『うわ…あったまいた………』 起きた瞬間、馴染み深い頭痛と気持ち悪さが襲ってきた。 頭が随時振り回されるかのように痛み、今にも吐きそうなほど胃の中が嵐だ。 はじけてしまった次の朝の罰のような地獄の苦しみ。 二日酔いだ。 気持ちわる………。 どれくらい飲んだんだろ。 最近控えてたのになあ。 会社に電話して、生休とろ。 こんなんじゃ仕事にならないし。 この前生休とったのいつだっけ。 確か周期的にはおかしくないと思うけど。 前は課長に生理周期知られるのなんて絶対ごめんとか思ってたけど、今じゃそんな恥じらいもなくなったわね。 まだ二日酔いの薬あったっけ。 液体のなかったかも。 ああ、でも買いにいきたくないなあ。 いいや、ベッドで寝ておこ。 うう、気持ち悪い。 お味噌汁飲みたい。 少しでも気持ち悪さをごまかすために、ちょうどいい姿勢を見つけようと寝返りを打つ。 すると、何かにあたって寝返りが途中で止まる。 あれ、なんかベッドに置いてあったっけ。 うわ、それとももしかしてこれベッドじゃない。 どこで寝てんだ、私。 ………外じゃないわよね。 いや、ちゃんと枕はあるし、肌に触れている柔らかい布の感触はベッドだ。 大丈夫。 外じゃない。 外じゃないわ。 手を伸ばしてペタペタと当たったなにか堅いものに触れる。 生温かい。 そして、堅い。 感触は結構すべすべしている。 ………嫌な予感がする。 目、開けたくないな。 夢にならないかな。 もっかい寝ようかな。 だめだ、吐き気と頭痛で眠気が綺麗に吹き飛んでる。 待ってよ。 誰よ。 やばい、本当に私昨日何したっけ。 勇気を出して、恐る恐る目を開ける。 見覚えのない景色。 灰色の壁と粗末な木でできた家具、窓からは朝日が差し込んでいる。 どこよ、ここ。 ほんと、ちょっと待って。 なにやらかした。 酒で失敗するのは、もうごめんだ。 逃げたいなあ。 何もなかったことにして目をつぶりたい。 うん、わかってる、なんの解決にもならないのはよく分かってる。 だめだ、逃げていても仕方ない。 よし、確認。 痛む頭を押さえつつ、ゆっくりと起き上がる。 う、気持ち悪い。 一体誰よ。 知らない人とかマジ勘弁。 祈りつつ恐る恐る後ろを、振り返る。 せめて知っている人でありますように! そこには不精髭がだいぶ濃くなったブラウンの髪のおっさんがいた。 『………セーフ!』 セーフ! まだセーフ! ミカならまだセーフ! ていうか、そういえばここ異世界だったわ。 会社とかないんだわ。 じゃあ、別に会社の人間と飲んで失敗したとかじゃないんだ。 よかった。 ならいいわ。 こいつに何見られようと今更どうでもいい。 ああよかった。 本当によかった。 もうベンチで寝てたとか道端で吐いたとか服脱いだとかポッキーとか。 思い出すのも苦痛の失敗の数々。 だめだめ思い出さない。 更に頭が痛くなる。 それにしても、ヤったのかな。 こいつとヤったの? まあ、この際ヤるのはいいとして。 いや、待った。 避妊は? この世界の避妊ってどうなってんのよ。 まさかナマでヤったとかないわよね。 やめてよ、まだ子供作る気ないわよ。 待って。 落ち着いて。 慌てない慌てない。 深呼吸。 よし。 まず一つづつ確認。 ベッドに座り込んで何度も深呼吸する。 そしてゆっくりと辺りを見渡した。 寝ゲロ。 なし。 寝ション。 なし。 着衣。 なし。 「う、わああああああああ…………」 待って。 ほんと待って。 落ち着いて。 ほら、焦ってもいい結果は生まれない。 落ち着いて。 下着は着ているわ。 下着は着てる。 着ていないのは服だけ。 ちらりとミカにもう一度視線をおくる。 下半身は布団に入っているが、逞しい傷だらけの上半身は何も身に付けていない。 「えー、嘘まって、ちょっと待って」 そうだ、この世界シャワーとかないし、ヤったまんま寝たならなんか痕跡残ってるでしょ。 体をペタペタと触って、なんか残ってないか確かめる。 