「で、どこいくの?」
「*****村に*********、***酒が*****」

まあ、聞いても分からないんだけどね。
早口だし、わからない単語ばっか。
ミカは一番、私に理解させようって気がない。
自分の話したいように話し、行動したいようにする。
本当に俺様だ。
まあ、王様なんだけどね。
そういえば部長とか社長とかも、こんな感じだったっけ。
偉い人ってのは、他人の都合を考えない人種なのかしら。

私は軽くため息をついて、暗くてじめじめした通路をミカに手を引かれて歩く。
通路に隠してあったらしいカンテラもどきに火をいれて、ミカは慣れた感じで先を急ぐ。
土をくりぬいて作ったらしい通路は、ろくに手が入っておらず道も悪い。
なんか暗闇にもぞもぞ動いている気がして落ち着かない。
気っていうか絶対もぞもぞ動いている。
気持ち悪くて手をつくこともできない。

幽霊とかかなあ。
虫だったりしないよね。
違う、きっと違う。
虫と幽霊だったら幽霊をとる。
幽霊だったら害はない。
こっちに幽霊とかそういう概念ってあるのかしら。
化け物、とかそういったのはありそうなイメージだけど。

そういえば。

『ちょっとミカ!私が人を食べるってどういうことよ!』
「どうした?」
『何勝手な噂流してるのよ!名誉毀損で訴えるわよ!』
「何を言ってるんだ?」

前を行くミカを引き止め、エミリアの一件を問い詰める。
人妻エミリアの件ですっかり忘れてた。
答えによっては本気でしばき倒すわよ、この野郎。
お局怒らせると怖いんだからね。
女子全員でシカトしてコピー後回しにするわよ!
セクハラしたって噂流してやるんだから!

ミカは楽しそうに、急に怒り出した私を興味深げにみている。
くそ、通じないか。
あの悪魔に聞いても、どうせこっちがダメージを受けるだけだしな。

「どういうこと?私、人、食べる、聞いた」
「ん?人を食べる?」
「私、えっと、エミリアが、言った。人を、食べる」

くー、難しい!
初歩の会話しかできないのがこんなにももどかしいなんて。
海外旅行に行くたびに、言葉なんていらない、心があれば人間通じあえる!とか言ってたけど前言撤回。
言葉って大事だわ。
言葉があるからこそ人間通じ合える。
だから言葉が発展したのよ。
分かり合うためには、言葉が必要。

それにしても初級英会話でも、私は人を食べません、なんて出てこないわよ。
どうしてこんな応用会話してるのよ。
なんでしなきゃいけないのよ。

「…………えっと、私は、食べない、えっと」
「ああ」

たどたどしく続けると、ミカは得心したというように、鷹揚と笑って頷いた。
うそ、今ので通じたの。

「わかった」

驚いていると、いきなり引き寄せられる。
近づいた、と思ったらいきなりぎゅっと抱きしめられた。

「うわ!」

えーと。
なんか頬ずりされてるし。
また変なところに手がいってるし。
絶対通じてないな。
ていうかどんな解釈されたんだ。

まあ、とにかく。

『ふざけんな、このセクハラ野郎!!』

ヘッドバッドと、腹蹴りを食らわせる。
ああ、せっかくした化粧が崩れちゃう。
もったいない。

ミカはうめいてその場にうずくまる。
股間狙わなかっただけありがたく思え。

「もういいわ」

とりあえず理由は後であの悪魔に聞くとして、今はこれで勘弁してやる。



***




「大丈夫か?セツコ」

じめじめとした通路から出た先あった、森の中。
どうやら自然にあった洞窟を利用して作ったようだ。
岩場の出入り口は、木々でうまくカモフラージュされている。
鬱蒼として、葉っぱの隙間から覗く太陽が真上にある今なおまだ薄暗い。
顔を上げると、森の先の城らしき石造りの建物はかなり遠くに見えた。
城自体でかいから遠近法よく分からないんだけど。

更に木の根で歩きづらいでこぼこした道を手をひかれて歩く。
しばらくするとそこにはなぜか厩舎があって、素人目にも立派な馬が一匹つながれていた。
競馬とかで見るサラブレットよりもどっしりとした足と大きな体の白い馬。
ミカが愛しげに頭を撫でて優しげに名前らしきものを呼ぶと、ぶるると鼻を鳴らした。

