何か、楽しい夢を見ていた気がする。 縁側から吹き込んでくる涼しい風。 風に揺らされた風鈴が、どこか硬質な音をたてた。 その音に誘われ、まどろんでいた意識がゆっくりと浮上する。 重たいまぶたをゆっくりあけると、天井は赤く染まっていた。 部活から帰って来た後にはまだ高かった日は、すでに随分傾いているらしい。 西日が差し込み、部屋全体が赤く彩られている。 夏の暑さがまだ残っていて、汗ばんだ髪が顔に張り付いている。 俺はまだ眠りから冷めずぼんやりとしている頭のまま、仰向けだった体を横にむける。 タオルケットがはだけ、ぱさりと音をたてた。 と。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!!」 一気に目が覚める。 大声を上げそうになった。 いや、実際声を上げることすら出来なかった。 それほど驚いた。 あれだ、この前習ったばかりの言葉、晴天の霹靂。 隣には鈴鹿が馬鹿面下げて寝ていた。 とりあえず鈴鹿から出来るかぎり離れて、痛いほど波打つ心臓を沈める。 えーと、ちょっと待て、何がどうなってこうなってんだ。 あー、落ち着け、落ち着け俺。 なにもやましいことはないな。うん、ないはずだ。 記憶にない。残念ながらやましいことした記憶はない。 そう、確か俺は部活が終わって疲れきって、飯の用意をする前に少し寝ようと思って…。 うん、そうだ。それで一番涼しいこの部屋で横になって……。 で、なんでこいつがいるんだよ。 ………思い出せない。 なんとか落ち着いてきて、もう一度よく鈴鹿を見てみる。 相変わらず間抜けな面をして熟睡していた。 最初の日に着ていた青いワンピースを着て、丸くなっている。 その明るい青は、鈴鹿にはすごい似合ってると思う。 かわいい。 どっちもかわいいけど、やっぱりズボンよりスカートの方が好きだ。 て。 ………ワンピース? う……わ、あ、足、足足! 足が出てる!!!! 丸くなって横になっている鈴鹿のスカートが、随分と上までめくれている。 う、わ、ちょ、勘弁して! マジすいません! 勢いよく顔をそらし、手で覆う。 けれどいくら目をそらしても、その光景は目に焼きついてしまっている。 あー、うわー、白かった。 普段運動なんてしないだろう足は、とても白かった。 自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。 ホントこいつ、反則。 なんなんだよ!なんでここにいるんだよ! 起きた瞬間からフル稼働している心臓が、大変体に悪そうだ。 あー、どうするよ。 マジどうするよ。 起こした方がいいのか、これは。 混乱した頭のまま、とりあえずもう一度顔を元に戻す。 白い、足が、覗いている。 くそー!!!!!! 頑張れ俺!負けるな俺! あ、そうだ! 俺は起きた時のまま、体に巻きついていたタオルケットを、鈴鹿の方に放り投げる。 よし。 ようやく息をつくことが出来る。 そのまま後ろに倒れこみそうになるほど、力が抜けた。 もう一度鈴鹿に目を向ける。 足はすでに、見えなくなっていた。 ちょっと残念……。 いやいやいや! 1人で頭を勢いよく振り回す。 振りすぎてくらりとめまいがした。 ……何やってんだよ、俺。 もう一度大きく息を吸って、吐く。 徐々に、心臓と熱が収まっていった。 それで、なんでこいつがここにいるんだろう。 咄嗟にかなりあけてしまった距離を縮め、鈴鹿の顔を覗き込む。 規則正しい呼吸。無防備な寝顔。 本当に、警戒心ねえな。 俺が寝た時は絶対にいなかったから、こいつが後から俺の横に寝たってことだよな。 ………嬉しいのか哀しいのか。 信用されすぎだよなあ、俺。 ちょっとたれ気味の眉は、安心しきっていた。 