それでまた迷ってる私……。 本当に学習しないよなあ……。 うん、なんか本当に落ち込んできた。 海で怪我した足が痛いし……。 サンダルなんて履いてきちゃったからなんかまた血が出てきちゃってるし…。 私って……。 ホントに……。 もう足が痛くてそろそろ走ることが出来ない。 雑木林の木を背にして、なんとか座り込んだ。 服が汚れちゃうけど、まあいいや。 まだ全然日は明るい。走ってる間はあまり感じなかったけど、暑い。 汗がだらだら出てくるし、足はじくじく痛いし。 すごい情けない気分。 座ってる土はあったかくて、雑木林からは涼しい風が吹いてくる。 でも、本当にかなり情けない気分だ。 そもそもなんでこんなことに…。 駿君に対して私がなんか変で、変態で、駿君が真壁さんと仲良くて…。 真壁さんは足が長いし、美人だし、真壁さんにも『馬鹿』て言うし……。 あ、今度はむかむかしてきた。 そう、そうだよ。 今回は駿君が悪い! 何がなんでも駿君が悪い! 私が怪我したのも道に迷ったのも全部駿君のせい! 駿君なんて、怖いし、強いし、乱暴だし、近頃なんかすっかり大人っぽくなっちゃうし、なんか私のほうが年上なのに全然そんな感じじゃないし、いつも馬鹿にされるし。 「駿君の馬鹿!」 「お前、いい加減本当に見捨てるぞ」 思わずもらした独り言に、なぜか帰ってくる返事。 「え?」 下を向いていた顔を上げると、そこにはいつものように怖い顔した年下の男の子。 ……いや、いつも以上に不機嫌なオーラが漂う年下の男の子。 怖い。 「人がわざわざ探しに来てやったのに、探しに来た人間はなんか暴言吐いてるし」 ものすっごい低い声。 雑木林の一段上になっている道からこちらを見下ろしている。 太陽を背にしょって、逆光になっていて、余計に怖い。 「いい加減にしろよ。俺だって暇じゃないんだからな、手間かけてんじゃねえよ」 あまりにも怖くて思わず謝ってしまいそうになったが、その言葉でむかっときた。 今回は、駿君が悪い! 私は駿君から顔をそらす。 「探しに来てなんて言ってない!駿君なんていっつもいっつもえらそうに!」 自分でもひどいこと言ってるかな、とちらりと思った。 けれど血の上った頭には冷静な判断なんて出来ないし、本当にむかついて仕方なかった。 けれど…。 「ああ、そうかよ、悪かったな!じゃあ1人で帰ってこいよ」 本当に怒った声で、吐き捨てるように。 そう言われて、踵を返されて。 置いていかれる、って思って。 やっぱり追いかけたくて、置いていかれたくなくて。 でも、足が痛くて動けなくて。 駿君は一歩足を踏み出して。 「駿君の馬鹿ー!!!」 私は手近にあった握りこぶしほどの石を駿君の背中に投げつけた。 石は見事に背中にヒットした。 「っつ、てめえ、なにしてんだよ!!」 振り返った駿君は、怒りのあまりか顔が赤くなっていた。 大股でこちらに近づいてくる。 「いい加減にしろよ!俺だってキレるぞ!」 座り込んだ私と、立っている駿君。 見下ろされていて、余計に怖い。 いつもだったら土下座して謝ってしまいそうな勢いだ。 「駿君なんていつも怒ってるじゃん!しゅ、しゅんくんが悪……」 珍しく言い返したのはいいものの、勢いあまって涙が出てくる。 怖くて、哀しくて、むかむかして。 こらえていた涙が止まらなくなってきた。 「って、なんでお前が泣いてんだよ!」 焦ったような駿君の声。 でももう私は止まらない。 「駿君なんて、怖いし、馬鹿って言うし、真壁さんにも馬鹿って言うし、足長いし、美人だし、近頃大人っぽいし、なんか私変態だし、変だし、かっこよくてずるいし、真壁さん美人だし」 「はあ?ちょ、お前何言ってんだが分かんない。真壁がどうかしたのか?」 駿君の口から真壁さんの名前が出てくると、ざわざわする。 「やっぱり足が長いのがいいんだー!!!」 「だから何言ってんだよ!」 イライラしたように上から怒鳴る駿君。 怖い。 「っひ」 息を呑むのとしゃくりあげるので、変な声が出た。 それにまた余計に哀しくて怖くて、ますます涙が止まらなくなってきた。 「じゅんぐんのばがー!!!!」 駿君はしばらくそんな私を見下ろしていた。 