「なんでそこでわざわざつけたすんだよ、この馬鹿!」 「だって!ま、まだよく分かんないし!」 向かい合って接近したまま、私達は口論している。 最後に付け足した言葉がよほどお気に召さなかったらしく、駿君はまだ怒ったままだ。 「どっからどう考えてもそうだろうが!お前は俺が好きなんだよ!」 う。 わ、私だってそうかもしれないとか考えないでもないかもしれないような気がしないでもないけど。 「なんか、駿君にうまく誘導されたような気がするし……」 「どこがだよ!」 「どこもかしこも!」 駿君はしっかりしているし頭いいし、なんか言いくるめられた気がする。 それに、なんか私だけ……。 そう、それだ。それだった。 「それに大体、駿君はどうなのよ!」 「は?」 「駿君は、私のことどう思ってるの!」 そう、それを聞かされてない。 百歩譲って私が駿君を好きだとして、駿君はどうなんだ。 ここで駿君がもしかして真壁さんが好き、とかで私がふられる、とかなったら……。 う、想像するだけで哀しくてなってきた。 対して、駿君は見たこともないような間抜けな顔をしている。 口を開けて、なんて言うんだろう、鳩が豆鉄砲くらったような顔? 「どうって……、聞くまでもないだろ」 「何がよ!」 大体駿君は、いつもいつも考えてることがよく分からない。 そんな言葉で分かるはずがない。 「いや、だって………ていうか俺、言ってなかったっけ?」 「何が!」 「いやだから……」 今度は駿君がしどろもどろだ。 こんな時になんだが、うろたえている駿君というのは中々お目にかかれなくてちょっと嬉しい。 「あー、嘘。俺言ってなかったっけ」 目をそらして、視線を宙に彷徨わせながら、綺麗な黒い髪をくしゃくしゃとかき回す。 よほど動揺しているようだ。 「駿君!」 「そんなん言わないでも分かるだろ!俺、自分で言うのもなんだけど、本当に分かりやすいと思うぞ!」 あ、逆切れ。 でも、耳が赤くて、視線が彷徨ったままなので、いつものように怖くない。 「わかんないよ!駿君いっつも怖いし、乱暴だし!そりゃ、嫌われてないとは思うけど……」 「うー、確かに、いや、でも」 本当に、ここまでうろたえている駿君というのは、初めてだ。 その態度に、なんだか、だんだん、駿君の答えが、分かってきた気がする。 もしかして、駿君は。いや、駿君も。 私が考えをめぐらせていると、駿君がばっと勢いよくこちらを向いた。 「俺、お前にき、キスしただろ!」 駿君は、耳だけじゃなくて、顔まで真っ赤だった。 て…、き、キス……? キス……キス……。 「あ」 「ん?」 「忘れてた」 「この馬鹿!」 殴られた。 痛い。 「痛いよ!ひどいよ!」 「ひどいのはお前だ!」 「だって、なんかどさくさだったし!その後駿君なんともなかったし!」 「必死で取り繕ってたに決まってんだろ!俺がどんなに苦労したと思ってんだよ!」 「わかんないよ!いつもどうりその後も怖いし、乱暴だし!」 「だからってファーストキスを忘れる奴がいるか!」 「ここにいるよ!」 勢いに任せて言い切ってしまった。 うん、確かに、私、間抜けかもしれない。 駿君は一瞬なんとも言えない変な顔をした後、大きく大きくため息をついた。 「お前はどこまで忘れっぽいんだよ……。最初の時といい、今のといい」 「う、うう」 「俺、本当にずっと考えてたんだからな。お前こそ、全然変わらないし。もしかして全く意識もされてなかったりするのか、とか」 なんか、私が悪い気がしてきた。 駿君はどんどん視線が下がって、本当に落ち込んでいるかもしれない。 「まさかマジで忘れられてるとは思わなかった……」 あ、謝った方がいいのかな。 本当に悪いことしちゃったかも。 私のファーストキス……。 て、あ、そうだ。 「で、でも駿君何も言ってない!」 「は?」 再度顔を上げる駿君。 「き、キスはしたけど、何も言ってないよ!私のこと、どう思ってるの!」 「だから、分かるだろ!」 「何にも言わないで、キスだけするほうがひどいよ!」 投げやりのように返事をする駿君に、私は畳み掛けた。 だって、そうだよね。 ここまできたら、さすがに私だって、駿君の気持ちは分かる。 でも、駿君は、やっぱり何も言ってくれない。 「あ、いや、う、うーん」 「駿君は、嫌いな子にもキスするような人なの?」 「そんなわけねーだろ!」 「じゃあ、言って!」 また駿君の顔が赤くなってくる。 すごい、ゆでだこのようだ。 でもきっと、私の顔も赤い。 私のほうが緊張している。 なんだか意地悪しているような気分にもなるが、これは譲れない。 駿君は頭をかいたり、地面を見つめたり、首をかしげたりしてみたり。 しばらくそんな面白い行動を見せてから、ようやく私と視線を合わせた。 真っ赤で、けれど真剣な顔。 「い、一度しか言わないからな」 「やだ」 そんなのはイヤだ。 ここまできたら、答えは分かる。 でも、一度しか言われないなんて、そんなのはイヤだ。 「おい!」 「もういいよ!とりあえず言って!」 