放課後、藤吉と帰りながら、俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。 女子達がいるとまた何か言われそうだから、藤吉に聞くチャンスをずっと窺っていたのだ。 「クリスマスって、結局何すんの?」 「へ」 「いや、改まって、何するのかな、って」 正直クリスマスと騒いではみてが、いざクリスマスパーティーと言われてもピンと来ない。 いつもだってツリーを飾ってケーキを食べてチキンみたいなクリスマスっぽい料理を杉田さんが作ってくれて、双兄に歌を歌わされたり、双兄がゲームを発案したり、それで負けて双兄に罰ゲームさせられたり。 それはそれでとても楽しかった。 「ぶ」 俺の質問に、藤吉が変な声を出した。 そっちを見ると顔をそらして手で口元を覆ってぷるぷると震えていた。 「………笑えよ」 「ご、ごめん、あははは、あっはは」 許可すると途端に大声で笑い始めた。 眼鏡の奥に、涙すら浮かんでいる。 「………悪かったな」 「いやあ、宮守はかわいいなあ」 「う、うっさい!」 自分だって変なことを聞いてしまったと分かっている。 けれど友達経験値の少ない俺としては、何もかもが分からないのだ。 藤吉は眼鏡をはずして涙を拭ってから、笑いを収めた。 そしてそれ以上からかうこともなく、真面目に答えてくれる。 「別に特に何するわけでもないんじゃない?教会に祈りに行くわけでも、讃美歌を歌う訳でもないし。いつもよりちょっとクリスマスっぽい食事して、ケーキ食べて、ああ、プレゼント交換して。そんなもんじゃないかね」 やっぱり普段皆と遊ぶ時と、そう変わったことをする訳じゃない。 けれどなぜ、クリスマスっていうだけでわくわくするんだろう。 不思議だ。 「これが恋人同士だったらその後の夜景とかホテルとかふたりっきりの甘い夜とかがオプションで付きます!」 「そっか。うん。毎年、皆でやってた感じか」 「最後にちょっとつっこんでよ」 「え、あ、ごめん!」 考え込んでいたせいで、藤吉の言葉を普通にスルーしてしまった。 つっこまなかったことにつっこまれ、慌てて謝る。 すると藤吉が俺の謝罪に苦笑する。 「謝るところじゃないけどさ」 「わ、悪い。なんか、焦っちゃって。俺、クリスマス、友達と過ごすの初めてだからさ」 「そんな気張るものでもないよ」 それは、分かってる。 別に彼女と二人きりって訳ではない。 友達と過ごすクリスマス。 きっと皆はこれまでもずっと経験してきたことだろう。 「中学の頃、クラスでやった時来ればよかったっていうのは今更だな」 「………うん、行ってみればよかった。あの時、誘ってくれてありがとな」 「来てくれればよかったのに」 そういえば中学校の頃も、藤吉にクラスでクリスマスにカラオケ行くけどいかないかって誘われたっけ。 それはすごく嬉しかったけれど、俺がいっても場の空気を壊すだろうから断ったのだ。 行ってみれば、楽しかっただろうか。 でも、やっぱり俺がいったら皆が顔を顰めそうで怖い。 今年は、そんなことはないだろうけど。 黙りこんだ俺に、藤吉が朗らかに笑う。 「ま、今年は楽しもうぜー」 「そうだな。うちは多分使えないと思うけど」 「ああ、いいっていいって。あんなん冗談だから気にするなって。適当にどこか空いてるとこ探してみるし」 「サンキュ」 本当に藤吉は、太陽みたいな奴だなって思う。 明るくて賑やかで、でもうるさすぎずさりげなく人に気を使っている。 こんな奴になれたらいいなって、昔から思っていた。 「沢山、楽しいことしような」 「うんっ」 こんな言葉にも、不意に涙が出そうになってしまって情けない。 藤吉も岡野も佐藤も槇も、本当にみんないい奴らだ。 「あの、三薙さん」 藤吉と別れて、しばらく歩いたところだった。 商店街の近くの道で、恐る恐ると声をかけられる。 その声は、聞いたことのあるものだった。 