「蔵元さん、こんにちは!」 待ち合わせの場所に来ると乃愛ちゃんは当然のように待っていて、俺を見てにっこりと笑った。 幼い印象の顔が更に幼くなって、なんだか和む。 子猫とか見ている気持ちになるな。 俺も軽く手をあげて応える。 「こんにちは、寒くない?」 「すっごい寒いです!死にそうです!」 「………あったかい格好してくればいいのに」 「蔵元さんを悩殺するために先輩達に指導していただいたんですが、どうでしょう!ぐっと来たりしませんか!?ムラムラきてたまんねーとか思いませんか!?」 今日の乃愛ちゃんはいつもの森ガールちっくな服と違って、膝よりだいぶ上のミニスカートにトップスも体のラインが分かるようなTシャツ。 へそが見えそう。 アウターもライダースジャケット。 見ているだけで寒い。 「寒そうって感想しか出てこないな」 「………そうですか」 俺の正直な感想に乃愛ちゃんはしょんぼりと肩を落とす。 メイクも今日は攻撃的だ。 ギラギラギラギラ、ラメってるし。 まあ、こういうタイプ好きだけどね、確かに。 ていうか誰だよこの子に変なこと吹き込んでるのは。 迷惑するのは俺だぞ。 「ごめんね」 「蔵元さんが私に欲情できないのは、中身が悪いんでしょうか、外見が悪いんでしょうか」 「欲情とか言わない。中身が悪いって言われたらどうするの?」 付き合い始めて1週間。 まだ手をつなぐぐらいしかしていない。 珍しく清い付き合いだ。 乃愛ちゃんにムラムラしたりしないのが原因なのだが。 やっぱり妹とかペットとか、そういう気分が先に立つ。 「努力で出来ることはなんとかしたいと思います!」 「たとえば?」 「太りすぎっていうならダイエットしますし、痩せすぎっていうなら食べます!部分痩せも筋トレでなんとかしたいと思います」 「顔が嫌いとかだったら?」 「今更ですか!?えっとメイクでなんとかなるなら」 「ならなかったら?」 「ご、五年ほど待っていただいたら整形って手が」 だから怖いよ、その発想。 ホラーだよ。 「大丈夫、顔は好き」 「ありがとうございます!つまらないものですがよろしくお願いいたします」 「胸が小さいとかだったら?」 でも、握りこぶしで熱弁をふるう乃愛ちゃんを見ているのは、嫌いじゃない。 なんていうか、びっくり箱。 次に何がくるか予想がつかない。 「揉めば大きくなるって話です!どうぞご協力ください!」 うん、やっぱりつかない。 とりあえず見下ろすつむじにチョップを食らわした。 「痛い!」 「安売りするんじゃありません」 こんな純真そうな処女にこんなこと言われると、不謹慎の塊である俺ですら説教してしまう。 恐ろしい女だ。 乃愛ちゃんは綺麗に巻いた髪を抑えながら、俺を上目遣いに見上げてくる。 そういう仕草は、かわいいんだけどね。 「大特価セール中ですよ!ほらほら今買わないと損!さあ、注文は今すぐ!今ならストッキングを破るマニアックなプレイもできますよ!わお、なんてホットなんだろうね、ジェシー!クレイジーだわ、マイケル!」 だからジェシーって誰だよ。 本当にこの子、どうしよう。 ていうかどこでこんなんなっちゃんたんだろう。 もう一回チョップをくらわせる。 「痛い!」 「だから女の子がそういうこと言うんじゃありません」 「すいません」 頭をさすりながら、乃愛ちゃんはしゅんと肩を落とす。 どうしてこんなテンションが保てるのかなあ。 最初はごく普通のかわいらしい子だったのにな。 謎だ。 「そういうことばっかり言ってると、悪い男に弄ばれるよ」 「かまいません!むしろ弄んでください!ボロ雑巾のようにヤリ捨てしてください!」 「こら」 三度目のチョップ。 というか俺はそういうことをしそうな男に見えるのか。 まあ、そういう男だけど。 でもトラブルになるような別れ方したことないぞ。 トラブルになるような奴らと付き合ったことないから。 「俺は悪い男?」 「いえ、いい男です!」 清々しいほどきっぱり言い切られて、思わず言葉を失う。 面と向かって言われると、さすがに照れる。 迷いのない大きな目は、きらきらと光っている。 無駄に無邪気な目をしやがって。 言ってることは邪気たっぷりなくせに。 軽くため息をついて、目をそらす。 「まったくもう、処女のくせに耳年増なんだから」 「処女だからこそ耳年増なんですよ。それに私、蔵元さんにしかこんなこと言いません」 そりゃこんなこと誰にでも言っていたらトラブル続発だろう。 尻が軽いどころの話じゃないぞ。 「なんで俺にだけ?」 「そ、それは………」 想像通り、乃愛ちゃんの勢いが小さくなる。 うつむいて、もごもごと口の中でなにか言っている。 「それは?」 「それは、蔵元さんが、好き、だからです」 真っ赤になって、小さな声でうつむいたまま告げられた告白の言葉。 だから照れるところ違うだろ。 もっと照れるところあるだろ。 でもまあ、こういう乃愛ちゃんは、嫌いじゃない。 向けられる好意は、くすぐったくて、気持ちがいい。 柄じゃないな。 「ほら」 「わあ」 自分のマフラーを乃愛ちゃんの首に巻きつける。 急に寒くなった首元に風が入り込んで、反射的に体が震えた。 やっぱり寒い。 自作らしいムラのある塗りのピンクの爪で彩られた指を取る。 小さくて柔らかい手は、冷え切っていた。 ああ、無理するから。 「とりあえず温かいところ行こうか。外歩くには辛そう」 「ご休憩ですか!?」 「変なこといわない」 もう一回チョップ。 手を取ったまま、俺は歩きだす。 乃愛ちゃんはヒールの高いブーツでよろよろとしながらついてくる。 「いつかムラムラした、やらせろって言わせて見せます!」 「楽しみにしてるよ」 ったく、往来で何いってんだ本当にこの女は。 けど、気付いたら笑っていた。 どうやらこの子との会話を、楽しんでいるようだ。 まあ、いつかムラムラする日までせいぜい楽しませてもらおう。 |