先輩の形のいい口から出た言葉に、誰一人として反応は出来なかった。 勿論、俺も。 「え?」 「は?」 「土下座してください。俺の前で這いつくばって、惨めたらしくお金くださいって言ってください」 先ほどよりもゆっくりと先輩が子供に教えるように繰り返す。 俺の聞き間違いじゃなかったのか。 「な」 「何言ってんだよ、馬鹿じゃねえの!」 今度は理解したらしく、当然のようにいきり立った義父と和樹は立ち上がりテーブルを叩きつけ先輩を睨みつける。 たいして先輩はにっこりと笑ったまま動じない。 「お前、頭おかしいんじゃねえの!」 「君は常識ってものを知らないのか!」 唾を飛ばして怒鳴り散らす二人と裏腹に、母さんは俯いて顔を青くしたままだ。 先輩は、綺麗に背筋を伸ばして座ったまま、穏やかに話す。 「おかしなことをおっしゃいますね。こちらとしては、好意でお貸しするんですよ?こんな大金、おいそれとお貸しできる訳ないでしょう。少なくとも誠意ぐらいは見せていただかないと」 穏やかな口調と優しい笑顔は、しかし余計に聞く人の不快感を煽る。 先輩が人に喧嘩を売っているのは何度も見たが、こういう風に売ることも出来る人なんだな。 「何が好意だ!馬鹿にしやがって!」 「まともな人間とは思えないな!さすが君もカタワの仲間だな!」 「別に構わないですよ?こちらとしてはお貸しするメリットなんて何一つありません。先ほど申し上げた通り、貴方方は訴えられても文句は言えないお立場です。7年前に柏崎さんが金でカタをつけたのは、一刻も早く貴方達と手を切りたかったからです。あの時柏崎さんが貴方達を糾弾すれば、引っ越しどころの騒ぎじゃなかったんです。何か勘違いされてませんか?貴方達は決して有利な立場ではないんです」 憤る義父と和樹に対して、先輩はまるで教授か何かのように教え諭す。 言葉に詰まる二人に、先輩は満足げに笑って、俺を顎で指す。 「俺としては、こいつを3年とちょっと養育していただいた恩返しとしての提案だったのですが、同意していただけないのでしたら仕方ないですね、それでは交渉決裂ということで」 そしてテーブルに置いたままだった小切手を胸ポケットに戻そうとする。 「ま」 「待って!」 先輩を制したのは、予想した和樹でも義父でもなく、高い女性の声だった。 全員の視線が、声の主に向かう。 「………待ってください」 最初の声とは打って変わって弱々しくか細い声で、母がつぶやくように言った。 顔は相変わらず真っ青で、今にも倒れてしまいそうなほどに震えている。 けれど自分を奮い立たせるように一つ頷くと、俺の方を向いた。 「守、貴方は、私が、一番憎いんでしょう」 「え」 「貴方が、そんな風になじりたいのは、私なんでしょう」 母は目に涙を浮かべて、俺を睨むように見つめている。 この展開で俺に水が向けられると思わずに、間抜けにも声が出なかった。 なんで俺?と聞こうとも思ったが、その前に母は涙を流した。 「分かってるわ、憎いわよね。そうよね」 憎いか憎くないかと言われれば、微妙なところだ。 二人でいた時、必死に夜も昼もなく働いて俺を育ててくれたことは、どうしても忘れられない。 俺に優しく話しかけ抱きしめてくれたことも、一緒にお絵かきしたことも忘れられない。 母は弱いだけで、安住の地を手放したくないだけで、母なりに苦労していたのも知っている。 恐らく最初は、母が俺にいい子にしろと言ったのは、本当に俺のためだったのだろう。 あのまま母一人に育てられていれば、俺は大学までいけたか分からない。 いつしか、その感情は変わってしまったのだけれど。 呆れて、諦めつつはあるけれど、和樹と同じように憎いかと言われれば、憎み切れないのだ。 「ごめんなさい。私が、悪いのよ。