「あれ」 声の方向に顔を向けると、そこにはスーツではなくラフな格好をした志藤さんがいた。 そんな恰好をしていると、いつもより若く感じる。 「志藤さん?どうしたんですか」 志藤さんは俺が駆け寄ると、恐縮した様子で頭を下げた。 「す、すいません、突然こんなところで」 「いえ、偶然じゃ、なさそうですね」 「はい、あの、本当にすいません!待ち伏せみたいなことをして!」 みたいっていうか、待ち伏せだったんだろうな。 別に構わないけれど。 「大丈夫ですよ。どうしたんですか」 志藤さんの顔が真っ赤で今にも倒れそうなので、その腕を軽く叩いて緊張をほぐそうとする。 年上のどこかかわいい人は、何度か深呼吸して息を整える。 それから真面目な顔で、俺の目をじっと見つめた。 「その、お礼を申し上げたくて」 「お礼?」 「この前の時、守って導いていただいてありがとうございました。本当は私がお守りする立場なのに、不甲斐なくて申し訳ございません」 思いがけない大仰な言葉に驚いて、返事をすることが出来なかった。 志藤さんは真摯な態度で、大事に噛みしめるように言葉を俺にくれる。 「三薙さんには、とても感謝しています。この前、ちゃんとお伝えすることができなかったので」 そこで頭を深々と下げられて、ようやく我に返った。 慌てて手をばたばたふるような意味のない行動をしてしまう。 「そ、そんなこと言ってもらえるようなこと、してません!」 「でも」 「お礼を言いたいのはこっちです!志藤さんがいたから、落ち着いて仕事できました。一緒にいてくれてよかったです!」 「本来ならもっとお役にたたなければならないところを、宗家の三薙さんの手を煩わせてしまいました。このような言葉では言いつくせないほどに感謝しています」 俺の言葉に、けれど志藤さんは頑なに感謝を伝えてくれる。 それはとても嬉しいが、そこまで感謝されると重い、重すぎる。 俺はここまでされるような働きはしていない。 「いえ、俺の方が感謝してます!」 「で、でも、私の方がより助けられました!」 「俺の方が助かりました!」 「いえ」 「あ、志藤さんストップ!ここ道端です!」 周りを歩いていた人達が学生服と普通の姿の青年が道端でなにやら言い争っているのを怪訝そうな顔でじろじろと見ていく。 気付いて、二人で黙りこんで沈黙が落ちる。 「………」 「………」 バツが悪くて、お互いちょっと目を逸らしてしまう。 本当に何やってるんだろう。 ありがとう合戦なんて、馬鹿みたいだ。 「あ、はは」 つい笑ってしまうと、志藤さんも恥ずかしそうに目を伏せて口元を緩める。 どっちがより感謝してるなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。 「ありがとうございます。あれですね、お互いよかったってことで」 「………」 お互いがお互いの存在に助けられたなら、それはとてもいいことだ。 一方的に守られるのではなく、お互いを支える。 それこそ、俺が今までしたかったことだ。 「そう、ですね。じゃあ、恐れ多いですがお互い様、ということで」 志藤さんもはにかむように笑って、頷いてくれた。 年上で俺よりも背が高い、一見クールで神経質そうな外見なのに、本当にどこか幼くてかわいい。 「今、時間はありますか?」 「え、はい、今日は特に予定はないですが」 「じゃあ、一緒にたい焼き食べませんか?」 「え?」 「行きましょう!」 絶対遠慮するだろうから、無理矢理腕を引っ張ってしまう。 商店街のすぐ近くだし、これくらいなら家にもばれないだろう。 もう少し、この人と話をしていたい。 クリスマスを友達と過ごせることになって、テンションも上がっているらしい。 「え、三薙さん!?」 焦りつつも腕を振り払えないみたいで、志藤さんが律義についてきてくれる。 その動揺もなんだか楽しい。 