「駿君!」 改札を出るなり、俺の名を呼んで大きく手を振る小柄な少女。 そんなでかい声で呼ばれたら恥ずかしいのだが、俺を見た途端輝かせる顔に、文句も出てこなくなってしまう。 むしろ、重い荷物を抱えて駆けてくる鈴鹿を、抱きしめたい。 でも、こっちも待ち遠しかった、なんて顔するのは照れくさいし、なんだかかっこわるい。 だからいつものように俺は立ったまま彼女がこちらに辿り着くのを待つ。 なによりも、俺を見つけて駆けてくる、その笑顔が好き。 たぶん、俺も頬が緩んでるんだけど。 「久しぶり、駿君」 嬉しそうな様子を隠そうともしない全開の笑顔。 犬だったら、ものすごい勢いで尻尾をふってそうなくらい。 そんな様子がかわいくて嬉しくて仕方ないのに、俺は憎まれ口が口をつく。 「今回は転ばなかったんだ」 「私だって、いっつも転んでるわけじゃない!」 頬を膨らませて、抗議してくる様子も、懐かしい。 たった二ヶ月。 でも、すごく長かった、二ヶ月。 5年に比べたらずっとずっと短いけど、電話を沢山しているけど、それでもこの別れが、距離がもどかしいて仕方がない。 だから、前と変わっていないか、まだ俺の知っている鈴鹿でいてくれるか確かめようとして、こんなこと言ってしまうのかもしれない。 そして、鈴鹿がまだ、俺のことを嫌いになっていないか、確かめるために。 「へー、俺はお前が来るたびに助け起こしてる気がするんだけど」 「うっ……く、で、でも、いつも、ってわけ、じゃない……」 「この前は田んぼに落ちてたし」 「そ、そ、それは、ちが、ちがくて!」 「何が違うの?」 「も、もう落ちないし、転ばない!」 情けなく眉をたれさげて、もごもごと抗議する。 その犬のような間抜け面が、懐かしくて愛しい。 鈴鹿が本当に、目の前にいるんだと感じられる。 鈍感で、間抜けで、ドジで、変なところで意地っ張りで、一緒にいるとイライラする。 「じゃあ今回は期待しとくよ、鈴鹿ちゃん」 「……駿君、性格悪い…」 そう言って、口を尖らせて睨んでくる。 俺は思わず、笑ってしまう。 それでも、素直で、かわいくて、一生懸命で、心が温かくなって、一緒にいたくなる。 「ほら、荷物貸せよ」 「え、あ、でも重いよ?」 遠慮を見せる鈴鹿の荷物を、勝手に奪いとってしまう。 一瞬取り返す仕草を見せるが、俺はそのまま振り返りそれを阻止した。 これくらいは、いいところを見せたい。 「2泊3日でなんでこんな重いんだよ」 「えーと、服とか」 「服とか?」 「……服とか」 「とか?」 「服、とか……」 殴る。 「ひどい!痛い!」 「荷物が少ない女が頭のいい女なんだって」 「だって、こっちの気候分かんないし!だから上着とか色々いるかなって!」 「にしても限度があるだろ?」 「だって、せっかくだったら可愛い格好したいし!」 う。 頬が熱くなってくる。 それは、もしかして、俺のため、とかなんだろうか。 俺のためにお洒落とかしてくれたりとか。 「駿君のお母さん趣味いいでしょ。この前着たときに、色々着こなしとか教えてもらって、すごい楽しかったんだ。だから今回も教えてもらおうと思って」 「…………」 殴る。 「痛い!なんで殴られたの!?」 「うるさい、黙れ」 「……りふじんだ…」 ぶつぶつと文句を言う鈴鹿を無視する。 理不尽なのはこっちだ。 毎回毎回男心を玩びやがって。 苛立ちのまま、さっさと家に向かってしまう。 「あ、待って、駿君……て、うわあ!!」 後ろから慌てて駆け寄る気配。 最後の不吉な語尾に、急いで後ろを振り向く。 予想通り、バランスを崩して手を振り回す鈴鹿の姿。 抵抗むなしく、そのまま顔から地面に突っ込みそうになる。 俺はそれを見た瞬間に、荷物を放り投げると、ギリギリでその体を受け止めた。 ったく、こいつはもー…………。 …………… 「あ、うわ!ご、ごめ、駿君!」 「…………」 「あー……、やっぱり転んじゃった……」 「…………」 「しゅ、駿君?怒ってる……?」 「…………」 黙ったままの俺を、支えられたまま不安げに見上げてくる鈴鹿。 その頼りない表情はとてもかわいいけど、俺は今、それどころじゃなかった。 柔らかい柔らかい柔らかいー!!! う、わあ、なんだよ、鈴鹿ってこんなに柔らかかったっけ!? つーか胸、胸当たってる! ……なんか、前に電車であたった時より、大きくなってる気がする。 て、何考えてんだ俺ー!!!! 離れろ、さっさと離れろ俺の手ー! 「しゅ、駿君……?」 更に不安げに俺の腕にしがみ付くように見上げる。 体を寄せて、ますますその温もりを感じる。 だからそれ以上くっつかないでくれー!! 俺は見つめてくる丸い目から、顔をそらす。 うまく動かない手をなんとかねじ伏せ、鈴鹿から体を引きはなす。 鈴鹿の顔を見ないよう即座に後ろを振り返って、荷物を拾い上げる。 顔が熱い。 耳も熱くなってくる。 体が、熱い。 心臓が、痛いぐらいに早く打つ。 鈴鹿と傍にいたり、触れたりすると、いつもドキドキするけど、今回はもっと熱くて、もっと忙しなくて、生々しい。 さっきの柔らかい感触が、手のひらに甦る。 春にあった時の、Tシャツ一枚の鈴鹿が脳裏に浮かぶ。 夏、隣に寝ていた鈴鹿の吐息の熱さを感じる気がする。 駄目だ、考えるな俺! あー、ちくしょう! あの馬鹿親があんなこと言うからだ! いつも能天気な母の顔が浮かぶ。 今目の前にいたら、絶対に殴っていた。 あいつがあんなこと言うから、こんなことばっかり考えるんだ! こんな風に鈴鹿を支えることなんて、そう珍しいことじゃないのに。 今までだって沢山あったことなのに。 それなのに、こんなに動揺している、情けない俺。 こんなこと考えてるなんて、絶対に、鈴鹿に知られるわけにはいかない。 何があろうと、知られてはいけない。 こんなこと考えているなんてばれたら、絶対嫌われてしまう。 「しゅ、駿君!?」 「………行くぞ!」 焦ったような声にも、振り向くことができない。 少々乱暴に、言い捨てる。 振り向いて、鈴鹿の顔を見たら、また感情が暴走しそうだ。 せめてもう少し、時間が欲しい。 ちょっと泣きそうな声が後ろから追いかけてくる。 その声に罪悪感を覚えるが、フォローすることもできない。 これから2泊3日。 一緒にいれるのはたった3日。 短い大事な時間。 ずっと、楽しみにしてた時間。 それなのに今の俺は3日間を乗り切れるかどうかが、不安で仕方がなかった。 |