頬を人差し指でつつく。ぷにょぷにょしてて、気持ちがいい。 鈴鹿はちょっと顔をふったが、全く起きる気配はない。 ったく。 自分の頬が緩んでいるのが分かる。 あー、くそ。 こんな間抜け面がかわいいって思える時点でもうおしまいだよなあ。 今度は鼻をつついてみる。 「んっ」 ちょっとむずがる。 ……あー………、かわいい。 なんか、頭の片隅にあったものが浮かんでくる。 懐かしい、少し恥ずかしい記憶。 今と同じように、そばにあった、温もり。 あれは、鈴鹿と俺が大泣きして、手をつないで帰って来た日。 あの頃の鈴鹿は、まだ俺より全然でかかった。 それでも今と同じように泣き虫でドジで間抜けで、温かかった。 「今日は駿ちゃんと一緒に寝るの」 そう言って、俺の隣に布団を敷いて。 「今日は私が駿ちゃんのお母さんの代わりね!」 どこか誇らしげに、嬉しげにそんなことを言った。 「ばっかじゃないの」 俺がそんな憎まれ口を叩くと泣きそうになるくせに、それでも横にいた。 照れくさくてむずがゆくて、嬉しかった。 「お話してあげるね。お母さんが昔よくしてくれたんだ」 あの頃の俺はまだまだガキで、そんな風に張り切る鈴鹿が頼もしくも見えた。 まあ結局お話は最後までいかないで鈴鹿の方が先に寝ちゃったんだけどな。 しかも俺の布団をぶんどって。 ものすごい寝相で俺を足蹴にした。 それでも、起きた時に温かいものが傍にあって、規則正しい呼吸を感じることは、本当に本当に嬉しかった。 なんか、鈴鹿の平和な顔を見ていたら、そんなことを思い出した。 こっ恥ずかしい、すっぱい思い出。 悪戯してもまだまだ寝続ける鈴鹿に、あの時の優しい気持ちがあふれる。 ほんっと、反則だよなあ。 汗で少し張り付いた髪を掻き揚げる。 鈴鹿の髪は、ふわふわして障り心地がいい。 運動していないせいか、二の腕や顔はぷにぷにしている。 俺とは、全く違う生き物。 額に触れたせいか、鈴鹿が身じろぎして仰向けになった。 ちょっと厚めの口が少し開いている。 2度だけ、触れた唇。 目が、離せなくなる。 「…………」 少しだけならいいんじゃねえか? ほら、俺達一応、その、好きあってるわけだし。 そもそも俺の隣に寝たのは鈴鹿なわけだし。 初めてなわけではないわけだし。 合意な上なわけだし。 誘われるように、体をかがめていく。 鈴鹿の吐息が、俺の唇を掠める。 「…………」 いや、やっぱり寝込み襲うとかはまずいよな。 いくら両思いだとしてもさ、やっぱりこう、お互いの意志を尊重しあわなきゃ。 寸前で、思いとどまり、体を少し引く。 相変わらず無防備に眠っている鈴鹿。 柔らかそうな、赤い唇。 でも、ちょっとぐらいなら……。 「あーじれったい!!!さっさとやれ!」 後ろからいきなり声がかかって、俺は冗談じゃなく2mぐらい飛びあがった気がする。 「な、な、な、な!」 慌てて後ろを振り返ると、扉の影から母さんが見ていた。 「て、てめーいつからそこにいやがった!」 「あんたが寝込みを襲おうとしたところからよ!黙って見てればこの根性なし!」 「開き直ってんじゃねえよ!それが母親の言うことか!自分の息子が人様の娘を襲うとするところを黙って見てるんじゃねえ!」 「自分の彼女を襲う甲斐性がある息子ならこんなこと言わないわよ!」 「か、か、か、彼女とか言うな!」 「何、あんたまだモノにしてなかったの!?」 「てめーはいい加減に黙ってろ!」 その後、鈴鹿が目を覚ますまで低次元な言い争いはヒートアップし続けた。 目覚めた鈴鹿は大きくあくびして一言。 「また一緒にお昼寝しようね」 とか言いやがりやがった。 母さんは同情の目で俺見て、俺は力なくその場にへたりこむ。 くっそー! 少しは俺を警戒しやがれ! |