見たいものは君の笑顔。
欲しいものは君の信頼。
知りたいのは君の感情。

満たされるのは俺の心。



***




清水と穏やかな日々は続いていた。
俺との時間を思ったよりすんなりと、受け入れてもらえた。
自分でいうのもなんだけど、俺は人が大好きだし、人に好かれるタイプだし。
警戒心を抱かせないようにするのも自信がある。

清水は一緒にいると楽しいし、時折見せる笑顔がメチャかわいかった。
あれだ、意外性。
いつもむっつりしてる顔がほころぶ瞬間に、なんともいえない満足感。
その笑顔を引きずりだしたのが自分だということが、嬉しくて楽しい。

俺は清水と過ごす昼休に、夢中になった。
目標を設定して、のめりこむのも好き。
俺は「清水と仲良くなる」という目標を達成するために努力を惜しまない。
それをやり遂げたあとは、きっともっと楽しいだろうから。
清水と一緒にいることは、楽しいだろうから。

なんでも楽しんでやれる性格。
俺の長所で、俺の短所。

他にも用があるから毎日という訳にはいかないが、俺は足しげく人気のない裏庭に通った。
暑くなりつつある季節に、木陰に囲まれた裏庭はひんやりと涼しかった。
どこか現実感のない空間。
2人だけの場所が、秘密の基地みたいでワクワクした。

清水の無口なくせにきついつっこみが、中々キレがよくて楽しい。
時折見せる、笑顔が嬉しい。
徐々によせられる、信頼が心地いい。

清水はよく不安げに俺に問う。

「ねえ」
「はい?」
「私といて、楽しい?イヤじゃない?」
「楽しいし、イヤじゃないよ。まだまだ楽しい」
「本当……?」
「嘘ついてもしょうがないでしょ。ていうか楽しくなきゃそもそもここにはこないし」

そう答えると、清水は嬉しいというよりは安心したというようにため息をつく。
笑っていても、軽口を叩き合っていても、それでもいつも不安げで寂しげな清水。
繰り返し告げても信じない。
疑り深くて用心深い。
幾度もつけられた傷が、いまだ癒えずに自分を傷つけるものから遠ざけようとする。
それでも人が恋しくて、傍にいてほしくて、俺に何度も確認する。
嫌になったらいなくていいと言いながら、いつでもその目はすがっている。

1人にされるのを極端に怖がる清水。
その臆病さが愛しくて、俺は清水にますます夢中になる。
彼女の心から安心した顔を見てみたい。
そんな暗いところから、連れ出してしまいたい。
1人きりだなんて、言わせたくない。

そして清水真衣をより知ってから気づいたこと。
清水真衣を人から遠ざけるもの。

幼い頃のトラウマ。
弟に対する強すぎる執着。

本人も自覚している原因。
それは確かに、清水を人から遠ざける。
けれど、たぶん、おそらくそれだけじゃない。

清水を本当に人から遠ざけているもの。

弟に対する強すぎる執着。
弟は完璧だと迷いもなく言い切る、その盲目と言ってもいいほどの信頼。
弟がいなければ自分は1人になるという恐怖。
弟を無理矢理縛り付けているという罪悪感。

その清水を人から遠ざけるすべての感情。
それを、清水に植え付けたのは一体誰だ。

そんなの、ほとんど考えるまでもない。

確かに噂に聞いていた。
人付き合いの悪い暗い姉が、完璧な弟を独占して、束縛してる、と。
弟に彼女が出来ると、邪魔をして排除するとか、友達といるところにわざと声をかけて引き離すとか。

俺としては、それを許す弟にも問題があるんじゃねえの、とは思っていた。
そして清水真衣と話して、それは確信に変わる。

もう高校生だ、ガキじゃない。
自分で行きたいところは行くだろうし、彼女がいたらそれを最優先にすればいい。
いやなら、全部投げ出してしまえばいい。

それなのに、自ら清水に縛り付けられているように聞こえる。
優しいから?
そうだろうか。
賢くて完璧らしい男が、自分のしていることの残酷さを理解できないだろうか。

いや、たとえ理解していなくても、その残酷さに変わりはない。
清水真衣を1人にしている原因は、清水真衣の弟への執着だけではない。
形は違うかもしれないけれど、おそらくあちらも清水に依存している。

それは想像だけれど、たぶん間違ってはいないと思う。
問題は、原因がどこまで確信的にやっているか、だ。

俺がしなければいけないことは、清水を原因から切り離すこと。
清水がそれを失うと1人になると思うことが、清水を1人にしている。
決して清水は、1人になんかならないのに。



***




「清水、弟君と最近どう?」
「うん、普通の姉弟みたいに、なろうとしてる」
「大丈夫?」
「…たぶん。でもね、思ったより、辛くない」
「そっか、えらいえらい。弟離れは自立の第一歩」