私が、新しい家族を貴方より大切にしてしまった、私が。私が、悪いの」 「………」 「貴方より、和君を優先させてしまった、私が、悪いのよね。貴方がいると、この家は皆ギスギスしたわ。それで、貴方に辛く当たってしまった。本当にごめんなさい」 母の中では、そうなっているのか。 別に俺は貴方が和樹を優先させようがなんだろうが、諦められた。 ただ貴方が、俺のことも見ていくれれば、それでよかったんだけど。 それにやっぱり俺が悪者なのか。 まあ、でも確かに俺がいることで、家族の和を乱していたことは確かだ。 それならさっさと、実父に押し付けるなり、施設に入れるなり、してくれればよかったのに。 どこまでも、俺達の気持ちは交差しない。 「守、本当にごめんなさい」 急速に冷えていく母への想いと共に、馬鹿馬鹿しくなってきた。 過去は過去、現在は現在。 大切な人と一緒にいるためにも、きちんと過去を、断ち切ろう。 この胸の痛みは、貴方達につけられる、最後の傷。 「私が、頭を下げます。それでいいでしょう?それで、貴方は満足するでしょう?本当にごめんなさい」 「義母さん、そんなことすることない!」 母が前に出て頭を下げようとした時に、予想外に止めたのは和樹だった。 和樹は真剣な顔で、頭を下げようとする母の肩を抱く。 「………和君」 「義母さんが、そんなことすることないんだ!義母さんは何も悪くない!俺が、義母さんに構ってほしくて、あんなことをしたから」 泣きそうな顔で母の丸い肩を抱きしめる和樹に、母はまた涙を流す。 和樹の優しい言葉に感じ入ったのか、母は和樹の腕をつかむ。 その手を、和樹は握りしめる。 「義母さん、ごめん、義母さん。そんなことをすることはないんだ」 「でも、和君」 「いいんだ」 目の前で繰り広げられるホームドラマのような光景が、それこそ液晶画面の向こうのように遠く感じた。 7年間、俺の知らない黒幡の家。 その間、この人達は本当に家族としての絆を深めていたらしい。 ああ、やっぱり俺がいなくなって正解だったんだ、と冷めた感情で思った。 「いいえ、いいえ、和君。私が悪いの。あんなに和君を荒れさせてしまったのも、私が貴方の気持ちを分かってあげられなかったから………」 「荒れてた俺を見捨てないで、ずっと傍にいてくれて、ようやく気付いたんだ。義母さんが、俺をずっと俺を見守っていてくれたってこと」 「和君」 「悪いのは、全部俺なんだ。ごめん、義母さん」 目の前で目を真っ赤にしている男が別人のようで、思わず瞬きしてしまう。 俺を罵って殴った男とは思えない、真摯な表情と熱い言葉。 不思議だ、人ってこんなにも対面する相手によって態度を変えられるのか。 ああ、違った。 そもそも俺はこの人達の前で人間ではなかった。 「それで、このスラップスティックはいつまで見学してればいいんでしょう」 「え」 感動的な一場面を繰り広げる母と和樹に、呆れたように割って入ったのは傲慢な声だった。 抱き合う二人を、汚いものでも見るかのように見下してため息をつく。 「だから、勘違いなさらないでください。お金をお貸しするのは俺です。俺は貴方個人に対する恨みも何もありません。ただ、金を貸すのだから、誠意を見せろって言ってるんです。俺が要求しているのは家族全員の土下座です。貴方一人の土下座なんて、幼稚園児の落書きほどにも価値はありません。貴方の土下座でこの金額が貸してもらえるとでも?随分ご自分に自信がおありなんですね。いや、素晴らしい」 最後にはご丁寧に手を叩く先輩に、母さんは耳まで真っ赤にした。 自分の決死の覚悟を嘲笑われた上に、価値がないと言われたのだ。 怒りか羞恥か、まだ半泣きの状態で視線を床に落として拳を振わせる。 「お前!」 「暴力はよくないですよ、と申し上げたばかりですが。