5人は叩き出されたスーパーを後にし、近くにあった全国チェーンのコーヒーショップに入った。4人に実は関係ない有川も、なんとなく流れで一緒に来てしまっている。
6月の初め、それほど暑くはないが不快指数は高い。
適度に空調調節された店内は心地よかった。
5人はそれぞれ飲み物を注文すると、店内の隅の植木で陰になっている席に腰を下ろした。 ここでなら周りに迷惑をかけることもないだろう、という神崎の意図だ。

「まいったな、出入り禁止になったらどうしようあのスーパー」
神崎がカプチーノから口を離し、深いため息をついた。
「この前も注意されたばっかりだしね〜」
寺西がフローズンタイプのアイスコーヒーをすする。
「ああ、あれか。貴島が商品を勝手に食べてたガキ捕まえて店内で正座させて説教かましたやつ。そういえばアレ、あそこだったけ」
カフェオレを冷ます吉川。彼は身長が伸びる可能性がある限り牛乳を好む。
「あそこが一番近いんだけどなー」
神崎がもう一度ため息をついた。
「あー、もううっさいな!出入り禁止の一度や二度が何よ!今は本題よ、本題!」
加奈が飲んでいたアイスティーがこぼれそうな勢いで机を叩く。
「一度や二度じゃないでしょー。駅裏の飲み屋6件出入り禁止食らったの加奈ちゃんのせいでしょー」
「男が細かいことガタガタ言うんじゃない!」
「………」
有川はだまってマフィンを食べていた。