くしゃくしゃと髪をかき回すと、清水は俺を睨みつけながらも口元が緩む。
手を放すと、乱れた髪をなでつけながらはにかんだように笑った。

「たぶんね、あんたのおかげ」
「ぐはっ。相変わらず変なところで直球ストレートだなあ。もう、この男殺し」

意地っ張りなくせに、意外なところで無防備な清水。
そんなところもかわいい。
本当に男心をくすぐる奴だ。

だからこのまま、緩やかに原因から切り離せたら、と思う。
そして、俺にもっと笑いかけてくれたらいい。
もっともっと広い世界を見てくればいい。
世の中、こんなに楽しいんだからもっと楽しく過ごしてくれれば、いい。

清水が俺に寄せる信頼が強くなると共に、俺の中の清水へのテンションもあがる。
もっと清水を好きになりたい。。
もっと好きになってくれたらいい。

だからてっとりばやく告ってみた。
関係の段階をあげれば、きっともっと色々な表情が見れるはず。
それに清水にあんなことやそんなこともしてみたかった。
清水とするあんなことやこんなことは、きっと気持ちよくて楽しいだろうから。

「後は、清水に男でも出来れば完璧なんじゃない。弟依存症も直るかも」
「男ね……。私もてないし」

冗談めかしていると、清水も冗談めかして小作りな顔の中で唯一大きな目を細めてみせる。
こんな軽口も、最近聞けるようになった。

「俺とかどう?」
「は?」

間抜けな声をあげる。
きょとん、と目を丸くしている。
その顔がおかしくて、つい吹き出しそうになってしまった。

「そうだな。私みたいなうるさい小姑がいないんだったらいいよ」
「あ、マジ?俺、兄貴しかいないし。母親放任だし。問題ないない」

清水はしばらく考え込むと、ぽつりとそんなことを言った。
おそらく冗談だと思ったのだろう、俺も軽い調子で応えると肩の力を抜いた。
緊張していたのかな。
かわいいな。
いや、本気なんだけどね。

「あー、でも顔と性格変えて、金持って出直して」
「それ俺じゃないし!愛はあるから!」
「愛じゃ食べていけないし」
「なんて現実的な!」

清水が顔を赤らめながら続けるから、俺もついそのまま続けてしまう。
いけないいけない、本気なんだってば。
改めて深呼吸して、顔を引き締める。
結構、緊張。
断られても清水が気に入っていることは変わらないけど、振られるのは辛い。

「で、マジなわけなんだけど」
「え?」
「いや、かなりマジなわけだけど」
「は?」
「I LOVE YOU」

実はちょっと声が震えてるんだけど、清水は気付かないようだ。
呆れたように冷めた目で俺を見る。
これでもマジで緊張している。
手も震えてたりするんだけどね。
いや情けない。

「馬鹿?」
「ひでえ!何?尾崎熱唱のほうがいい?」
「暑苦しいからやめて」

そこで清水は首をかしげた。
ようやく、俺が本気だって気付いたようだ。
鈍いなあ。
いや、どんな時でもふざけてしまう俺も悪いんだけど。
照れて茶化してしまう男心を感じ取ってくれ。

「私に、告白してるわけ?」
「そうそう。付き合って、てこと」
「マジ?」
「大マジ」

俺は真っ直ぐに清水を見つめた。
清水のどんな表情も見逃さないように。
その反応に興味があった。

「なんで?」
「なんで、って言われても、好きだから?」
「私、人に好きになってもらえるような奴じゃない」
「いやまあ、確かにあんまり人好きする奴でもないと思うけど」
「じゃあ、なんで」

清水も真剣に、こちらの反応を見逃さないように見つめてくる。
人に好かれることが信じられない清水。
当たり前に注がれるはずのものが、与えられなくて。
飢えていて、疑り深い。

なんで。
理由なら沢山ある。

清水は仕草がかわいいし、話していて面白い。
守ってあげたいという気にさせられるし、色々なものを見せてあげたい。
その寂しさを癒してあげたい。
俺を頼らせてみたい。
俺に執着させてみたい。

男の優越感とプライド。
保護欲と支配欲。
同情心と愛おしさ。

自己満足と紙一重の感情。
それは恋じゃないだろうか。
俺の欲を満たすために、清水を利用しているのだろうか。

それでも清水の傍にいたいというのは本当。
清水に優しくしたいというのも本当。

だったらいいじゃん、と思ってしまう自分。

「うーん、困るな。そのちょっとヤバめなキャラがツボだったというか」
「なにそれ」
「恋に理由なんてないさ!」

だからそんな風にしめくくった。
それは必要ないだろうから。

「でも……私は、嫌」
「ぐは!」
「ちょ、直球だなあ」

ストレートに切り込まれた。
うわ、やっぱり結構ショック。
うわー、これで傍にも入れなくなったら寂しいなあ。
いやだなあ。

けれど、続けて清水はこう続けた。

「だって、私、根木に嫌われるのやだ」
「え」
「勝手に失望されるのは、嫌」
「ちょ、ちょっと?」
「この人は、私の傍にいてくれるかも、て期待して裏切られるのは嫌」
「えーと、清水さん。それはどういうこと?なんでいきなり裏切る裏切らないの話になっちゃうの?」
「だって、皆そうだった」
「へ?」
「お父さんも、お母さんも、友達も、好きになった人も、好きになってくれた人も、みんな私を離れていった。」
「………どういうこと?」
「み、みんな、一緒にいてくれた人が、私のこと、嫌になって行っちゃうの。私は、ずっと、置いてかれちゃうの何も、言わないで……、急に、冷たくなって……、いなくなっちゃって」

