「あ」
「あ」

しまった。
まずいところを見られた。

「………蔵元さん?」

一瞬逃げようかと思ったが、しっかり顔を見られているのでそれも叶わない。
俺は軽く天を仰いで息をつく。
覚悟を決めるか。
覚えているかどうか分からないし。

「誰?」
「えっと、彼女?」
「いつもとだいぶ毛色が違うな」
「あー、まあ」

隣の一緒に買い物に来ていたツレが、道の先にいる乃愛ちゃんを見てそんなことを言う。
まあ、確かにいつもの彼女たちとはだいぶ系統は違う。
なんで俺もこの子と付き合っているのか分からない。
ていうか付き合ってるのかな。
多分付き合ってる。

「偶然ですね!運命ですね!もうこれは燃え上がっちゃうしかないですね!」

乃愛ちゃんは満面の笑みを浮かべてパタパタを俺の方へ駆けてくる。
相変わらず馬鹿だ。
この子の学校、偏差値低くないはずなんだけど。

「あ!」

顔がはっきりと見えるほど近くにきて、乃愛ちゃんは隣の男を見て目と口をまん丸にする。
そしてがしっと、隣の長身の男の腕を取る。
ああ、覚えていたか。
面倒なことになった。

「あなた!」
「なんだ!?」

しがみつかれたほうは突然の行動に驚いて軽く身をひく。
乃愛ちゃんはそれを気にせず、更に身を乗り出す。

「この前蔵元さんとキスしてた人ですね!」
「声がでかい」
「痛い!」

人気が少ないとはいえ、往来のど真ん中で人の性癖をばらす女にチョップをくらわす。
乃愛ちゃんは腕から手を離して頭を押さえた。

「ご、ごめんなさい。あ、あなたも突然すいません」
「そこまでオープンにしてる訳じゃないから」
「はい」

上目遣いに恐る恐る窺ってくる年下の女の子に頭痛がする。
どうしてこの子は本当にもう。

「何お前、男とも寝てるって教えてるの?」
「教えたというかなんというか」

隣の男が、俺と彼女のやりとりに興味津々に聞いてくる。
ていうか、元はといえば、こいつにも責任があるわけで。
まあ、あの時キス仕掛けたの俺だけど。
ああ、それでもあの時見られなきゃこんな状況にはなってなかっただろうな。

「あ、あの」

乃愛ちゃんが、俺ではなく隣の男におずおずと話しかける。
品定めするように無遠慮にじろじろと眺める男に、気分を害する気配はない。

「何?あ、言っておくけど、こいつとの付き合いは俺の方が長いからね?」
「あ、はい。えっと、椎名乃愛と申します」
「はあ、秋庭です」

こんな状況でも礼儀正しく頭を下げる乃愛ちゃんに、秋庭もつられて頭を下げる。
なんだ、この空間。
あれ、もしかしてセフレと彼女に挟まれるって、絶望的な状況なのか、今。

「その、秋庭さんは、蔵元さんと、そういうご関係なんですよね?」
「セックスする関係?そうだけど?」
「そ、そうですか」

乃愛ちゃんがあまりにもストレートな返答に、声を小さくして俯く。
秋庭がそんな乃愛ちゃんの大人しげな態度に、面白がるようににやにやと笑う。
こいつも悪趣味だから、人を傷つけるのは大好きだ。

「何、もうこの人とはセックスしないでください!とかそういうの?自分に魅力がないから浮気される、とか思わないの?」

からかうように嬲るように、いやらしい笑い方でそんなことを言う。
うわあ、嫌な奴。
乃愛ちゃんはふるふると首を横に振って、唇を噛みしめ顔をあげる。

「あ、あの」
「何?」

拳を握りしめて、必死な顔で乃愛ちゃんが身を乗り出す。
秋庭は楽しそうにそんな彼女を見つめてる。

「蔵元さんの性感帯はどこなんでしょうか!」

ああ、そんなこったろうと思ったよ。

「は?」

秋庭は毒気が抜かれたように、笑顔すらなくして呆けた馬鹿面を見せる。
まあ、予想外だよな。
見た目はどう見ても純情で世間知らずな乙女だしな。

「ど、どこを責めたら感じてくださるんでしょうか!」
「えっと」
「後、好きなシチュエーションとか!」
「あの」
「男性は前○腺とか、感じるんですよね!?蔵元さんのはどの辺にあるんでしょうか!」
「………」
「好みの道具とかはあるのでしょうか!」

秋庭が、何が言いたげに眉をひそめて俺の方を向く。

「………なあ、蔵元」
「言うな」

俺は目を逸らした。
そんな俺たちのやりとりを気にもせず、乃愛ちゃんが更にヒートアップする。

「ロー○ーとかお好きなんでしょうか!」
「いい加減にしなさい」
「痛い!」

さすがに、チョップをくらわせて黙らせる。
なんかだんだんひどくなってる気がするが俺の気のせいか。
いや、間違いなく悪化している気がする。

「ちょっと、どこでその知識を身につけているのか聞いていいかな?」
「えっと、ネットが主です。後は友達とか先輩に、そういった本を借りたり」
「どういった本だ」
「男性同士の恋愛についての本とか、後は女性向けのちょっとえっちな本とか」
「知識が偏るからそういうのは読むんじゃありません」

