遊びの時間は終わって、帰りの会をやって、あっというまに帰りの時間になった。
保護者が迎えに来て、子供達の大半は帰ってしまった。
まだ園庭に残って遊んでいる子供達を眺めながら、俺は島田さんともう一人の俺とそう年も変わらなそうな由比さんという先生と話をする。
さっきの子供達の急激な変化について、聞きたかった。
急激な変化、そうとしか言いようがなかった。
でもあの後は、そんなことなかったかのように皆。至って普通だったので、自分の気のせいかと思い始めていた。
それほどに、常とは違う印象だった。

「あの、子供達には、変なところって、ないんですよね?」
「え?」
「様子がおかしい、とか」

島田さんと由比さんは顔を見合わせて、ちょっと考える。
そして譲り合うように視線を交わし合って、由比さんが話し始めた。

「そうですね、こちらの不安が伝染しているのか、ちょっとそわそわしているところはありますね」
「急に、性格が変わったようになる、とかないですよね」
「え」

何を言っているのか、という感じで目を丸くする。
その反応を見て、先生たちは何も感じていないのだと分かった。
だから早々に話を打ち切ることにする。
俺の勘違い、かもしれないし。

「いえ、なんでもないです」
「何かありました?」
「大丈夫です」
「そうですか?」

それでも不安そうに島田さんと由比さんは顔を見合わせて顔を曇らせる。
しまったな、変なことを聞いてしまった。
俺は慌てて園庭に視線を移して、話を変える。

「終わった後も、結構皆遅くまで残ってるんですね」

園庭では、まだ多くの子供達が賑やかに遊んでいる。
迎えがまだ来ないのだろうか。
俺の疑問には、由比さんが答えてくれた。

「ああ、預かり保育です。最近はもうどこもやってますね」
「預かり保育?」
「はい、幼稚園は二時か三時に派終わってしまうでしょう?今共働きも増えてますから、それじゃ間に合わないんですよね。保育園と一緒で遅くまで預かる制度があるんです。別料金ですけどね」
「へえ」
「三薙さんの頃はやってませんでした?」
「俺、あんまり幼稚園通えてなかったんで、幼稚園の頃って覚えてないですよね。どうだったんだろ」
「え?」
「あ、その、体が弱くて」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、今はもう全然健康体ですから」

だから、懐かしいと共に、幼稚園って場所はとても新鮮だ。
少ししか通えず、友達も出来なかった。
あの頃は今より力の制御がうまくなくて、よく倒れていた。
その上、邪の扱いも分からず、よく纏いつかせていた。
だから、あまり家から出ることが出来なかったのだ。
なんとか普通に通えるようになったのは小学校一年の半ば。
人づきあいがすっかり苦手な子供になっていた。
昔のことを思いだしていると、島田さんが好奇心を露わにして聞いてくる。

「あの、幽霊が見えるって、どんな感じですか?怖くないですか?」

幽霊って一般の人が言っているのは、人が死んだ後に化けて出るってアレだよな。
俺たちが相手にしているのはちょっと違うが、まあ意志が残っている人にも対峙したりもするからあながち間違ってもないか。

「怖いですよ。俺たちが相手にするのは人に害をなすものが多いですから」
「幽霊って、やっぱり祟ったりするんですか!?」
「うーん、幽霊っていうか、なんでしょうね。自然の一部なんですけど」
「自然の一部?」
「ええ、自然の力が強いところから生まれるものや、人の意志から生まれるもの、なんていうかな、強い力の塊って感じです。いいものもあれば悪いものもある。俺たちが相手にするのは悪いものであることが多いです」

自然から生じる力、人の意志や欲望なんかから生まれた力。
鬼や神、妖精,妖怪、どんな言葉をつけようとも根本的には一緒。
力、だ。
意志があったりなかったり。
人に優しかったり優しくなかったり。

力はただ己の性質に従い動く。
それは自然現象なんかと一緒だ。
人間の力ではどうにもできないし、どうにかするようなものではない。

俺たちはただ人間の都合で生きやすいようにそれらをわずかにコントロールするだけ。
清濁異ならず、清きも濁りも受け入れる。
ただ、バランスの崩れた場所を直すってなると自然、邪に偏ったものと対峙することが多くなる。

