「おはよう」
「おはようございます、一矢さん、三薙さん」

身支度を整えて一兄と一緒にダイニングに行くと、すでに皆食卓についていた。
父さんと母さんと双兄と天。
久しぶりに家族が全員揃っている。

「父さんもいるんだ」
「ああ。今日は皆一緒だな」
「久しぶりだね!」

仕事の時とは違って少しだけ穏やかな顔をした父さんが笑う。
一人で食べるのも慣れてはいるが、やっぱり家族が全員揃っているのは嬉しい。
お手伝いの杉田さんが手早く用意してくれた朝食を食べながら、皆の近況とかそんな他愛のない話をする。
そんな時間が、とても楽しい。
しかしせっかく和やかだった気分の中、母さんがにこにことしながら爆弾を投下した。

「そういえば、今年のクリスマスは、また皆で過ごすのかしら」

それは聞かれたくないことだった。
もう出来ればあんな約束なんて無効にしてほしかった。
案の定一兄が悪戯っぽく笑って、こちらに話を向ける。

「どうなんだ、三薙」
「………だから、もういいってば」
「ということは、今年も家族で過ごすクリスマスらしいな。予定を空けておくか」
「だからいいから!」

俺の答えに全てを察したらしい一兄がにやりと笑う。
だからもう皆普通に恋人でも友達でもいいから一緒に遊びにでもいってくれ。
俺に構わないでくれ。

「三薙は今年も一緒に過ごす人間は出来なかったのか」
「そ、それは!」

父さんも苦笑しつつ酷いことを言う。
なんだこれ。
なんの苛めなんだ。
父さんと母さんはクリスマス付近は付き合いが多いらしく夫婦で出かけることが多い。
そのため一緒にクリスマスを過ごしたのは数えるほどだ。
その代わり、毎年兄弟達が一緒にいてくれるのだが。

「彼女は置いておいて、お友達はどうなの?」
「あ、どう、なんだろ」

彼女を置いておかれて少し傷つくが、母さんの言葉に友人達の顔が浮かぶ。
ようやく出来た、友達と言ってもいい人達。
そういえば、クリスマスは友達と遊んでもいい日なのか。
昔友達と遊びに行く兄弟達を見て羨ましく思ったのを覚えている。
一兄もその言葉に一つ頷く。

「そうだな。藤吉君達は忙しいのか?もし空いているのなら一緒に過ごしたらどうだ」
「で、でも、クリスマスなんて、皆予定があるんじゃ、ないかな」
「聞いてみないと分からないだろう」

それは、そうかもしれない。
もし暇してたら、一緒に遊んでくれないだろうか。
といってもクリスマスって何をして遊ぶのが正しいのか分からないのだが。
でもクリスマスってだけで、なんか特別な感じがする。

「………うん」

そういえばこういう話の時に真っ先に入ってくる人が静かなのに気付いた。
四天が入ってこないのは普通だが、双兄が酷く静かだ。
いつもだったら絶対俺のことをからかいまくっているだろうに。
視線を向けると次兄はほとんど朝食にも箸をつけずに、頬杖をついてぼうっとしていた。