しかし、大きくため息をつくと、私の前に座り込む。 「ああ、もう!」 「しゅ、しゅんぐん?」 「くそ、どうせ俺は放っておけねえよ!泣くなよ、馬鹿!」 「ばが、じゃ、ない!」 「だから女子高生が鼻水まで出すな。ほら、鼻かんで」 そう言って、駿君は私の鼻にティッシュを当ててくれる。 鼻がすっきりして、息が出来る。 「ほら泣きやめ。ブスがますますブスになる」 「どうせブスよ……」 そう言いながらもハンカチで顔をぬぐってくれる。 その仕草は、優しい。 ひとしきり顔を拭いてくれて、その間に私の心も落ち着いてくる。 まだしゃくりあげるのは止まらないが、涙は止まった。 その様子を見届けた後、駿君が私の顔を覗き込んでくる。 「で、どうしたの?」 どこか投げやりな、けれどさっきとは違う落ち着いた声。 「……駿君の馬鹿」 さっきの苛立ちがまだ残っていて、そんな憎まれ口が出てしまう。 殴られた。 痛い。 「で?賢いお姉さんはなんでそんなに怒ってるんですか?馬鹿な俺にも教えてくれますか」 端々からは嫌味な言葉。 さっきのように去っていくことはなく、それでも傍にいてくれる。 そのことに、むかむかが少し収まった。 そして駿君のことを改めて見ると、駿君はお昼時と同じようにジャージとTシャツ姿。 そう言えば午後から部活だって言ってた。 「……駿君、部活は?」 「とりあえず、サボり。放っておくとどこ行くか分かんない馬鹿がいるから」 部活をサボって、探しに来てくれたんだ。 ………やっぱり、優しい。 いつもいつも、私を探してくれるのは駿君だ。 怖いくせに乱暴なくせに、こんな時本当に優しい。 ………ずるい。 駿君から目をそらして、足元の土を見つめる。 かすかに下草が生えていて、私のスカートが広がっている。 「……だって駿君、真壁さんにも『馬鹿』って言うし」 「は?」 呆けたような声を出す駿君。 私も、何言ってんだろう…。 「真壁さん美人だし、足長いし、駿君、なんか私といる時より楽しそうだし…」 「…………」 「私、駿君といるとむかむかするし、ざわざわするし、ミカには変態って言われるし」 「…………」 「駿君近頃、すっごい大人っぽくなっちゃったし、私の方が年上なのに置いてかれちゃいそうだし」 「…………」 「駿君なんて怖いし、乱暴だし、強いし、かっこいいし、ずるい」 「…………」 「私の他の人に『馬鹿』って言ってるの、すっごいやだ」 「…………」 自分でも何言ってるんだが、本当によく分からなかった。 けれど、とりあえず自分の中にあるものを一つ一つ口にしていく。 やっぱりむかむかするし、ざわざわする。 駿君は、黙って聞いていてくれる。 でも、あまりにも黙りすぎではないだろうか。 土を見ていた視線を上げると、目の前の駿君はうずくまっていた。 しゃがみこんだ膝の間に、顔を埋めている。 「………駿君?」 なんだろう、あまりの私の馬鹿さに呆れかえってしまったのだろうか。 それとも気分でも悪いのだろうか。 「………」 「駿君?」 恐る恐るもう一度声をかけてみる。 駿君は動かない。 「大丈夫?」 「……大丈夫」 わずかに帰ってくる声。 珍しく小さくて、頼りない。 駿君の顔を覗き込むようにして、近づいてみる。 「近づくな」 けれど帰ってきたのは拒絶。 やっぱり、呆れて怒ってしまったのだろうか。 なんか、切り付けられたように痛くなった。 「………ごめん」 また少し、涙がこみあげてくる。 声が少し震えた。 「あー、違う。そうじゃない、ただ今の俺の顔見んな」 そのことに気づいたのか、フォローを入れてくれる。 けど、やっぱり顔は上げない。 見るなって……。 「どうしたの?」 「……今、俺絶対すっげえ間抜けな顔してるから」 「……なんで?」 「いや、なんかもう予想外で。絶対5年はかかると思ってたんだけどな」 本当に駿君としては珍しい、はっきりとしないぼそぼそとした声。 しかもどこか震えていて、とても聞き取りにくい。 「は?」 今度は私のほうが呆けた声を出してしまった。 駿君は相変わらず顔を上げない。 しかしよくよく見てみると、髪から覗いた耳が赤くなっていた。 