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痛いです。 いや、今回は空気とかではなく。本当の意味で。体中が。 自分の足が今どこにあるのかも分かりません。 た、立てない。 「さっさと立てよ。立ち方教えただろ」 「その前に今自分の体がどうなっているのかが分かりません…」 上から盛大なため息が聞こえた。 うう……また呆れられた。 田舎に着いてから、まだ二日目。 すでに何回駿君に呆れられたんだろう…。 今日はさっそくスキー場に来てみました。 スキーやスノボの経験はないので楽しみにしていた。 友人の話だとすべるだけなら簡単に出来るらしいし。 ……と思っていたのだが…。 「痛いよー」 「そりゃあ、そんだけ派手に転べばな。なんでこの傾斜でそこまで転べるんだ。 ある意味才能」 ……先生は駿君でした。 なんで駿君?なんで? て、おばさんが親切で駿君をつけてくれたんだけど…。 私一人じゃどうにもならなかっただろうし…。 スキー教室入るのもお金かかるし…。 第一駿君も私の相手なんかさせて可哀想だよね。 せっかくの冬休みなのに、友達とも遊びたいだろうし。 おばさんにかなり無理やり命令されてたし。 それ考えたら文句言っちゃバチがあたるんだけど……。 怖いです。 「ほら、さっさと立てよ」 駿君は想像通りにスパルタでした。 立ち方、転び方、ボーゲンを教わった途端、背中を押された。 見事転んだ。 「………鬼教官」 殴られた。痛い…。 「立てません…」 スキー板と手足が絡まり、自分がどんな格好をしているのか分からない。 立ちたくても足がどうやったら元の位置に戻るのだろう。 駿君はもう一度息をつくと、しゃがみこんで手伝ってくれる。 「ほら、足こっちにやって。で、手はそっち」 おお、駿君の言う通りに動いたらほどけた。 そして、遠くにすっとんでいたストックを持ってきてくれる。 板にものすごい積もった雪も払ってくれた。 なんだかんだ言って面倒見はいいよなー、駿君。 お兄ちゃんだからかな。 これでもう少し優しければな……。 「ありがとう」 「やっぱスノボにすればよかった…。スノボの方が転んだ時楽だった…」 駿君はすでに疲れている。…ごめんなさい。 最初、初心者にはスノボのほうがとっつきやすいと言うことで、スノボを やる予定だった。 けど無理でした。 だって怖いよアレ!歩けないし! 前に進めないんだよ!横だよ!いちいち片足はずさなきゃいけないし! 練習のため、歩いて少し登ろうとしていたのだが、いつまでたっても 上に進めない私を見て、結局両足使えるスキーにしてもらった。 ちなみにウェア、道具はすべておばさんから借りました。 「お前、絶対リフト失敗しそうだからスキーの方が楽だと思ったんだけど…」 「うん、今日中にリフト乗れるかどうか分からないね」 殴られた。痛い…。 ようやく道具も全部そろって、体も元通り。 「よしっ!ごめんね、駿君。今立つよ」 勢いよくストックを斜面につく。 「ばっ!まだ立つな!立つ時は斜面に対して体を横にしろって…」 あっ!!!さっき習ったことを忘れてた! 思いっきり斜面に対して縦です! てことは……。 「いやああああー!!!!」 体が勝手に前に進む。怖い怖い怖い! 「駿くーん……立てないよー…」 遠くで駿君が思いっきりため息をつくのが見えた。 重ね重ね……ごめんなさい。 その後、練習に練習を重ね、なんとボーゲンで滑れて曲がれるぐらいにはなった。 へっぴり腰だけど。 リフトにも乗れた。最初は怖かったけど、今はあの乗り物が楽しい。 2回止めたけど。 そして今、初心者コースを転ばないで滑れた! 初めてだけど。 下で待っていた駿君の元に滑りよる。 滑って寄るんだよ?滑って寄れるんだよ? 「駿君出来たよ!転ばなかった!すごい、すごいよ!」 私が興奮していきこんでいるのに対し、駿君は疲れきっている。 「はー……長かった。ほんっととろくさいよな…お前」 「何よ!せっかく出来たんだから生徒の成長を褒めてよ!」 「遅せえよ。もう日が暮れてんじゃねえか。お前ほど成長の遅い奴は先生初めて」 「う……で、でも頑張ったんだしさ」 「まっすぐにしか進めない。転ばないと止まれない。人を巻き込んで転ぶ。 リフトから落ちそうになる。しかも4回も。そのうち2回は止める」 で、でもちゃんと曲がれるようになったし止まれるようになったし。 もう人をなんとか避けれるようになったし、…ときたま突っ込むけど。 「俺がどれだけ恥ずかしかったことか」 「す、すいませんでした…」 う、ううううう、確かにそうだけどさあ…。 「まあ、お前が1日でどうにか滑れるようになったことが奇跡か。 お前にしてはよくやった、かもな」 それは回りくどい上に大変失礼なんですけど、一応褒め言葉だったりするんでしょうか。 その後、スキー場の麓にあったロッジで休憩した。 お昼に出てきてから滑りっぱなしだったし。 滑ってる間はそんなに感じなかったけど、体中がギシギシ痛い。 足もガクガク。明日は痛そうだなー。 でもなんだか達成感というか心地よい疲労感というか。 ゆっくりと伸びをして体をほぐす。肩も痛い、いっぱい手をついたからなー。 と、目の前にソフトクリームが突き出された。 「れ?」 「ほら」 差し出しているのは駿君だった。 「ありがとう。