それからしばらくして、また一兄からのメールが入る。

「まだ藤吉と佐藤来てないけど、遅くなるからもうスタートしろって」
「チヅって呼ばないの?」
「う」

なんか、岡野がとても刺々しい気がする。
俺の気のせいだろうか。
なんだろう、俺が調子乗ってるのがいけないのだろうか。
女の子を名前呼びなんて百年早いとか。

「ほら、二人ともいこ。寒いし」

思わず黙り込んだ俺と岡野を、槇がにこにこと笑いながら促す。
変わらない槇の態度のほっとしながら、大きく頷く。

「そ、そうだよ、行こう!ほら、岡野も!」
「………」

けれど岡野は不機嫌そうに口を引き結んで俺を冷たく見るだけ。
まるで出会った時のように戻ってしまったようで、焦ると共にちょっと哀しくなってくる。
最近では、仲良くなれてきたと思っていたのだが、やっぱり怒らせてしまったのだろうか。
嫌われてしまっただろうか。
気付いたら視線を落としていた俺の腕を、槇がぽんぽんと優しげに叩く。

「大丈夫だよ、宮守君。彩は拗ねてるだけだから。目つきが悪いから怖いけど」
「チエ!」

岡野はきつい美人だから、そうやって怒った顔をしていると槇の言うとおり正直怖い。
けれど槇はまるで気にする様子はなくにこにこと笑っている。
負けたようにため息ついたのは岡野だった。

「ほら、もう、いいから行くよ」
「あ、う、うん」

そう言って乱暴に歩き始めた。
砂利が敷かれた道は、月明かりに照らされた白く輝いていて、歩くたびにざりざりと音を立てる。

「本当に素直じゃないなあ」
「うっせ」

おっとりとしているが、こうしてみると槇の方が強いのかもしれない。
俺には分からない、なんだか二人だけに分かる空気、みたいなのを感じる。
疎外感は少しあるが、それよりもなんだか微笑ましくなってしまう。

「三人って、仲いいよな。高校で知り合ったの?」

辺りには虫の声と鳥の声が響いている。
懐中電灯で足元を照らしながら、手持無沙汰に会話を振る。
一緒にいるのが奇異にみえるくらい、三人ともタイプがバラバラだ。
けれどなぜかしっくりといく、不思議な関係。

「私と彩は、小学校の頃から。千津とは高校から。一年の時に、彩と千津が同じクラスで仲良くなったの」
「へえ、二人はそんな昔からなんだ」
「うん、小学校三年、かな」

幼馴染ってことになるのかな。
俺には親戚や家の関係者以外の幼馴染っていうのはいないから、羨ましく感じる。

「同じクラスとかだったの?」
「うん、そう。私、太ってるじゃない?」
「え」

いきなりの質問に、思わず言葉につまる。
確かにスレンダーな岡野や佐藤に比べたら、槇はちょっとぽっちゃりしている。
けれどそれがふわふわとした槇らしくて、とてもかわいらしい。
と個人的には思っているのだがそれを正直に言うのは失礼にあたるのだろうか。
返答に困っていると、予想通りだったのか槇がくすくすと笑う。

「気にしないで。私、食べることが好きなの。太り過ぎないようにはしてるんだけど、やっぱり彩や千津と比べて太いんだよね。うちの両親も横に大きな人達だから、子供が太ってても気にならないの。だから、小学校の頃は今よりもっとぽちゃぽちゃしてたんだよね」

本当に卑屈な気持ちで言っている訳ではないらしく、あっけらかんとしている。
けれど、なんとも答えつらい。
ここは藤吉の教えに従うとしよう。
沈黙は金だ。

「それで男の子から、からかわれたり、一部の女の子からも陰口叩かれたりして、ちょっと浮いてたの。そんな時、いつも庇ってくれたのが彩だったんだよね」
「図書館行った帰りにお金なくて困ってる時、あんたが貸してくれたから。その礼だったの」
「彩は礼儀正しいからなあ」

