昼食の席は、昨日と打って変わって由紀子さんも、美奈子さん夫妻も望君もいなかった。
啓司さんがお手伝いさんに雛子ちゃんのことを聞いているのがちらりと聞こえた。
由紀子さんがまだ探しているようだ。

まだ、見つかってないのかな。
やっぱり、心配だ。
祓いが終わったら、俺も探すのを参加しよう。
お花を一緒に摘むと約束したのだ。
約束を破りたくない。

あの森に入ったんじゃないと、いいけど。
入ってもきっと、ワラシモリが助けてくれるよな。
管理者の東条家の子供なんだから。
あの化け物に襲われて、泣いてないといいけど。
怪我とか、してないといいけど。

「兄さん、今は仕事に集中」

俺が何を考えているのかわかったのか、天が昼食を食べながらぼそりと言った。
その顔は相変わらず、嫌になるほど冷静だ。

「………分かってる」
「俺達は邪気払いに来ている。人探しじゃない」
「分かってるよ!」

思わず、声を荒げてしまう。
だから嫌だ。
こいつの言葉はいつだって正しい。
東条家は俺に雛子ちゃんを探してほしいなんて思ってない。
俺の仕事は邪気払い、東条家の望みは、祭を無事に迎えること。
仕事も一人前にできない俺が、ほかのことに気を取られている余裕はない。
気持ちを、切り替えろ。

昼食の後、三の社の祓いも無事終え、本日最後の四の社となった。
もう時計は三時を回っている。
力のない俺の祓いは時間がかかってしまう。
でも、三の社もうまくいった。
昨日満タンにした力はだいぶ減ってしまったが、四の社までいけそうだ。
心に小さな満足感が生まれてくる。

大丈夫。
できるじゃないか。

「大丈夫?」
「うん、なんとかいけそうだ」

天が四の社に移動する途中の車で、聞いてくる。
俺は自分の力の残量を確かめながら、もう一回ならいけると判断する。
無理はしていない、大丈夫だ。
自分の力の残量を見極めろと、昔から言われ続けている。
まあ、あんまりうまくいってないんだが。

天がこちらを見て、俺の頬に手をかける。
じっと目を覗きこまれ、俺も天の黒い瞳を見返す。
探るようにしばらく俺の顔を見た天は、深く頷いた。

「………うん。まあいけそうだね」
「うん、大丈夫だ」
「本当は余裕なくなるぐらい使うのは愚かだけどね。まあ、今日は初仕事だから最後まで頑張って」
「ああ、分かった」

天に仕事任され、更にやる気がわいてくる。
やりとげれば、自分に少しは自信が持てそうだ。
無理はしていない。
誰にも迷惑はかけていない。
人に認められる。

それはずっと憧れていたこと。
これで俺も宮守の一員に、少しは、なれた気がする。

最後の本殿の西に位置する四の社に到着し、慣れた手順で準備を始める。
もう、最初の時のような無意味な緊張もない。
ほどよい緊張とリラックスを保っている。
力の扱いも、三の社は二の社よりも使いすぎないように加減できた。
コンディションはいい。
大丈夫だ。

四方を清め、火を焚く。
社を前に、境内の中央に座る。

さあ、ワラシモリ、最後だ。
綺麗にしてやるからな。

挨拶を済ませ、柏手を一つ。
精神を集中させ、呪言を唱え始める。
青い海。
透き通った青い海で、周りを満たす。
ゆっくりと、確実に。
邪を祓い、清浄な空気で辺りを清める。
俺の力で、辺りが染まっていく。
そして鈷を取って立ち上がり、手を伸ばす。

ぐらり。

その時、強い違和感で目がくらみ、思わず膝をつく。
な、んだ。
気持ち悪い、背筋からぞわりとした感触が這いあがる。
いきなり邪の力が強まった。
追い払ったはずの黒い蔦が、境内の隅から俺の青を喰い始める。
や、ばい。
侵食される。
だめだ、押し返せ。

「闇を祓え」

その時俺の隣に駆けよった四天が、真剣を横になぎ空気を切る。
同時に、白い力が迸る。
黒い蔦は、四天の力に押し負け、一瞬で消滅する。
喰われようとしていた力が解放されて、ほっと息をつく。

「なんですか、今の気配は……」

婆ちゃんも啓司さんも、気配を感じ取ったらしい。
不安そうな顔で辺りを見渡している。
なんだ、今の。

「ご当主様、どこかで場が汚れたようです。陽が暮れる前に邪気払いをすまし、ほかの三つの社の様子も確認したいと思います。正式な作法ではありませんが、早急に祓いを行ってもよろしいでしょうか」

天は一人落ち着いて、俺の横に立っていた。
婆ちゃんは一瞬だけ戸惑ったように呆けた顔をしたが、すぐに表情を改める。
ぴんと背筋を伸ばし、四天に向かって頷く。

「そちらの方がよさそうですね。清めが終えるなら、方法は問いません。お願いいたします」
「ご理解いただき、感謝いたします」

四天は婆ちゃんに向って深く頭を下げる。
そして俺の腕を掴んで立ちあがらせると、背をそっと押す。

「兄さん、外に出ていて」
「あ、ああ」

何も言えないまま、先ほど天がいた場所に移動する。
天は俺を追いやると、境内の中央に立った。
いつもの水晶のストラップを取り出すと、大きめの物を4つ辺りに転がす。

「宮守の血を持って、この地に恵みを。邪を祓い、浄化を与える」

簡略化された呪を唱え、指を鳴らす。
途端、水晶から、破裂したように天の白い力が一気に溢れだす。

「邪は邪に、闇より来たりしもの、元ある場所に還れ」

印を切り、剣を地面に突き立てる。
剣が土に食い込んだ途端、白い光が爆発した。
眩しくて、思わず目をつぶる。
何もかも吹き飛ばされるような力の嵐。

しばらくして、力の奔流が止む。
恐る恐る目を開くと、そこはすっかり静まり返っていた。
清浄な空気が漂っている。
他の社と同じように、地が静まり、潤い、白い力で満ちている。
完璧に、祓いが澄んでいる。

………なんだ、これ。

四天は何事もなかったかのように振り返る。

「東条家の伝統ある祭りに、このような無粋な形で儀式を行うことになったことをお許しください」
「………かまいません。今は他の社を確認いたしましょう」
「はい、参りましょう」

表情を険しくして、婆ちゃんは頷く。
そして啓司さんと婆ちゃんが車に戻る。
四天もそれに続く途中、突っ立っていた俺に声をかける。

「ほら、いくよ」

そして通り過ぎて行く。
俺は清められた境内を見て、強く拳を握る。

なんなんだよ、あれ。
あんな簡単にできるなら、最初からしておけよ。
なんか俺、馬鹿みたいじゃねえか。
必死になって、汗かいて、一つ祓いができるたびに喜んで。

悔しい悔しい悔しい。
なんであんな奴がいるんだ。
絶対に、手の届かない力。
どんなに足掻いても、辿りつけないところ。

悔しい。





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