「肝試しをしよう!」

食後の一時。
室内に移動して温かい飲み物とフルーツを頂いての世間話。
服に匂いが結構ついてしまったのが、明日までに杉村さんが処理してくれるなんて話をしていた時だった。
佐藤が唐突にそんなこと言いだした。

「何バカ言ってんの、チヅ」

岡野が呆れたように柿を食べながら、言い捨てる。
そのすげない態度に、佐藤が頬を膨らまして不満を表わす。
まるでそれはハムスターのようで、ちょっと可愛い。

「えー、だって、このまま寝るのもったいないじゃん」
「もう危ないよ」
「えー、行こうよ!まだ早いよ!さっきお散歩してたら、なんかね、怪しげな小さい神社みたいのあったの!」

槇の優しい制止にも、佐藤は聞く耳を持たない。
ムードメーカーの佐藤は、行動的すぎてたまにこんな風に無茶を言いだす。
けれどそれはそれでまた佐藤の魅力だから、憎めないのだけれど。
お茶を淹れてくれていた杉村夫妻が苦笑しながら、佐藤の話に返事をしてくれる。

「ああ、道祖神の社ですね。あそこ何もないですよ」
「変ないわくとかはないんですよ。残念ながら」
「それでもいいよ!せっかく皆でいるんだから何かしたいよー!」

やんわりとつまらないですよ、と諭してもやっぱり佐藤は聞かない。
握りこぶしで、力説している。

「ならトランプとかじゃな駄目なの?」
「肝試しがいい!」

俺の質問に、佐藤は即答した。
何かじゃなくて、肝試し一択なのか。

「えっと」

俺だって、皆でまた一緒にいたい。
まだまだ皆で騒ぎたい。
しかし、そういうことは、あまり俺達の職業柄好ましいことではない。
闇を弄べば、手痛いしっぺ返しを食らうことも珍しくない。
あの、幽霊屋敷でのことを、忘れられるはずがない。

「いいじゃないか、やろうか」
「一兄!?」

けれど思いもよらず長兄が、佐藤の案に承諾する。
こういうことを一番反対すると思っていたのに。
驚いて思わずまじまじと一兄を見ると、一兄は優しく目を細めた。

「俺と双馬が見張りをしよう」
「えー、俺女の子とまわりたーい!きゃー、怖いとか言って、抱きつかれたい!」

頭を軽くはたかれて、双兄が黙らせられる。
言わなきゃ殴られることもないのに、双兄は打たれ強い。
時々本当に感心する。

「道は、懐中電灯さえあれば危ないところはないですか?」
「ええ、それは平気ですよ。アスファルトじゃないですが、舗装されてますし」
「社までの道のりは難しいですか?」
「一本道ですから迷うことはないかと思います」

夜に散歩する人もいますし、と杉村夫妻は困ったように笑いながらそれでも説明してくれた。
保護者が監督するなら問題ないと判断したのだろうか。
一兄はそれから二つ三つ杉村さん達に質問してから、明るく言った。

「それじゃやるか」
「やったー!」

即座に反応したのは佐藤。
両手をあげて喜びを全身で表現する。
戸惑い顔なのは、俺の家の稼業を知っている同級生三人。
本当に大丈夫なのかと目線で問うてくる。
俺も佐藤に気付かれないように、一兄の横まで言ってこっそりと聞く。

「………大丈夫なの、一兄?」
「ま、たまにはいいだろ。わずかに変な気配があるが、そこまで性悪なものじゃなさそうだ」
「でも」

闇を軽視するような行動は、慎むように。
それは、俺がずっと言われてきたことだ。
まあ、一兄と双兄と天がいれば、問題なんて起こりようもないけど。
それでも心配で言い淀む俺に、一兄が悪戯ぽく口の端を持ち上げる。

「やってみたくはないのか?」
「………みたい、けど」

肝試しがしたいって訳じゃなく、皆でわいわいと楽しみたい。
いや、肝試しがしてみたくないといったら嘘になる。
同級生が話していたキャンプの話とか出てきて、危ないなと思いながらも羨ましくも思っていた。

「じゃあ、やろう。確かにふざけ半分でこういうことするのは感心しないが、ここは捨邪地でもなんでもない。ただの夜の散歩だと思えばいいだろう」
「そういう問題?」
「そういう問題にしておけ」

だけど、父さんには内緒にしておけ、と付け加えられて、思わず笑ってしまった。
これは、一兄達がいるからこそ、出来ること。
俺一人でこんなことしたら、何につけいられるか分からない。
それは分かっている。
だったら、こんなこともう出来ないかもしれないから、一兄の言葉に乗ってしまってもいいだろうか。

「肝試しー!なんか久々ー!小学生以来かも」
「………」

この前の幽霊屋敷のことはすっかり忘れらているらしい佐藤ははしゃいでいる。
反面、他の三人はやっぱり困った顔をしている。
槇が近寄ってきて、心配そうに聞いてくる。

「………いいの?」
「一兄がいいって言ってるし、いいの、かな。皆は平気?」
「私達は、平気だけど」
「嫌?」
「ううん。まあ、皆で楽しめると思えば、いいのかな。危ないことは、ないんだよね」
「うん」

