「ふ、しいし?」

その石は禍々しいなんて形容がぴったりなオーラを垂れ流していた。
その濃密な邪に気押されてよろめくように一歩下がる。
木の枝の隙間からは光が差し込んでいるのに、辺りが夜のように暗く感じる。
べったりとねとつく空気が肺に入りこんで、息が苦しい。

「はい、死なずの石と書いて、不死石と呼ばれています」

祐樹さんも顔色を青くして、それでもまっすぐに立って答えてくれた。
天が祐樹さんを振り返り、同じ言葉を繰り返す。

「死なずの石、ですか」
「はい、不死石は生きている、と言われています。この石がここにある300年の昔から」

生きていると言われても嘘だとは言えないかもしれない。
この石は生きていて、一呼吸ごとに邪を吐き出していると言われても信じてしまう。

「この石が、この地の封印ですか?」
「はい、これがこの捨邪地の邪の管理をしています」
「ご当主も仰っていましたね。この石はどのような役割となっているのですか?」
「こちらの石が邪を抑え、また増幅し、コントロールしています。わずかな邪気でバランスが保たれるような安全弁のような役割をしています。そのおかげで当家の捨邪地はだいぶ人死が少なくなっております」

ワラシモリの土地の、ワラシモリのような役割を担っている石なのか。
形が違うだけで、邪を管理しているには違いない、神ともいえる石。

「この石の下には何が埋まってるんですか?」

天の、あの枝に止まっている鳥はなんですか、と聞くかのようなその言葉に、背筋が寒くなった。
そうだ、ただの石が邪を管理するような力を持つはずがない。
石に力を与えているのは、邪か、神か、それとも元々力のある石を探してきたのか、それとも。
祐樹さんが目を伏せて、顔を曇らせる。
その顔に、ざわざわと嫌な気持ちが更に増す。

「………人、ですね」
「何人?」
「正確には分かりませんが、一つの石に一人ではないか、と言われています」
「定期的に交換とかは?」

しばらく前の出来事が鮮やかに脳裏に思い浮かぶ。
指切りをした、小さな手。

「それはありません。この石がここに据えられた時から、寄り代は変わっていません」

祐樹さんのきっぱりとした否定に、ほっと息を吐く。
よかった、あの悲しい出来事はここではないのだ。

「なるほど。この石に何か異変は?」

天の、世間話をするかのような冷静な声が気味が悪い。
管理者としては当然の感情のコントロールだが、四天の白い無表情と相まって、ひどく人間味がなく感じる。
感情がない、なんて、そんなことはないのだろうけれど。

「私たちも何度かここに足を運んでいるのですが、この4つの石に異変は見られず………」
「そうですか」

四天が小さく息を吐く。
そこには明らかに落胆の色が見え、祐樹さんが申し訳なさそうに眉をひそめる。

「申し訳ございません。ご存じだとは思いますが、本家が絶えてから、引き継がれていない情報も多く………」
「仕方ありませんね。本家が絶えたのは、15年前でしたか?」
「はい。前当主達が雫を残し交通事故で亡くなったった際に」

来る前に石塚の家は結構前に本家が絶えて、今は分家筋が継いでいると聞いていた。
だから、あまり管理地についても詳しくないだろう、と。
けど、雫さんのことは聞いていなかった。
なるほど、雫さんは、最後の本家筋なのか。
あれ、てことは祐樹さんと雫さんは実の兄妹ではないのか。

「文献などはありますか?」
「家の蔵にあります。古く、曖昧なものばかりですが」
「口伝が多かったのですか?」
「恐らく本家の人間の中で伝わる秘伝は文献としてあったのかと思うのですが、それもどれか分からず………」

