「佐藤、佐藤!?」 駆け寄って名前を呼ぶが、目を閉じた佐藤は反応を示さない。 岡野と槇が体を揺するが、ぴくりとも動かない。 呼吸は乱れがないが、酷く青ざめていて、まるで深く眠っているようだ。 「何があったんだ、藤吉?」 「わ、分からない。ここまで来て、一矢さん達が隠したっていう札を探そうとして、気が付いたら佐藤がそこの社の扉開けてて、そうしたら急に………」 「社?」 藤吉がやや焦ってどもりながらも、分かりやすく説明してくれる。 その言葉に社に目を向けると、言われた通り木で出来た小さな社の扉が開いていた。 それほど古くはなく、ここ10年の内には新調されたんだろうと思われる痛み具合。 開いた扉から中を恐る恐る覗いてみるが、そこには別段変な気配はなかった。 男女が抱き合う形の古びた石造りの像がぽつりと置いてある。 「………ごく、普通の道祖神だよな」 境界を守る、路傍の神。 こう言ってはなんだが、信仰にふさわしい土地の力は感じるがそれだけだ。 中身にきちんと神が存在しているような社ではない。 「………佐藤は」 もう一度佐藤の傍らに戻って座り込む。 青白い顔の額に手を置いて、中の様子を探る。 人の中を見ることをあまりしたことがないから、少しだけ緊張する。 でもされることは結構あるから要領は分かる。 目を閉じて、佐藤の中に、力を流し込む。 佐藤の中の色は灰色だ。 佐藤の呼吸、気の流れ、その中に、何か嫌な気配を感じる。 奥深くに、嫌な気配が渦巻いている。 「宮守?」 「ん、なんか、毒気にあてられたのか、な」 道祖神に特に邪気などは感じなかったが、佐藤が開けた時にはもしかしたら邪気が溜まっていたのかもしれない。 ていうか普通に社の扉なんて開けるなよ。 嫌な気配はするけれど、でも、そこまで酷くはない。 本当に何かあったなら、札を置いていく時に一兄や双兄が気付くだろうし。 「簡単に祓っておく」 これくらいなら、俺でもどうにか出来そうだ。 藤吉がほっとしたように息をつく。 この場所に簡単に結界を作ろうと、術を組み立てようとした時だった。 ざり、ざり、ざり。 足音が、響いた。 岡野も槇も藤吉も、俺の隣で座りこんでいる。 つまり、この足音の、主は。 「宮守君、動いている!」 槇の悲鳴に似た声が上がる。 結界をさっき張った場所を見ると、足音はそこから響いていた。 かすかな砂利の動きから、結界の周りをうろうろとしているのが分かる。 通れるところを、探すかのように。 結界は道を塞ぐように張ったが、俺の咄嗟の力ではわずかな距離しか張れていない。 回りこまれたら、こちらに近づくことは出来るだろう。 前に習ったように球体で包み込むように、なんて出来なかった。 「えーと」 落ち着け落ち着け落ち着け。 皆を無事に守ることだけを考えろ。 あいつは何もしないかもしれない。 けれど、何かするかもしれないのだ。 そもそもアレが一兄と双兄の仕業だってことも判明していない。 「い、一兄!」 そうだ、一兄にとりあえず連絡して来てもらおう。 足音は相変わらずうろうろと力の及ばないところを探している。 焦ってうまく動かない手で携帯を取り出す。 しかしディスプレイには『圏外』の文字。 「………通じないし」 さっきまで通じていたのに、山の中だからだろうか。 えーと、落ち着け。 それなら、どうしたらいい。 「皆は?」 「私も圏外」 「俺も」 ざり、ざり、ざり。 ああ、うるさい。 近づくな。 少しじっとしてろ。 「わ、私、一矢さん呼んでくる!」 「あ、えっと」 慌てて立ち上がる岡野に、なんて声をかけようと迷う。 どうしよう、どっちが正解なんだろう。 この先に危険があるともないとも分からない。 ただ、ここにいた方が危険かもしれない。 嫌な気配はしなかったけれど、さっきの奴がもし強い力と害意を持っていたら俺には防ぎきれないかもしれない。 それならば、一兄達と合流してもらった方が安全だ。 「藤吉、札ってあった?」 「あ、うん、ここにある」 「貸して」 肝試しを達成した証としての札は想像通り母さんの札だった。 これなら俺でも少しは持つ結界を保てるだろう。 ここからゴールまではほんの少しだと聞いている。 それならきっと、一兄達に合流した方が安全だ。 「ちょっと、じっとしてて」 呪を唱え札に力を込める。 力が持続するように、そして何かがあっても皆を守ってくれるように。 これから使う分もあるだろうから加減して、でも出来る限りに力を札に込める。 札を中心に球体の結界が出来たので、それを岡野に渡す。 「うん、これで平気だと思う。皆も岡野から離れないで。こっからすぐだって話だったし。何か変なことあったらすぐに戻ってきて」 「あんたは?」 「俺は佐藤を見てなきゃいけないから」 「………だったら私はここに」 「俺、佐藤と岡野、同時に守れないかも」 「………」 情けない話だが、本当のことだ。 それに、岡野達にはさっさとここから逃げて欲しい。 佐藤一人だったら、結界を張って防ぎきればなんとかなるかもしれない。 岡野の気持ちはとても嬉しいけれど、行ってくれた方がありがたい。 「大丈夫、あいつはそこまで変な気配はしない。一兄達をさっさと呼んできてもらえた方が嬉しい」 そう言うと、岡野は唇をきゅっと噛んで頷いてくれた。 「分かった、すぐ行ってくる!」 「お願い」 槇と岡野がさっさと道を歩き出す。 本当にこの子たちは、いざって時の決断が速くて頼もしい。 佐藤の傍らにいまだに座りこんでいる藤吉を促す。 「藤吉も」 「俺は佐藤見なきゃいけないし、ここにいるよ」 「でも、俺、お前まで見きれないかも」 「ま、なんとかなるでしょ。俺が佐藤を見てるから、お前はあの足音の主どうにかしてよ」 「………」 動く気のない藤吉をなんと説得したものか、迷う。 けれどそこで、槇のこんな時でもおっとりとした声が割って入る。 「危険は少ないんでしょう、宮守君?」 「………多分」 「じゃあ、藤吉君残して行くね」 「でも、それじゃ、二人も」 「大丈夫、私これでも足早いんだよ?」 迷ってる暇は、ないだろう。 あいつが回りこんできたら、どうしようも出来ない。 「分かった」 「それじゃ、チヅをよろしく」 「気をつけてね、二人とも」 「うん」 二人は言葉を残して駆け足で去っていく。 結界はうまく機能しているようだ。 これであっちは大丈夫。 「あいつは………」 ざり、ざり、ざ。 「………」 足音が止まる。 結界の縁を見つけたのかもしれない。 「………どんな奴なの?」 藤吉が、足音の方を気にしながら警戒する。 俺は唾を飲み込んで、あれとどう対峙しようかと考える。 「宮守?」 「姿が、見えないんだよね」 「え」 「鏡で映さないと、姿が見えない」 足音があるのだから、それを頼りにすればいいかとは思う。 でも、どういう動きをするのか分からない。 あいつがどれくらいのスピードで動くのかも分からない。 ざ、り。 壁のようにして張ってあった結界の途切れた部分から、足音がする。 「………来るか、な」 ざり。 足音が、近づく。 |