駿君は、言葉や態度より耳に感情が出る。 「……駿君?」 「あー、お前ホントに反則。くそー、さっきまでマジで腹立ってたのにさ」 「駿君?」 ぶつぶつと1人でつぶやき続ける駿君に、もう一度問いかける。 なんだか置いてけぼりだ、本当にどうしたんだろう。 そこで漸く駿君が動きを見せた。 顔を膝にうつむけたまま手だけこちらに振る。 おいでおいで? 「駿君?」 足がまだ痛んだので、膝でなんとか前に座り込む駿君ににじり寄る。 やっぱり、近くで見るとよりいっそう駿君の耳は赤い。 と、いきなり前に引っ張り寄せられた。 「う、わ、わわわ、駿君!?」 駿君はいきなり私の首元を引き寄せ、そのままの勢いで後ろに座り込む。 私はその足の間に倒れこむ体勢。 て、密着してる密着してる! うわ、わわわわ、し、心臓が痛い。 「しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ」 ドキドキして、頭が真っ白で、言葉にならない。 目の前の、やはりどこか華奢な肩に顔をうずめているせいで、相手の顔は見えない。 「ちょっと黙ってろよ。ていうかお前本当に鈍すぎ。間抜けすぎ。馬鹿」 あまりのいいように、さすがに何か言い返したくなる。 「な、な、な、な、な」 けれどやっぱり言葉にならない。 心臓はもうなんか光速を超越しそうな勢いだ。 どこか華奢な、けれど堅くてしっかりした体の熱が伝わってくる。 「お前さ、俺が好きなんだよ」 ………。 「は?」 「お前は、俺のこと好きなんだよ。恋愛感情で」 恋愛感情……? て、それって、それって……。 一瞬、周りのことも自分が置かれている状況も忘れた。 「ていうか気づけよ、それくらい自分で」 「え、て、な」 「さっきから言葉になってないです」 いや、だって、なんか、ほら。 「どういうこと!?」 私はまだ押さえつけられ…ていうか抱きつかれ、いや抱きしめられ?ていた体を無理矢理はがした。 思いの他近くにあった顔に、また心臓が跳ね上がる。 顔に、熱が集中する。 目の前のいつも不機嫌そうな男の子は、今はとても機嫌よさげに、けれどどこか意地悪そうに笑っていた。 「考えれば分かるだろ?」 「いや、でも、ほら、だって、駿君はこの前まで小学生で、私は高校生で……」 駿君の眉が吊り上げる。 う、怖い。 「関係ないだろ。大体、お前が高校生とか年上とか全く感じないし」 全くの部分をものすごい強調された。 そ、それは確かにそうなんだが。 「え、と、幼馴染で……」 「それこそ関係ないだろ」 そっか、そうだよね。それはむしろよくて。 「えっと、えっと……」 それでもなんだか認めるわけにはいかなくて、私は必死に他の言葉を探す。 私が駿君を好き……? 駿君は少し体を起こして、私と真正面から目をあわせるように座りなおす。 やっぱり距離は近い。 そして少し顔をゆがめて、首を傾げる。 「じゃあ、俺は真壁と仲良くした方がいい?」 ………。 「そ、それはだめ!!」 思わず今度は私から駿君にしがみつく。 「それじゃ、他の女と?」 「そ、それもだめ!」 考えるだけで、むかむかしてくる。 私と違う人と、親しげに話す、駿君。 「鈴鹿以外の奴と仲良くして、優しくして、面倒見て、手をつないで……」 「やだってば!!」 それでも続ける駿君に、更に強くしがみついた。 息がかかるほどの至近距離にある顔が、性格悪そうに笑う。 「じゃあ、お前だけに優しくして、意地悪して、面倒見て、手をつなぐ」 「……それは」 「そうしたら?」 意地悪する、とか面倒見る、とかの当たりはかなりひっかるんだけど。 ひっかかるんだけど。 私だけに優しくする駿君………。 「う」 「う?」 「…………嬉しい」 ものすごい小さい声だった。 私だけを見ていてくれる駿君。 独り占めできる駿君。 そんな本当に自分勝手なワガママなこと。 それは、胸が熱くて、涙がでそうで……嬉しい。 ますます駿君の笑みが深くなる。 「だったらそれは?」 それは…………。 「………私は駿君のことが好き」 「はい、よろしい」 満足そうに頷いて私の頭を撫でる駿君。 「かもしれない」 殴られた。 痛い。 |