案内された食堂には、東条家の人々が勢ぞろいしていた。 一人卓に綺麗に盛り付けられた和食を前に、俺たちを待って黙って席に付いている。 向かい合わせに二列に並んで、誰一人何も話していなくて、正直不気味だ。 障子を開いてその光景をみた瞬間に、思わずひいて足を止めてしまった。 「お待たせしてしまい申し訳ございません」 けれど天は気にした様子なく、軽く頭を下げる。 慌てて俺もそれに倣った。 「用意が遅くなりました。さあ、どうぞ席にお付きください」 当主の婆ちゃんが、上座の空いている席を手でさす。 うげ、あんな注目ポイントで食べるのか。 すんごい腹減ってたのに、食欲が急に失せてきた。 けれど仕方なく、全員に注目される中、上座につく。 う、逆に胃が痛くなりそう。 正坐して卓の前に座ると、婆ちゃんが頭を下げる。 「まずは、当家の者の紹介をさせていただきます。こちらは娘の由紀子、その夫の啓司。その隣は由紀子の妹にあたる美奈子。そして夫の誠です。そして美奈子の息子の望」 紹介された順にみんな頭を下げていく。 あの小さな男の子が望君か。 えっと、雛子ちゃんのお母さんの妹の子供ってことは、雛子ちゃんとは従兄弟ってことかな。 返して四天が畳に指をつき頭を下げる。 「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。宮守から参りました四天と申します」 「同じく、宮守三薙です」 挨拶をすると、婆ちゃんがゆっくりと頷く。 そして部屋をぐるりと見回した。 「こたびも、宮守家に力添えいただくことができました。これで大祭も無事終えることができましょう。東条のものにおいては、宮守家への感謝を忘れず、気を引き締めてワラシモリの祭りに臨むように」 婆ちゃんの言葉は、大きくはないのに低く響く。 なんだか背筋と一緒で物差しでも入っているように真っ直ぐで、辺りがピンと張りつめる。 やっぱり、当主というのはどこか似るものなのか、父さんの威厳を思い出す。 「では、杯をお持ちください。ワラシモリの末永きを祈り」 婆ちゃんの音頭に合わせ、杯を掲げる。 未成年の俺たちにも普通に酒が振舞われており、違和感なくそれを飲み干す。 まあ、祭事に酒はつきものだから、俺も慣れてるけど。 あんまり好きじゃないな、やっぱり。 どんなにいい酒も、どうしても苦いと感じる。 乾杯が終わると、汁物などが運ばれ、食事が始まった。 綺麗に盛り付けられた食事は、見た目も味も、豪華だった。 どれも高級な食材を使い、丁寧に作られたものばかりだ。 だが。 ……おいしんだけど、なんか緊張して、泥食ってるみてえ。 誰もしゃべることなく、ただひたすら次から次へと食べものを口に入れる。 先付の焼き茄子と海老の煮びたしとか、俺絶対好きな味なんだけど。 でも、味しない。 焼き物の鮎もおいしそうなのに。 沈黙が痛い。 ただ口に押し込んで詰め込んでる感じ。 誰か、なんか話さないかな。 気付かれないようにそっと辺りを見回す。 上座の俺と天のすぐ下に、当主の婆ちゃん。 その次に、雛子ちゃんのお母さんの由紀子さん。 そして俺たちを案内してくれていた神経質そうなおじさんは啓司さん。 この位置にいるってことは、雛子ちゃんのお父さんなのかな。 女系なんだな、この家。 でもって、由紀子さんの妹の美奈子さん夫婦。 年代は雛子ちゃんの両親と同じぐらいか。 美奈子さんは、由紀子さんにやっぱりどことなく似ている。 もうちょっと優しげな顔をしているけど。 誠さんはちょっと気弱そうな感じで、でも優しそう。 そしてその隣の望君。 雛子ちゃんと同じ年か、その下くらいかな。 彼が噂の望君か。 まだ小さいのに黙々と大人と同じ膳を食べている。 絶対子供にはまずいだろうに。 ああ、それにしても沈黙が痛い。 ひたすら、箸を動かす。 腹減ってたんだけど、なんかもう胸いっぱい。 て。 隣からひょいとさりげなく煮物のニンジンが器に放りなげられた。 驚いて隣を見ると、こちらを見もせず天は涼しい顔で食事をしていた。 こいつ。 何か言いたくても言えない状況の中、ただじろりと睨みつける。 だが天はその隙にインゲンも俺の器に放り込む。 この偏食野郎。 ちゃんと食べやがれ。 家だったら投げ返してやるところだが、ここでそんなことする訳にはいかない。 仕方なく、俺は黙ってそれも口にした。 別に好きだからいいけど。 「駄目よ、食べなきゃ」 優しく咎める声がして、思わずびくりと反応してしまった。 