「………双兄?大丈夫?」
「あー」

顔色もそんなによくないし、二日酔いだろうか。
双兄は髪をくしゃくしゃと掻きまわしてから、席を立った。

「駄目だあ、俺酒が抜けきらない。すいません、寝ます」
「双馬さん、お酒の飲み過ぎはいけないと言ってるでしょう」
「朝食ぐらいしっかりとれるように体調を整えろ」

母さんと父さんが顔を顰めて苦言を呈する。

「申し訳ございません!布団が俺を呼んでるんです!」

しかし次兄は悪びれず頭をがばっと下げると、そそくさとダイニングから逃げていった。
残された両親たちは苦笑しながらふっとため息をつく。

「まったく、あいつは仕方ないな」
「本当にもう。後で少し注意しておきます」
「ああ。頼む」

けれど苦笑ですまされるのは、双兄の人徳だろうか。
そして今日も黙々と一人朝食を取っていた天が、最初に箸を置く。

「ご馳走様でした。それじゃあ行ってきます」
「はい。気をつけていってらっしゃい」
「しっかり勉強しなさい」
「はい」

そういえばそろそろ時間だ。
俺もその後、残りの朝食を急いで平らげる。

「それじゃあ、ご馳走様でした」
「いってらっしゃい。もう、三薙さんはもう少し落ち着いて」
「いってこい」
「気をつけて」

父さんと母さんと一兄に見送られて、俺もダイニングを後にする。
身支度を終えて玄関先に向かうと、天がちょうど靴を佩いているとこだった。
俺の気配には気付いているだろうが、構うことなくさっさと玄関から出ていく。

「あ、天、待った。俺も行く」

急いで靴を履いて駆け足で追いつくと、天は一応玄関前で待っていてくれた。
制服を着ていてると、一応中学生に見える。

「ごめん、待たせた」
「どうしたの、急に」

その言葉は、俺が天と一緒に学校に行こうとしていることを指しているのだろう。
以前一緒に家を出るのを嫌ったのは俺だ。
弟と並んで歩くのが嫌で嫌で仕方なくて、時間をずらしたり走って距離を置いたりした。

「方向一緒なんだから、別にいいだろ」
「いいけどね」

天は特に何も言わずに肩をすくめた。
それからさっさと歩きだしてしまう
俺も並んで歩きながら、会話の糸口を探す。
天と少しでも近付きたいと思うが、こう改まると何を話したらいいのか分からない。
天はいつもと同じく無表情ですたすたを歩いている。
沈黙が気にならないというか、人のことなんて気にならないんだろうな。
しばらく考えて無言で歩き、玄関から出てしばらくしてから口を開く。

「双兄、大丈夫かな」
「何が?」
「なんか、最近元気ないみたいだから」

今日の朝も様子がおかしかった。
二日酔いだとは言っていたが、それだけではない気がする。
天もそれには気付いていたのか、小さく頷く。

「ああ」

それからいつものようにどこか意地悪く見える笑顔を浮かべる。
少しだけ怖いと思う、性格の悪さが滲みでた笑い方。

「大丈夫でしょ。そのうち立ち直るんじゃない?あの人図太いから」

確かに双兄は図太い。
傍若無人で人のことを振り回す。
俺の認識としても双兄は自信に満ち溢れて好き勝手やっているイメージだ。

「なんかさ、熊沢さんとか、双姉とかさ、双兄を弱いって言うんだよな。繊細だって。俺、全然分からないんだけど」
「繊細ねえ」
「見えないよな」
「全く」

天が力強く頷くから、つい笑ってしまう。
俺だけが双兄の弱さに気付かないって訳じゃないのだろう。
双兄も弟達には弱い面を見せたくないんだろうな。
それは少し寂しいけれど、気持ちは分からないでもない。

「一兄は、強いよな」
「うん、一矢兄さんは強いね」

天が今度も迷うことなく頷く。
少しだけ驚いた。
また嫌味っぽく皮肉でも言うかと思ったのだ。
でもよく考えれば天は昔から一兄の実力やその冷静な性格を認めていた。
天が素直に褒める数少ない人間だ。

「二人とも、俺からしたらすごい強く見える。俺は、やっぱりまだ弱いけど」
「まだ、なんだ」
「いつか、強くなりたいから」

からかうような言い方にちょっとむっとしたけれど、感情を荒げるのを抑えて冷静に答える。
今は弱いけれど、いつかきっと強くなれる。
そう信じている。
信じたい。

「お前は?」
「俺?」
「そう、一兄と双兄は強くて、俺は弱くて、じゃあ、お前は?」

別に大きな意味がある問いかけじゃなかった。
単に話の流れで聞いただけ。
自信満々に、兄さんよりは強いよとかそんなムカつく言葉が返ってくるかなと思った。
けれど、予想に反して天は前を向いて、少しだけ考え込む。

