そよそよと、気持ちの良い風が顔を擽る。
風の吹き抜ける音、それに揺らされた木の葉擦れ、子供の笑い声。
聞こえてくる平和的な音の数々に、更に眠気が押し寄せる。
公園の芝生の上に敷いたシートに横になっている内に気持ちよくなってついウトウトしてしまった。
昨日は海外ドラマを連続で見て、寝たのは随分遅かった。

「蔵元さ、あ………」

一緒に公園に訪れた人間の声が聞こえる。
途中で俺が寝ていることに気付いたのか、最後に声をそっと顰める。
半分意識を現実に残しながら、中々瞼を持ち上げられない。
小春日和というにはもう春も近すぎるけれど、そう言いたくなる気持ちの良い気候。

「………」

隣でごそごそご荷物を探る音がする。
乃愛ちゃんが何かをしているらしい。
それからふわりと肩に心地よいなめらか感触が触れて温かくなった。
どうやら何かをかけてくれたらしい。
彼女の身につけていたカシミアのマフラーだろうか。

「ふふ」

小さく笑う声。
そっと、風と同じぐらいの微かな感触が、俺の髪を揺らす。
小さく触れた温かな感触は、おそらく彼女の指。

「寝顔も綺麗ですね、蔵元さん」

嬉しそうな彼女の声が、耳に心地よい。
柔らかく触れる彼女の指も、気持ちが良い。
温かな冬の日の、穏やかな時間。
このままずっとまどろんでいたい気持ちになる。

「ずっと、こうしていられたらいいなあ」

しみじみとした、かわいらしい甘い声。
俺のことが好きだと言う気持ちが伝わってきて、なんだか胸が少しだけ痛む。

「あ、そうだ」

また荷物をごそごそと探る音。
何かと思って半覚醒のまま耳をすませる。

カシャ、カシャ。

どこかで聞き覚えのある音。
ああ、そうだ、シャッター音か。

「えへへ」

嬉しそうに小さく忍び笑う声。
これは携帯のカメラの音か。
まあ、これくらいは許容するかな。

カシャカシャカシャカシャ。

「………」

カシャカシャカシャカシャ。

「………」

いや、撮りすぎだろ。

「………一眼レフ持ってくればよかった」

何言ってんだ。
シャッター音は途切れない。
ごそごそ動いてる気配がするところをみると、もしや移動しながら撮ってるのか。

カシャカシャカシャ。

「うひひ」
「………」

後で絶対データ消そう。
ていうか、そろそろ目を覚ました方がよさそうだ。

「………そういえば、市野先輩が、蔵元さんは実は脱いだらすごいんだって言ってたっけ」

何言ってんだ。
ていうか何話してんだあの女。
ていうか何を考えてんだこの女。

「駄目駄目!乃愛、それは駄目!それは犯罪!」

盗撮も犯罪だ。

「でもちょっとだけなら………」

何がだ。

「ちらっとだけなら」

負けんな。

「いやいやいやいや駄目!駄目よ!こういうのは合意の上じゃないと!」

よしよし。

「で、でもでも、じょ、上半身だけならいいかな!」

よくねえ。
ていうかこの青空の下で下半身を剥くつもりだったのかこの処女は。

「いや、だ、駄目だよ!やっぱり駄目だよ!」

色んな事がもう駄目だ。

「駄目駄目駄目!駄目!うん、落ち着いて。うん。あ!」

今度は何だ。

「………王子様は、キスで起こすんだよね」

また何を言いだした。
痛い上に色々間違ってるし、もうどっからつっこめばいいんだ。
いやまあ、キスぐらいならいいけどさ。

「で、でも、それも駄目かな。で、でも、いや、でも、うーん、うん、でも」

一応理性はあるのか。

「うん、舌を入れなきゃセーフだよね!」

おい、この耳年増。

「失礼します!バードキスなのでノーカンで!」
「そんな訳あるか」

勢いよく起き上がってその頭を思い切りはたく。
乃愛ちゃんは面白いくらい簡単に芝生の上に転がった。

「え、え、え!?」

乃愛ちゃんは何が起ったか分からないかのように頭を抑えて俺を見て目を丸くしている。
この子に健全な精神を植え付けようと公園デートなんて似合わないことをしたが無駄だったようだ。
どこにいようと乃愛ちゃんは乃愛ちゃんだ。
まあ、乃愛ちゃんが作ったお弁当はうまかったが。

「それは犯罪だ」
「起きてたんですか!?騙したんですか!?」
「あんなでかい独り言で起きない方がおかしいわ」

むしろ起こすためにやってたのかと思うぐらいだぞ。
黙ってキスぐらいなら別に許したのに思わず起きてつっこんでしまった。
まあ、あのまま寝てたら何をされたか分からなかったが。

「うううううう」

乃愛ちゃんが涙目で俺を睨んでくる。
恨めしい顔をしたいのはこっちの方だ。

「つ、次は即座に襲います!」
「襲うな」

もう一回頭をはたいて黙らせる。

「キスぐらいいいじゃないですか!減るもんじゃあるまいし!」
「居直るな」

更にもう一回はたく。
ああ、もう、なんだろうな、この子は。

「痛い!うー………。ケチ」
「誰がだ。別にキスぐらいはいいんだけどさ」
「じゃ、じゃあ一回だけ!」
「嫌だ」
「なんでですか!優しくします!舌とか入れませんから!」
「余計に嫌だ」
「やっぱり激しい方がお好みですか!」

拳骨をつむじに思い切り振りおろす。

「痛!」
「………頼むからもう少し女の子らしい迫り方をしてくれ」
「色気が足りませんか!?」
「もう、何が正しいのか俺には分からないよ」

誰かどうしたらいいのか教えてください。



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