週刊誌とかワイドショーで知識が偏る主婦っていうのはこういった感じなのか。
一部の誇大表現された知識を鵜呑みにして、暴走する。
道具とかシチュエーションとか、人を何だと思ってるんだ。

「あ、道具とか使わないんですか?」
「そういう問題じゃありません」
「○ーターじゃ物足りないとか!?」
「………」
「ア○ルバ○○とかでしょうか!」

振り下ろす手に、力が入った。

「痛い!」

乃愛ちゃんが頭を押さえて、涙目になる。
本当にこの耳年増の処女は。
この子からネットと友達を取り上げたい。

「いい加減にしなさい」
「………はい」

そうして、一旦ようやく大人しくなった乃愛ちゃん。
シャツの胸の辺りを掴んで、地面に視線を落としながらたどたどしく聞いてくる。
それは大人しい控え目な少女といった風情なんだが。

「………すいません、蔵元さんの好みが知りたくて」
「とりあえず下半身から離れてくれるかな」
「上半身でしょうか!?」
「シモネタから離れろって言ってんだよ」
「私にムラムラしないのは、私に男○器がないからとかじゃないですよね?蔵元さん、女性もお好きですよね」
「そういうところがムラムラしないんだと思う」
「え、逆効果ですか!?」
「どこに興奮すればいいの?」
「ちょっぴりえっちな話をする女の子にはドキドキするって雑誌に書いてあったんですが!」
「ちょっぴりでもないし、方向性も違うし、もうどっからつっこんだらいいか分からないよ」
「わたしにつっこ」

最後まで言う前に、拳でつむじを叩きつけた。
もうチョップじゃ生温い。
ゴン、といい音がした。

「痛い!」
「アウト」
「………はい」

そこでようやく本当にやっと、大人しくなった。
疲れた。
本当に疲れた。
なんで俺、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。

「なあ、これ、お前の彼女?」

すっかり存在を忘れていた秋庭が、乃愛ちゃんを希少動物を見るかのような目で見下ろしている。
その質問には、はっきりとした答えを返すことができなかった。

「………たぶん」
「面白い生き物だな」
「…………」

まあ、面白いとは言えると思う。
ものすごいポジティブに考えれば、ちょっと面白い一途で真っ直ぐな子。
無理だ。
どう頑張って前向きになっても無理だ。

「えーと、椎名さん?」
「はい」

秋庭が乃愛ちゃんに近付いて、顔を覗き込むように背を曲げる。
こいつも顔はいいからか、ちょっと乃愛ちゃんが顔を赤らめる。

「蔵元の弱いところ教えてあげるよ。こっちおいで」
「本当ですか!?」
「実地で教えてあげる」
「ふざけんな」

ロクでもないことを言い出した秋庭の背中に蹴りを入れる。
冗談だとは思うが、色んな意味で止めたい組み合わせだ。

「やだー、嫉妬?蔵元君」
「え、嫉妬ですか!?」
「教育的指導です。そいつについてったらガバガバにされるよ」

からかう秋庭に、喜ぶ乃愛ちゃん。
秋庭に変なことを吹き込まれてそれを実践してくる乃愛ちゃんとか、考えたくない

「あ、処女は蔵元さんに捧げる予定なんでそれは駄目です。すいません」
「ケ○の穴でもいいよ」
「そっちはお好きですか、蔵元さん!?」
「好きじゃありません」
「蔵元はつっこまれる方だから。たまにつっこむけど」
「説明するな。とりあえず、彼女が他の男と寝たらひく」
「あ、それは大丈夫です。参考までに聞いただけです。私は蔵元さん一筋です!」

一筋なのは分かる。
一途なのは分かる。
分かるからもう少し自重してくれ。
頼む。
本当に頼みます、お願いします。
もう勘弁してください。

「でも、嫉妬とかしませんでした?他の男にやられるくらいなら俺が処女○ぶちやぶる!みたいな気持ちになりませんでした?」
「そういう言葉遣いしない。人を嫉妬させて気持ちを測るような女、俺嫌い」
「し、しません!私はいつでも直球です!」

俺の言葉に珍しく挙動不審に手をパタパタとふって動揺する乃愛ちゃん。
やろうと思っていたのか。

「てことで、蔵元さん。ひとまず私とえっちなことしませんか!」

ああ、直球だ。
うん、直球だ。

「痛い!」

俺の拳が、また乃愛ちゃんの頭に埋まる。

「もう少し遠まわしにしてください」
「………男性を誘惑するって、難しいです」

俺も、君を理解するのが難しいです。





BACK   TOP   NEXT