「天?」
「さあ、どうだろうね。強くありたいな」

そして、それだけ言った。
その言葉を意外に思いながらも、ちょっとだけ嬉しくなった。
強くありたいと思う気持ちは、俺にも理解できる。
俺と天じゃ、その力には天と地ほどの差があるけれど、それでも天も強くなりたいと思っているのだ。

「そうだな。俺も、強くなりたいな」

弟がまた少しだけ、近く感じた。



***




「あ、あのさ」

皆でお昼をとった後の、ささやかな穏やかな時間。
俺は意を決して、聞いてみることにした。

「どうした?」

俺の言葉に藤吉が反応して、首を傾げる。
クリスマスって、皆どうしてる?
それを聞けばいいだけだ。
予定があるって言ったら、そっか、いいなーとか言えばいいだけだ。
軽い会話。
季節的にも問題はない。

「そ、その」
「うん?」
「そ、そのもうすぐ冬休みだよな」

自分の不甲斐なさが情けない。
でもこんなこと聞いて、誘ってると思われて気を使われても困ってしまう。
暇なら遊びたいだけなのだ。
皆に気を使わせるつもりはない。
でもそれも自意識過剰だろうか。

「そうだなー、冬休みは短かいよなー」
「その割に宿題はあるしさー!」
「今回は見せてあげないからね、千津」
「えー、千絵子様、お願い!」
「………」

話がものすごい勢いで横にそれていく。
ああ、本当に情けない。
どんどん落ち込んでしまう。

「そういや、もうクリスマスか」

しかし、藤吉のその言葉に希望を見出す。
ナイス藤吉。
大好きだ藤吉。

「藤吉は誰と過ごすの?」
「佐藤、それを俺に聞きますか。聞きますか」
「可哀そうだからやめてやれよ、チヅ」
「その反応も切ないよ、岡野!」

藤吉は予定がないのかな。
この反応からしたらそうだよな。

「クリスマス土日とか、もう何かの罰ゲームだとしか。神様は俺が嫌いなんだ」
「恋人がいる人はいいねえ」
「今なら世の中を爆破してしまいたい気持ちも分かる」
「うわあ、痛いねえ」

槇がにこにこと笑いながら、傷心の藤吉にとどめを刺す。
さすがいつもながらの鋭い一撃だ。
一見一番きついのは岡野と思いがちだが、実は槇な気がする。
そのふわりとした言い方で誤魔化されてしまうのだが。

「そ、そういう槇さんこそどうなのさ!」
「私も特に予定ないよ」
「じゃあ、是非俺と!」
「ごめんなさい」
「ひどい!」

槇も予定がないのか。
でも藤吉の誘いを断るってことは、誘われるの嫌なのかな。
そのやりとりに笑いながら、岡野が頬杖をついて顔をしかめる。

「そういや、この中で一人もカレシカノジョ持ちがいないってのもサムいな」
「そういえばそうだ!」
「高校二年生なのにねえ」

しみじみという槇に、みんなでふうっとため息をつく。
岡野、まだ彼氏出来てないよな。
この前の旅行の時もいないって言ってたし。
クリスマス、空いてるのかな。
考えこんでいると、佐藤が握りこぶしをぶんぶんと振り回して騒ぎ出した。

「彼氏ほしー!クリスマスだけでいいから彼氏ほしー!」
「分かる、分かるぞ佐藤!冬の寒さが一人身にしみるんだ!」

クリスマスだけでいいのか。
いや、俺も気持ちは分かるけど。
とにかく今年こそは兄弟達に迷惑をかけないクリスマスをしたい。
ていうかもう本当に勘弁してほしい。

「馬鹿二人は放っておいて、そういや、宮守、クリスマスは暇なの?」

岡野が俺にふいに聞いてくる。
思わず大きく何度も頷いてしまった。

「ひ、暇!」
「そんなに断言するのも寂しいなあ」
「う」

勢いこんで声も上擦ってしまった。
槇の鋭いつっこみに、恥ずかしくなってしまう。

「あんた友達も彼女も今までいなかったよね。毎年一人でいたの?」
「ぐ」
「彩、それはいじめ一歩手前だよ」

一歩手前というか、本当にいじめだと思います。
確かに友達も彼女もいなかったけどさ。

「………ま、毎年、一兄と双兄と天と、クリスマスしてた」
「あんたはともかく、あの三人は予定ありそうじゃない?」
「うう」
「彩、手加減してあげて」

本当に手加減してください。

「本当のことじゃん。何、あんたが頼んだの?」

最初は誤魔化そうと思ったのだが、俺が頼みこんだのだと思われても嫌だ。
いや、最初に頼んだのは確かだが、何年ももういいと言い続けているのだ。
それなのに悪ノリした兄弟達は許してくれない。

