赤い。 赤い、世界。。 赤い夕焼けに、一面が燃えている。 「………え」 手すりの向こうには、赤い空が広がっている。 マンションの壁は、やはりオレンジ色。 「………どう、して」 なんで、この世界にいるんだ。 どうして。 なんで、なんで、なんで。 体が震えて、止まらない。 握りしめた手の平が、じっとりとした感触で不快だ。 寝てないはずだ。 確か、双兄を待つために、自分の部屋で勉強していたはずだ。 来るまでは絶対に寝ないと思って、コーヒーを飲んで、備えていた。 うたた寝でも、してしまったのか。 ありえない。 あんなに緊張して、眠れないと思っていたのに。 「………もう、いやだ」 耳が痛いほどの静寂。 生きているものの気配がしない、死んだような空間。 自分が、一人だと思い知らされる場所。 怖いのは、嫌だ。 帰りたい。 早く帰りたい。 夢から、覚めたい。 「あ、飛び下りれば、いいのか」 この前は、手すりから飛び降りたら目が覚めた。 それなら、今回もそうならないだろうか。 とにかく、早く目を覚ましたい。 天はじっとしていろと言ったけど、そうしたら、またあいつが来るかもしれない。 そんなの、嫌だ。 待ってなんていられない。 念のため、下り階段を確かめる。 やはりそこには鉄柵で、行く手が阻まれていた。 期待していなかったが、やっぱり少し不安が大きくなる。 「大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫。これは夢。大丈夫」 何度も何度も自分に言い聞かせて、階段室を出る。 階段室を出たすぐ正面には階数を示すプレートが壁に張り付いていた。 六階。 「………」 あえて感情を揺らさないようにして、すぐに廊下に出る。 早く、早く飛び降りてしまおう。 何もない空間に身を投じるのは怖いが、ここにいるよりはマシだ。 そうだ。 早く。 「………っ」 絶望に、目の前が真っ暗になる。 嫌になるほど赤い赤い世界。 血を連想させるほどの、禍々しい赤。 「う、そだ、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」 けれど、どんなに信じたくなくても、それは真実だ。 赤い赤い燃えるような世界は、鉄柵の向こうに広がってる。 これまでは赤い空を映しだしていった廊下は、完全に閉鎖されていた。 白い手すりからは、鉄格子が伸びている。 やはり前からそこにあるのが正しいと言うように、綺麗に溶接された鉄棒が天井まで伸びている。 「なんで、なんでだよ!!!」 近寄って、10cm間隔の鉄棒をつかむ。 思い切り揺さぶるが、それはやはりびくともしない。 少しくらい揺れてもいいのに、そんな気配すらない。 「いやだ、いやだいやだいやだ!!!」 もう嫌だ。 こんな世界いやだ。 まるで、罪人を閉じ込める牢のように、鉄格子は俺を逃がさない。 ああ、本当に牢屋のようだ。 逃げられない。 嫌だ。 誰か、誰か助けて。 四天、助けて。 双兄。 一兄。 助けて、助けて。 「助けて、誰か助けて、助けて!」 どうにもならないのに、俺は鉄を揺さぶり続ける。 でも、やはりそれは動きはしない。 鉄棒の間に腕を差し込み伸ばしても、二の腕でひっかかる。 当たり前だ。 どうしたらいい。 こんなの、もう嫌だ。 どうやって逃げたらいい。 カン。 「………っ」 カン、カン、カン。 一気に血の気が引いて、体温が下がる。 音のない世界に、俺以外の何かの音が、する。 ゆっくりと、鉄を打ちつけるような、音がする。 カン、カン、カン。 これは。 違う。 いや、目を逸らすな。 嫌だ。 でも、これは。 階段を、下りる音。 「い、やだ!」 怖くて怖くて怖くて、何も考えられなかった。 鉄格子から離れて、走り出す。 走って走って走って。 でも、どこに行けばいい。 このまま走っても、元の場所に戻るだけだ。 そうしたら、何かが、いる。 そんなの、嫌だ。 でも、階段は下りられない。 飛び降りることすらできない。 