天も一瞬箸の動きを止めた。 「………でも、これ嫌い」 しかし、その言葉は俺たちに向けられたものではなかった。 声の主の男の子が泣きそうな顔で煮しめを見つめている。 隣のお母さんが、優しく叱っている。 まあ、こういう和食ってガキには辛いよな。 微笑ましくて、思わず笑ってしまう。 「ほら、望。お兄さんも見てるわよ」 「………」 急にふられて、箸を取り落としそうになる。 男の子は、その言葉になぜか俺をうらめしそうに見た。 いや、そんな目で見られても。 「あ、俺も小さい頃は、苦手でした、こういうの」 決まり悪くしどろもどろに答える。 未だに嫌いな奴が隣にいるしな。 でも、ここで終っちゃまずいよな。 なので、ちょっと考えてフォローを入れる。 「でも、そのうち美味しくなるよ。大人の味だからね。食べれたら立派な大人」 隣の弟へのあてこすりでもある。 望君は、大人、というところに心がくすぐられたらしい。 上目遣いに俺の方に疑り深い視線を向けてくる。 「本当?」 「本当本当、ほらお吸い物と一緒に食べれば大丈夫だよ」 皆が成り行きを見守る中、望君はしばらくじっと煮しめを見つめ、覚悟を決めて一気に口に放り込んだ。 そして言った通りお吸い物で流し込む。 「………やっぱりまずい」 そのふにゃりとした情けない顔に、周りから密やかな笑いがこぼれた。 怖い当主の婆ちゃんも頬を緩ませている。 笑ってないのは、雛子ちゃんのお母さんだけだ。 あれ、そういえば。 「あ、そういえば雛子ちゃんは」 彼女も東条の直系のはずだ。 普通だったら、雛子ちゃんのご両親の横にいるのが正しいのではないだろうか。 俺がつい問うと、途端に皆黙り込んだ。 「………雛子にお会いになったのですか?」 啓司さんがどこか硬質な声で聞いてくる。 なんかまずいことでもしてしまったのだろうか。 むずむずと、居心地の悪さを感じる。 せっかく和やかだったのに。 「……えっと、あ、はい。廊下で会って、花畑に連れてってもらって……」 「………それは娘が失礼を」 「いえ、こちらこそ連れ出してしまって。とてもいい子ですね、雛子ちゃん」 「ありがとうございます」 ようやく、啓司さんは表情を緩めた。 よかった。 なんだろう、やっぱり幼い子をつけ回す変態に思われたのだろうか。 「雛子は祭りの用意があり潔斎中なので、こちらの席にはおりません」 「あ、そうなんですか」 潔斎ってお清めだよな。 食べ物も精進料理にしたり、断食したり、風呂入ったりするアレ。 あんな小さい子がやるのか。 大変だな。 祭りで巫女役でもやるのかな。 「残念です、雛子ちゃんと……」 「明日の祓いは、一の社から9時に開始で問題ありませんか?」 今度一緒にご飯食べたいですね、と続けようとしたら遮るように天が別の話題を出した。 驚いて天を見ると、まだ膳には大分残っているが箸をおいてすでに食事を終えていた。 その言葉に啓司さんは、表情を改め神妙に頷いた。 「はい、そちらでお願いいたします。8時半にはお部屋にお迎えに上がりますので早い時間で申し訳ありませんが、ご準備をそれまでにお願いいたします」 「かしこまりました」 天はその言葉に静かに頭を下げた。 そして俺に視線を投げる。 「兄さん、食べ終った?」 「え、あ」 「行こうか」 いや、まだ食べてる、と言おうとしたが答えを聞くこともなく、無理矢理終了させられる。 俺は仕方なく、しぶしぶ箸を置いた。 なんなんだよ。 「御馳走様でした。とてもおいしかったです。明日の準備もありますので、お先に失礼させていただきます」 「あ、えっと、御馳走様でした」 「はい、明日はよろしくお願いいたします」 婆ちゃんが頭を下げる。 俺と天も、もう一度頭を下げた。 二人連れだって部屋から出て行く時、小さく望君が手を振っていた。 俺もちょっと笑って、手を振り返す。 廊下で出て、天がぼそりともらす。 「本当に幼児キラーだね、兄さん」 「……そういう変質者みたいな言い方はやめろ」 腹6分目ぐらいの、微妙な空き具合を抱えながら俺はぼやく。 「あーあ、夜中に腹減りそう」 「お菓子あるから、分けてあげるよ」 「なんでお前、あんなに残ってるのに退座したんだよ。好き嫌いはよくないぞ」 せっかくの御馳走だったのに。 まあ、あんま味も何もしなかったが。 けれど、あんなに残しては料理人にも失礼だ。 偏食から来る我儘を咎めると、天は前も向いたまま表情を動かなさかった。 「あんまり、人様の家の都合には立ち入らない方がいいよ、兄さん」 |