紛れていても、本家以外は分からない、か。
前当主には兄妹もおらず、現当主もだいぶ血が遠いらしい。

「雫さんは何かご存じではないのですか?」
「なにぶん、雫もまだ3つでしたから」

あの子は、そんな時に両親を亡くしたのか。
いきなり使鬼を飛ばしてくるようなアグレッシブな子だが、そう考えると悲しくなってくる。
祐樹さんの言葉の端々からは、雫さんへの思いやりが感じられるのが救いだ。

「他には何かお気づきの点は?」
「恐縮なのですが……」
「分かりました。ではとりあえず周りを一周させていただいてもいいですか?」
「はい」

天は一旦質問をそこで終え、元来た道に戻ろうと踵を返す。
俺とじっと立って聞いていた熊沢さんも後に続く。

「怪異が起こるのは夜ということでしたね?」
「はい、化け物、と言われるものが目撃されているのも夜、人死が出るのも夜です」
「分かりました。半年で5人、と言っていましたね。見つかる頻度は」
「大体、一月に一度となっています」

前で話している二人の会話に、吐き気を催す。
邪の重いねばついた空気も合間って、胸がムカムカする。
これは仕事だ、慣れなければいけない。
俺たちの仕事は、こういうことなんだから。
冷静に、悼む気持ちを忘れなくてもいいから、感情に振り回されるな。

「多いですね」
「はい…、周りの人間も不審がっています。元々この辺は捨邪地であることもあり、人死が多いのですが、それは事故などの形ですし、問題がある場合は行方不明や怪しまれないような事故としております。それが………」
「周りにもはっきりと気付かれるような不審な状況になっている、という訳ですね」
「はい」
「まずいですね。そろそろ国にも管理が問われる」
「………はい。分家筋の私たちが管理者となってから、管理が出来ていないのではないかと言われるようになってきています」
「それで私たちが呼ばれた、と。早急に解決ができるといいのですが」
「時間がかかっても仕方がない、とは理解しています。私たちも半年何もできずにいますから」

聞いているうちにより胸がムカムカしてきて、頭がクラクラしてくる。
駄目だ、こんなところで倒れるな。
他家の人間の前だぞ。

「大丈夫ですか、三薙さん?」

隣にいた熊沢さんが俺の隣にきて、耳元で囁く。
咄嗟に強がろうとして、無駄なことだと思い直して、本音を漏らす。

「………気持ち悪い、です」
「邪気酔いですね。失礼」

熊沢さんが背中に手を置いて、呪を小さくつぶやく。
背中がかすかに熱くなり、それと同時に纏わりついていた邪が少しだけ払われ、俺の周りに薄い膜のようなものが出来る。
すっと、呼吸が楽になる。
圧迫感と気持ち悪さは変わらずそこにあるものの、それが軽減される。
小さな結界のようなものを貼ってくれたようだ。
ああ、自分でやらなきゃいけなかったな、こういうの。

「平気ですか?」
「はい、ありがとうございます。ずっと楽になりました」
「三薙さんは影響を受けやすいですからね」

俺は受け取る力の方が強いから、こういうのもモロに影響を受ける、らしい。
そんなのだけ強くても、嬉しくない。
言っててもしょうがないけど。

「兄さん、熊沢さん。大丈夫?」

四天が前をこちらを見て、足を止めていた。
駄目だ、今度こそ足手まといにならないようにしなきゃ。

「大丈夫!」

そう告げて、俺は少しだけ軽くなった体で駆け寄った。



***




捨邪地の周りを一周しても特に何もなし。
得られるものはなくて、四天はまた少しだけ俺に分かるぐらいだけ不機嫌そうだった。
時間を無駄にしてもられないので、夜にまた捨邪地の様子を見に行くことにして、それまで蔵の文献を漁ることになった。
ひんやりとした蔵の中は初秋と言っていい今の時期には、ちょっと寒い。
くしゃみをすると、本を漁っていた天が顔をあげた。