廊下には果てがない。 またループして元に戻る。 どこにも、逃げられない。 どうしたらいんだ。 先は果てのない廊下。 左手には、鉄格子で閉じられたてすり。 「………あった!」 後一つだけ、試してない場所があった。 右手にずらっと続いている、扉。 この中に隠れられないだろうか。 すぐ右手の扉に飛びつく。 なんの変哲もない、鉄製の扉。 後ろからすぐ後ろに何かがいる気がして、焦ってうまくノブが回せない。 早く。 早く早く。 開いて。 お願い開いて! 「開いた!!」 ガチャリと音をたてて扉は開いた。 中も見ずに飛び込む。 急いで閉めて、鍵もかける。 それが、意味があるのかは分からないけれど。 ふっと息をつく。 それからようやく、部屋の中を見る。 そこはなんの変哲もない、畳敷きの部屋だった。 いや、マンションにしたら、おかしいかな。 キッチンもなく、トイレやお風呂場らしきものもない。 ただ、6畳ほどの部屋がぽつんと、玄関のすぐ前に広がっていた。 正面には大きな窓があって、赤い光を部屋の中に呼び込んでいる。 一瞬だけ期待するが、すぐにそれは潰える。 窓にも、鉄格子がしっかりとはまっていた。 「は、あ」 それでも少しだけその閉鎖された空間に安堵して部屋の真ん中に座りこむ。 あ、畳、靴のままあがっちゃった。 まあ、いいよな。 どうせ、夢だし。 そう、夢だ。 ああ、早く覚めてくれ。 段々、夢にいる時間が、長くなってる気がする。 いや、気のせいだ。 そんな訳ない。 「……早く、覚めてくれよ」 どうしたら、覚められるのだろう。 自分を叩いたりしてみたらいいかな。 起こしてくれないかな。 誰か、俺を起こしてくれないかな。 カ、ツン。 そんなことを考えていた時、いきなり小さな音がした。 全身に冷水をあびせられたように、鳥肌が立つ。 急いで後ろを振りかる。 カツ、カツ、カツ、カツ。 ドアが、叩かれている。 叫びそうになって、口を咄嗟に抑える。 気付かれるな気付かれるな気付かれるな。 気配を消せ。 カツ、カツ、カツ。 あっちいけ、あっちいけ、あっちいけ! カ、ツ。 一瞬の沈黙。 ガチャ。 「………っ!!」 ドアノブが、回される。 ドアが乱暴に揺すられる。 ガチャ、ガチャ、ガチャガチャ。 ガチャガチャガチャ!! いやだいやだいやだ。 早く覚めて、お願い早く覚めて。 夢なら、早く覚めて。 助けて助けて助けて。 ガ、チャ。 そこで、ドアノブの動きが止まる。 諦めた、のか。 早くどっかに行って。 お願い、このまま夢が覚めて。 カチャ。 郵便受けが、小さく揺れる。 「…………っっっ!!」 叫び声を抑えるために、唇を噛みしめる。 キィ。 ゆっくりと、郵便受けの扉が開いて、赤い光が暗い玄関に差し込む。 見たくない。 嫌だ嫌だ嫌だ。 赤い光が、さえぎられる。 小さな隙間からは、黒い影が、こちらを覗き込んでいた。 「あ、あああああ、来るな!!!!」 もう我慢できなくて、思いっきり叫んでしまう。 逃げ出そうとして手足を動かすが、うまく動けない。 何かが体に絡みついている。 ガシャとかドサとか、何かの音が響いている。 あいつが、来たのだろうか。 「ああああ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ!!!あああ!!」 絡みつく布を振りほどこうとして、目を開ける。 急いでそれを自分の体から引きはがして、走り出す。 「う、ああ!!」 そしてそのまま、ベッドから転げ落ちた。 思い切り肩から倒れ込んで、体を打つ。 「った!」 肩が、じんじんと痛む。 けれど、その痛みで、ようやく我に返った。 心臓が痛いくらいに全身に血液を送りこんでいる。 脳が、沸騰しそうなほどに熱い。 呼吸が苦しくて、体中に汗が纏わりついている。 自分の汗の匂いに、不快感を覚える。 ああ、匂いがある。 感覚が、ある。 「あ………」 そうか、ここは、現実か。 俺は、逃げられたのか。 震える唇と喉に無理矢理呼吸を送り込んで、吐きだす。 苦しい。 