「それで、えーと、有川君?」
「はい」
このままではまた豪快に横滑っていきそうなので、神崎が進行することにした。
加奈に任せるとどこに行き着くか分からないので。
有川は、この事態にも特に不満を見せることもなく、相変わらず無表情だった。
「とりあえず自己紹介ね。俺は3年2組の神崎叶っていいます。叶ちゃんて呼んで」
「……生徒会長?」
「あ、そうそう。俺のことは知っててくれてるんだー。ありがとー」
こくりと頷く有川。
加奈が不満そうにストローから息を吹き込み、アイスティーをぼこぼこ言わしている。
「で、私が2年の寺西幹〜。副会長してます〜。よろしく〜」
「さっきも言ったけど俺は4組の吉川。よろしく」
続けざまに2人が自己紹介すると、有川は頭を下げた。
「…よろしく」
必要最低限だが、低くよく通る、耳ざわりのいい声だった。
「で、さっき君にセクハラかました上に居直って、ものすごく態度悪くしているこちらの女の子が貴島加奈ちゃん。悪気はちょっとしかないから勘弁してやって」
「……よろしくー」
有川の方を見ないまま言った。
寺西に軽く頭をはたかれる。
「えーと、それで有川君も自己紹介お願いできるかな」
有川は少し首をかしげると、姿勢を正す。
「1年3組、1番。有川 響」
簡潔だった。なぜか出席番号まで入っている。
「え、えーと、それで昨日のことなんだけど」
またこくりと頷く有川。
警戒してしゃべらないのではなく、どうやらこの無口さが有川の素らしい。
先輩相手に態度が悪いと見えなくもないが、特に気にする人間はいない。
「昨日、他校のタチの悪いのをやっつけたのは覚えてる?」
また頷く。
「で、実はその人たちに絡まれていたのがこっちの加奈ちゃんなんだ。加奈ちゃんはとっても君に感謝していてね。ずっと君を探していたんだ。お礼を言いたいって」
また少し首を傾げて、斜め向かいにいた加奈の方を見た。
じっと見つめてくる。
加奈は心臓がびくりと跳ね上がった。
さっきから思っていたが、有川はまっすぐに人を見る。
射るような視線。それは真摯で、ひたむきだ。
こちらの考えが見通される気がしてくる。なんだかまっすぐすぎて、自分が汚いようなものにも思えてくる。
「う、うう…。だ、だめ!そ、そんな目で見ないで!かっこいいんだよ、この男前!すいません!その胸筋がさわりたいとか思ってごめんなさい!」
思わず顔の前に手をクロスさせて視線を遮る。
混乱して思っていたことをまた口走ってしまった。
丸いテーブルで、加奈の両際に座っていた神崎と寺西に頭をはたかれる。
「落ち着きなさい」
「だめよ〜興奮しちゃ。ハウス!」
それで自分を取り戻した。
胸に手をあてて、息を整える。あらためて座りなおし、有川を見つめた。
「あの、昨日は本当に助かったんだけど……覚えてないの?」
「………すまん」
有川はほんの少し眉を寄せた。
どうやら困っているらしい。本当に覚えてないようだ。
加奈は机につっぷした。
「そんなー……。私の運命の出会い……」
神崎はそんな加奈の頭をよしよし、と撫でる。昔から変わらないその仕草に加奈は少しだけ慰められる。
神崎は向かいに座っていた有川にもう一度目を向け、気になっていたことを聞く。
「じゃあ、どうして有川君は連中をやっつけたの?」
「探し物」
「探し物?」
「探し物してた」
まっすぐに神崎に見つめながら言う。
「それで、どうして連中を?」
「そこに落としたかも知れないから」
「えーと、それでそこを探したくてどいてもらおうとしたのかな」
「そう」
頷く。簡潔な言い切り方。敬語も何もない。
「うーん、無駄のない話方だねー」
とらえどころのないしゃべり方に、神崎は少し困ったように苦笑する。
ただ、神崎たちを馬鹿にしているようではなく、無口というかしゃべること自体苦手なようだ。
「あー、ていうか有川!お前なんで単語で切るんだよ!ちゃんと文章でしゃべれ!」
進まない会話にイライラしたように吉川が言う。
「すまん」
またぺこりと有川が頭を下げた。
「…くせで。気を悪くしたらすまん」
相変わらずの無表情だが、声にはすまなさが滲んでいる。
素直に謝られると、吉川としてもなんとも言えない。
「いや、こっちも悪かったよ…」
もごもごと口の中で謝った。
「話を戻すと、探し物してて、邪魔だったから道にいた人にどいてもらった、と。それでそこにいた加奈ちゃんには気づかなかった、てことかな?」
こくりと頷く。
「いや〜ん、加奈ちゃん立場な〜い」
にこにこと笑いながら止めをさす寺西。本人に悪気はない。
「うー、これまでの苦労はなんだったのー……。昨日から興奮して眠れなくてさ、勉強してたらものすごいはかどっちゃうし…。今日は1階から屋上、体育館裏から、校舎裏、職員室まで探したのにー……。私の出会いはまぼろしだったのー…」
「まあまあ。加奈ちゃんの勘違いなんていつものことじゃない」
神崎は苦笑して加奈の頭をまた撫でる。
「そうそう、お前が空振るのなんて今更だろ。気にすんなよ。10回空振るのも100回空振るのも一緒だって」
「加奈ちゃんならご飯食べて寝ちゃったら明日には忘れちゃうって〜」
「あんた達、それは慰めてるの突き落としてるの!」
「えーと、両方?」
加奈はグラスの中身をぶちまけたくなった。が、勿体無いのでやめた。
その様子を見ていた有川がまた加奈に向きなおすと、頭を下げた。
「すまん」
「……え?」
「……よく分からないけど、探してくれたんだろ?覚えてなくて、すまん」
頭を上げると、ほんの少し眉が下がっていた。
ちょっと犬のようだ。

……う。
加奈はまた心臓が高鳴るのを感じた。
か、かわいいかも。
りりしい眼差しも筋肉質な体も魅力的だが、この無表情が崩れる時がぐっとくる。

「い、いや、こっちも勝手に勘違いして、勝手に暴走しちゃっただけだから……」
珍しく素直に謝る。
「でも、苦労したんだろう。すまん」
またぺこりと頭を下げた。

だ、だめだー。
有川ツボ!めっちゃツボ!

心の中で悶える加奈。

「でもさ、お前有川探す時、なんですぐ分かんなかったの?」
「え?」
唐突に吉川が聞いた。
「いくら顔覚えてないって言ってもさ、この髪は特徴あるじゃん。これ言えば俺一発で分かったのに」
「そうだね。俺もこの髪の毛は見たことぐらいあったのに」
「そうね〜。私も知ってた。名前とかクラスとかは知らなかったけど。」

……髪?
そう言われて、加奈は初めて有川の髪に目を向けた。

有川の髪は、白かった。
耳にかかるくらいの、少し長めの髪は根元から真っ白となっていた。
その体格からそんなことはないだろうが、後ろから見たら老人と間違えることもあるかもしれない。
だが、艶がありガラス越しの日差しを受けて輝いていた。
確かに、校則が自由の翔耀とは言え、ここまで派手な髪はそう見ない。

