俺の言葉に、向かい合った佐藤が楽しげに笑う。

「あはは、かっこいー!惚れちゃいそう!」

惑わされるな。
言葉を聞くな。
落ち着け。
こいつらの好きになんて、させない。

藤吉と佐藤の、どちらを先に止めるか。
藤吉は、呪を唱えられないようにすれば、動きは止められる。
たぶん、体術はそれほどじゃない。

俺はどうすればいい。
何ができる。
持っている武器は、短剣。
それと、ポケットにはいつか渡された、天の水晶。
式鬼は使えない。
常に力を食わせ続けなければ維持できない式鬼の使役は、元々は省エネで生きなければいけなかった俺には向いてなかった。
だから、ほとんど使うこともなかった。
俺が扱える武器は、少ない。

「………黒輝、藤吉の動きを止めておいてくれ」

佐藤は、素早くて強いが、たぶん俺でも止められる。
大丈夫だ。
いける。

「ぐう」

黒輝が頷くとともに藤吉に向かって、走り出す。
一歩遅れて、俺も佐藤に向かって走る。
にやにやと笑っているお団子姿の少女に、鞘に入ったままの剣を逆手に持って振り払う。

「おおっと!」

佐藤はそれをなんなく避け、手に持った小さな刃物で俺の喉を狙ってくる。
その鋭い光に、ざわりと全身の毛孔が開く感覚がする。
ていうか下手したら死ぬぞ、それ。
殺さないんじゃ、なかったのかよ。

「ほら、もっと三薙も打ってきなよ!」

詰め寄ってこようとする佐藤を剣で牽制しながら、そっと黒輝の方を見る。
黒輝は、藤吉に襲いかかろうとしながら、それが出来ないでいる。
藤吉は避けている訳じゃないのに、何度も何度も食らいつこうとしては何かにはじかれている。

「………なるほど」

結界か。
藤吉は、結界を得手とする術者。
害あるものをはじくのは、お手の物だろう。
元来鬼である黒輝には、余計に厳しいかもしれない。

「ほら、余所見しない!」
「分かってるよ!」

右手の剣で佐藤をあしらいながら、藤吉を見る。
結界を維持しながら、術を編み上げるのは中々苦労することだろう。
なおかつ黒輝に襲われながら、だ。
大きな術で襲われることはないかもしれない。
でも、あの結界を突破するのも難しいだろう。

「しっ」

藤吉に気をとられていると、佐藤が鋭い蹴りを打ち付けてくる。
自分の膝でうけて、こちらからその喉を狙う。
けれど、上体を反らされて、避けられる。

「ワンちゃんが心配?三薙は、心配するものがいっぱいあって大変だなあ」
「俺は、心優しいからな!」
「あはは、確かに!優しいって、優柔不断と紙一重だよね!」

藤吉を意識しながら佐藤をかわしていると、自然とその周りを移動するような形になる。
黒輝と交代した方がよさそうだが、今は佐藤を相手どるのに精いっぱいだ。

「やっぱり、三薙には、私が殴れない?本当に優しいなあ」
「………っ」

俺が攻めあぐねているのが分かっているのか、佐藤が歯を見せて笑う。
本当に、いっそ爽やかなほど悪意の塊のような笑顔。
明るく笑う様子は昔と変わらないのに、受ける印象はこんなに違う。

「………」
「いい加減、女の子に夢見るのやめればいいのにー」
「………っ」

女の子とか、男とか、佐藤の場合は、そう言う問題じゃないだろう。
何度も何度も付きだされる手の中の刃は鋭く、今にも皮膚が引き裂かれそうだ。
そちらに集中していると、トリッキーな動きで足が繰り出される。
うちの門下生なんかよりも、ずっと動きは早く、キレがある。

「ほらほら、早く、おいでよ」
「……っ…」

バサッ。

「………!?」

佐藤の攻撃を避けながら後退していると、羽音のようなものが聞こえる。
多分藤吉の式鬼だ。
慌ててしゃがみこむようにしてそれを避ける。
その隙を逃さず、しゃがみこんだ俺の顔面に佐藤が膝をいれようとする。

「っ」

思わず声を上げそうになって必死にこらえ、今度は右に倒れこみそれを避ける。
前周り受け身の要領で、そのまま起き上がる。
前に出たら駄目だ。
下がらなきゃ。
そしてまた一歩後退して、佐藤から距離を取る。

「そんな逃げてばっかりじゃ、つまらないよ!」

うるさい。
笑う声が耳障りだ。
駄目だ。
落ち着け。
集中しろ。

「………」

そして佐藤の攻撃を避け続けて、気が付けば、黒輝と藤吉の周りを一周していた。
次の佐藤の攻撃をかわした勢いを押し殺し、後退していた体を無理やり前進させ走る。
足の筋肉がブチブチと嫌な音を立てた気がした。