息が苦しくて、体が震える。 でも、大丈夫。 もう、大丈夫。 「だい、じょうぶ」 少しだけ落ち着いて、辺りを見回す。 俺はベッドから転げ落ちたようだ。 辺りには布団や、教科書や筆記用具が散乱して、ひどい状態だった。 「………寝て、しまったのか?嘘、だろ」 確かいつものようにベッドの上で勉強していたはずだ。 緊張して、怖くて、これじゃ眠れないなって思っていた。 それでも念のためコーヒーも飲んだ。 いつもは飲まないから、コーヒーを飲んだら俺は覿面に眠れなくなる。 「………」 それなのに、いつのまに、寝ていた。 どういう、ことだ。 大きくぶるりと震える。 「………し、てん」 まだ震えが止まらない体を叱咤して、立ち上がる。 膝も震えている。 うまく歩けない。 壁を伝うようにして、部屋から出る。 一人では、いたくない。 またここにいて、眠ってしまったら。 「………っ」 嫌だ、嫌だ嫌だ。 もう、あんなのは嫌だ。 ふらふらとおぼつかない足取りで、廊下を歩く。 四天は、どこにいるのだろう。 廊下の先に、見知った小柄な影が見えた。 作業用の野袴を纏った、老人。 「………あ、宮城さん」 宮城さんは廊下の端によると、静かに頭を下げる。 自分の父親よりも年上の人に深々と頭を下げられるのは、いつも通り居心地が悪い。 「あ、の」 「なんでございましょう」 宮城さんは少しだけ顔を上げる。 低くしわがれた声は、しかし不思議と通りがよく耳に届く。 「四天、知りませんか?」 「四天様でしたら、道場にいらっしゃいます」 「そうですか。ありがとうございます」 礼を言って、さっさと立ち去ろうとする。 しかし、宮城さんが声をかけてくる。 「お顔色が悪いようですが、どうされましたか?」 「あ、えっと、………寝不足です」 「そうですか。大事なお体です。十分にお気をつけください」 「ありがとうございます」 いつもながら、俺達家族のことを自分の体以上に気にする人だ。 俺のお祖父さんの頃からこの家に仕えてくれてるらしいから、忠誠心なんてものがあるのかな。 なんか、現代社会にそぐわない人、だ。 ちらりと後ろを振り向くと、やはり気配なく宮城さんはいなくなっていた。 道場に辿りつくと、中からは風が切る音がした。 シュっという音が、何度も響く。 あ、剣の修行、してるのかな。 邪魔しないようにそっと覗きこむと、予想通り四天は袴姿で剣を振っていた。 床を踏みしめ、くるりと身を翻し、剣を振り下ろす。 どうやら、演武を行っているようだ。 真剣を使っているのに、重みも、扱うことへの恐怖も、まったく感じさせない。 まるで木刀かのように、軽々と操り、風を切る。 白い力を全身に纏い、動くたびにその軌跡が出来る。 舞を舞うような、優雅な姿。 ああ、やっぱり、綺麗だな。 チリリと胸を焼く、嫉妬。 それでも、やっぱり天が剣を振るう姿は綺麗だと思う。 「兄さん?」 「………あ」 物陰にいたが、気付かれていたらしい。 天はキリのいいところで手をとめて、額を拭いながらこちらを見る。 苦労なく動かしているようだったが、汗をびっしょりとかいて胴着が濡れている。 「………ごめん、邪魔して」 「別にいいけど。どうしたの?」 「………」 どうしたか、と言われても困る。 一人でいたら、寝てしまう。 寝たら、またあのマンションに行ってしまう。 だから、仕方ないから四天のところに来たのだ。 そう、仕方ない。 一兄も双兄もいないし、父さんと母さんの手を煩わせるのも、悪い。 「………お前、これから、出かけるか?」 「今日は家にいるけど」 「………」 そういえば、こいつ、受験生だったっけ。 いっつも忘れるんだけど。 そっか。 家にいるのか。 「何?」 「………ここに、いていいか?」 「は?別にいいんじゃない?俺はシャワー浴びてくるけど」 「だ、駄目だ!」 「は?」 四天は怪訝そうに顔を顰める。 それじゃ意味ないだろう、この馬鹿が。 このコールドブラッド。 「………」 「兄さん?」 