「一矢お兄ちゃん、お帰りなさい!」

一矢が学校から帰宅すると、ずっと待ち構えていたのだろう、二番目の弟が廊下の奥から駆けてきた。
小さな顔を真っ赤にして、満面の笑みで一矢の腕に飛び込んでくる。

「ただいま、三薙。いい子にしてたか」
「うん!今日は幼稚園行けたんだよ!」
「そうか、よかったな」
「それでね、帰って来てからね、四天と遊んでね、かくれんぼしたんだけどね」
「とりあえず着替えるから部屋に行こう。歩きながら話を聞かせてくれるか?」
「あ、ごめんなさい。僕、お着替え、お手伝いするよ」
「ありがとう」

もう大分重いであろう体を危なげなく抱き上げて、一矢は三薙の話に耳を傾ける。
この後も一矢は勉強や修行などがある。
大好きな長兄と話が出来るつかの間の一時を惜しむように、三薙は楽しそうに途切れることなく話す。
途中居間に移動しようとしていたのだろう、末弟が廊下を歩いていた。
長兄と三兄の姿を見て、愛らしくにっこりと笑う。

「おかえりなさい、一矢お兄ちゃん」
「ただいま、四天」

一矢も微笑んで返すと、四天は嬉しそうに笑った。
そのままとたとたと兄達の元まで歩いて来ようとして、よく磨かれた廊下で滑る。

「わ!」

そして頭が大きい幼児は、バランスを崩して見事に廊下スライディングする。

「四天!」

三薙が一矢の腕の中でジタバタと暴れて抜けだす。
廊下に下りると寝っ転がったままの弟の元まで走り、手を差し伸べて起こす。
その場に座りこんだ四天は、痛いというよりも驚いているようで大きな目を何度も瞬かせていた。

「大丈夫、四天?」
「平気だよ」
「痛くない?」
「痛くないよ」

三薙の問いに、四天は首を横に振る。
一矢も傍まで近づき、四天の体を引っ張り起こした。
それから末弟の服をパタパタとはたきながら、怪我がないかを確認する。
泣きもせずにされるがままの弟に、一矢が笑う。

「四天は強い子だな」
「うん、僕強いよ」
「いい子だ」

言葉通り力強く頷いた四天の頭を、大きな手でゆっくりと撫でる。
すると末の弟は嬉しそうにくすくすと笑った。

それから四天を褒めてもう一度頭を撫でて、一矢はその場を後にした。
その後ろをちょこちょこと三薙がついてくる。
部屋までついて制服を脱いでいると、いつものように三薙がお手伝いで制服をハンガーにかける。
普段は楽しそうにお手伝いするのに、なぜかその表情は曇っている。

「………」
「どうした三薙?何かあったか?」

それに気づいて一矢が聞くと、三薙が怖々と恐れるように見上げる。

「………一矢お兄ちゃん」
「ん?」

怒られるのを恐れているようなおどおどとした態度に、何かやらかしたのかと想像する。
一矢は着替えを中断して、しゃがみこんで三薙と視線を合わせる。

「三薙?」
「………僕、いい子じゃない?」
「は?」

三薙は眉を下げた情けない表情で、長兄を窺う。
何を言われたのかよく分からなくて、一矢が首を傾げる。

「僕、四天より、いい子じゃないかな」
「どうしたんだ?」
「だって、僕、すぐ泣くし、弱いし」
「まあ、確かにお前は泣き虫だな」

笑いながら言うと、三薙はくしゃりとそれこそ泣きそうに顔を歪めた。
それから、三薙が目に涙を浮かべたまま俯いた。

「………一矢お兄ちゃん、四天の方が好き?僕、いらない?」

消え入りそうな声に、一矢は噴き出しそうになるのを堪える。
笑うのをこらえながら、小さな体を抱き上げた。
三薙の髪をくしゃくしゃと撫でる。

「どっちもいい子だ。どっちも大好きだよ」
「………僕のことも、好き?」
「勿論だ」
「もちろん?」
「三薙のことも大好きだよ」

笑いながら言うと少しだけほっとしたように三薙が表情を緩める。
一矢のシャツにしがみついて、もう一度聞く。

「僕、悪い子じゃない?」
「ああ、三薙はいい子だ。大好きだ」
「本当?僕のこと捨てない?」
「なんだ?どこで捨てるなんて言われたんだ」

唐突な質問に、さすがに首を傾げる。
この三薙の必死な様子には、何か原因になることがあったのだろうと予想する。
なんとなく、元凶は分かる気がしたが。

「双馬お兄ちゃんが、三薙は愚図で泣き虫で悪い子だから捨てられるって………」
「全く、本当にもう、あいつは」

想像通りの答えに、一矢は深くため息をつく。
少し前までは大人しく素直だった次男は、最近頓に意地悪さを増し三男をすぐからかう。
一矢は務めて優しい笑顔を作り、不安そうな表情の弟の頭を撫でる。

「大丈夫。三薙はいい子だよ。というか、三薙がどんなことをしても俺は三薙を嫌いになったりしない。いつでも一緒にいるから大丈夫」
「本当?」
「本当だ。俺は嘘つきか?」

それでも不安そうな三薙に聞くと、三薙は思い切り首を横に振った。

「ううん!一矢お兄ちゃんはね、嘘つかないの!そっか、お兄ちゃんは嘘つかないから、一矢お兄ちゃんは、僕のこと嫌いじゃないね!」

その言葉にようやく納得したのか、三薙の表情に笑顔が戻る。
そして、一矢の首に思い切り抱きつく。

「僕ね、一矢お兄ちゃんのこと、大好き!一矢お兄ちゃんが一番大好き!」
「ありがとう、三薙」

三薙の言葉に、一矢は苦笑した。





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