この馬鹿王、もしかしてサボるためにこんなものまで用意しているのか。
まさかね。
まさかねえ。
有事の時のためとかよね。
誰に世話させてるんだ、とか経費はどっから落ちてるんだ、とか、そもそもあれは秘密の通路ではないかとか。
色々つっこみどころがあるが、自慢げに馬を見せてくるミカに、何も言えなくなってしまったが。
きっと、有事のためだわ。
考えないでおこう。
ああ、でもあの経理室の書類の山の中の一つはこれだと思うと、頭が痛くなる。
いえ、きっとこれは必要経費。
そうじゃないとアルノも浮かばれない。

その後は馬にニケツで、森の中を大疾走。
ポニーに乗ったことはあるけど、こんな背が高くて速い馬は初めてだ。
死ぬ。
やばい死ぬ。
ミカが後ろから得意げに手綱さばきを見せてくる。

『安全運転!安全第一!早まるな!その一秒が命取り!きゃー!!手を放さないで!』
「なんだ、喜んでいるのか?」
『違う!この馬鹿!』

多分そこまで速さは出てないはず。
でも、前にやった乗馬体験よりも、ずっとずっと高くて揺れる。
馬は日本で見る馬より、倍ぐらいでかくて高い。
いや、まあ、倍はないだろうけどさ。
足も太いし、がっしりしている。

ぎゃーぎゃー喚きながらしがみついていても、ミカは笑うばかり。
振り落とされるかと思った。
ていうか振り落とされたら死ぬ。
これは死ぬ。
ああ、お尻痛い。
絶対赤くなってる。
でも乗馬って骨盤にいいらしいんだよなあ。
リアルジョー○よね。
そう思うと、かなりなダイエット効果だろうか。

なんて、整わない息と痛むお尻を抱えながら考える。
気をそらしてないと、酔って吐く。
多分それほど走ってはないだろう。
時間にして、細い蝋燭が3センチぐらい溶けるぐらい。
しばらくして、遠くに長い塀が見えてスピードが緩められた。

ミカがひらりと飛び降りて、私を引きずり下ろす。
眩暈がする。
未だに揺れている気がする。
う、吐きそう。

「大丈夫か?」

ミカは黙り込んだ私の顔を楽しそうに覗き込んでくる。
見慣れた馬鹿面だが、一瞬だけそのその至近距離に息をのんでしまう。
くそ、本当に無駄にいいツラしやがって。
許してしまいそうになるじゃないか。
駄目だ駄目だ。
許すわけにはいかない。

『今更そんなこと聞いてるんじゃないわよ!!止まれって何度言ったと思ってるのよ!止まれっていったら止まれ!あんた馬鹿犬なの!?盗んだバイクで走り出したいお年頃じゃないのよ!』

一気に喚きたてると、ミカはにっこりと笑って頭をぽんぽんとたたく。
ああ、また全く通じてない。

「よし、元気そうだな」
『だから、どっからそういう解釈が出てくるのよ!人の話を聞け、この馬鹿王!』
「よし、じゃあ行くぞ!」
『だから、聞けっていってんのよ!この脳みそトンネル野郎!』

私の話なんて聞きもせず、ミカは私の手をってにこにこと歩き始める。
ああ、もう、本当にどうしてこっちの世界の人間は、人の話を聞かないやつらばっかりなの。
そういう文化なの?
お国柄?
コミュニケーション不足にもほどがあるわよ。
ニートよりもコミュニケーションできないんじゃないの。
一回マナー教室でも通いなおせ、このKY!
KYってもう古いのかしら。
まあ、いいわ。
ここにいたら流行も何もありゃしない。

馬はいつのまにか近くの木につながれていた。
草原のちょっと先に見えていた塀は、小さな集落らしきものを囲んでいるようだ。
あ、草原かと思ったら、もしかしたらこれ畑なのかな。
まだ短い、まっすぐななんかの緑の草。
よく見れば整地された土地の上に規則正しく植えられている。

麦?なのかな。
こっちでも麦があるのかな。
まあ、パンがあるからそれっぽいものがあるんだろう。
収穫時になったら、綺麗なんだろうなあ。
おばあちゃんちの、田んぼの稲穂みたいに、太陽みたいにキラキラ揺れるのかな。
ちょっと、見たいな。

それにしても、どこに行こうとしているのかしら。
近くに見えた集落は、思ったよりも遠くて、馬に揺られてがくがくしている足に響く。
それでもなんとか自分を叱咤して、ミカについていく。
この馬鹿に笑われるのは御免こうむりたい。

辿り着いた塀の切れ目。
馬車が二台くらい入れる門らしきものがあった。
ミカが慣れた様子で門番らしき人に話しかけている。
ミカの相手をしながらも、門番は私をじろじろ見る。
感じ悪い。
こっちきてからこんな扱いばっかり。
私は珍獣か。
ていうか化け物だっけ。

