「変なことしちゃだめよ、根木君」
「ひどいなー、先生。俺はいつだってセーフティな男よ?安全装置かかりっぱなしよ?」
「それも男としてどうなのかしら?」
「ガーン、全否定」

まだ若く独身で男子生徒に人気のある養護教諭はくすくすと笑う。
この人の自分の魅力を分かっているような、少し芝居がかった仕草は好きだ。
男の視線を集めるのが楽しけど、そこまで派手じゃなく清楚に見せてる。
極端には走れない、そんな不完全さが好き。
いや、普通にいい人でもあるけど。
どちらにせよ、人間臭い人は好き。

「いいのよ、俺はいざとなったらケダモノになれるから。先生どう、夜のデンジャラスな俺を見てみない?」
「後5年たったらね。あら、でもそうしたらすっかり私おばさんだわ」
「そしたら先生は更に色気ムンムンな魅力的な女性になってるね。俺が保障する」
「全く口がうまいんだから」
「俺は本当のことしか言わないよ」

先生は整った眉を吊り上げると、椅子に座っている俺にその手に持っていたものを放り投げる。
綺麗なピンク色の爪ではじかれた、それは鈍い銀色に光る。

「はい、鍵。本当に悪いことしないでよ。特別だからね」
「ありがと、先生、愛してるよ」
「はいはい、かわいい彼女によろしくね。帰るときに一声かけて頂戴」
「りょーかい」

ベッドに向かいあった椅子に座ったまま手をひらひらと振ると、先生はその手をはたいて出て行った。
扉の閉じる音。
夕暮れの中の白い部屋。
西向きの窓から入る赤い光に、くらくらする。
空調の冷たい風が、汗ばんだ肌に心地よかった。
特に、肉体労働した後だったから。
人を1人担ぐのは、さすがに大変だった。

ベッドで苦しげな寝息を立てる少女。
清水真衣を運んだ後だったから。

赤く染まる部屋の中で、それでも少女は真っ白だった。
白さを通り越して、青い。
その様子が痛々しくて、清水が小さく見えて俺は清水の右手をそっと握り締めた。
すると、思ったより強い力で握り返される。

「………清水?」

返事はなく、どうやら無意識の行動のようだった。
胸のどこかが、ほんのりと温かくなる。
頼られるのは、気持ちがいい。

あの後2人を追ったものの、結局追いつくことが出来なかった。
しばらく探したものの見つからず、仕方なく教室に帰ろうとした俺が見たものはトイレから倒れ出てきた清水の姿。
俺の目の前で、崩れ落ちた。
ひどく汗をかいて、それなのにこの暑いのに冷たくて、顔は真っ青で、呼吸が荒くて。
頼りない華奢な体が、ずっとずっと小さく見えた。

そのまま倒れてしまった清水を担いで、俺は保健室へ運び込んだ。
授業なんて出てらんないし。
清水は見た目どおり軽かった。
まあ意識を失った人間はやっぱり重いわけなんだけど。
腕しびれちった。

それで先生に人払いを頼んで2人きりにさせてもらった。
俺は保健室も結構常連で、先生の覚えも悪くない。
少々の無理は聞いてくれる。
清水が弟君と何かあったのは、間違いなかった。
何があったのか聞きたかったし、あんまり人にいてほしくなかった。

裏庭で出合った清水千尋の、あの強い眼差しを思い出す。
俺をその視線で射殺してしまいそうなくらいの、強い感情。
見てるこっちが引き込まれそうで、ゾクゾクして、クラクラした。
完璧いっちまってるヤバイ奴。
あんなのにずっと捕まってたなら、そりゃ清水もやばいくなるわな。
どうして、あんだけ壊れちまえるのかな。
こんなに明るい世界で、どうしてわざわざ暗くてじめじめした処へ行くんだろう。

苦しげに浅い呼吸を繰り返す清水。
この短時間で、ここまで清水を追い込むなんて清水千尋恐るべし。
青ざめた顔に張り付く髪を空いている手で掻き上げる。

正直、感情的になって吐くというのが分からない。
そこまで強い感情を持ったことがない。
まして気絶できるなんて、どんだけ心に負荷がかかっているんだろう。

それだけ追い詰められた清水が可哀想だった。
救ってあげたかった。
安心できる場所を提供したかった。
あんな電波な弟から引き離してしまいたかった。

そして、それと共に好奇心がうずうずと疼く。

どういう感情なの、ねえ、清水真衣。
どういう衝撃なのかな。
それだけ人に執着できるって、どうなのかな。
苦しいのかな、哀しいのかな、それとも。

その小さな体には、何がつまってるのか知りたい。
きっとそれは熱くて、冷たくて、苦しくて、息が出来なくて、そんなものなんだろうね。
俺には想像することしかできない。

ごめんね、清水真衣。
君が好きだよ。
君がかわいいよ。
君が愛しいよ。
君を笑わせたい。
俺の手で守りたい。
その暗い場所から引きずりだしたい。

そして、それと共にとても知りたいんだ。

君の熱さを。
君の苦しさを。
君の中のどろどろとしたものを。
君のその感情を。

俺はどうしても好奇心を切り離すことが出来ない。
ごめんね、しかも俺は罪悪感があんまりないんだ。

これは恋じゃないのかな。
でも、君が好きだよ。
君を守りたいよ。
君の笑った顔が見たいよ。

だったら、いいじゃんと思ってしまう自分。

これは、いいことなのかな、悪いことなのかな。
よくわかんねえや。
でも清水は1人でいたくなくて、俺は清水の傍にいたい。
それなら、いいんじゃないかな。
需要と供給。
それが人によってはとても冷たいことだって、いうのは分かる。
でも。
だからこそ。


ただ、清水真衣、君にとても興味がある。


俺の手をしっかりと握る小さな手に、俺は軽くキスを落とす。
顔を上げると、窓から入り込む光が目をやいて、俺は自然と目を細める。

それは真っ赤で印象的で不安を煽る。
どこか怖くて、でも、とても綺麗だった。
ねえ、清水真衣、君の感情はこんな色かな。






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