「あれ、蔵元じゃん」
「こんにちは」
「どうしたの?こんなところで、待ち合わせ?」

ファーストフードで彼女を待っていると、顔見知りが通りすがった。
その制服は待ち人と同じもの。
この女、芹野は性格もさっぱりしていて一緒にいるのは楽だから、よく遊ぶ奴だ。

「あー、まあ、そんなもん」
「あ、椎名とか」
「知ってんの?」
「学校の奴らはほとんど知ってると思うよ?」

その言葉に固まる。
別に知られて困るものでもないが、あんまり知れ渡ると他の女と遊ぶこともできなくなる。
それに、ペラペラ話すような女も少し鬱陶しい。
まあ、女ってペラペラ話す生き物だけど。

「………あの子、言いふらしてるの?」
「いや、椎名が言いふらしたっていうか………」

そこで女友達は面倒になったようでハンバーガーの乗ったトレイをカウンターに置いて隣に座る。
そして包み紙を開けながら、話を続ける。

「ほら、あんたの前の前?だっけ?の彼女、市野っていたじゃん」
「あー………」

前の前の前の前辺りだった気がする。
可愛くてスタイル良かったけど、束縛激しくて途中でうざったくなってしまった。
その後も何度もメールやら電話が来て閉口したのを覚えてる。
そういやあの子も同じ学校だったか。

「あいつ、まだあんたに未練ありありだからさー。あんたの動向チェックしてるのよ。でもって今の彼女が椎名だって知って、文句つけにいってさ」
「なにそれ怖い」

女こええ。
そこまで痛い子だったのか。

「でしょー。もう周りドンビキ」
「………乃愛ちゃん大丈夫だったの?」
「あ、やっぱ心配なのね」
「まあ、一応は彼女だし」

乃愛ちゃんからは何も聞いてない。
まあ、俺に告げ口するような子じゃないか。
彼女からは負の感情を出されたことはない。
そんなところは、とても健気でいい子だと思う。
一緒にいて、嫌な思いをすることはない。
疲れる思いを一杯するが。

市野ちゃんって結構ギラギラした攻撃的なタイプだった。
俺の好みにぴったりな。
あの子に、乃愛ちゃんが勝てるとは思えない。
さすがに俺が原因で酷い目に遭うのは可哀そうすぎる。

「まあ、それであの子がさ」

ハンバーガーを大きな口で男らしく片付けながら、女友達は続けた。



***




「あんたが椎名?」
「はい、椎名です。こんにちは、先輩」
「あんた、今蔵元と付き合ってるの?」
「あ、ご存じなのですか。はい、恐縮ですがお付き合いさせていただいています!」
「あんたみたいなガキっぽいの、物珍しくて付き合ってるだけでしょ」
「はい、その通りだと思います!」
「………っ、何それ、よゆーって奴?馬鹿にしてるの?」
「すいません、私は馬鹿ですが、また馬鹿なこと言っちゃったでしょうか!?」
「あんたなんて、蔵元に食われて捨てられるだけだよ」
「食われて捨てられたいです!ていうか食われたいです!弄ばれたいんです!」
「………」
「私がガキっぽいせいか、蔵元さん食ってくれないんです!寂しいです!残念です!」
「………えっと」
「先輩、蔵元さんの元カノさんですか!?どうやったら私、蔵元さん好みになれますか!蔵元さんの服の好みとか、性感帯とか、好きなプレイとか教えてください!」
「………あの」
「やっぱり先輩みたいな大人っぽい美人じゃなきゃ駄目なんでしょうか!どうしたらそんな細いウエストになれるでしょうか!私もぼんきゅっばーんになりたいです!メイクうまくなりたいです!すいません、教えてもらえないでしょうか!」
「………い、いいけど」
「ありがとうございます!」



****




「天然って最強だと思ったわ」
「………」

あったまいてえ。
頭を抑えて俯く。
何その超展開。
最強ってレベルじゃねえよ。

「それ以来、結構仲良くしてるよ。一緒に服買いにいったりしてるし」
「………それはなにより」
「で、他の子たちも面白がってあんたの好みやら何やら色々吹き込んでる。あんた、あの子と別れた後、次探すの結構大変だと思うよ」
「あの子なんなの。ねえ、なんなの?」
「疲れてるね。すっごいお嬢なんだよね。だからちょっとずれてるのかなあ。いい子で面白いんだけどね」

結構いいところのお嬢様だってことは聞いたことがある気がする。
お嬢様ってのはああいう風になるものなのか。
そうなのか。

「蔵元さん!」

頭痛の種が、明るい声で表れた。
にこにことしながら駆け寄ってきて、俺たちの前に来て立ち止まる。
そして俺と隣の女をきょろきょろと交互に見て首をかしげる。

「先輩?」
「こんにちは」

芹野は軽く手を上げて問いかけに答える。
もうハンバーガーは食い終わったようだ。
早い。
乃愛ちゃんはもう一度首をかしげて、そして握りこぶしを作った。
また何を言い出すんだか。

「彼女との待ち合わせに女連れ、これは浮気でしょうか?浮気ですね!私ジェラシーです!ここはひどいって言って走り去った方がいいでしょうか、それとも蔵元さんを叩いてこの甲斐性なし!って言った方がいいでしょうか!」

どこの昼ドラだ。
明るいファーストフード店でそんなことやられたら、俺はもうこの店にはこれないだろう。
頭痛が増してきた。

「………乃愛ちゃんはどうしたいの?」
「蔵元さんの男前な顔を叩くなんてもっての他ですし、逃げても追ってはくれなさそうなので寂しいです。なのでここは先輩に泥棒猫!って言って、キャットファイトでどうでしょう!」