「昔さ」

正直に俺は、白状した。
昔、クリスマスに憧れていた俺に、兄弟達が用意してくれたツリーとケーキ。
それから俺が一緒にクリスマスを過ごす人達が現れるまでずっと一緒にやってくれると約束してくれたのだ。
そしてその約束を今もまだ律義に守り続けてくれている。
勘弁してほしい。

「………うわ」
「本当に仲がいいねえ」
「辛かったな、宮守」

岡野のひいた声に、朗らかに笑う槇、そして同情をして肩を叩く藤吉。
そのどの反応も俺の心をいたく傷つけた。

「やめてくれ、その反応はやめてくれ」

俺だって兄弟達にこれ以上からかわれるよりは一人でいたほうがずっといい。

「あ、じゃあさ、三薙、今年は皆で過ごそうよ!」
「え」

そこで佐藤が手を叩いて、朗らかに言った。
その思い付きが自分でも気に入ったのかにこにことして何度も頷く。

「彼氏と過ごすのもいいけど、友達でもいいよ!来年からは友達と一緒に過ごせないかもしれないしね!」
「だといいね」
「来年は彼氏と一緒なの!」

岡野のつっこみに言い返しながら、佐藤は笑う。

「藤吉とアヤとチエもね!」
「すでに決定かよ」
「だってアヤも予定ないでしょ?」
「………ないけど」

佐藤が勝ち誇ったようにほらねと言って笑うと、岡野は悔しそうに口を尖らせた。
その仕草がなんだか子供っぽくて凄くかわいい。
岡野も予定ないのか。
しかもこのままだと、岡野とも一緒にクリスマスを過ごせるのか。

「お兄さん達もさ、もし予定入ってないなら一緒に!」

佐藤がてきぱきとことを運んで行く。
こんな元気いっぱいなところは本当に憧れる。

「ああ、いいね。宮守の家でぱーちー!」
「美味しいものいっぱい食べようね」

藤吉と槇も同意して、楽しそうに話を進める。
俺は慌ててその中に入ってくる。

「あ、そ、その、家使えるかとか、一兄達がどうか、はまだ分からないけど」

一兄達も、俺から解放されたら過ごしたい人達なんていっぱいいるだろう。
だから、一兄達が一緒に出来るかは分からない。
それに家は祭りの前で、この前のこともあるから関係者以外の出入りを控えている。

「で、でも、それでもいいなら、一緒に、クリスマスしたい、な」

一兄達や家のことがなくても、一緒にいてくれるなら、一緒にいたい。
別に、キリスト教徒ではないから、特別な日という訳ではない。
特別なことをする訳でもないだろう。
一緒に食事をして、ケーキを食べたりする。
そんなの、いつもやっていることだ。
でも、それでも、ドキドキするのは、なぜだろう。

「アホ」
「痛っ、な、何岡野?」

いきなり岡野に頭を叩かれた。
その後藤吉と槇にも頭を叩かれる。

「い、いた。な、何?」
「あはは、じゃ、決定!」

佐藤が俺の後ろから抱きつく。
ぎゅうぎゅうと首を絞められて、呼吸が苦しくなる。
なにより佐藤の柔らかい感触に焦ってしまう。

「さ、佐藤!く、苦しい!」
「だから、千津だってば」

いつものように文句を言って、それでも佐藤は笑った。

「プレゼント交換しようね!」

その言葉に、ますます心臓の鼓動が早くなって、頭がくらくらした。





BACK   TOP   NEXT