ミカはその視線を気にした様子もなく、手続きを済ますとそのまま塀の中に入る。
門から先はぼこぼこした石畳の道が続いていて、その脇には同じように石造りの小さな家が並んでいる。
ぱらぱらといる人が、もの珍しそうにこちらをちらちらと見ている。
もういいわよ、それは。
うんざり。

まあ、そういえば私みたいな黒髪黒眼って、見ないし、珍しいのかな。
みんな金髪碧眼とか、それに近い色だし。
色が一番濃いのは、ミカのブラウンの髪かしら。
私も黒髪っていっても根本10センチぐらいが黒いぐらいなんだけど。

きっと、珍しいんだ。
そう思っておこう。
深く考えない、心の健康のために。

それにしても。
ああ、やっぱり海外だあ。
この前城下町?に行った時とはまた違う新鮮な感じ。
石造りの壁と、赤い屋根。
どこか写真で見たような、外国の景色。
こじんまりとしていて、かわいい家々。
ところどころ崩れたりしていて、道も城下町に比べたらぼこぼこしていて歩きづらい。

でも、なんだか落ち着くような、懐かしいような気分になる。
さっき、麦もどき畑をみたせいかな。
なんか、祖父母の田舎みたいな、慣れないんだけど、どこか懐かしい。

ミカはこの村かなんかによく来るようで、色々な人に手をふったり挨拶をしていたりする。
手を引かれたまま歩くと、こじんまりとしたぼろっちい家の前で止まる。

『何?ここ』
「入るぞ」

木で出来た扉を開くと、思ったよりも広い空間が広がっていた。
城の私の部屋のテーブルとどっこいどっこいの粗末な木のテーブルがいくつか並んでいる。
なんかのお店、かな?
誰もまだいないけど。

「いらっしゃい!」

奥から恰幅のいいおばちゃんが元気に声を張り上げて出てきた。
おかみ、おかみって感じだわ。
この人はおかみね。

「また、来たの?」
「お前に会いに********、ここしかない」

ミカがなにやらお世辞らしきものをいったらしく、おばちゃんはカラカラと大きな声を笑う。
おばちゃんの反応って全世界変わらないものなのね。
全世界っていうか、全異次元?
笑いながら奥へひっこんで、しばらくするとまた出てきた。

テーブルの上に、木でできた二つのコップが置かれる。
城で使っているものより形がいびつな、使い古されたコップ。
中に入っている液体は、透明だ。
なにがなんだか分からずちらりとミカを見上げると、ミカは笑ってグラスを促した。

「飲め」

とりあえず持ち上げて、匂いをかいでみる。
ふわっと香る、アルコールの甘い匂い。
ていうことは、これは。

「………酒?」
「ここの、酒、うまい」
「は?」
「セツコと、飲みたい。一緒に」

もしかして、この馬鹿は酒を飲むためだけに私を連れ出したのか。
仕事さぼって。
なんか秘密っぽい抜け道通って。
多分、1時間くらいかけて。

うん、馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
仕事さぼって酒飲むとか、本当にありえないロクデナシ。
部長がやったら叩きのめすレベル。

でも。

「そうね、おいしそう」
「だろう?」

にこにこと得意げに笑うおっさんを見て、つい和んでしまう。
ああ、おっさんって本当にしょうがない。
こういう斜め上なことをするのよねえ。
若い子が喜ぶだろうって思ってさ。
昔はうざいって思ってたけど、最近になったらなんかかわいくなってしまったのよねえ。

それにミカはイケメンだし。

少しだけ、グラスに口を付ける。
ふわりと濃厚なウイスキーのような苦味が口に広がる。
からっぽに近い胃が、熱を持つ。
ああ、おいしい。

私が表情を緩めたのが分かったのか、ミカが満足そうに頷く。
そして自分もグラスを一口煽った。

「気晴らし、したいと言っていた」
「…………」
「楽しもう?」

まあ、もう、しょうがないなあ。
仕事サボったことも、化け物だとか言ったことも、水に流してあげる。
イケメンにこんなことされたら、許さざるを得ない。
今思えば、馬でのドライブも楽しかった。
城の中で悪魔といても気が滅入るだけだし。

それにお酒は、なかなか上質。
昼からお酒。
たまらないわ。

「よし、飲むわよ!」
「ああ」

私がグラスを持ち上げて笑うと、ミカは嬉しそうに眼を細めた。





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