「わー、真っ白……」
「もしかして、気づかなかったの?」
「うん」
加奈は普通に頷いた。
気の知れた3人はそろってため息をついた。
「な、何よ!その態度!しょうがないでしょ!当たり前でしょ!見なさいよこの体!」
そこで加奈は大きな音をたて立ち上がり、有川の傍らに寄る。
そうして一つ一つその細身でありながら筋肉質な体に指を差していく。
「この後背筋、上腕二頭筋、胸筋、腹筋、大腿筋!これが目の前で動くのよ!あっという間にあいつらを倒したのよ!この、芸術品が!目が行くのはこっちでしょ!むしろある意味他はおまけでしょ!」
「……それが女の言うことか」
「加奈ちゃん、そんなに筋肉フェチだったっけ?」
「昨日から!」
「……」
言い切られて、三人は黙った。
もはや言うことはない。

そこでずっと黙って、またもやされるがままになっていた有川が、傍らにいた加奈を見上げた。
「……お前、面白いヤツだな」
そうして、初めて表情と言える表情らしいものを浮かべた。

目尻をさげ、口角を上げる。
それは、わずかなものだったけど、笑顔と言い切れるものだった。
思った以上に、やわらかな表情。

「ぐはっ」
至近距離にいた加奈は直撃を受け、鼻を押さえたままその場にしゃがみこんだ。
だ、だめ、もうだめ…。
参りました…。

「だ、大丈夫か」
慌てて加奈に手を貸そうとする有川。
それを向かいにいた神崎がやんわりと止めた。
「あー、いいからいいから、大丈夫だから。たぶん今有川君に触られちゃったらもっと大変なことになっちゃうから」

「でも、叶ちゃん…」

3人が飲んでいたものを吹いた。
「な、な、何言ってんの有川?」
吉川が口元を腕でぬぐいながら聞く。
有川が無表情のまま首を傾げる。神崎にそのよく通る声で問いかける。
「そう呼べと、言ってなかったか?」
神崎はそう言われてようやく自己紹介の時に自らそう呼べと言ったことを思い出した。もちろん本気ではなかった。
「あ、そっか、そうだね。言った言った。うん、オッケーオッケー、叶ちゃんでどうぞ」
ペーパーナプキンでテーブルを吹きながらそう答える。
「おもしろ〜い!素直〜!びっくりした〜!かわいい〜!」
寺西が腹を抱えて笑っている。
有川はどうしてそこまで受けているのか分からない様子で首を傾げたままだ。

「加奈!」
なんとか復活した加奈が突然立ち上がり、有川の肩に両手を乗せ、向き直る。
「…?」
「加奈!加奈で!加奈って呼んで!加奈でよろしくお願いします!」
上から見下ろす形で有川に迫る。
迫られた方は気おされたように、椅子に座ったままで背中をのけぞらせた。
「わ、わかった」
「はい、ではどうぞ。プリーズコールミー!」
「か、加奈」
薄い唇から、よく通る低い声がこぼれる。

「う」
加奈はまたしゃがみこんだ。

「だ、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、しばらく放っておいて上げて」
自分も落ち着きを取り戻した神崎が片手をひらひらと降る。
「あー、結構面白いな響ちゃん」
「そうね〜、想像以上〜」
「……こんな抜けたヤツだったんだ」
それぞれの好き勝手な感想を述べる面々。

「ね、響ちゃん」
神崎が、特有のやんわりとした口調で話しかけた。
有川は一瞬、自分を呼ばれていると認識できなかった。少し目を丸くしている。
「あ、響ちゃんてイヤ?俺が叶ちゃんだからね。有川君が響ちゃん。響ちゃんと叶ちゃん。かわいくない?イヤ?」
1テンポおいてから有川は首を横に振った。
神崎はにっこりと笑う。
いつでもにこやかな神崎だが、より笑うとなぜか胡散臭さが先にたつ。
「そ、よかった。響ちゃんさ、部活とかやってる?」
「いや」
「そっか。それじゃさ、習い事とか委員会とか塾とか、とにかく放課後なんか用事があったりする?」
「……たまに、道場に行く。後は夕飯を作るぐらいだ」
うんうん、と頷く神崎。浮かべているのは胡散臭い笑顔。
「じゃ、さ。結構放課後暇人だよね?」
なんとも答えない。質問の意図がよく分からないようで、無表情に首をかしげている。
神崎が有川の机の上に置いてあった手をとった。

「一緒に俺達と生徒会やりませんか?」






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