「う、わ!」

攻撃されると思ったのだろう、防御態勢に入った佐藤を尻目に、黒輝の元へ走る。
藤吉の結界に何度も力をぶつけて壊そうとしていた黒輝の背を軽くたたいて、佐藤を指さす。
それだけで黒輝は分かったらしい。
くるりと体を反転させて、後ろから追ってきていた佐藤に向かっていく。

「うえ!?」

佐藤の、慌てた声が、聞こえる。
それを聞きながら、口の中で紡いでいた呪の締めの言葉を唱え、術を展開させる。

「宮守の血において、地において、我が敵は、我が世界に必要なく、ただこの世界は、我と我の同胞のためにあり!」

佐藤を打ち合いながら、藤吉達の周りに撒いていた天の水晶の力を借りて、結界を、紡ぐ。
水晶の力を借りて作る術は、前に天が、していた。
藤吉の結界に入れないなら、その結界ごと、俺の結界で、閉じ込める。

「み、なぎっ」
「閉じろ!」

今も次の術のための呪を唱えていた藤吉が、慌てた顔で中断する。
その顔を見て、少しだけ胸が梳く。
そして、最後の一文を結び、結界を展開させる。

双兄と双姉が教えてくれた、世界を作り出す技。
自分の想像力で創造し、力を広げ、編み上げる。
強い強いイメージが、強い世界を作る。
こんな風に世界を作れるって教えてくれたのは、藤吉、お前だ。
夕暮れの街、闇の巣食う屋敷、赤く染まるマンション。

俺が紡ぐのは檻。
藤吉を囲い込む檻。
檻のイメージならばっちりだ。
なにせ、俺が生まれてこの方、入っていた場所だしな。
スムーズに、世界が広がっていく。

「三薙………っ、くそっ」

藤吉が俺の術を破ろうとするために印を結ぼうとする。
でも、遅い。

「バイバイ藤吉、ちょっと入ってて!」

そして、作り出した世界を、閉じる。
藤吉は自分の結界ごと、俺の結界に包まれ、霞のように姿を消す。

「よし!」

でも、藤吉ならすぐに術を破って出てくるだろう。
その前に、佐藤を、どうにかしないと。
数回呼吸をして、息を整える。
力をだいぶ使ったが、一兄と天の力をもらっている今なら、それほど辛くない。
佐藤に殴られた腹と胸が、痛い。
ヒビぐらいいってんじゃないか、これ。
動き回ったせいで、疲れている。
最近動いてなかったせいもあって、体力が落ちている。
でも、まだいける。
不思議な高揚感が、体を軽くさせる。
意識を研ぎ澄ます。

「黒輝交代!お前は天のところへ!」

そして佐藤と組み合っていた黒輝の方へ走る。
黒輝は一瞬こちらを見て、ためらう様子を見せる。

「早く!」

佐藤と黒輝の間に割って入って、もう一度促す。
すると、黒輝は今度は躊躇いなく、振り返り、走り出す。

「ぐうっ」

俺の隣を走りざま、その綺麗なビロードのような美しい尾で俺の腕をはたいていく。
今のは、もしかして激励だろうか。

「あれえ、行かせちゃっていいの?」

佐藤が動きを止めずに、俺の眼に拳を付きだしてくる。
相変わらず、えげつない攻撃だ。

「天が、心配だから」
「相変わらず、甘いなあ」

天はなにせ、あの一兄を相手にしている。
俺が稽古を見ていた限り、欲目を抜きとしても、たぶん実力は一兄の方が上だった。
天には有り余る才能があり、本人も努力を怠らない。
けれどまた細い体、若さ、そして実は熱くなりやすく力で押すタイプの天。
一兄には経験と、その恵まれた体格による力と、冷静な技巧があった。
そんな人と、三対二で戦ったら、苦戦は必須だろう。
せめて、人数だけでも対等にしてやりたい。