それは、断言できるだろう。
兄達と弟がいて、危ないことなんて、起こりっこない。
はっきり断言すると、槇は不安げな顔を少しだけ和らげた。

「栞ちゃんと四天と、後の5人は二組に分かれて、その社まで行く。そこになんか置いておくからそれをとって先の大通りまで行く、で終わりだな。夜も遅くて危ないから短めにな」

着々と計画を立てている一兄に、天が不満を漏らす。

「俺も参加するの?」
「しないのか?」
「俺も一矢兄さん達の方に回るよ。俺と栞でどんな肝を試すの」

まあ、そりゃそうだ。
この二人が怖がるようなものって相当だろう。
夜道を歩くぐらいで怖いと感じられるはずがない。

「お前、栞ちゃんがもしかしたら、きゃーこわーい、とか言って抱きついてくれるかもしれないだろ!そういうフラグを活かさないでどうする!ていうかむしろ俺がやりたい!変わってくれ!」

双兄がオーバーリアクションで、また馬鹿なことを言っている。
天はそれを無視して、隣にいた栞ちゃんに問う。

「だって。怖がれるの、栞?」
「え、え、え、が、頑張る!努力する!」
「いや、しなくていいから」

頑張って怖がるって、どういう状況なんだろう。
握りこぶしで決意を固める栞ちゃんに、天があっさりと突っ込みをいれる。

「で、でも、私も、しいちゃんと参加したいよ?」

けれどその後、ちょっとだけしゅんとした栞ちゃんの言葉に、天は困ったように眉をひそめて黙りこんだ。
やっぱり栞ちゃんと一緒にいる時の天は、少しだけ年相応に見える。
それを承諾と受け取って、一兄が立ち上がった。

「決まりだな」
「いいなー、いいなー、四天、いいなー」
「行くぞ、双馬」

ぶーぶーと文句を言っている双兄の首根っこを掴み、ずるずると引きずっていく。
そして最後に俺を振り向いて、小さく笑った。

「準備が出来たら三薙の携帯に連絡する」
「うん、分かった」

少しだけ不安が残るけれど、それでもわくわくとした気持ちがじわじわと沸いてきた。



***




「じゃあ、天と栞ちゃんが最初で、その後が、佐藤と藤吉。で、俺と槇と岡野で」
「はーい」
「はい」

別荘の前の道まで出てきて、グーパーで組を決めて、簡単に打ち合わせをする。
皆で厚着をしたが、やっぱり11月の山の風は冷たくて、身を竦める。
木々に囲まれた道はうっそうと影が落ちている。
けれど月が満月にほど足りないぐらいの満ち具合で、驚くほど明るい。
懐中電灯がいらないくらいかもしれない。
それに、風の音、木がゆれる音、鳥や虫の声が響いているから、不思議と静けさは感じない。
緑の匂いが濃くて、家の周りと全く違う気配に、気分が高揚する。
くすぐったくて、ふわふわと酔っているようだ。

それは皆一緒なのか、どこかはしゃいでいる。
しばらく他愛のない話をしていると、携帯が着メロを奏でる。

「一兄、大丈夫?」
『大丈夫だ。準備が終わったぞ』
『ビビりすぎて、チビるなよー』
「え、ちょっと待った、ビビるって、二人とも何してるの?」
『じゃあ、頑張れよ』

俺の質問には答えず、一兄が通話を切った。
準備ってなんだ。
社になんか置くだけじゃないのか。
そうだよな。
そうに違いないよな。
双兄はともかく、一兄が変なことする訳ないよな。

「………」
「どうしたの?」

黙りこんだ俺に、天が聞いてくる。
さっさと終わらせたいという態度を隠さず、面倒くさそうだ。

「………あの二人、何もしてないよな」
「さあね。ま、してても問題ないでしょ」

そりゃお前はそうかもしれないが、俺は問題ある。
あの二人がなんかしているなら、俺の手に負えるはずがない。
やっぱり全員で行こうと提案しようかしまいか迷っていると、佐藤の明るい声が俺を呼ぶ。

「三薙ー、準備終わったんでしょ!早く行こうよ!」

弟を見るが、やっぱりどうでもよさそうにあくびを噛み殺している。
となると、やっぱり兄として意地を張ってしまいたくなる。
まあ、今回は別に意地を張ってもいいところだろう。
命に別条があるような状況にはならないだろうし。

「………うん、それじゃ行こうか」

だから俺は頷いて、スタート地点まで向かった。
天が栞ちゃんに手を差し伸べて、軽く笑う。
それは、俺に向ける厭味ったらしいものとは違う、優しい笑顔。

「じゃあ、栞行こうか」
「うん!」
「足元気をつけて」
「ありがとう」

そして二人でゆっくりと暗闇の中を歩きだす。
かわいらしい日本風美少女と、中性的な整った顔の凛々しい少年。
仲睦ましく月明かりに照らされる二人はとても綺麗で、なんだか絵画の中の一場面のようだった。

