男とキスしているところを見られた。 さて、どうしたものか。 相手は隣の高校の一個下の女の子だ。 名前は確か、えっと、乃愛ちゃん。 変な名前だったから覚えている。 多分俺のことが好きなんだと思われる。 彼女の学校の子と遊ぶ時は必ずついてきてちょこちょことよく俺の傍にいた。 小さくて元気で顔もかわいくてお気に入りではあった。 でも俺の好みには子供ぽかったので食指は動かなかった。 向けられていた好意には気づいていたが、妹かペットか、そんな感じでかわいがっていた。 別に好きって言われてなかったし。 で、つい先ほど、男をキスしているところを見られてしまった。 寮の外でやるんじゃなかった。 全寮制の男子高なんてもんに通っているともう男だろうか女だろうが穴があいてりゃどっちも一緒だろ的な考えになってくる。 俺は幸いもてるから女に不自由してないが、男は男で気持ちがいい。 つっこまれるのもつっこむのも、女とは違った快感がある。 どっちかっていうと女が好きだが、恋人っていうかヤリ友だが男も好きだ。 てことで、俺と同じような考えの奴と色々抜きつ抜かれつな関係を築いていた。 で、さっきヤリ友の一人とついうっかり外でキスをしていたら、このザマだ。 さてどうしようか。 別に彼女に見られても全然問題ない。 どう思われようとどうでもいい。 彼女にそこまで執着ないし。 ただ、言いふらされるのはちょっと困る。 女漁りができなくなってしまう。 全寮制の男子高でホモって噂たったら、信憑性ありすぎて困る。 真実だし。 どうしたものか。 あの子単純そうだし、いいくるめられるかな。 一回くらい寝てもいいし。 ま、とりあえず呼び出すか。 「あー、ごめんね、急に呼び出して」 「あ、いえ」 ファミレスの目立たない隅の席。 向かいには乃愛ちゃんが座っている。 目が大きくて口は小さく、緩くゆった髪が幼い感じの中学生にも見えるかわいい子だ。 でもやっぱりもっと大人っぽいのが好きなので好みではない。 妹としてはかわいいんだけどな。 好きな人間と一緒で緊張しているのか、顔を赤らめてうつむいている。 性格も素直そう。 ひねたのが好きな俺は、やっぱり好みではない。 申し訳ないなあ。 まあ、素直そうだから、大人しく納得してくれるといいけどさ。 「あのさ」 「あ、あの!」 俺がこの前のは冗談なんだーとか言おうとしたところで、遮られた。 真剣な怖い顔をあげて、俺を見る。 「く、蔵元さんは男が好きなんですか!?」 「えっと」 「あ、で、でも、女の人とも付き合ってますよね。先輩でもいっぱい、蔵元さんと付き合ってた人いるし」 うわー、やっぱ女同士ばればれか。 まあ、いいけど。 さて、どうしようかな。 誤魔化すかな。 「えっとね」 「どっちも好きってことですか!」 「その」 「てことは好みが広いんでしょうか!」 人の話を聞けよ、この女。 まあ、テンパるのは分かるけどさ。 「あのね、乃愛ちゃん」 「あの!」 わずかな隙をみて話しかけようとすると、乃愛ちゃんはテーブルを叩いて椅子から立ち上がった。 その顔は可哀そうになるほど真っ赤だ。 ていうかだから人の話聞けよ。 けれどその必死な様子に、気押されて口をつぐむ。 「じゃ、じゃあ、私でも付き合ってもらえる可能性ないでしょうか!」 「は?」 「男でも女でも関係ないボーダーレスな蔵元さんなら、私をつまみ食いしてくれるぐらいのチャレンジャー精神があったりしないでしょうか!」 えーと。 何を言い出しているんだ、この女は。 ていうか声がでけえ。 周りに聞こえるって。 「乃愛ちゃん、とりあえず座って」 「あ、あ、ごめんなさい」 顔を真っ赤にして、乃愛ちゃんは慌てて椅子に腰かけてきょろきょろと周りを見渡す。 そして誰も見てないことに確かめてほっと息をつく。 そんな仕草は女の子らしくてかわいいんだが。 しかし言っていることはメチャクチャだ。 「………あのね、確かに俺は男でも女でもいいんだけど、一応好みってものがあってね」 と、言ってから気付いた。 しまった、男もイケルってことをうっかり白状してしまった。 誤魔化そうと思っていたのに。 この女が変なこと言いだすからだ。 まあ、仕方ない。 勘違いしているようだったらふっておこう。 まあぶっちゃけ、一回ぐらいだったらよほどじゃなければなんでもいいんだけどな。 男だろうが女だろうが年上だろうか年下だろうが、好みじゃなかろうがなんだろうが。 犯罪以外。 でもこの子、下手に手を出すと危険そうだしな。 「あ、そ、そうですよね」 「うん、だからね」 「わ、私、蔵元さんのタイプの人間になれるように頑張るので、一回くらいどうでしょうか!」 だからそういう問題じゃねーつってんだろ。 いや、まあ、一回くらいならいい別にいいんだけど、こうも話が通じないとこっちも意地になってくる。 こうなったら徹底的にふろう。 「俺、男の方が好きなんだよね」 「が、頑張ってア○○開発します!」 「ぶは!」 素で水を噴き出した。 「あ、それとも蔵元さん女性役なんでしょうか!ディ○○用意します!ご満足いただけるように頑張ります!」 いやいやいやいやいや。 「すいません、胸がありますけど、それは目をつぶってもらえないでしょうか!」 「いやいやいや、ちょっと待って」 「穴があったら駄目でしょうか!」 「…………」 思いっきりチョップをくらわした。 「痛い!」 手加減なし。 