「本当に、いるんですか、そういうの?」
「信じられないですか?」
「あ、ご、ごめんなさい!」

素直な由比先生の言葉に、自然と笑ってしまう。
信じられないのは、当然だ。
目に見えないものを信じろというのが無理な話。
多くの人は、自分達以外のものを見る力を失くしてしまった。

「いいですよ。見えない人としてはそういう反応が自然ですから」
「………ごめんなさい」
「気にしないでください。こっちこそすいません。それが当然ですよ。それでいいんだと思います」

見えないことは、怖いとは思う。
何も出来ないまま、それらに翻弄されていることもあるのだろうから。
けれど見えない人は無視をするということで、一定の強さを得ることもある。
信じないだけで、それらを跳ね返すこともある。
だから、どっちがどっちとは、言えない。

「でも、こういうことが起こると、本当にあるのかな、って思います」

島田先生がとりなすように続ける。
気を使わせてしまって、申し訳ない。
やっぱり先生方の中では信じてない人が多いんだろうな。
少し哀しいけれど、それでいい。

「早く解決して、皆さんが安心して子供達の面倒みられるようにしますね」

なるべく頼もしく見えるように、一兄みたいに笑うようにする。
信じられなくてもいい、解決して、子供達が普通に過ごせれば、それでいいんだ。
俺は俺の仕事を、するだけ。

「まだ若いのに、しっかりしてるんですね。そういうお仕事してるからかな」

島田先生が、ふっとため息をついて、微かに笑う。
その優しげな微笑みに、一気に頭に血が上る。
しっかりしてる、なんて言ってもらえたのは初めてだ。
しかも年上の女性に。

「え、そ、そうですか?」
「うん、頼もしいです」
「あ、ありがとうございます」

嬉しくて、緊張してしまって、声がひっくりかえる。
うわ、恥ずかしい。
例えお世辞でも、嬉しくてドキドキしてくる。
でもこれ以上ここにいると墓穴を掘ってしまいそうだったので、俺は園庭へ駆けだす。

「あ、あの、ちょっと、子供達に話聞いてきますね」

ああ、もう、しっかりしてる、とか初めて言われた。
馬鹿だドジだ間抜けだ何も考えてないと言われ続け、自分でもそう思っているが、お世辞でもなんでもやっぱり嬉しい。
しっかりしていると、年上の女性に、言われた。
気合いが入った。
よし、頑張るぞ。

走りながら園内をぐるりと見渡す。
やっぱり滑り台が一番人気、後はタイヤ遊びと、園庭の真ん中で固まっている四人組。
残りは教室の中かな。

「健吾君!」
「あ、お兄ちゃん」

庭の真ん中の集団に、見覚えのある子達がいた。
俺はそこに駆け寄り、見上げてくる子供達に笑いかけた。

「皆、何やってるの?」
「けんけんぱ!」
「けんけんぱだよ!」

女の子が二人に男の子が二人のバランスのいい集団。
皆が口々に何をしているか教えてくれる。
けんけんぱ、か。
彼らの真ん中には小さな円がいくつか描かれている。
そういえば昔、誰かがやっているのを見たことがあるかもしれない。

「へえ。いれてもらってもいい?」
「うん、いいよ!」

皆は満面の笑みで大きく頷いてくれた。
ああ、やっぱりかわいいなあ、もう。
俺あんなんじゃなくて、こんなかわいい弟とか妹欲しかった。

「遊び方教えてもらってもいい?」
「知らないの?」
「うん、ごめんね」
「もう!」

ショートカットの志乃ちゃんは仕方ないなあって感じで腰に手を当てる。
俺がごめんと謝ると、それでも志乃ちゃんはお姉さんのようにすまして笑って、丁寧に教えてくれた。

「あのね、まずね石を一個拾って一番最初の丸に入れるの」

言われて周りを見渡して、適当な石を園庭の隅から拾ってくる。
そしてそれを最初の円に放り投げる。
ころころと転がる石は、円から少しだけはみ出してしまった。

「えっと、こう?」
「はみ出たら一回休み」
「嘘!」

開始早々いきなりの駄目出し。
大ショックだ。
けれど志乃ちゃんはやっぱりお姉さんみたいに笑いながら、許してくれた。

「仕方ないなあ、今回はおまけ。もう一回投げていいよ」
「ありがとう!」

俺は石を拾い上げてもう一回投げる。
今度はちゃんと円の中に収まってくれた。

「で、けんけんぱ、で、あっちまで行って帰ってくる。最後に石を拾ってここまで戻ってきたら、もう一回投げるの。今度は二個目の丸」
「ふんふん」
「少しでもはみ出たり、足付いたら駄目だよ」
「なるほど」

