「………」

瞼を明るい光が焼いて、目を開けることを促す。
促されるままゆっくりと目を開けると、いつもより世界が眩しく感じた。
なんだろう、酷く気分がいい。
すぐ目の前には、綺麗な顔で眠る弟がいた。

「………天」

喉が渇いていて、掠れた声が出た。
俺と天は、一つの布団で向かい合うようにして寝ていた。
大きめの布団だが、所詮一人用だから、距離は近い。
すぐになんでここで二人で寝ていたのか、思いだす。
その瞬間全身がかっと熱くなる。

「ん………」

恥ずかしさが襲ってきて固まっていると、天がわずかに身動きする。
俺が逃げ出す暇もなく、ぱっと眼を開いてしまう。
なんでそんなに目覚めがいいんだ、お前は。
天はパチパチと何度か瞬きして、一つあくびをした。
そしてまだ眠気の覚めやらないとろんとした目で、柔らかく笑う。

「おはよ」

こんな無防備な姿の弟を見たのは、いつぐらいだろう。
仕事とかで一緒に眠っていても、嫌になるほど目覚めから隙がなかった。
なんだか、新鮮な気分になるが、今はそれどころじゃない。

「………はよ」

挨拶を返すと、弟は寝っ転がったまま俺をじっと見る。

「大丈夫?」
「え」
「体、痛くない?」
「っ」

まだ全身に血が駆け巡って、顔も耳も熱くなっていくのを感じる。
身動きすると、体はギシギシと軋む。

「へ、へーき」

でも、そんなことは言えないし、このまま隣で寝ていると変なことを思い出しそうだ。
俺は慌てて起き上がって首を横に振る。

「………っ」
「平気?」
「平気!」

急に体を起こしたら、更に体がギシギシと軋んだ。
なんか、今まであまり意識したことがないところが、痛い。
足の付け根や、腰や、ふくらはぎが、変な風に重く引きつれて、筋肉痛のようだ。
そして何より、下腹部にすごい違和感がある。
でも、そんなの絶対言えない。

「中は?全部掻きだしたはずだけど」
「………だ、大丈夫、だと、思う」

中ってなんだ。
どういうことだ。
大丈夫かどうかなんて分からないけど、そう言っておく。
気を失ってからのことは全部覚えていない。

おぼろげに覚えているのは、羞恥に満ちた記憶。
全身が快感に支配されて、声を上げ、あられもない格好を取り続けた。
天が体の奥まで入ってきて、何度も突き上げられ揺すぶられた。
術の終わりまで達することが出来なくて、天に縋りついて強請った。
駄目だ、これ以上思いだすと叫び出したくなる。

「そう、よかった。最後の方、俺のが持って行かれそうでちょっと乱暴にしちゃったから」
「………っ」
「術が完成できてよかった。これで失敗しても、俺もう一回やる体力なかったかも」

そこで耐えられなくて、思わず天の頭をはたいてしまった。
天は特に避けもせず、叩かれた頭を抑える。

「痛いな、何すんの」
「そ、そういうこと言うな!」
「はは」

俺が反論すると、小さく笑う。
そして軽く体を起こした。

「よっと」

起き上がった拍子に天の白装束も軽く乱れて、白い肩と鎖骨が見える。
それは、昨日ずっと縋りついていた、肩だ。
そういえば、赤くなっているのは、もしや俺の指の痕だろうか。
駄目だ、考えちゃいけない。

「俺もちょっと軋むくらいかな」

天が幸いにも装束を直して、肩や腕を回して体の調子を確かめる。
駄目だ、天をまっすぐに見ていられない。

「兄さん、大丈夫?」
「だから、大丈夫だってば!」
「力の方」
「あ」

だったら、最初にそう言え。
勘違いした自分が恥ずかしくて、俯いて布団の繊維を見つめる。
それから気を紛らわすように自分の体の中を探る。
自分の体の中心、力の源。
産み出すことは僅かで、常に力が失われていく、壊れた器。
けれどそれは、いつもと違った。

「………あ、お前の力があるの、分かる」
「へえ」

何か、違うと思っていたら、これだ。
いつだって失われていく力を感じていた中心は、今は流失が止まっていた。
いや、止まっている訳じゃない。
失われると同等の力が、注がれて補填されている。