拳でなかっただけありがたいと思え。 「女の子がそういうことを言うんじゃありません」 「あ、ご、ごめんなさい。すいません」 「えーとね」 どうしよう、この子、思った以上にぶっとんでいる。 こういう子だったっけ。 元気で明るいかわいい子だったと思ってたんだけど。 「そういう知識はどこで仕入れてくるの」 どう見ても処女だよな。 耳年増って奴か。 乃愛ちゃんはちょっと照れくさそうに頬をそめてうつむく。 照れるところ違う。 「蔵元さんが男性も好きなんだって知って、昨日勉強しました」 「………その努力をもっと別の方向に向けようよ」 これほど無駄な努力も珍しい。 恋する乙女ってのは恐ろしいな。 どうしたもんだ、この子。 しかしこれに付き合ったら後々怖い気がする。 「処女だよね?」 質問に、乃愛ちゃんは顔を真っ赤にした。 耳まで真っ赤だ。 そして俯いたままこくんと小さく頷いた。 だから照れるところ違うだろう。 「俺、処女駄目なんだよね」 これで諦めてくれるといいんだが。 じゃあ処女捨てるって言われたら、そんなことで他の男と寝る女なんてごめんだと言えばいい。 よし、完璧。 「………あ」 乃愛ちゃんは泣きそうに唇を噛んで眉をひそめる。 可哀そうだが、これで諦めてくれるといい。 ていうか諦めろ。 頼む諦めてくれ。 「そ、そうですか」 「うん」 「でも、私、蔵元さん以外と、その、そういうこと、したくないです」 「そっか、でも処女めんどいからヤりたくないんだ」 どうだ。 しかしこんなひどい男のどこが好きなんだ。 普通諦めるだろう。 ていうか全力で拒否られてるって分かるだろ。 「………分かりました」 乃愛ちゃんが、うつむいた。 よし、それでいい。 そして、顔をあげる。 「処女膜、自分で破ります!」 「こらまて」 「ちょっと怖いけれど、人間やってできないことはないと思うんです!」 「だから努力する場所が違う!」 もう一回全力でチョップをくらわした。 「痛い!」 つーかこえーよ、その発想。 ホラーだよ。 本当にどうしたらいいんだろう。 生まれて初めて位に困っているかもしれない。 こんな事態は初めてだ。 誰か助けてくれ。 まずいな混乱している。 どうしたらいいんだ。 本当にどうしたらいいの、この子。 落ち着け、落ち着くんだ亘。 えーと。 「あのね、乃愛ちゃん」 「は、はい」 自分を大事にしろとか、軽々しくそういうことを言うなとか陳腐な台詞が出てくるが、言っても聞かない気がする。 優しくしてもっと懐かれても困るし。 とりあえずもっと冷たくしてみよう。 「えっとね、俺、男も女も好きだし、束縛されるの嫌いだから浮気するよ」 「浮気は男の甲斐性です!」 「すぐ飽きるよ」 「試してみてからでも遅くはありません!」 「ていうか乃愛ちゃんみたいな子、怖いんだけど」 「ストーカーにはなりません!一回お試しでふられたら去ります!」 「保証は?」 「じゃあ、えっと、一筆書きます!」 「って、言われてもなあ」 一筆書かれても、それが実行される保証はない。 情念が怖いよ、この子。 ストーカーされたらどうしよう。 頭を抱えて唸っていると、乃愛ちゃんが顔を正して低い声を出した。 「蔵元さん、こう言ってはなんですが、節操無いじゃないですか」 「まあ、ないけど」 「だったら、一回くらい私と付き合ってもいいじゃないですか。ヤリ逃げされても恨みません!」 「だから女の子がそういうこと言わない」 「後腐れありませんよ!美人じゃありませんが、お肌もぴっちぴち!巨乳じゃありませんが、形は悪くありません!処女を開発するのもきっと楽しいと思うんです!今が旬!今なら漏れなく制服プレイもついてくる!わあ、なんてお買い得なんだろうね、ジェシー!そうね、マイケル!」 誰だよジェシーって。 ていうかこの子、本当にこんなキャラだったっけ。 いつも明るく元気に、でも少し控え目に近くにいるだけだったんだが。 どこでこんななっちゃったんだ。 怒りと恐怖と呆れを通り越して、少し面白くなってきてしまった。 「………なんだかな」 「そうだ!」 「な、何」 まだ何か言うことがあったのか。 次に何がくるのか、少し怖くもある。 俺は知らず唾を飲み込む。 乃愛ちゃんは握りこぶしを作って、うつむく。 顔は今までの中で最高潮に赤い。 「あ、あの」 「う、うん」 俺も知らず体に力が入る。 乃愛ちゃんは小さく声を震わせながら、少し俯き加減に続けた。 「わ、私、実は、蔵元さんのこと、ずっと、好きだったんです」 「………」 だめだ。 「ぶは」 「え?」 我慢できないわ。 これはもうだめだ。 「ぶあはははははははは、あははははは」 笑いが止まらない。 つっぷして、笑い続ける。 店中に響き渡るような声で笑っているせいで、周りの客がこっちを見ている。 ああ、もうだめだ。 「負けたわ」 「く、蔵元さん?」 乃愛ちゃんが俺の突然の態度にびっくりしたように目を丸くしている。 まあ、いっか、もう。 抵抗するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。 負けた。 俺の負けだ。 俺はこぼれてきた涙をぬぐいながら、乃愛ちゃんを見つめる。 「じゃあ、試しに付き合ってみようか?」 そう告げると、乃愛ちゃんは顔を真っ赤にした。 男とキスしているところを見られた。 そしたら、変な彼女ができた。 まあ、飽きるまで楽しんでみよう。 |