槇の褒め言葉が気に入らないのか、ふんと鼻を鳴らす。
もしかして、これは照れているのだろうか。

「ていうかぶっちゃけ私も浮いてたし」
「確かにね。男子の友達の方が多くて、女子から倦厭されてたしね」
「女子も男子も本当にうざい」

綺麗に整えられた眉を潜めて、吐き捨てる。
浮いてたってなんか意外にも思えるし、納得が出来る気もする。
岡野美人だし、そういう弊害があるのか。
俺は学校を休みがちだったことと気味悪がられていたことがあって友達はいなかったが、積極的に何かされたことはなかった。

「ていうかチエは全然、庇う必要なかったけどね。あんた堪えてなかったし」
「だって、仕方ないじゃない。文句言われても私が食べるの好きなんだもん。健康に悪いほど太ってる訳じゃないし」

あっさりとした言葉が意外で、思わず隣の槇をまじまじと見てしまう。
槇は穏やかにいつものように笑っている。

「あんたのその開き直りっぷりマジすげえ」
「お父さんがお母さん好きになったように、広い世界、こんな私でも好きになってくれる人どこかにいるだろうし。ほら、彩も千津も、宮守君も藤吉君も友達になってくれたでしょう?」

友達って言葉が嬉しくて、ほんわりとするのと同時に、その強さが眩しく思う。
人の目が気になってしまう俺には、そんな達観することは出来なさそうだ。
そもそも取り柄のない俺と違って、槇は優しくて穏やかでかわいらしい魅力的な女の子なんだけど。

「見かけによらず、本当に図太いよね」
「彩は見かけによらず繊細だからね」

槇がくすくすと楽しそうに笑う。
そして悪戯っぽく俺の耳に顔を寄せて、けれど岡野にも全然聞こえる内緒話をする。

「私がからかわれてる時にね、彩が泣くの。なんで言い返さないの、悔しくないのって、私のために怒って泣いてくれるの」
「チエ!!」

恥ずかしいらしい過去を暴露された岡野は、顔を今度こそ真っ赤にした。
けれどやっぱり槇は動じないでにこにこと笑っている。

「ね、かわいいでしょ。私結構ひねくれてるから、わざわざ苛められっ子をかばうなんて面倒な人だなあ、ぐらいに考えてたんだけど、泣いてる彩があんまりにもかわいいから、お友達になりたくなっちゃった」
「言っておくけど、私らの中で一番性格悪いのチエだからね」

岡野が苦虫をかみつぶしたような渋面で、言う。
そんな岡野がかわいくて、槇の強さが意外で、でも好ましくて。
なんだかそのやりとりが、本当に微笑ましくつい笑ってしまう。

「本当に、仲いいんだな。いいなあ」

長年一緒に過ごしてきた絆、みたいなものを感じる。
小学校の頃の二人は、どんな子達だったのだろうか。

「俺も、小学校の頃の二人に、会いたかったな」

言うと、隣にいた槇とその隣にいた岡野が俺の顔をじっと見てくる。

「あ、お、俺じゃ友達になれなかったかもしれないけど」

二人の浮っぷりなんて問題にならないぐらい浮いていただろう俺は、きっと話すこともできなかったに違いない。
それでも、楽しそうな二人を見るだけでもしたかった。
出来れば、話して、一緒に遊んでみたかったけれど。

「あんたも浮いてたんでしょ?だったら、あぶれ同士で仲良くなったんじゃね?」
「そうだねえ、はみ出し者同士で友達にきっとなれたね」

そして二人はそんな優しいことを言ってくれる。
なんか俺、二人の優しい言葉を期待して、わざと卑屈なことを言ったみたいだ。
きっと、そうなんだけど。

「なんかやだな、それ」
「贅沢言える立場なの?」
「私達で我慢してね」

だって、二人は絶対、こんな嬉しいことを言ってくれるんだから。
だから、何度でも確かめたくなってしまう。
今ここに二人がいてくれるのは、夢じゃないんだって。
二人とも、それに、藤吉や佐藤も、俺の友達なんだって。

「………俺は、岡野や、槇や、藤吉や佐藤に会えて、よかった。と、友達になれて、よかった」

ずっとずっと欲しかった、友達。
兄弟は遊んでくれるし、家中の人達も優しくしてくれる。
それでも、学校で一緒に笑いあえる存在が欲しかった。
それが、こいつらで、本当によかった。