「すご、い」

天の白い力が、俺の体に常に注ぎ込まれている。
供給後以外、いつだって感じていた倦怠感が、ない。
疲れはしているし、体の痛みもある。
けれど、頭はすっきりとして、体は軽い。
供給後の眠気もだるさもない、この爽快感は初めてだ。

「………すごい、天、体が軽い」
「そうなんだ」
「うん。うわ、すごい。力が、失われていく感じがない」

常に力が体を帯びていると言うのはこういう感じだったのか。
普通の人は、こんな充実感をいつも味わっていたのか。

「すごい、すごい!」

供給したすぐ後は楽だが、満タンまで供給すればすぐに眠ってしまった。
起きた直後はこんな感じだったが、徐々に失われていく感覚は付きまとっていた。
それが、今は、失われていく感じがしない。

「うわ、こんな体が軽いんだ。うわあ」

世界が明るい感じがする。
今ならなんだって出来そうな気がする。
そうか、俺は今まで、常に倦怠感を感じていたのだ。
それが普通だったので分からなかったが、失われなくなってから分かる。
力に満ちているということは、こんなにも満ち足りていたのだ。

「それはよかった。とりあえずやった意味があったね」

天が興奮する俺を見て、薄く笑っている。
はしゃいでいた心に、また羞恥が蘇ってくる。

「や、やったって!」
「儀式を」

だから、紛らわしい。
つい、天の肩を叩いてしまう。

「痛いってば」

すぐに避けられるだろうに、避けもせずにくすくすと笑っている。
まあ、俺も本気で殴った訳でもないんだけど。
恥ずかしいけれど、今は気分がいい。
心も体も軽い。
これも、天に力を貰っているからだ。
そこで気付く。

「あ!お、お前は大丈夫なのか?力が俺に取られてて、なんか、疲れてるとか」
「疲れてはいるけど。それは昨日体力使ったからかな」
「だから!」

そういうことを聞いている訳じゃない。
もう一度殴りつけると、今度はその手を受け止められた。
天はくすくすと笑いながら、自分の体の中を探るように胸に手を上てる。
そしてしばらくしてから、一つ頷く。

「平気みたいだね。兄さんに取られるぐらいの力じゃ、影響ない」
「………」

取られるぐらいって、悪かったな。
俺の力ぐらい、天にとっては確かに本当に些細なものだろう。
いや、駄目だ、
こんなことで怒るな。
とにかく今は気分がいい。

「でも、兄さんが力を使ったらどうなるんだろ、これ。後で試してみよう」
「あ、そうだな。うん」

それは確かめないといけない。
俺が調子に乗って無尽蔵に力を使えば、天の負担になるかもしれない。
そういうこと考えなきゃいけないのは、ちょっと不便かもしれない。
でも力を失いすぎて倒れるということがなくなるのは、とても嬉しい。

「それにしても、これ、すごい」
「やってよかった?」
「うん」

素直に、そう思う。
こんなに気分がよくなるものなのだ。
それに天にも影響はないらしい。
それなら、何も後悔はない。

「そう、お気に召していただいて何より。俺はうまく出来た?」
「お前は!」

また手を振りあげるが、今度も天は避けてしまう。
そして朗らかに笑う。

「あはは」

こんな風に笑うことはあまりないから、羞恥やらなにやらを忘れてつい魅入ってしまう。
天が笑いながら無邪気に首を傾げる。

「ま、やってみればこんなもんか、って感じでしょ」
「………」

こんなもんかと割り切れるものでもない。
確かに儀式はしてよかった。
でも、あれは嫌だ。
またあんな風になるのは、嫌だ。

「後二回。頑張ろうね」
「………うう」

あれは、自分が自分でなくなってしまうようなあれは、やってるうちはいいとして、後で本当に恥ずかしくて埋まりたくなる。
ていうか今埋まりたい。
自分より年下の男に組み伏せられ、体内を抉られ、泣きながら縋りつく。
さすがに男として、あれを素直に受け取ることは出来ない。
屈辱と羞恥と、でも快感と屈服させられる不思議な安心感。

昨日の夜のことがまざまざと脳裏に浮かぶ。
天の、湿った肌、熱い息、掠れた声。
俺の上げるみっともない甘えた声、吐き出せなくて狂いそうな熱、泣きじゃくって許しを乞う言葉。
耐えきれなくて畳に立てた爪、その手に触れた唇、導かれてしがみついた背中の堅さ。