というか貴方が俺を殴れるとでも?」 和樹がそんな母を見て激昂し、先輩に掴みかかろうとする。 けれど先輩はぴくりとも動かずに、鼻で笑い飛ばす。 この前の圧倒的な暴力は身にしみついているのか、和樹は動きを止める。 「もうよろしいですか?俺達はそろそろ失礼させていただきます」 そんな和樹を見て皮肉げに笑うと、先輩は今度こそ小切手を胸ポケットに入れ立ち上がる。 俺も慌ててその先輩の後を追って立ち上がる。 「あ」 「残念です。下のお子さんの私立受験の準備もしていたとか?学費が安いとはいえ、一人暮らしで院まで行くことを考えている上の息子さんもいるし、これから苦しいですね。せめてローンだけでも完済できれば違ったんでしょうが。お助けできるかと思ったのですが、出過ぎた真似だったようです。申し訳ございません」 そうして王侯貴族のような優雅な仕草で、くるりと踵を返す。 なんでそんなことまで知っているのか疑問だったが、聞く前に呼びとめる声が背にかかった。 「ま、待ってくれ」 「はい?」 「………待ってくれ」 先輩がもう一度振り返り、苦渋に満ちた顔をしている義父を見下ろす。 義父はテーブルの上で拳を握り、しばらく黙ったまま歯を噛みしめていた。 先輩は急かさず悠然として、そんな義父を見ていた。 「土下座、でいいんだな」 「あれ、するおつもりですか?」 「………っ。したら、金を、貸してくれるんだな」 先輩がちらりと俺を見て、肩をすくめた。 人を馬鹿にするのが心から好きな先輩の楽しそうな顔は、いつだって凶悪だ。 「父さん!?」 「あなた!」 義父の言葉に、和樹と母が驚いた声を上げる。 義父は少しだけ家族に対して笑って見せる。 「………家族の、ためだ」 「素晴らしい家族愛ですね」 先輩はまた手を叩いて褒め称える。 こんだけ人を不快にさせる拍手を、俺は聞いたことがない。 「だが、せめて、俺だけで許してくれないだろうか」 「父さん!」 「あなた!」 義父の悲痛な頼みに、和樹と母は涙ぐんで義父の体にとりすがる。 先輩はその姿ににっこりと優しい笑顔を浮かべる。 「なんて麗しい家族愛なんでしょう。俺は感動で涙が出そうです」 「じゃあ」 「でも俺は言ったはずですよ?家族全員で、と。素敵なご家族なんですから、並んで仲良く皆で頭を下げればいいじゃないですか。ていうか、いい加減飽きてきました。これ以上俺の気分を害さないでくれますか?気が変わりそうです」 「………っ」 清々しいほどまでに容赦のない言葉に、三人揃って、憎々しげに先輩を睨みつけた。 今までも極悪な先輩は何度も見てきたけれど、まだまだ俺は甘かったのかもしれない。 「いいわ、あなた、私、やります」 「父さん、俺も」 「………すまない」 目の前のちっぽけでみすぼらしい家族は、美しい一幕を演じる。 撮影して、昼の時間帯にでも流せば好評を得るんじゃないだろうか。 俺は隣の先輩にだけ聞こえるように、小さく囁く。 「………先輩、俺達完全悪役じゃないですか」 「困窮した家族に手を差し伸べると共に、礼儀まで教えてやってるんだぞ。しかもボランティア。完全無欠のヒーローだろうが」 「はあ」 そんなことを話している間にも、三人の心の準備は整ったらしい。 三人並んで先輩の前にひれ伏す。 なんだか出来そこないの喜劇のようで、乾いた笑いしか出てこない。 これこそスラップスティックだ。 「はい、では元気よくお願いします。ちゃんと頭を床になすりつけてくださいね。ああ、和樹さん、頭が高いですよ」 「………っ」 「なんですか?」 耳を真っ赤にさせて顔を伏せながら先輩をねめつける和樹に、先輩はにこにこと笑っている。 しかし唇を強く噛みしめると、黙ってもう一度頭を伏せた。 今度はきちんと床に額をなすりつける。 