「顔色が悪いよ」
「………邪気に酔った」

それに、習っているとはいえ、このミミズ文字には頭が痛くなる。
まだ江戸ぐらいからの候文でよかったけど。
すらすらとは読めないし、全部は読めないから、ところどころ重要そうなところをかいつまんで解読するがやっぱり特に得ることはない。
石塚家の縁起とか、不死石の伝説とかが書かれている。
けれど今の怪異につながるような情報はない。

「休んでていいけど」
「いや、大丈夫」

倒れるほどのものじゃないし、力はまだまだフルチャージだ。
力をふるうような時はそれほど役に立たないから、こういうところだけは役に立っておきたい。

「まあ、あそこは本当に濃厚だったからね。でもこの規模の管理地であの小さな捨邪地ですんでるとしたら、確かにあの石はすごいかもね」
「やっぱり、捨邪地って、規模に比例して大きくなるのか?」
「そりゃね。広さと言うよりは人口かな。人が集まると邪が集まるから」
「そっか。確かに、ワラシモリのところは広かったけど、ここまで濃密な邪はなかった」

あそこの捨邪地は広大な森だった。
嫌な雰囲気が絶えず森の中に広がっていたが、気分がすぐに悪くなるような濃度はなかった。
ここのあの社の森は広さは小さいけれど、中にはぎっしりみっちりつまっている感じだ。

「そういえばうちの捨邪地も、管理地の規模にしては小さくないか?うちの管理地って広いし、人も沢山いるだろ?」

勉強のために管理地内にいくつもある捨邪地に連れて行かれ、祓いもやらせてもらったことがある。
けれどここの管理地ほど濃密な邪を持つところはなかった気がする。
まあ、うちの管理地広いし、捨邪地も沢山あるみたいだから俺が知らないだけかもしれないけど。

「うちはうちで裏技があるからね」
「あの石みたいな?」
「そう、そのうち兄さんも教えられると思うよ」

てことは、もう四天は知ってるんだよな。
こいつと一兄は、どこまでも特別扱い。
一兄は次期当主見込みだから別にいいんだけど、こいつの特別扱いは、やっぱり納得いかない。
いや、こいつの力の強さを考えれば、当然なんだろうけどさ。
でもやっぱり、悔しい。

「お二人とも、お茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます!」

黙って考え込んでいると、祐樹さんの優しげな声が開け放った蔵の扉の外から響いた。
俺はお茶を受け取ろうと、立ち上がる。

「ったた」

急に立ち上がったせいの立ちくらみと、変な格好をして座って足が痺れたせいで少しよろめいてしまう。
慌てて脇にある箪笥に捕まると、祐樹さんが慌てて駆け寄ってきてお盆を片手で持って俺の体を支えてくれる。
ああ、やっぱ邪気酔いひどいかも、くらくらする。

「大丈夫ですか?」
「はい………、すいません」
「いえ」

首をふって優しく目を細めて笑ってくれる。
やっぱり、この人感じがいいなあ。
落ち着く。

「何か見つかったでしょうか?」

結局お盆は祐樹さんが持って、奥に座っていた四天にお茶を差し出す。
そして座りなおした俺にも渡してくれた。

「いえ、ほとんど祐樹さんに聞いた通りの内容ばかりですね。邪を管理するための封印として作った石、礎となる人間を一つの石につき一人を寄り代とした」
「はい、我々も探しはしたのですが………」
「ええ、まあ、何か出るとは思っていません。石塚家で確認されてなかったのだったら、ないのでしょうし」

まあ、そうだろうな。
分家筋だからって侮られないように、祐樹さんや現当主も必死で探しただろうし。
力が弱まれば、他家や国などに付け込まれる原因になりかねない。
しばらく文献で見つけた情報などを話していると、四天が顔を上げて俺を見た。

「ああ、兄さんは家の周りの様子見てきてもらってもいい?」
「え」
「俺は文献探すから、兄さんは家の中と家の周りの様子見てきてもらっていい?何があるか分からないし。祐樹さんに案内してもらって、いってきて?」





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