「なんか、いいねえ」
「いいなー」

槇と佐藤がそれを見ながら、本当に羨ましそうにため息をつく。
その気持ちは、分からないでもない。

「あの二人も幼馴染なの?」

藤吉も二人の後ろ姿を見ながら、俺に聞いてくる。

「うん。小さい頃からよくうちに来てたから、双兄や天と一緒に栞ちゃんと遊んだな」
「へえ、そして選んだのは四天君な訳だ」
「………言うな」

そう、栞ちゃんが選んだのは、双兄でも俺でもなく、天だった。
そして人に興味がなさそうな天が選んだのも、栞ちゃんだった。
二人がお互いのどんなところに惹かれたのか、どうやって付き合い始めたのか、そう言えば聞いたことはない。
興味を持ったのか、槇も話に入ってくる。

「小さい頃から、栞ちゃんと四天君って仲良かったの?」
「うん、仲良かったかな。俺と天が遊ばなくなってからも、二人はよく遊んでたみたいだし」
「四天君と遊ばなくなったのって、いつ頃だったの?」
「………えっと、あれは、天が、小学校にあがるかあがらないかの頃だったかな」

小さい頃、俺と天は仲が良かった。
双兄も交えて、よく遊んでいた。
三薙お兄ちゃんと呼びながら、後ろをついてきてくれた。
いつから呼ばれなくなったのか、いつから後ろにいなくなったのか。
思い返しながら、考えると、確かにその頃だったはずだ。
そうだ、天が仕事始めた頃、だったはずだ。

「あ」

考えに耽っていると、携帯が着メロを奏でてて驚いて飛び上がる。
着信かと思ったが、一兄からのメールだった。

「あ、次、藤吉と佐藤行っていいって」

そう促すと、佐藤が目を吊り上げて俺の発言を正す。

「千津!」
「あ、えっと、は、はい、つ、次、藤吉と、ち、千津」
「よし!」

そしてまた満足そうに頷く。
鼻を膨らませるその様子は、やっぱりかわいい。

「じゃあ、行こう、藤吉!」
「俺のことは名前呼びじゃないの?」
「藤吉、名前なんだっけ」
「ひど!」

そんなことを話しながら、月明かりに照らされた道に消えていく二人。
二人がいなくって、辺りが急に静まり返る。
聞こえるのは、風の音、木が揺らされる音、虫や鳥の声。

「人が減ると、やっぱりちょっと怖いね」

槇がぽつりとつぶやいた言葉に、俺も頷く。

「うん、藤吉と佐藤、賑やかだしな」
「あれ、佐藤になってるよ」
「え、だって………」

からかうように笑う槇に、顔が熱くなってくる。
なんだか本人がいないところで呼ぶのも恥ずかしいし、慣れないし、やっぱり落ち着かない。
やっぱり苗字呼びに戻してもらおうかな。
俺が名前呼ばれるのは、まだいいんだけど。

「あんたとチヅって仲いいよね」

岡野が俺をちらりと見ながら低い声でそんなことを言った。
やましいところはないのだが、やっぱりなぜだかビクビクとしてしまう。

「え、そ、そうかな」
「ま、あんた最初っからチヅのこと好きっぽかったしね」
「そ、そんなことない!確かに佐藤はかわいいけどさ!」
「ふーん」

信じていないように生返事をする岡野。
そりゃ、同じクラスになった時とかは、かわいいなって思っていた。
元気で明るくてムードメーカーな佐藤は、好みのタイプだった。
だから話しかけられると、嬉しかった。
今も確かに佐藤のことは好きだけど、でも、そう言った感情はない。

「私も三薙君って呼ぼうかな。私も千絵子でいいよ?」
「ま、槇?え、い、いや」

槇が悪戯っぽくくすくすと笑って上目遣いに見てくる。
そんな表情はかわいいのだが、いかんせん心臓に悪い。

「彩も、彩でいいよね?」

槇が岡野にふると、岡野はふんと鼻を鳴らした。

「あんたは宮守!宮守ったら宮守!調子のんな!」
「は、はい!」

いや、もう宮守でも三薙でもなんでもいい。
俺はどっちだっていいんだ。
ていうかなんでこんな岡野機嫌が悪いんだ。
怖い。

「素直じゃないねえ」
「え、え」
「チエ!」

岡野の怒った声に、またびくりと飛び上がる。
なんで怒ってるんだろうと聞こうかと思ったその時、森から悲鳴が聞こえた。

「うわ!」
「きゃあ!」
「ちょ、なにこれ!」

響き渡る藤吉と佐藤の声。
思わず顔を見合わせる俺達。
槇が、心配そうに顔を曇らせる。

「大丈夫かな」
「………分からない」

一兄、一体何してるんだ。





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