「優しい三薙君は、自分が犠牲になっても、弟君を助けたいんだ。でも、それってホンマツテントーじゃない?」
「くっ」

脇腹、鼻、目、喉、胸、脛、急所を狙い済まして、手に持った刃物を、蹴りを繰り出してくる。
その動きは隙はなく、苛烈で、綺麗ですらある。

「ほらほら、あっぶなーい!」

刃をよけようとしてバランスを崩すと、佐藤が足を狙って蹴りを繰り出してくる。

「それ、と」

でも、その性格そのもののいやらしい攻撃は、一定のパターンがある。
急所を狙いすぎる。
刃を繰り出した後、隙を見せると蹴りが来る。

「佐藤は、一人で、真正面から、勝ちたかったから!」

読み通りに来た、佐藤の振り上げた足をしゃがみこんで手で払う。

「え、うわ」

体勢を崩したところを、今度は軸足を、足払いの要領で払う。

「え、ちょ!」

佐藤は見事にバランスを崩して、尻もちをついた。
もがこうとするのを逃さず、その細い体を押したおす。
足に乗り上げ、肩を押さえると、佐藤が強かに地面に頭を打つ。

「い、った」

顔を顰め、反らしたその喉を押さえつける。
佐藤が苦しげに眉を顰め、けれどそれでも俺を見上げ、にやりと笑う。

「ひっ、どーい、女の子に、何すんのよ」
「俺、男女平等主義だから」
「変なところ触らないでよ、三薙の、すけべ」

苦しげだが、この状況でも、軽口をたたく佐藤に、苦笑してしまう。
どこまでもブレない態度に、尊敬の念すら覚えてしまう。

「殴れるよ、佐藤。たとえ、佐藤でも殴れる。俺が守りたいもののためなら、殴れるよ」
「あっは、くっさい、台詞」

そう言って、いきなり顔を持ち上げる。
そして喉を押さえつけた俺の手首に、思いきり噛みついた。

「痛っ」

思わず喉から手を離しそうになるほど堪えて、もう一度締め上げ、地面に押し付ける。

「ぐぅっ!」

俺の肉片を噛み千切った口の周りは、わずかに血で汚れている。
苦しげに顔を歪めながらも赤く染まる口元で笑う佐藤は、今まで見た中で、一番綺麗な気がする。

「ひ、ひひっ」

笑い声を聞きたくなくて、手に力をこめる。
喉を押さえつける感触も、苦しげな佐藤の顔も、やっぱり見ていて気持ちがいいものじゃない。
今すぐ手を離してしまいたくなる。
でも、それじゃ、駄目だ。
駄目だ。
逃げたら、すべて、奪われるだけだ。

「殴れるよ、佐藤。でも、女の子だから、平手な」

喉をおさえてた右手で襟首を掴み持ち上げ、佐藤が動く前にその顎に掌底を入れる。

「あうっ」

ちゃんと入ったらしく、佐藤が目を回す。
脳震盪を起こしたようで、襟首を離すと、佐藤がそのまま倒れこむ。
ていうか、佐藤って、やっぱりちゃんと人間なんだな。
こんなの、効かない気もちょっとしてた。
ほっとするような、そうでもないような。

「あ、う、くっ」

苦しげに横たわる佐藤を見ていると、やっぱり胸がチクチクと痛む。
でも、負けるつもりは、ないんだ。
もう、好きにされたくないんだ。

「………」

自分が着ていたパーカーを脱ぎ、佐藤の腕を後ろ手に縛り上げる。
こんな頼りない布じゃ、ちょっと心もとない。
えっと、後は、親指同士を結ぶと、いいんだっけ。
でも、何で結べばいいだろう。
と、辺りを見渡して、佐藤の頭に目がいった。
お団子を結ぶゴム。

「佐藤、これ、借りる」

ちょっと絡まったりしてとりづらかったけど、なんとかゴムを外し、その親指を結びつける。
これで、少しは時間が稼げるだろう。

「えっと、次は」

さっき藤吉を閉じ込めた場所までいって、結界を確かめる。
力を探ると、わずかに、ほころびが入り始めてる。
藤吉が、破ろうとしてるのか。
破られると、術返しで、俺にもダメージがある。

「………」

なら、することは一つだ。

「宮守の血において、我が力で紡ぎし世界、その世界は偽りなり。その姿、真実の………」

自分で、解除すればいい。

「世界よ、開け」

呪を結ぶと、ほろほろと、世界が、古びた布が破けるように、崩れていく。
そして俺の世界が消え去った後に現れたのは、立ちすくむ藤吉。
やっぱり、俺の結界を破るために、自分の結界は解いている。

「え」

一瞬何が起こったのか分からなかったのだろう。
目を丸くして、口を開いている。
その顔に、ちょっと笑ってしまった。
なんだか、教室で、楽しく話してた時を思い出してしまう。

「もっかいバイバイ、藤吉」
「なっ」

そして、また顎に掌底をぶつけると、抵抗することなく藤吉が後ろに倒れこむ。
佐藤よりもずっとあっけない。

「あ、ぅ」

倒れこみ苦痛に顔を歪め、のたうつことすらできない。
今度は藤吉のパーカーを脱がし、その腕を縛り付ける。
短剣で余った部分の布を破いて、こっちも親指を縛っておく。
ついでに呪も唱えられないように、口も縛っていく。

「………俺の、勝ち」

まだ苦痛にうめき、涙を浮かべる藤吉は俺の言葉は届いているのかいないのか、分からない。
あっちで芋虫になっている佐藤にも視線を向け、少しだけ楽しくなる。
俺を傷つけた人たちに、やり返すことが出来た。
まるで子供のような仕返しの暗い喜び。
復讐の愉悦。

「でも………」

でも、やっぱり、お前らを殴りたくなんてなかったよ。
お前らを殴るよりも、遊んでいる方が楽しかった。

お前らと、ずっと笑っていたかった。





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