四天はタオルで顔と首筋を拭って、面倒くさそうに聞いてくる。 なんて言ったらいいんだ。 「………また夢、見たんだ」 「何、昼寝でもしたの?」 「気が付いたら、寝てて」 「そりゃ豪気だね」 俺だって、まさか寝るとは思わなかった。 寝る状況じゃ、なかったはずだ。 だからこそ、余計に怖い。 自分の体が、自分の意志で動いていない。 「六階いて、どこにも、逃げられなくて………」 階段も、飛び下りることもできずに、迷って。 部屋に入って。 それもあいつは襲ってきて。 顔は見ていないが、何か黒いものが覗き込んだ気がした。 「で?」 話し終わると四天は、表情一つ変えずに冷たく聞いた。 ちくしょう、少しは察しろ。 ていうか察して、わざと言ってるだろ、この馬鹿。 本当にこいつムカつく。 「俺が、寝ないように………」 「うん」 ああ、言いたくない。 言いたくない。 言いたくないが。 ここで意地を張ったら間違いなく四天は、あっさり俺を置いてどこかにいってしまうだろう。 「………一緒にいてくれ」 屈辱に、顔が熱くなる。 悔しい。 ムカつく。 なんでこいつにこんなこと頼まなきゃいけないんだ。 どうして一兄、今いてくれないんだよ。 双兄も、早く帰って来てくれればいいのに。 「なるほど」 「………」 四天は無表情に一つ頷く。 そして肩をすくめてあっさりと言った。 「まあ、いいけどね」 「本当か!?」 「うん。………ああ」 喜ぶ俺に、そこでにやりと意地悪そうに笑う。 ああ、こいつ本当にこういう笑い方似合うよな。 「お願いは?」 「………お前、本当に性格悪いよな」 「そこは礼義でしょ?」 にっこりと綺麗に笑う四天。 笑顔だけは天使のようだが、中身は腹黒真っ黒悪魔だ。 でも背に腹は代えられない。 「………お願い、します」 「はいはい。じゃあ、勉強教えてくれる?」 人がせっかく頭を下げたのに、なんなんだその態度は。 こいつは本当にどうしてここまで性格が悪いんだ。 なんでこんなひねくれたんだ。 「………お願いは?」 「お願いしまーす」 でも、これで、双兄が返ってくるまで、どうにかなる。 「ただいまー」 夜の8時過ぎに、ようやく待ちに待った声が響いた。 俺は居間を飛び出して、玄関先に走る。 「双兄!!!」 1週間ぶりぐらいの双兄は、今日もけだるそうな雰囲気だった。 俺の顔を見て、にやりと笑う。 「おお、熱烈歓迎!」 「お帰り!双兄、双兄!」 涙が出そうになるほどほっとして、靴を脱ぎ終えた双兄の腕に飛びつく。 これで、もう、大丈夫だ。 「双兄、あの」 「おお、なんだ、そんなにお兄様の帰還が嬉しいのか。甘えただな、お前は」 さっそく事情を説明しようとするが、それを遮るようにぐりぐりと強い力で頭を撫でられる。 ていうか撫でるんじゃなくて殴っている。 その手を思い切り振り払う。 「そうじゃねーよ!」 「照れるな照れるな」 「だから違げーって!」 「お前は本当にシャイだなあ」 「違うんだって!助けてよ!変な夢、なんか、マンション、逃げられなくて!」 「てい」 「痛!」 いきなり脳天チョップを食らわせられた。 兄弟の中で一番背の高い双兄の食らわすチョップはかなり痛い。 頭を抑えて、恨みを込めて睨む。 双兄は苦笑して、ぽんぽんと俺の頭を軽く叩く。 「はいはい、落ち着け。四天から大体の話は聞いてる」 「………双兄」 「そんな情けない顔するんじゃねーよ」 双兄が、ぎゅうっと俺のほっぺたを軽くつねる。 そして、目を細めて珍しくとても優しく微笑んだ。 その顔に、ためこんだ不安が、一気に溢れて行く。 「………助けて、双兄」 「だからんな情けねー顔するなって」 「………だって」 もう、あの夢は見たくない。 もう、一人でいたくない。 助けて欲しい。 もう、いやだ。 双兄はにやりと笑って、おおげさに拳で自分の胸を叩いた。 「お兄様が帰ってきたからにはもう大丈夫!お兄様にまかせなさーい!」 「きたねー部屋」 「だまらっしゃい」 素直な感想に、軽くゲンコツを食らわせられる。 相変わらず、双兄の部屋は汚かった。 