うーん、特にそういった痕跡はないけど。 ふと、ベッドの横に置かれたサイドテーブルに目が行く。 そこには洗面器のようなものに水が張ってあって、その横には絞った布切れが置かれている。 体を拭くにはちょうどいい布切れだ。 後始末……? 後始末なの!? 「…………あああぁぁぁぁぁ」 絶望に目の前が真っ暗になってくる。 だめだ。 聞こう。 それが一番手っ取り早い。 それで今後のライフプランをちょっと考えよう。 本当に最終的にはこいつとの結婚を視野にいれる。 それでなくても養育費と生活費はもらう。 いや、まだデキたとは決まってない。 ヤっただけならセーフ。 「ねえ、起きて、起きて」 眠りこけているおっさんをゆっくりと揺する。 おっさんは少し身じろぎするが、目を開ける気配はない。 それでも優しくゆすって起こそうとするが、ミカはなかなか起きない。 いい加減、優しくしていているのも面倒になってきた。 『起きろつってんでしょ!この馬鹿!』 ベッドから蹴りだそうと足を振り上げると、急にその足が掴まれ景色が反転した。 柔らかいシーツに倒れこみ、頭がベッドに沈む。 「きゃあ!」 い、痛い。 頭が痛い。 怒鳴ったのも相まって頭に響く。 死ぬ。 吐く。 『………い、いた』 いつのまにかベッドに押し倒された私は、ミカに喉元を押さえられていた。 太い指が喉に食い込み、余計に吐き気がこみ上げる。 ミカは鋭い目でじっと私を見ていたが、すぐに力を緩めた。 「………なんだ、セツコか」 『なんだじゃないわよ!なんなのよこの馬鹿!それが女に対する態度なの!?傷害罪で訴えるわよ、この野郎!』 思わず怒鳴ると、更に頭の中に石をいれられ振り回されたように痛む。 痛い。 痛すぎる。 涙が出てくる。 『どならさせないでよ………、死ぬ………』 ミカの武骨な大きな手が私の目じりの涙を拭う。 気遣うようにミカは、優しい声で頭を撫でる。 「悪かった、怖がらないで、大丈夫か?」 「大丈夫じゃ、ない………」 主に頭痛と吐き気と昨日の夜の記憶がないことが。 とりあえず、まだミカに圧し掛かられたままだが、先にそれを片付けよう。 「ね、ねえ」 「どうした?」 「………昨日」 なんて言ったらいいんだろう。 えっと、昨日はミカと一緒に外出して酒飲みにきて。 うん、そうだ。 それで、たぶん飲み過ぎたのよね。 ここはもしや、あの村か。 えっと、ヤったってなんて言うんだろう。 分からない。 そんなの習ってない。 分かる単語で、とりあえず聞けるところから聞こう。 「………私の、服は、どこ?」 「ああ、女将が、洗っている」 「………なんで?」 ミカは私の疑問に、小さく首をかしげた。 そして何か言う。 「覚えて、ないのか。昨日は、***酒を、*************した」 なんだろう、わからない。 私が理解していないのが分かったのか、ミカはちょっと顔を上げて考える。 そして、ジェスチャーを始めた。 右手を口の前で水をすくうような形にする。 そして舌を出して、首を傾けてえづくような仕草。 ………ああ。 「陛下!!!」 私が理解するのと同時に、急に扉が開かれた。 血相を変えた眼鏡が息を切らせて入ってくる。 ミカはベッドの上で軽く手をあげた。 「おう、エリアス」 「城を抜け出すのはともかく、帰ってこないのは………て、うわあ!」 エリアスは一歩下がって壁に張りつく。 顔が見る見るうちに赤く染まっていく。 なんだ。 「す、すいませんでした!」 そして慌てて部屋から出て行った。 あ、なんか今こけた音がした。 なんなんだ。 て、あ。 今の状況を思い出す。 半裸でベッドに寝ている私と、それにのしかかっているおっさん。 まあ、誤解されるわな、こりゃ。 誤解、よね。 最後に、念のためしっかりと確認。 「………ねえ、わたし、えっと、あなたと、一緒に、寝た?」 「ああ」 私が何を聞きたかったのか、わかったらしい。 ミカはにやりとハリウッド映画の悪役のようなニヒルな笑いを浮かべる。 