そのまま抵抗を防いだまま、ちょうど近くにあった商店街に連れて行ってしまう。 商店街は年末が近いせいかいつも以上に賑わいを見せている。 「えっと、その、三薙さん!」 「この前、天とも食べたんですが、美味しいんですよ」 何か言いたげな志藤さんは、けれど困った顔をしつつもやめてくれとは言わない。 こんな風に強引に人を誘うなんて、俺も初めてだ。 志藤さんには強く出れるから不思議だ。 「………あれ」 そしてたい焼き屋の近くまで来た時、見知った顔を見つけた。 どこにいても自然と目立つその涼やかな容貌は、たった今会話に出した人間だ。 「天!?」 「兄さん?」 ここは家の近所の商店街だし、別に天と会うのは変わったことじゃない。 現に天の手には文房具屋の袋があるし、買い出しにきたのだろう。 単に俺があまり外出とかしなかったから会うことが少なかっただけで。 天は、俺の後ろで引っ張られている人に視線を向ける。 「そっちは家の人だよね」 「あ、うん、志藤さん」 「ご挨拶が遅れて失礼いたしました。宮守家に仕えております志藤と申します」 「ご丁寧にどうも」 慌てて手を離すと、志藤さんも居住まいを正して深々と頭を下げる。 天は軽く会釈をして返した後、俺に視線を戻す。 「どうしたの、使用人なんて連れて」 「えっと、その、この前、仕事で志藤さんにお世話になったから、お礼に………」 「いえ、私の方がお世話になったんです!」 「そんなことないです!」 「その上、こんな恐れ多い………」 「はいはい、事情は分かったよ。お礼にたい焼き?使用人に?」 俺達のやりとりで大体の事情を察したのだろう。 天がため息交じりの制止をして、後ろにあるたい焼き屋さんにちらりと見る。 こういうところ、本当に鋭い。 「そ、そういう言い方はないだろ!」 「別に馬鹿にしてる訳じゃない。ただ先宮や一矢兄さんに知られたらそっちの人が困るからあまり大っぴらに出かけない方がいいよ」 「………」 それはこの前双兄にも熊沢さんにも言われたことだ。 時代錯誤だと思いつつも、そんなことあの人達に面と向かって言えない俺は黙りこむしかない。 「………ただ、お世話になったから、少しお礼したいだけなのに。親しく話すのも駄目っておかしい」 「俺に言われてもね」 「熊沢さんとかは、俺にも結構親しくしてくれるのに」 「あの人はまた別」 天が呆れたようにため息をつく。 愚痴愚痴と言っている自分が、情けない。 天を言っても仕方ないとは分かってはいるけれど、これは、弟に甘えているってことだろうか。 一兄には言えないことを、天には言ってしまう。 「志藤さんでしたっけ。兄さんが馬鹿なことしても、付き合うことはないです。分は弁えたほうがいいと思いますよ」 「は、はい、申し訳ございません!」 「天!」 志藤さんが顔を泣きそうなほどに歪めて頭を下げる。 無理矢理引っ張ってきた俺が全部悪いのに、志藤さんを責めるのは間違っている。 けれど弟は俺の怒りなんて気にもせず、軽く肩をすくめるだけだ。 「これは忠告。別に意地悪とかじゃないよ。むしろ親切。どうせ宮城か熊沢さん辺りにも言い含められているでしょう」 それでも、その言い方は冷たい。 志藤さんはいい人で、俺にも優しくしてくれて、ただ、仲良くなりたいだけなのに。 普通に話したいだけなのに。 「もういい!志藤さん、家の中じゃ親しくできないけど、ここは家じゃない!行きましょう!」 正論を突きつける弟にまた、癇癪を起してしまう。 正しいことを言っているのは、天だ。 例え俺の感情が納得できなくても、一般的に見ておかしくても、宮守の家でのルールは、四天が言ってることが正しい。 それは分かっているのに、感情的になっている。 理性の部分では、俺が悪いと分かっている。 「え、と。でも四天さんのおっしゃることも、もっともですし………」 「…………っ」 腕を引いた志藤さんは、けれどすまなそうに目を伏せる。 