床が見えない。 座る場所がない。 ていうかなんであんなところにエロ本大公開。 オープンにもほどがある。 カオスだ。 「なんでわざわざ双兄の部屋?」 「まあ、どこでもいいんだけど、落ち着く場所の方がやりやすいんだよ」 「………落ち着くんだ」 「やかましい」 もっかいゲンコツを食らわせられた。 それから双兄は器用に道なき道を掻きわけて、奥のベッドに辿りつくとどさっと座りこむ。 心配したが、埃は立たなかった。 お手伝いさんが、掃除してくれているおかげだな。 でもこの部屋どうやって掃除してるんだろう。 「で、もっかい詳しく聞かせろ」 四天は机に備え付けの椅子から本を放りだして座った。 あいつ、ずるい。 俺は、仕方なくその辺の本で椅子を作って座りこむ。 「………えっと」 そして、これまでの夢の話を伝えた。 話し終わって、双兄が難しい顔で口に手を当てる。 「………なるほどな」 「だいじょう、ぶかな」 自分でも恥ずかしくなるぐらい弱々しい声が出た。 双兄はそんな俺に、唇の端を持ち上げて苦笑した。 「まあ、なんとかなるだろ。夢が媒介なら、俺のテリトリーだ。信じろ」 「………うん!」 力強い答えに、俺も思い切り頷く。 双兄はふざけてて性格悪くて意地悪でいつもおちゃらけているけど、やる時はやる人だ。 その双兄が、言いきったんだ。 それなら、大丈夫。 いつだって、いざって時は、頼れる人だった。 「お前は、俺の術見るの、初めてだったよな」 「うん」 「………そうか。あー………」 双兄は天井を見て、小さく唸る。 それから、つまらなそうに隅に座っている四天に視線を移した。 「四天、説明は?」 「何も」 「気がきかねーな」 「言う方が出過ぎた真似かと思って」 「本当にお前はかわいくねーな」 「ごめんね」 二人の会話がなんのことか分からなくて、不安になる。 何か、問題でもあるのだろうか。 「双兄?」 「んー。まあいっか」 「双兄?」 「いや、なんでもない」 ふっと息を吹き出して、首を緩くふった。 なんなのだろう。 「四天、見張り頼むぞ」 「はいはい。面倒だけど、やるよ」 「俺の寝顔が見れるなんて光栄だろう」 「身に余る光栄、恐縮です」 四天が面倒くさそうに言うが、双兄はそうだろうそうだろうと頷いた。 相変わらず、仲がいいんだか悪いんだか、分からない二人だ。 「んじゃ、三薙来い」 「う、うん」 呼ばれてなんとか腐海をくぐりぬけ、双兄のベッドに辿りつく。 手をひかれ、思ったよりも清潔なベッドに、双兄に抱きこまれるように一緒に横になる。 双兄は手足が長いから、俺の体がすっぽり入ってしまう。 ほっそいけど。 「依頼人とも、一緒に寝るの?」 「まあ、横には寝るけど布団は別。ただ術式ちゃんと組まなきゃいけないけどな。面倒だからお前はこれでいいだろ。接触してるし、血のつながりがあるからなんとかなる」 「ふーん」 確かに、これ依頼人にやってたら問題だよな。 女性とか。 いや、男性の方が問題か。 「目を瞑って」 「………うん」 馬鹿なことを考えていると、促されて目を閉じる。 広い胸に顔を寄せると、双兄の甘いコロンの匂いがする。 なんか、懐かしいな。 小さい頃、こうやって一緒に昼寝した。 「じゃあ、夢の中に行くぞ」 「………うん」 あの恐怖を思い出して、体が竦む。 もう、あれは体験したくない。 でも、立ち向かわなきゃどうにもならない。 心細くて、双兄のシャツを掴む。 小さく笑った気配がして、ぽんぽんと背中を軽く叩かれる。 「大丈夫。信じろ」 「………うん」 大丈夫。 双兄なら、信じられる。 双兄は出来ないことを、出来るとは言わない。 言わないよな。 たまに言うかも。 「じゃあ、俺によろしく」 「へ?」 「じゃ、行くぞ」 「あ、うん!」 ぎゅっと目を瞑る。 双兄の男性にしては高く甘めの声が、呪言を唱え始める。 「宮守の血の盟約に従いて、血の絆を辿り此の者の心の流れに力纏いしもの………」 その一定のリズムの音を聞きながら、俺の意識は闇に落ちて行った。 |