叔母さんを見上げる勝田さん。
けれど叔母さんは鼻で笑って、もう一度勝田さんを蹴り飛ばした。

「ああ、見苦しい言い訳はいらないわ。全部分かってるから。そっちの坊やの身元が妖しいから調べてたのよ。あんたとつながりがあったのも、理事長にねじ込んで入学させたのも、全部分かったから」

あの学校の理事長は、私たちの遠縁の人だ。
遺産争いの時も絡んでこなかった誠実な人だと思っていたのだが、違ったのだろうか。
それとも何か、理由があるのだろうか。

「その鈍くさくてみすぼらしい子に、まともな男が近づいてくる訳ないでしょ。しかも蛇の神様?笑わせないで?」

ふん、と嘲り笑う叔母さんに、こんな時にも関わらず私の心が痛くなる。
叔母さんのことは尊敬していて、今も助けてもらっているけれど、やっぱりそんな風に蛇神様を否定されるのは、哀しい。

「今なら警察沙汰にしないであげる。さっさと出て行きなさい。二度と顔を見せないで」
「………」
「………」

叔母さんはそれだけ言うと、蛇穴君の足も一度蹴ってから、私に向き直る。
そして着ていたジャケットを脱ぎ、私にかけてくれた。
むき出しだった上半身が隠れて、ほっと息をつく。

「あんたもあんたよ、何こんな奴らに簡単にいいなりになってるのよ。私に迷惑かけて楽しいの?」
「あ、ご、ごめ、ごめん、なさい」

叔母さんが私の元にやってきて跪く。
そして腕のネクタイに目を向けて、顔を歪める。
どこか痛いように、きゅっと眉を寄せる。

「………いえ、悪かったわ」
「お、おば、叔母さん」
「元はと言えば、あんな奴を私が連れてきたから悪かったんだし。ごめんなさい」

叔母さんは苦しげに、けれど真っ直ぐに謝罪の言葉を口にした。
初めて貰った言葉に、私はどう反応したらいいのか分からない。
そんな私に小さく笑ってから叔母さんは私のネクタイに手をかける。

「ああ、私も見る目ないわ。あんな馬鹿にひっか………」

言葉の途中で、ガツッっと音がして、叔母さんが床に倒れ込む。

「叔母さん!?」

ソファの柔らかさと腕の不自由さでうまく動かない体をひねる。
叔母さんはソファの下で、苦しそうに顔を歪めて倒れ込んでいた。

「お、叔母さん、叔母さん、叔母さん!!」

息はしているようだけれど叔母さんが痛そうで、私は何度も叔母さんの名前を呼ぶ。
叔母さんは気を失っているのかぴくりとも動かない。

「何してんのさ、勝田さん。やめてよ、俺殺人犯にはなりたくないよ」
「ここまできたら一緒だろ。お前も共犯だ」
「えー。殺人はさすがにちょっと。それに絶対俺らが怪しいし」

いつのまにか立ち上がっていた勝田さんと蛇穴君。
勝田さんの手には、リビングのテーブルに置いてあった灰皿が掴まれている。
あれで、叔母さんを殴ったのか。

「………もういいか。こいつら二人とも殺して金目のもんだけ持って逃げるしかないか」
「いや、逃げるだけでいいじゃん」
「………」
「ていうか、今からでも遅くないじゃん。叔母さん転がしておいて、水葉ちゃんで遊べばいいでしょ」
「………」

蛇穴君の飄々とした態度に、勝田さんは憎々しげに唇を歪める。
ソファの下に転がる叔母さんを見て、つぶやくように言う。

「しかし、和江が………」
「勝田さん、それ私怨でしょ」
「………」

蛇穴君の呆れたような言葉に、勝田さんは黙りこむ。
蛇穴君は馬鹿にするように鼻で笑う。

「殺人なんて、リスク高すぎ。まあ、腹立つならついでに和江さんの恥ずかしい写真やら、社会的信用失いそうな写真やら撮っておけば?」
「………」
「殺人はやだよ、俺」
「………そうだな」

目の前の男たちが、まるで本当に化け物に見える。
どうしてこんなに、人を苦しめ、人を痛めつけるようなことを考えつくのだろう。
お金が大事なものってことは、分かる。
けれどそのためにここまで醜くなれるものなのだろうか。

「さい、てい」

思わず呟くと、蛇穴君がこちらを見てびっくりしたように目を丸くする。
そして朗らかに明るく笑った。

「あはは、水葉ちゃんでもそういうこと言えるんだね。びっくりした。ごめんね、その通り。俺、金が大好きなんだ。だから君みたいな陰気臭くてかわいくない女の子でも金のためだと思えばいくらでも優しくできる」

蛇穴君はいつもと同じように穏やかに明るく笑っている。
そして、私の頭を優しく撫でる。

「君が俺を信じそうになってると、笑いそうだったよ。もう腹痛くってさ。蛇神って何それ。痛い、痛いよ、水葉ちゃん。せめてもっとかわいい夢見ればいいのに。ああ、パパの遺言だっけ?パパも随分痛いね」

お腹の中が、かっと熱くなる。
パパを侮辱した。
パパが侮辱された。
こんな奴に、パパが貶められた。

「とりあえず和江を縛っておく」
「いいけど。ていうかもう死んでないよね」

勝田さんがカーテンを結ぶ紐を持って、叔母さんに近づく。
私は慌ててソファから転がり落ちて、叔母さんに覆いかぶさる。

「叔母さんに触らないでっ!!」

落ちた瞬間にジャケットが落ちて、また胸が剥き出しになってしまうが、そんなの気にしてられなかった。
私を守ってくれた叔母さんを、守らなきゃいけない。
こんな汚い人達に、叔母さんに触れられたくない。

「触らないで!!」

けれど勝田さんはそんなせせら笑って、私を蹴り、床に転がす。
腕を使えない私は、ろくに抵抗も出来ずに痛みに呻く。

「くっ」
「ちょっと大人しくしてろ」

勝田さんが、叔母さんの体に触れる。

「触らないで触らないで触らないで!」

どうして、こんな奴らばっかりなんだ。
私の周りには、こんな奴らばっかりしかいないんだ。
いらないいらないいらない。
こんな人達要らない。
こんな醜い人達、もういらない。

「死んじゃえ!あんたたちなんて死んじゃえ!」

私の言葉に、勝田さんも蛇穴君も鼻で笑い飛ばす。

「死んじゃえっ!」

パパ、パパ。
助けてパパ。
ママ。
パパ、ママ、助けてよ。
助けてよ。

「パパ、ママ!」

でも、パパもママももういない。
もうずっと前にいない。
ずっと前に、燃えてしまった。
私を守ってはくれない。

「………パパ、ママ」

考えてみれば、誘拐の時も火事の時もビルから落ちた時も遺産争いの時も、パパとママは私を助けてくれなかった。
助けてくれたのは、叔母さん。
そして。

「………カ」

私をずっと守ってくれた人は、パパとママと叔母さん。
そして。

「カガ君!」

面倒な私の世話をずっと見てくれた人。
私を助けてくれた人。
私とずっと一緒にいてくれた人。

「カガ君!」

でも、私が切り捨てた。
私がいらないと言った。
今更なんて都合のいい。

「助けて、カガ君っ!」

でも、私にはその人の名を呼ぶことしかできなかった。





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