ポテトをつまんでいた芹野が、挑戦的な後輩の言葉に反応して顔を上げる。

「あんた先輩に対する礼儀とかどこよ」
「恋愛は戦いです!そこには身分の差なんてありません!先輩、いざ尋常に勝負です!」
「いい加減にしなさい」
「痛い!」

本当にファイティングポーズをとる乃愛ちゃんの頭をわざわざ立ち上がってチョップする。
女同士の掴みあいのケンカなんてトラウマになりそうなもの、絶対に見たくない。
そしてこの子なら本気でやりかねない。

「じゃ、私行くわ。頑張ってね」
「………ああ」

芹野はクールにトレイを持って、奥へと去って行った。
賢明な判断だ。

「浮気じゃなかったんですか?」

まだ言っている。
そしてなんで残念そうなんだ。

「浮気がよかったの?」
「浮気されてケンカっていうのも、恋人っぽいじゃないですか」
「………そうですか」

もうつっこむ気も失せるわ。
この子の中で恋人っていうのはどういうジャンルになっているのか聞いてみたい。
いや、聞きたくない。

「浮気問題も片付いたことですし、どこ行きますか?」
「うーん………」

片付くも何も浮気でもなんでもない訳なんだが。
まあ、言ってもしょうがない。
さて、今日はどこ行くかな。
そこらへんでだらだらするかな。

乃愛ちゃんを見降ろすと、キラキラした目でこちらを見ている。
こう見ると清楚な可愛い子なのになあ。

そうだ。
少し脅かしてみようか。
お仕置きだ。
いつも馬鹿なこといってばかりだが、実際に実行したらビビるんじゃないだろうか。
なんせ経験ないわけだし。
口先だけの虚勢ってことも考えられる。

「ご休憩しようか?」
「へ?」
「俺に食われたいんでしょ?」

にっこり笑って告げると、乃愛ちゃんは一瞬目を丸くする。
そしてパチパチと何度か瞬きして、ようやく言葉の意味を理解したらしい。

「え、へ、ええ!?」

不思議な声を上げて、一歩後ずさる。
顔が赤くなっている。
おお、いい感じ。
やっぱりいつものは口先だけだったのか。
そうだよな。
こうじゃないと。
そっとその手を引き寄せて、耳元で息を吹き込むように囁く。

「嫌なの?」
「うひゃあ、いえ、嫌とかではなく、えっと、え、えっと!ちょっと、ちょっと待ってください!」
「待てない。今すぐ乃愛ちゃんを抱きたい」

うわ、言ってて寒いな、これ。
まあ、いいか。
処女には少し恥ずかしいくらいの方がいいだろ。
いやあ、いい反応だ。
乃愛ちゃんからこんな反応がもらえるとは。
待って、とかなんか感動するよ。

「えっと、ええええ、と、だ、駄目です!」
「どうして?」
「えっと、ま、まだ駄目です!ちょっと待ってください!」

半泣きにながりながら、乃愛ちゃんが逃げようとする。
よしよしよーし。
これで少しはビビっただろう。
今後ちょっとは態度を改めてくれるといいんだが。

「いつも言ってるのは、嘘なの?俺じゃ嫌?」
「嫌な訳ないです!嘘じゃないです!で、でもすいません、準備が!」
「心の準備?」

耳まで真っ赤になっている。
やっぱり女の子だな。
そんな可愛いこと言ってくれるとは。
なんか感動で涙が出そうだ。

「いえ、下着の準備が!後1時間待ってくれませんか!?この日のために下着買っておいたんです!黒でレースですごい奴!あ、ガーターベルトとかもあるんですが、お好きですか!?」

ああ、涙が出そうだ。
一瞬でも勝ったと思った俺が馬鹿だった。

「すいません、油断してました。まさかその気になってくれるとは思わず!これからは毎日勝負下着で万全の準備を整えます!」

握り拳を作って、決意に満ちた顔で俺を見上げる。
素敵な凛々しい顔しやがって。

「痛い!」
「いい加減にしなさい」
「え、え、え、え?」

落胆と苛立ち混じりに、その脳天にチョップを食らわす。
俺はため息をつくと、ドリンクの乗ったトレイを持って乃愛ちゃんの手を引っ張る。

「今日は映画を見に行きます」
「え、映画館でですか!?」
「違う」

どうしていつでもそっちに持ってくんだ、この女は。
ああ、全くもう。
ちくしょう。

「今日も健全なデートをします」
「どうしてですか!?」

どうしてもこうしてもない。
しかしつっこむのも面倒くさい。
俺の努力を返してくれ。

「萎えたわ」
「蔵元さん、もしかして勃○しょうが………」
「誰がだ」
「痛い!」

トレイでその頭を叩きつける。
つーか本当に誰だよ、この子にそういうのを吹き込んでるのは。
あの学校は馬鹿ばっかりか。

「すいません、大人っぽい下着が駄目だったんでしょうか?清楚系の白もあります!お好きなものを言ってください!」
「だからそこじゃない!」

思わず怒鳴ってしまった。
乃愛ちゃんはしゅんとして肩をすくめる。
そして涙目で俺を見上げてきた。
それはちょっとドキっとするぐらいかわいいのだが。

「………蔵元さん、乙女心を弄ぶなんて、酷いです」

どっちがだ。





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