志乃ちゃんはデモンストレーションを加えながら、やってみせてくれた。
なんとなく分かった気がする。

「じゃあ、お兄ちゃんやってみて」
「よし、えっと、けんけんぱ、っと。これでいいんだっけ?」

ぱ、のところで後ろを振り向くと、皆は手を叩いてくれた。

「うん、そうそう、うまいうまい」
「ありがと!」

俺はけんけんぱ、と何回か繰り返して、行って帰ってくる。
結構これ、足に来るな。
園児の遊びって、中々にハード。

「よし、一週目っと」

最初の円に戻ってきて、石を拾い上げる。
そしてスタートに戻って、今度は二個目の円をめがけて投げる。

「で、もう一回投げる」
「そうそう」

その後、三回目の挑戦で、俺は足は円からみでてしまった。
本当に結構ハードだ。
その後は、順番に皆の番で、皆中々器用にけんけんぱをしていく。
そして一周して、俺の番に戻ってきた時に、一つ気付く。

「あれ、ねえ」

遊んでいるのは、志乃ちゃんと、健吾君と、遥ちゃんと翼君。
四人プラス俺一人。

「なあに?」
「石が一個多くない?誰がいたの?」

五個目の円に石が一個落っこちているが、誰もあれを動かさなかった。
ここにいるのは、五人。
けれど、数えてみると、石は六つ。

「もう、帰っちゃったの?」

言って、振り返って、背筋が凍る。
子供達はじっと俺を見上げていた。
またさっきのような、表情を消した、子供らしくない静かな顔で。

「………」
「………」
「………」
「………」

小さな子供だ。
さっきまで一緒に笑っていた、かわいい子たちだ。
けれどなぜか、今は彼らに畏怖の念すら覚える。
気押されるように一歩後ずさると、ざりっと砂を蹴る音がした。

「志乃………ちゃん?」

子供達は顔を見合わせて、くすりと小さく笑う。
そしてまた一緒に俺を見上げる。

「知らない」
「知らないよ」

さっきと同じように、無表情で知らないと口にする。
たった今まで一緒に遊んでいたあどけない子供達が、なんだか見知らぬ得体の知れないもののように感じて、全身が粟立つ。

「行こ」

子供達は手をつないで、俺に背を向ける。
そしてさっさと駆けていってしまう。

「あ、健吾君!志乃ちゃん!」

呼び止める声は遅かった。
そしてその背中を追う勇気も、今は出なかった。
完全にビビっていた。
ただただ俺は、あの小さな子たちを、恐れていた。

「………」

もう冬の近い今。
外は確かに寒いが、それ以上の寒気を周りに感じていた。
背筋がゾクゾクとして、震えが止まらない。
そのままどれくらい突っ立っていただろうか。

「三薙」

耳に染みわたる声に、現実に急激に引き戻された。
緊張していた体から、力が抜けて行く。

「一兄!」

振り向くと、そこには想像通りの長身の姿。
俺は小さい頃から尊敬してやまない兄に、慌てて駆け寄る。
心臓がいまだに、波打って落ち着かない。

「遅くなって悪かったな」

一兄はただ穏やかに笑っている。
俺はどうしようもなく安心する自分が分かった。

「一兄っ」
「三薙?」

その腕に飛びつくと、兄は驚いたように目を丸くした。
大きく息を吸って、吐く。
一兄の好むお香の匂いが、鼻孔いっぱいに広がる。

「………」
「………どうした?」
「………ごめん、大丈夫」

一兄が肩をぽんぽんと叩いてくれる。
それで俺はようやく、肩から力を抜くことが出来た。

「あのね」

そしてさっきの不可解な出来事を一兄にうまく説明するために、動かない脳みそを働かせることにした。





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