「………っ」

駄目だ。
思いだすな。

「………今のままでも、大丈夫そうなんだけど、後二回、必要なんだよな」
「必要らしいね。今のままじゃつながりが弱い」
「………そうか」

やっぱり、しなきゃいけないのか。
いや、こんなに体が楽になるなら、した方がいいんだけど、でも、辛い。
楽なんだけど、辛い。
でも、決して酷いことをされる訳じゃない。
言葉通り、天は、優しかったと思う。
ていうか優しいってなんだよ。
女の子じゃないし。
あんな甘えた声を出して何をしてんだよ。
ああ、駄目だ、我慢できない。

「あああああああ!」
「どうしたの?頭がいよいよおかしくなった?」

どういう意味だ、こら。
耐えきれずつい叫んでしまったが、少しだけ落ち着いた。
忘れよう。
あれは、俺じゃない。

「………じゃあ、迷惑かけるけど、頼む。ごめん、ありがとう」
「喜んで」

俯きながら目を合わせないようにして、頭を下げる。
天の顔を、見ることが出来ない。
俺も俺じゃない気がしたが、天も、あんなのいつも知ってる弟じゃない。
割と今まで酷いことされてたけど、昨日のは今までのなんて吹っ飛ぶぐらいの衝撃だった。
いや、昨日の合意の上だったし、酷いことじゃないんだけど。

「俺も役得だしね。兄さんの中、すごい気持ちよかったよ」
「やめろおおおおお!」

いや、酷いことな気がしてきた。
酷いことだ。
天は絶対、面白がっている。
手元にあった枕で天を殴りつけると、笑いながら手で受け取る。
何度も何度も殴りつけるが、弟は受け止めるだけで叩かれてくれない。

「褒めたのに」
「褒めてない!」
「ごめんごめん」

くすくすと笑いながら、枕を取りあげられる。
武器を取りあげられると、天と俺を遮るものが無くなる。
そうすると、真っ直ぐに見ることは出来ない。

「………もう」

視線を逸らすと、窓際に随分桜の花びらが入り込んでいた。
いつの間にか窓は閉まっているが、そういえば昨日は窓を開けていた。

「桜、大分吹き込んでるな。後でちょっと外に出しておこう」
「ああ、窓開けっ放しだったね。声、響いてないといいね」
「うわああああ」

そういえば、窓を閉めたりなんてしなかった。
ずっと開けっ放しだった。
だって、それで桜の花びらと月が浮かぶ空をずっと見ていたんだ。
それを背景にした天が、酷く生々しくて、でも非現実だなんて、思った。

「み、皆に、き、聞こえたとかないよな!?ないよな!?」
「人払いしてたはずだし、使用人とかに聞かれたことはないと思うけど」
「だ、だよな。だよな」

そうだ、ここは大分母屋から離れている。
聞こえる訳なんてない。

「兄さんの声がいくら大きいからって母屋までは届かないんじゃない?」
「もう、お前やだ!」

確かに大きかった気がする。
今だって喉が渇いて、声が掠れている。
でもそんなのストレートに言われてはいそうですかなんて言えない。
天の隣から逃げ出そうとして立ち上がる。

「う、わ!」

そしてそのまま足腰に力が入らず、また座り込んでしまった。
なんで力が入らないかなんて、考えたくない。

「ちょっと休憩してから母屋に行こうか」
「………い、行かなきゃ駄目だよな。父さんとか一兄に、報告、しなきゃ、いけないんだよな」

そうだ、ここから逃げても、更に難関が待っている。
これは儀式なのだ。
だったら、少なくとも父さんには報告しなきゃいけない。
そして父さんに報告したら一兄と双兄には伝わるだろう。
嫌だ。
これ以上恥ずかしい思いはしたくない。

「………ここから、出たくない」
「兄さんの勝手にすればいいけど、とりあえず俺はお腹が空いたからご飯を食べに行きたい」
「この薄情者」
「逃げても逃れられないよ」

そんなの分かってる。
ここに引き込もってたら、誰かが迎えに来るだろう。
逃げられる訳がない。
何もなかったことになんて出来ない。

「まあ、赤飯は炊かれてないよ、きっと」
「お前なんて嫌いだああ!」

にっこりと笑う天に、俺はもう一度枕を投げつけた。





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