「後で、二人にも言うけど、一緒に旅行、来てくれて、ありがとう。すごく、嬉しかった。楽しかった」

次が本当にあるかどうかは、分からない。
でも、あるといいなと、思う。
またこんな風に皆で遊びたい。
大好きな皆と一緒にいたい。

「まだ終わってないし」
「次はどこに行こう。私、温かいところがいいかな。それで、ご飯がおいしいところね」

ぶっきらぼうに答える岡野に、冗談ぽく笑う槇。
もう、駄目だな、俺。
涙腺が壊れてしまっている。

「また泣く」
「本当に泣き虫だなあ」
「………ごめん」

慌てて涙を拭うが、胸の熱さは消えそうにない。

「彩の胸が今なら空いてるよ」
「え、ええ!?」
「真に受けんな、馬鹿」

そして岡野が俺の頭をはたいて、槇が笑った。
俺もつられて、笑ってしまう。

「………」

そして急に三人とも黙ってしまう。
辺りが、しん、と静まり返って、何も聞こえなくなってしまう。
聞こえるのは、三人が砂利道を踏みしめる音だけ。
不思議とその沈黙が居心地悪くない。
うずうずとくすぐったくなるような、静かな、道。

「………」

砂利を踏みしめる音が響く。
三人の息遣いが聞こえる。

「………?」

砂利を踏みしめる音しかしない。

「………あれ……?」

さっきまで煩いほどに聞こえていた、鳥の声、虫の声、風の音、木々が揺れる音。
一切の音がない。
砂利を踏みしめる音が、響く。
ざり、ざり、ざり、ざり。

「………」

俺と岡野と槇。
そして、後ろから聞こえる、小さな足音。

「………」
「………宮守?」
「し」

急に意識を集中し始めた俺に気付いたのか、岡野が不審そうに俺の顔を見る。
指を一本たてて、静かにしてもらう。
静まり返った道に、砂利を踏みしめる音が響く。
ざり、ざり、ざり、ざり。

「………足音、聞こえるね」

槇も気付いたのか、後ろを気にしながら顔を強張らせる。
岡野も小さく息を飲む。

「ちょっと、止まってみよう」

気のせいかもしれない。
人かもしれない。
いや、この状況だったらむしろ人の方が怖いかもしれない。
一応武道を一通り修めてるし、術だって使える。
二人を守ることぐらいはできるはずだけど。

ざり、ざり、ざり、ざ。

「………止まった」

三人で足を止めると、ぴたりともう一つの足音も止まる。
俺達よりワンテンポ遅れて。

「………いる、な」
「うん」

思い切って後ろを振り向いてみる。
けれど、そこには今来た道が佇んでいるだけで、他には何もない。

「………何もいない」

不安そうに顔を曇らせる岡野と槇を促し、もう一度歩きだす。
ざり、ざり、ざり、ざり。

「………聞こえる」

意識を研ぎ澄ませる。
自分の力を辺りに広げる。
もう一度、振り向いてみる。

「………」

やっぱりそこには、月明かりに照らされた白い道があるだけ。
けれど、何かの、気配を感じる。
ふと思いついて、歩きながら隣の二人に問う。

「岡野、槇、鏡、持ってる?」
「え、あ、うん」
「貸して」

岡野が手の平サイズのコンパクトミラーを取り出して渡してくれる。
俺は歩いて足音を確認しながら、そっとその鏡で後ろを覗き見る。

「………っ」

それが、いた。
長いぼさぼさの黒髪に、白い装束を着た女性かと思われるなにか、が。
ただし首が斜め前にだらりとたれて、生きている人間とは思えない方向に向いている。
顔は伏せているのと、髪で隠れているせいで、見えない。

「二人とも、後ろを見ないで走らないでそのまま早足」
「………な、何」
「何か、見えるの?」

鏡を使ったら二人にも見えるかもしれないが、こんなの見えない方がいい。
唾を飲みこんで、もう一度促す。

「絶対に振り向かないで」

岡野と槇は強張った顔で、けれど大人しく頷いて足を速める。
二人の後ろに立って鏡を見ながら、俺は力を張り巡らせた。





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