先輩はノリノリで更に黒幡家を追い詰める。 「じゃあ、お願いします、お金を貸してくださいって言ってみてください」 『お願い、します、お金を、貸してください』 バラバラと揃わないか細い声が、居間に響く。 けれど先輩は許さない。 「はい?何か言いました?」 『………お願い、します!お金を、貸してください!』 「なんだか嫌々に聞こえますね。俺は誠意を見せて欲しいだけなんですが」 『お願いしますっ、お金を貸してください!』 「うーん、まだ伝わってきませんが、貴方達のつむじ見ててもつまらないので、これぐらいにしておきましょう」 その言葉を聞いて安堵した三人は顔を上げる。 なんていうか、本気で俺達、完全に悪役だ。 自分が悪人にように思えてくる。 いや、今現在俺達は紛れもなく悪役かもしれない。 でも確かに、自分の意のままになる人を弄ぶっていうのは、罪悪感と背徳感にまみれた快感だ。 俺と言う玩具をとことん嬲った、和樹の気持ちが分からないでもない。 「ああ、そうだ。やる気のある奥さんにはもう一個サービスです。俺の足でも舐めてくれます?」 また先輩がとんでもないことを言いだした。 更に続く人の尊厳を踏みにじる発言に、当然三人はまた感情を荒げる。 「な」 「土下座すればいいって!」 「お前!」 「ここまでごねられた上に、カタワ?ですっけ?そんな旧石器時代みたいな言葉で罵倒されて、俺も十分傷ついてるんですよね。慰謝料代わりにいただいておきます。それとも訴えられたいですか?」 冷静に考えれば証拠も何もないし、むしろ証拠があったらこの場で訴えられてもおかしくないのは俺達だろう。 しかし先輩はそんなおかしさなんてまるで感じさせず、この場の支配者のように君臨する。 母が涙を流して、頭をうなだれる。 それは見ていると胸が痛くなりそうな光景だった。 「………義母さん、やることなんて、ない」 「………」 和樹は先輩を睨みつけて、母の肩に手をかけて止める。 義父は妻と同じように頭を項垂れて、何を言わない。 「どうやら息子さんの方が旦那さんより愛情深いみたいですね」 「………っ」 心底呆れたように肩をすくめる先輩に、真っ赤になる義父と和樹。 けれどその二人を制して、母は顔を上げた。 きっと先輩を強い視線で見つめて、落ち着いた口調で言った。 それは戦う決意に満ちた、強い女性の顔だった。 この人は、そんな顔も出来るのか。 家族を守るためなら、出来るのか。 俺は、知らなかった。 「いいわ、私、やります。それで、いいんでしょう?」 「ええ。靴下脱がすところからどうぞ」 一回躊躇ってから、それでも膝を滑らせて先輩の足元にまで来て、その足に手をかけようとする。 そこで俺は我慢が出来なくなった。 「先輩、やめてください」 「ん?」 「やめてください」 俺の言葉に全員が動きを止めて、俺の顔を見つめる。 これ以上は、見ていられなかった。 「……守」 母が俺が止めたことに感動したように期待を満ちた顔で俺を見る。 俺はそれを無視して先輩を見上げた。 「あんたの足が、あんな人に舐められたら汚れます」 「あ?」 「勿体ないことやめてください」 先輩の足を舐める権利は、俺だけにあればいい。 まあ、他の女たちにも舐めさせてるのかもしれないけれど、それはとりあえず置いておこう。 あんな人に舐めさせるなんて、勿体ない。 先輩の綺麗で他に代わりのない体を、価値の分からない人間に触れさせる気はない。 「………」 母が傷ついたような顔で俺を見ている。 それを見て暗い喜びを感じてしまった自分が、忌々しかった。 なんとも思ってなければ、こんな感情も浮かばないだろうに。 「あっはは、そりゃそうだ。確かにこんなおばさんの唾なんて付けられても臭いだけだな」 「………っ」 愉快そうに笑う先輩の発言に、母唇を噛みしめる。 