しゃくりあげる声、黒く濡れる目。
ああ、綺麗だなあ。
臆病で、疑り深くて、傷つくのを恐れる清水。
震える声、流れる涙で、全身で訴える。
なんて上等テクニック。

「根木が、いなくなるなんて、やだ」

それはつまり、俺にいてほしいということ。

負けました。
ここで放って帰れる男がいたら聞いてみたい。
本当に男心をくすぐる奴。

俺は、目の前の小さな体を思いっきり抱きしめた。
その不安を、その涙を、少しでもかき消すことができるように。

「ね、ぎ……?」
「俺は、嫌いにならないよ」

そう、嫌いになんてなれるはずがない。
こんな卑怯くさいほどに、頼りない少女。
君の笑顔が見たいよ、清水真衣。
笑って欲しいよ。

「いや、まあ男女の事だし、いつかは嫌いになるとかもあるかもしれないけどさ、でも、今は好きだし、急に嫌いになることはないから」
「ほんとに……?こんな、ウザイ奴でも……?」

腕の中の震える体。
あくまで用心深い言葉。
愛おしさで、くらくらする。
その温かさが手放しがたい。

「いやー、ウザイっていうか、今かなり熱烈な告白に萌えポイント急上昇なんですけど」
「え……?」
「根木君がいなくなったら私死んじゃう!根木くん好き好き!」
「馬鹿」

どうしても軽くなってしまう俺の言葉に、それでも清水の声は安堵が混じる。
俺は腰をかがめると、目の前の白い小作りな顔を持ち上げた。
こぼれる涙が痛々しくてもったいなくて、俺は頬を舐め上げる。

「ね、俺にしときなよ。自分で言うのもなんだけど、結構な好物件だと思うから」
「………ばーか」

そして清水は、小さく笑った。
ああ、本当にかわいいな。
君を笑わせると、とても満たされるよ。
俺でも、誰かを笑わせることができるのが嬉しいよ。

そのまま顔中にキスを落とすと、俺は薄い作りの唇に小さく口付けた。
清水は少し震えていた。
俺は、大人しく濡れた睫を伏せる清水に、ドキドキした。

触れ合う唇は温かくて、しょっぱかった。

静かに顔をはなすと、清水が小さくふきだす。
キスの後に笑うとは、失礼な奴だ。

「なーに、笑ってるのかな、清水さん」
「ううん、私、やっぱヤバイな、と思って」
「うん、ヤバイよね。だから俺にしときなって」

そうだよ、清水。
このまま俺を好きになっちゃいなよ。
俺に笑いかけて、もっと明るいところへいこう。
それはきっと、楽しいことだから。

「……ねぎ……」

清水が何かを言いかけたけど、俺は耳に入らなかった。
木陰に囲まれた二人だけのはずだった空間。

清水の後ろ。
ちょうど俺の前の前に、目立ちすぎて違和感のある長身が姿を現す。
作り物のように整った顔。
周りをひきつけるような、強い印象。
そつなく穏やかな物腰。

ああ、やっぱり。

俺は驚きながらも、納得していた。

清水が1人でいる原因。
もしかしたら、言うほど完璧ではなく、ただ優柔不断すぎて清水真衣を切り捨てられないのか、とか、あちらも清水を守ることに依存しているのかな、とか、そんなことも考えていた。

ああ、そんなレベルじゃない。
間違いなく、あいつはわかってやってる。
何もかもを理解して、清水を1人にしている。

そして、囲い込もうとしている。

清水を腕に抱きとめる俺の姿を見るその目。
悔しそうにかみ締められた唇。
思わず笑ってしまうほどの、怒りと焦り。
今にも俺を射殺しそうなぐらいな、強い感情をまっすぐにぶつけている。

そつなく完璧超人ないつもの姿は見る影もない。
素直すぎるその感情に、背筋がゾクゾクした。

俺の中にいつも燻っているジリジリとした感情が顔を覗かせる。

なんだよ、だれが完璧超人だよ。
そつがないだよ。
感情駄々漏れじゃん。
絶対に確信犯だろ、あれ。

現れた闖入者。
清水真衣を1人にする原因。

清水千尋が、そこにいた。






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