これまた珍しく、私が主導権を握っている。 いつも頼れるしっかりした男の子は、情けなく眉を下げている。 「くそ……、分かったよ……」 私はごくりと、つばを飲む。 それでも、乾いている気がした。 蝉の鳴き声が、どこか遠く感じる。 駿君は、大きく息を吸って、吐いた。 「鈴鹿」 心臓が跳ね上がる。 「俺は、お前のことが、好きだ。5年…、いや、6年前からずっと……」 それはしっかりした声で、低めの、耳障りのいい声で。 私の耳に、心地よく、響いた。 「……私、美人じゃないよ?」 「俺、面食いじゃないらしい」 「ドジばっかりだし」 「それでイヤだったら、6年前に見捨ててる」 「足短いし」 「愛嬌あっていいんじゃない?」 「間抜けだし」 「俺が落ち着いてるからぴったりかもな」 「………駿君、フォローしてないよ?」 「欠点含めて好きって意味で受け取っとけ」 なんだか駿君は開き直ってしまったようだ。 どこか投げやり。 だけど…。 二度目の、好き。 一度しか言わないって言ったのに……。 それは自然なだけ、本当に本当に嬉しくて。 「ほ、方向音痴だよ……?」 涙と鼻水が出てくる。 すっかり落ち着いてしまった駿君は、意地悪そうな笑みじゃなく、優しく笑って。 「お前を探せるのは、俺だけだろ。俺にしとけよ」 そんなことを自信ありげに言う。 うー、くそ! 4つも年下のくせに! ………なんで、そんなに、かっこいいんだろう。 「ほ、他の人には『馬鹿』て言わないで」 すっかり涙が止まらなくなってしまった。 しゃくりあげる苦しい息で、ずっと引っかかっていたことを告げる。 私を変質者にした、出来事。 駿君は、唐突な言葉に首をかしげた。 しかし、もう一度にっこりと笑う。 そして私を胸に引っ張り寄せた。 駿君のTシャツに顔を埋める。 熱い体はほのかに、汗のにおいがした。 私と同じぐらいに、ドキドキしている。 「他の奴にも馬鹿って言うけど」 う……。 「好きって言うのは、お前だけ」 ううー………。 耳元で囁かれた、駿君の声。 くそー。 「駿君のばかー……」 「おい」 「なんでそんなにかっこいいんだよー」 「だろ?」 所詮、私が主導権を握れたのは一瞬だった。 かなうはずが、ない。 小さい頃から、怖くて強くて賢くて優しい、頼れるヒーロー。 「あのね」 「うん?」 「…………私もね、駿君のことが好き」 なのだ、結局は。 随分遠回りしたけど、自分でも馬鹿だと思うけど。 「大好き」 ぎゅうっと強く抱きしめられた。 私より腕が細いくせに、抱きしめるその力は強い。 頼れて、安心できて、嬉しい。 この4つも年下の怖くて乱暴で、だけど優しくて頼れる強い男の子が、好きなのだ。 強く、けれど優しく抱き寄せる胸に顔を寄せる。 「駿君、ごめんね……」 「なんだよ?」 「鼻水ついた……」 「たく、本当に色気ねー……」 「悪かったね……」 日がもう少しで傾きそうな午後も遅く。 私達は2人で歩く。 私の足が痛むので2人でゆっくり、夏の道を。 手をつないで。 なんだかちょっと照れくさくて、前を行く駿君は後ろを振り向かない。 私もあえて呼び止めない。 けれど全然、寂しくない。 「もうすぐ、お前帰っちゃうんだな」 「……うん」 そうだ、ずっとぎくしゃくして、喧嘩して、仲直りできたら、もうすぐ帰るのだ。 「また来いよ」 「駿君もおいでね」 つないだ手は2人とも汗ばんでいる。 蝉の鳴き声がする。 雑木林にいたときと違って、日差しは突き刺してくるようだ。 「浮気すんなよ」 「な、しゅ、駿君こそ!」 そんな心配は、私より、駿君だ。 「ま、真壁さんとか……」 「あ、あいつ?あいつ他に好きな奴いるし」 「へ?」 だ、だってあんなに仲よさそうだったのに。 それに……。 「しゅ、駿君、さっき真壁さんと仲良くするとか……」 言ってたし。 「あれは方便って奴だよ。そうでもしなきゃ、お前、俺が好きって認めないし」 う、そ、そう来たか。 な、なんかむかつく。 結局は、私が1人でぐるぐる回っていたということなのか……。 なんだかへこんでしまった私に、駿君が立ち止まった。 振り向いて、私の目の前に立つ。 いつのまにか、少し上になっている目線。 前までは、冬に会ったときは、確かに下にいたはずなのに。 「それに、俺はお前に手がかかって他見てる暇ないし」 腹のたついいよう。 けれど、嬉しいと思ってしまう自分がいる。 く、くそー! 「わ、私だって、駿君以上にしっかりした人なんていないよ!」 て、何言ってるんだろう私。 意味わかんないよ。 ていうか負けてるよ。 駿君は嬉しそうに笑う。 そっと、両手で私の頬を挟む。 「そう。俺以外、お前の面倒見きれる奴なんでいないよ?」 そうして、ゆっくり顔が近づいて。 温かいものが、唇に触れた。 ………今度は、一瞬じゃなかった。 「今度は絶対忘れるなよ」 「わ、忘れないよ!」 お互い真っ赤な顔は、翳ってきた陽のせいにして。 2人で手をつないで。 夏の日を一緒に。 ずっとずっとずっと。 |