今度ははっきりと怒りと屈辱が表に出ていた。 「代わりにヌードでもさせるか?」 「見たくないです」 「経産婦の妊娠線ってのも、それなりに悪くないぜ?」 「趣味悪いです。ふくよかな女性は嫌いじゃないですが、この人のは見たくないです」 「まあ、俺も見たくないな」 他の中年女性ならいいかもしれないが、実母のヌードなんて金を詰まれても見たくない。 母はどう受け取ったのか、拳を握りしめてぷるぷると震えていた。 「それじゃ、もういいです。邪魔です」 「義母さん!!」 先輩が足元にいた母を軽く足で蹴りあげ、床に転がす。 慌てて和樹が近づいて抱えあげる。 痛みはないだろうが、蹴られたと言う衝撃は大きかったらしく呆然としていた。 「金がないってのは、切ないものですね。こんな惨めなことしなきゃいけないなんて。俺なら絶対したくないです」 下衆っぷりを遺憾なく発揮して、同情に満ちた言葉で見下ろす先輩。 寄り添いながら支え合う、互いを想い合う美しい家族。 これが何かの物語なら、俺達は最終回近くで酷い目にあうな。 そんな先輩を見ていて、感心のため息が出てしまう。 どこまでも、誰よりも強い、俺の大切な人。 「先輩、清々しいまでの外道っぷりに、惚れ惚れします」 「そうだろうそうだろう」 「はい、見ていて興奮してきちゃいました」 「この変態」 先輩の鬼畜さに、全身が熱くなってきてしまった。 こんな風に先輩に扱われたら、俺だったらすぐにもイってしまうかもしれない。 ゾクゾクとして、目が潤んできてしまう。 「しょうがねえな」 俺が欲情していたのが分かったのが、先輩は苦笑して俺の唇をすっと撫でる それだけで体が震えあがってしまった。 「では皆さん席についてください。皆さんの欲しくてたまらない金を差し上げますから」 「………」 「勿論お渡ししますよ。俺は皆さんと違って、約束は守りますので」 疑いの眼差しで先輩を見上げる人達に肩をすくめて先輩は自分も席についた。 俺も先輩の隣に座り、すっかり意気消沈した三人はよろよろと向かい側につく。 先輩は、小脇に抱えていた書類袋から、何枚かの書類を取り出しテーブルに広げる。 「こちらが借用書と、それに付随する条件を記載した書類です。こちらの書面とこちらの書面にサインを。無利子で金をお貸しすると記載してあります。よく見ておいてください。控えもありますので、双方違いがないかもよくご確認ください。後で詐欺だなんだと言われたくありませんので」 「………」 義父が代表して、書類をのろのろと手に取り、じっくりと読む。 いつのまにこんな書類まで用意していたんだろう。 いや、そもそも金はどこから。 こんな人達に、金なんて渡さなくてもいいのに。 でも俺の発言を挟ませない先輩に、何も言えなくなる。 後で、何もかも聞かなきゃ。 「はい。ではこちらが小切手となります。一通り記載されていることをご確認ください。銀行の印と拒絶証書不要の記載もあります」 「………ああ」 「よろしいですね。それではこれで契約成立です」 義父が書類にサインを行い、小切手を受け取った。 先輩も書類を受け取り、ざっと目を通して頷く。 「税務署に目をつけられたくなければ書面に記載通り、年にいくらかは返却しているという記録は残しておいてくださいね。不明な点がありましたら、新堂弁護士事務所にご連絡ください。こちらには今後一切、接触なきようお願いします」 「………」 言われなくてももう関わり合う気はないだろう。 そんな表情だった。 少しだけ哀れに思いながら、俺の家族を見つめていると、隣から不意に声がかかった。 「それでいいな、守?」 嵐のような一時の最後の最後。 先輩はぼんやりとやりとりを見守っていた俺に、判断を委ねた。 |