その表情で、すっと熱くなった感情が引いていく。 今、俺は我儘で志藤さんを困らせて、天に八つ当たりしている。 「申し訳ございません。三薙さんの気持ちはとても嬉しいのですが………」 「………いえ、ごめんなさい。困らせて、ごめんなさい」 手を離して、素直に謝る。 これは明らかに俺の我儘だ。 今回は、完全に俺が悪い。 「天も、ごめん。俺が悪かった」 そして、天にも頭を下げた。 また後回しにしたらこじれるだけだ。 ちゃんとした、兄弟としての関係を作ろうって決めたんだ。 弟に八つ当たりをするのは、やめないといけない。 いつでも正しい弟は、時に正しすぎて無性に苛立つことがある。 「いいけどね」 天は特に怒ることはなく、肩をすくめる。 勝手なことだが怒ることがないのも少しムカついて寂しい。 天は、俺のことなんて相手にしていない。 「今日はもうここに来ちゃったんだし、今度から気をつければいいんじゃない。こんな家の人間も来るようなところでうろうろするのは勧められないけどね」 しかし天は一つため息をついて、そんなことを言ってくれた。 別に自分に関わりはないことだから気にしないってことなんだろうけど、でも決まりを破るようなことを勧めるのは珍しい。 「天!」 「たい焼きでもなんでも食べれば?帰る時は別々の方がいいと思うけど」 しかもそんなアドバイスのようなことを言ってくれる。 それも、今までなかったことだ。 怒って、落ち込んでいた感情が、今度は喜びでふりきれてしまう。 元々、昨日の父さんの言葉や今日の朝食、そしてクリスマスのことでテンションが高かったのだ。 「天も一緒に食べよう!」 「は?」 「奢るから!」 嬉しくて嬉しくて、天と志藤さんの手をどちらも掴む。 天とも少しは、近づくことができたのだろうか。 もしかしたら呆れているだけかもしれないけど。 「ちょっと、兄さん!」 でも腕を引っ張られて、珍しく焦った様子の天が楽しい。 いつも冷静な弟はそんな風に驚きの表情を浮かべることも、ほとんどない。 「ほら、お前もいたほうが家の用事っぽいし!」 「そんなの無駄だと思うけど。はあ」 「いいだろ?ほら、この前も美味しかったし」 天は諦めたように、深く深くため息をついた。 それから、苦笑して頷く。 「まあ、いいけど」 「ありがと!」 すぐ傍にあったたい焼き屋さんで、3つたい焼きを注文する。 俺はあんこで、天はチーズで、志藤さんはカスタード。 俺が奢ると言うと志藤さんはまた恐縮したが、無理矢理払ってしまった。 後少しで焼き上がると言うことなので、焼き上がりを待つ間、天が志藤さんに話しかけていた。 「本来ならあなたみたいな人が兄さんの仕事に付き合うことはないと思うんだけど、この前の仕事であなたを選出したのは誰ですか?」 「え、あ、双馬さんと熊沢さんが、私の初仕事にちょうどいいと言って、連れて行ってくださって………」 「なるほどね」 「も、申し訳ございません」 志藤さんが小さくなって、天に頭を下げる。 俺を責めるのはいいけれど、志藤さんを責めるのはやめてほしい。 「志藤さんを責めるなよ。俺が連れまわしたのが悪いんだから」 「いえ、三薙さん、私がわざわざこんなところに来たのが」 「でも、俺がこんなことで困らせて」 「いえ、私も嬉しかったので……」 「はいはい。分かったよ。仲がよくてよろしいね」 また言い合い合戦になりそうなところで、天が呆れて制止した。 その言葉に俺と志藤さんは目を合わせる。 周りから見て、俺達は仲がいいように見えるのか。 それは、嬉しい。 志藤さんも呆然とした様子で、天の言葉を繰り返す。 「………仲がいい」 「いいですよね。ね、志藤さん」 「………」 なんとなく気恥ずかしくて、笑ってしまう。 志藤さんも頷いたりはしてくれないけれど、白い顔をやや赤らめてはにかんだ。 「見てるこっちが恥ずかしいんだけど」 そしてまた天のため息交じりの呆れた声が響いた。 |