父への報告へ行った兄達と別れて、一人長い廊下を歩く。 宮守の家は広く、使用人も含め人が大勢いるはずなのに、静かだ。 中庭を囲むようにしている廊下を歩いているうちに、自分の思考に沈んでいく。 優しく強い兄達。 小さい頃は、俺も二人のようになれると思っていた。 たとえ今は非力でも、兄達のように、強くなれると。 力を引き出し、使いこなせるようになると、信じていた。 努力を続ければ、一兄や双兄のようになれると、思っていた。 俺は、二人のようになりたかった。 だが、そんな願いが粉々に打ち砕かれるまでに、そう時間はかからなかった。 俺がどんなに頑張っても扱えない鬼と、弟が楽しそうに遊んでいるのを見た時。 いつまでたっても仕事に連れて行ってもらえない俺と違って、6歳からずっと仕事をこなしている弟が帰ってくるのを見るたび。 そして、消費するだけで、力を生みだすことも使いこなすこともできない俺が、弟から力をもらうたび。 努力ではどうにもならないことがあるのだと、事あるごとに思い知った。 二つ年下の弟は、その圧倒的な力で、俺に現実を教えてくれた。 無邪気に兄達のようになれると信じていた俺に、どうあがいても、強くなることはできないと、身を持って知らせてくれた。 俺は、足を引っ張ることしかできないのだ、と。 そう、教えてくれた。 確か、弟が生まれた時は、純粋に嬉しかった。 一人みそっかすな俺にも、えばれる相手が出来たと、モノを教えることができる対象ができたと、守ることができる相手ができたと。 小さい頃は、まだ無邪気に遊んでいた気がする。 お兄ちゃんと呼んで、追いかけてくる四天が、かわいかった。 いつから。 いつから、俺はこんな。 考えごとをしているうちに、四天の部屋の前まで来ていた。 緩く頭を振る。 駄目だ、考えていてもどうにもならない。 扉をノックしようとして、少しだけためらう。 やっぱり、天に頼むのは、嫌だ。 だめだ。 そんなこと言ってられない。 後悔するのは、もうイヤだろう。 なら、意地を張ってないで、頼むしかない。 大したことじゃない。 天は、何とも思ってない。 ただ、俺がぐじぐじ気にしているだけだ。 深呼吸をして、ノックをしようと決意する。 「兄さん?開いているよ」 だが、拳がドアを叩く前にドアはひとりで勝手に開き、その声が部屋の中から聞こえてきた。 開いたドアの前、俺は馬鹿みたいに呆けて手を挙げたまま突っ立っている。 「………あ」 「どうしたの?」 天は、勉強机の椅子に座り、こちらを見て微笑んでいた。 なんで開いたのか、なんて聞くだけ愚かだ。 純粋に力を放ったのか。 使鬼を使ったのか。 なんにせよ、四天にはどうってことないことだ。 思わず天から視線をそらすと、床に座り込んだ少女の姿が目に入った。 長い黒髪と、眉上でそろえた古風な髪形と、それにふさわしい清楚な美貌。 黒目がちの目は大きく、自然と赤い唇は小さい。 日本人形のような、非の打ちどころない華奢な美少女。 誰だって守ってあげたくなるような少女はちょっとはにかんで、頭を下げた。 「お邪魔してます。三薙さん」 「あ、栞ちゃん、来てたんだ」 「はい」 遠縁にあたる少女は、天と並ぶと一対の人形のようだった。 ガラスケースにしまっておきたくなるような、完璧な揃いの人形。 「ごめん、邪魔したね」 「あ、いえ、いいんですよ。何かしいちゃんにご用事だったんでしょう?」 「いや、出直すよ」 俺にとっても幼馴染にあたる少女は、天の彼女だ。 性格も優しく穏やかで、今時珍しい絶滅危惧種の大和撫子という奴だ。 全く天にはもったいない。 「いいの、兄さん?」 「ああ、また後で来る」 「分かった。じゃあ、後でね」 四天はひらりと手をふる。 栞ちゃんは軽く頭を下げて、笑って見送ってくれた。 部屋から出て、扉をしめる。 扉にもたれて、大きなため息をつく。 力の供給は早くしなければいけない。 天に頼まなければいけない。 弱れば弱るほど、またあの時のようなことになる。 けれど、そのタイミングを失って、俺はほっとしていた。 「兄さん」 その声に教科書に突っ伏していた顔を上げる。 ベッドで宿題をしながら、いつの間にかうたた寝していたらしい。 教科書にはよだれのシミが大きく出来ていた。 声を主を探してキョロキョロと見回すと、ドアの隣で四天が腕を組んで立っていた。 ばつが悪くて、つい八当たりしてしまう。 「の、ノックぐらいしろよ」 「したよ。返事がないんだもん」 「う」 まあ、そうだろう。 でも、だからと言って素直に謝ることなんてできない。 「だ、だからって人の部屋に勝手に」 「別にいいでしょ。兄さんがエロ本をどこに隠してるのかも知ってるのに」 「なんで知ってんだよ!」 「巨乳好きだよね。兄さん」 「ううう、うるさい!男だったら誰だって巨乳が好きだ」 「大事なのは、大きさじゃないでしょ」 しれっと、生意気なことを言う弟。 こいつ、中学生のくせに中学生のくせに。 そう言えば、栞ちゃんはそんなに胸がでかくなかったなあ。 と考えたところで。 「今何考えた、兄さん?」 「な、何も考えてない!」 四天の低い声に、俺は慌てて想像を打ち消す。 妹のような子のそんな想像をするなんて最低だ。 俺の馬鹿。 あほ。 赤くなったり青くなったりしている俺を面白そうに見ていた天は、こんこんと壁を叩いて俺の注意を引く。 「忘れないうちに、本題。父さんが呼んでるよ」 「………父さんが?」 なんだろう。 俺を呼び出すなんて、珍しい。 何かやったっだろうか。 それとも、平田の件で、何かあったのだろうか。 俺がぐるぐると考えていると、四天が小さく笑う。 「俺と兄さんに、仕事を頼みたいらしいよ」 「………え」 その信じられない言葉に、俺は耳を疑った。 |