「残念ながら」 その言葉に、全身の力が抜けた。 頭をベッドに戻して、肺から空気を絞り出す。 「…………よかったあああああ」 最悪の事態は、免れた。 『あははははははは、あなたは本当に面白いですね』 『あんたを楽しませるのはこの上なく面白くないわ』 結局あれは、飲み過ぎてリバースしまくった後の、後始末だったらしい。 どうやらミカにもだいぶひっかけたらしく、言葉が分からなかったが、女将さんにもたっぷり怒られた。 女として慎みを持てとか言われてた気がする。 はい、そのとおりです。 すいません、酒でいつも失敗してすいません。 何度後悔しても、酒での失敗は治らない。 ミカはまったく怒ってなかった。 私が一応謝っても笑って許してくれた。 無駄に度量の広い男だ。 あいつに怒られても別にいいけど。 エリアスの誤解を解くのだけ時間がかかった。 解けてないかもしれないけど。 まあ、いいか。 あいつなら言いふらさらないだろう。 あの後城に帰る途中、馬に乗ってまたリバース。 頭痛は治らないし、もう最悪。 女将さんが飲ませてくれたなんかくっさい二日酔いの薬らしきもの飲まされたから、ちょっとは楽になった気がするけど。 今日は一日死んでいた。 もうすでに夜。 いつものお勉強の時間だ。 「酒は、控える、ことに、する」 「そうしてください」 うん、酒は怖いって再認識。 本気でミカとヤったのかと背筋が冷えた。 この国の避妊方法も分からないうちに、そんなことはしたくない。 いや、避妊すりゃいいってもんじゃないけど。 ネストリが楽しそうに、それだけはいい顔に笑顔を浮かべている。 『あなたがこの国の王の側室とかでも楽しそうですけどね』 『いろんな意味で終わりでしょ』 私の人生とか。 この国の将来とか。 とりあえず何一つ未来がない。 そうだ、また忘れるところだった。 私はずっと疑問に思っていたことをネストリに聞く。 『そうだ、そういえば私の化け物呼ばわりはどういうこと?』 一瞬疑問そうに首をかしげたネストリだが、私の思考を読んでなんのことか思い当たったらしい。 ああ、と声をあげて何度か頷く。 『なんか噂が広まってたみたいですね』 『だからどういうことよ。私が人を食べるとか』 『別に、なんともない話なんですよ。陛下と話してる時に、陛下がセツコを食べてしまいたいとかそういう表現をしまして』 こっちでも、そういうことはそういう表現をするのか。 なんか、英語とかでもそういう表現あったし、結構万国共通なのね。 『で、むしろ陛下が食べられる方じゃないですか。すべて吸い取られそうですねー』 なんだその下ネタ。 このオヤジども。 つーか下ネタなのに、こいつに言われると全くそういう感じしないのはどういうことかしら。 本当に顔がいいって得よね。 体調は平気か、とか。 部長に言われるとセクハラ。 営業の岡野さんとかに言われると気遣いの出来る人。 顔一つで印象も全て変わる。 『とか言ってたらなんか聞いていた人から変な風に広まっちゃったみたいで。面白いんで陛下と一緒にどこまでいくのか見てました。今のところあなたはこの国を滅ぼしにきた魔物で一日一人食べないと力を保てないってところまで来てました』 そして、またそのオチか。 頭痛がぶり返す。 こいつら、本当に。 『だからあんたたちは人の人生で遊ぶなああああ!!!』 インクの入った石造りの器を投げつけようとするが、手にとったところでネストリが指を一本たてた。 久々の電撃に机の上に突っ伏す。 『暴力はいけませんよ』 これは、暴力ではないのか。 ギリギリと歯ぎしりをして、私はネストリに憎しみに視線を送った。 ああ、この視線だけでこいつを殺せればいいのに。 『絶対、いつか殺す』 もう何度目か分からない誓いを、胸に誓う。 後日、エミリアから私がミカを陥落してこの国を支配した魔女って説を聞いてとりあえずミカを殴っておいた。 本当に、どの世界でも噂って、怖い。 |