あ、お金」 「いいよ」 「でも」 「いいって」 「一応私高校生だし、小学生におごってもらうわけには」 「いいって!」 突然声を荒げた駿君にびっくりする。 駿君は怖いけど、声を荒げたりすることはない。 驚いたまま、固まっていると、駿君も困ったように眉をひそめる。 「あ…、母さんからもらった金だから別にいい。溶けるからとっとと喰え」 「う、うん…」 それ以上何か言うことを躊躇われて、大人しくソフトクリームを受け取った。 なんでいきなり怒ったんだろう?何か変なこといったかな…。 なんとなく気まずい雰囲気になりながらも、口をつける。 「おいしい!」 ソフトクリームはおいしかった。スキー場でソフトクリームなんて変な取り合わせだと 思っていたが、転んでばかりで暑くなっていた体に染み渡った。 しかもものすごく濃厚〜。ミルク〜って感じ。おいしー!! 「おいしいね、これ!すっごい味が濃い!」 「だろ?ここのソフトは俺も好き」 さっきまでの不機嫌さはなりを潜め、珍しく上機嫌な声で駿君もかえしてくる。 「うん、おいしい!寒い時にソフトクリームもいいね」 「俺もいっつもここ来るとこれ喰うんだ」 と、私の前に立ったままだった駿君を見上げると 「うわ…」 「なんだよ?」 笑ってる!駿君が笑ってるよ! いや、今までも笑ったことはあったけどさ。 意地悪そうなにやり笑いじゃなくて、純粋に笑ったのは始めて見た。 やっぱり笑うと歳相応な小学生に見える。ふにゃっとしてかわいい。 いつもは本当に大人びていて、私より年上みたいだから余計に。 私が思わず見とれていると、 「だからなんだよ?」 「いや、駿君て笑うとかわいいなーって。ちゃんと小学生に見える!」 ふにゃっとしていてかわいかった表情は、一瞬にしていつものむっつりに戻る。 「うるさい」 殴られた。痛い…。 「なんで!?」 「うるさい。滑ってくる。待ってろ」 そう言って駿君はロッジから出て行ってしまった。 ちょっと普通の会話できたのにな……。 また怒らせちゃった。私が悪かったのかな…。 なんとなくさっきより味気なく感じたソフトクリームを食べ終わると、 私もロッジから出ることにした。 そろそろ日暮れ。汗も引き、ロッジから出たばかりの体には肌寒く感じた。 真っ白だったゲレンデも周りの山もすべてが赤く染まっている。 その光景に見とれていると、見慣れたウェアを見つけた。 駿君だ。 上級者コースから滑ってきているようだ。 す、すごい…。 周りの人より小柄な体がすいすいと踊るように降りてくる。 私みたいなボーゲンじゃなくて、なんていうんだろうあの足そろえたの。 ぼこぼこしたところがあっても、なんともないように乗り越える。 わ、今飛んだよ!飛んだ! 本当にすごい。さっきまで私に付き合って初級者でゆっくり滑ってたから、 初めて見た駿君の滑りに驚く。 そのまんま中級者、初級者とあっという間に滑り降りてきた。 私の前に来る。 ボーゲンでギギーって止まるんじゃない、足をそろえてザッて感じで。 「喰い終わったのか?」 ゴーグルをはずしてこちらを見る。 その仕草もなんかもう、こう。 「かっこいい…」 「はあ?」 「かっこいい!かっこいいよ!駿君めちゃめちゃかっこよかった! すごい!うわ、本当かっこいい、テレビみたいだった!」 「……馬鹿?」 「だって、本当にかっこよかったんだって。すごい!私もあんな風に滑りたい!」 「……お前には無理」 「ひど。練習すれば出来るかもしれないじゃん!」 「十年かかっても無理。それよりもう夜だし帰るぞ」 そう言って駿君は板をはずしてしまった。 残念。もう一回ぐらい駿君の滑ってるところ見たかったのに。 もう一度駿君を見ると、私より少し低い位置にある頭が目に入った。 耳が真っ赤になっていた。 寒いとかじゃないよね。さっきまでそんなに赤くなかったし。 てことは…。 「ふふふふ」 「なんだよ」 なんてことないように駿君が振り返る。 でも耳は真っ赤。 「うっくくくく」 「だからなんだよ!」 「なんでもなーい」 照れてるんだ。駿君照れてるんだ。 かわいいー。やっぱ歳相応なところもあるよね。 駿君は憮然としたまま、こちらを一にらみすると板を抱えて歩いていってしまう。 今にらまれても怖くないもんね。 駿君は確かに怖いし乱暴だし口悪いしスパルタだけど、 面倒見いいし、笑うと可愛いし、滑る姿はかっこいいし、実は歳相応なところがある。 なんとなく、昨日より駿君と仲良くなれた気がした。 「今日はありがとうね、駿君」 駿君は少し振り返るとすぐに前を向く。 「お前って昔っから本当にかわんないよな」 「昔って、五年前?」 昔って…小学生のくせに。 言わないけど。怖いから。 「そう」 「五年前って私小学生でしょ?さすがに色々変わったよ」 「全然。相変わらずトロくせえし、人に迷惑かけるし、ぼけてるし」 ひ、ひど。私そんなに昔迷惑かけたっけ!? 「それに相変わらず……」 「相変わらず、何?」 そこで駿君は歩く速度をはやめる。 「なんでもねー。ほら、さっさと帰るぞ」 「え、ちょっと待って」 何を言おうとしたのか気になって私は駿君を追う。 「うわっ!」 スキーブーツの重さを忘れていた。 顔から雪につっこんだ。 「バーカ」 やっぱりひどい……。



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