「てことで、前の学校ではべったりだったみたい〜、あの2人」 「へー、じゃあなんでうちに来てからは全く接することがないんだろう」 「う〜ん、わかんな〜い、お話聞いた人もびっくりしてた〜、それこそ本当にいつでも一緒だったらしいから〜」 「なんでうちに来たの?」 「なんかね、中学生活の最後のほうで、響ちゃんが事件起こしたらしいの〜。それで、離れたうちの学校にくるこになったみたい〜。うちお金で何でも片がつくし〜」 「はっはっはっ、生徒会長としては耳が痛いな。しっかし響ちゃんが事件、ねえ…」 のんびりと、少々男らしい黒いシステム手帳をめくりながら、寺西が神崎に報告していた。 神崎は黒くまっすぐな髪をくしゃくしゃとかき回して眉をしかめる。 「意外よね〜、なんか誰かを怪我させたとかなんとか…」 「怪我あ?ますます嘘くさいな」 「ひっど〜い、せっかく調べたのに〜」 「いやいや、幹ちゃんは信じてるさ!」 1人暮らしにしては贅沢な1LDKの神崎の部屋。 リビングで生徒会メンバー4人が丸くなって会議をしていた。 神崎の作った簡単な料理をつまみながら、お互い持ち寄った情報を交換する。 後ろには加奈の汚い字で書かれた『打倒麻生!作戦会議』と書かれた紙が貼られていた。 神崎は可愛らしく拗ねる寺西をなだめると、隅っこで小さくなっている後輩に視線を移す。 「ヨッシーは?」 「俺のほうは特に収穫ありませんでした。、麻生に友達らしい友達がいませんし、麻生と有川の関係について知ってる奴は勿論いません。というか2人が親しいことについて知っている奴がいませんでした。全く接触ないようですね」 「やっぱりないんだ。うーん、」 「麻生はだいたい1人でいますけど、特に浮きもせず、うまくやっているようです」 「なんというか、あの子らしいねえ」 「あ、それと有川が3年の溝口とからへんに絡まれていたって話」 神崎は首を傾げて、なんの話かと思い出そうとする。 しばらく考え込んで、有川がガラの悪い3年に絡まれたことがあった、ということを記憶の底から引っ張り出す。 「ああ、あったね、そんな話。どうしたの?」 「有川にその後何もないのは、麻生が手を回した結果のようです」 「あー、溝口とかは親の権威をかさに来てるしね。それ以上の権力がきたら弱いよなあ」 「うふふ〜、社会の縮図ね〜」 「ねー。麻生さんが手を回したねえ」 更に困ったように頭をガシガシとかき回す。 腰のある硬質な髪はくせがつくことなく、すぐに元の位置に戻る。 そうして最後に、ずっとむっつりと不機嫌そうにしていた年下の従妹に話しかける。 「加奈ちゃんは?」 「ダメよ、蹴っても殴っても馨ちゃん口割らないし。あの女と有川が仲がいいっていうムカツク事しか言わなかったわ」 「いや、あんまり人様に暴力振るわないでね、お願い」 「あいつ、私がどんだけ本気で殴っても痛そうじゃないし!」 「さすが道場やってる人は違うな………」 「なんか小さい頃から有川の傍には必ずあの女がいた、とか、そんな話ばっかり!!」 「はいはいはいはい、押さえて押さえてクッション破かないで」 今にもクッションやらフローリングに直に置かれた皿などを投げ出しそうな加奈を、神崎がなだめるように頭をポンポンと叩く。 加奈は相変わらず、唇を尖らし、しかしから揚げを一個を口に放り込んで黙りこんだ。 そんな従妹を苦笑しながら見つめて、神崎は空いたコップにジュースを注いでやる。 「それで?」 「ん?」 「それであんたはどうだったのよ」 ジュースを一気飲みをして、一息つくと自分に似た隣の男を見上げる加奈。 神崎が天井をちらりとみて、自分のグラスを取る。 「んー、まあ分かったことがありました」 「何よ、早くいいなさいよ!ほら言えさあ言え!」 「はい、落ち着いて落ち着いて」 今にも神崎の襟首に掴みかかりそうな加奈を、寺西や吉川も一緒になって止める。 肩で息をする加奈を3人でなだめると、神崎はグラスを空けて一息つく。 「あの麻生さんちのことだしさ、ちょっと兄さんの力も借りちゃった」 「湊に?」 「そ。やっぱガード固いしね」 「湊もあんたも顔広いしね」 「まーねー、それで分かったことはね…」 麻生が生徒会室に入ると、待ち受けたように有川以外4人のメンバーがすでに席についていた。 「あら、皆さんおそろいですね。ちょっと遅くなりましたでしょうか」 変わらぬ女性らしい柔らかな微笑みで、集まる視線を静かに受け流す。 加奈の険の篭もった視線も、寺西の面白がるような視線も、吉川のどこか心配そうな視線も気にすることはない。 いつもどおり穏やかに笑っていた神崎が、頭をゆっくりと振る。 「いやいや、大丈夫だよ。俺らが早めに集まっただけ」 「それはよかった。響はクラスの用事で遅くなります」 「知ってるよ、だから今日にしようと思ってね」 そこでいまだドアの前に立ったままだった麻生が首をかしげた。 古風な長い三つ編みが、かすかに揺れる。 「何かしら、響抜きで私にお話したいことでも?なんだか不穏な空気ですね」 「そう、ちょっと君に聞きたいことがね」 どこか面白そうに、貧相なまでに痩せた少女は加奈にちらりと微笑みかける。 加奈が口を尖らせて睨み付けると、一つ笑って神崎に視線を戻した。 「なんでしょう?といっても、響のことでしょうけど」 「そう、君にとって響ちゃんがどんな存在か、ってことをね」 笑いながらもどこか挑むような神崎の視線に、見下ろす麻生は揺れることはない。 ただ微笑んで立っているだけだ。 「そのことについては、響が前に自分で言っていませんでしたか?」 「言ってたっけ?」 「ええ、私は響の一番大切な人間。ただそれだけです」 「ふざけんなー!!!この女ー!!!」 何でもないことのように告げる麻生に、加奈は机から立ち上げる。 即座に横の吉川に肩をつかまれ席に戻された。 「放しなさい!放せこの馬鹿慎二!あいつ殴るー!!!」 「あほか!お前が出てったら話が無意味にややこしくなるんだよ!」 「うがー!!!」 まるで猛獣のように暴れる小柄な少女を、同じく小柄な少年が後ろから羽交い絞めする。 向かいに座っていた寺西と神崎の制止も加わり、ようやく加奈は席につく。 麻生はその様子を、ただ楽しげにくすくすと笑って見ていた。 その余裕とどこか悪意に満ちた笑顔に、悔しげに加奈が唇を噛む。 神崎が肩をすくめてため息をついた。 「話が進まないから、あんまり加奈ちゃんを刺激しないでよ」 「私は、本当のことを申し上げたまでです」 「全く、そんなにお兄ちゃんが大好きなのかな?」 穏やかな笑顔がすっと消えた。 すべての感情を消したような、静かな無表情が表せる。 「響お兄さんが、そんなに好き?」 「……どういうことかしら?」 更に告げる神崎に、麻生はそれでも乱れのない声で問い返す。 打って変わって笑顔を増した神崎が立ったままの少女を見上げ、唇を舐めた。 楽しげな、どこか蛇を連想されるような鋭い視線で麻生を見つめる。 「有川響は麻生天音の息子。同じく麻生天音の娘である君の、腹違いのお兄さんだよね?」 |