カキンッ、澄んだ金属音が校庭に響き渡る。 抜け渡る青い空に、白い球体が溶け込んで太陽の光を受けて輝く。 歓声、指示を飛ばす野太い声、仲間への掛け声。 夏のうだるような暑さと、青い空に溶け込んだ、フェンスの向こうの景色。 一つ一つがパワーを持って、押し寄せてくるような気がする。 その中心、校庭の真ん中の少しだけ高いところに、彼はいた。 遠くからでもよく分かる、長身、背筋の伸びた背中。 盛り上がった腕に、引き締まった眉、鋭い眼差し。 「渋谷…」 俺はいつでも、フェンスのこちら側でただあいつを見ている。 渋谷は、美しい、なんて恥ずかしい形容詞が出てきてしまう動作で、ボールを投げる。 無駄のない、綺麗な手足の伸縮、それはなんだか絵のようで。 胸を焦がす焦燥にも似た、もどかしい何か。 叫びだしたいような、逃げ出したいような、悲しいような。 渋谷を見ているだけで、苦しくなる。 「…渋谷」 思わずつぶやいて、フェンスを握り締めてしまう。 その握った自分の手の白さに、唇をかみ締める。 貧弱な白い手足、低い背、情けない女顔。 俺の持つ体のパーツすべてが、俺のコンプレックス。 それに比べて、渋谷の余計なもののついていない、男らしく綺麗な体。 遠くからでもよく分かる、長身、背筋の伸びた背中。 盛り上がった腕に、引き締まった眉、鋭い眼差し。 そして、引き締まったケツ。 「くっそー、犯してー!!!!」 あの締まったケツに俺のモン、ズコズコつっこんでひーひー言わしてー! 体中嘗め回して、アンアン善がらせてー! あいつのデカ○ンから死ぬほどザ○○ン飛ばして、汁男優にぶっ掛けられたみたいに汁まみれにして、ボロボロになるまで犯してー! あいつのいつも無愛想な顔が泣き顔になって、快感で赤くなって、苦しそうな顔させて! 「……大輔、顔がヤバイ」 「うおお!」 絶好調妄想中に、後ろから急に声をかけられて、俺は思わず声をあげた。 フェンスがガシャンと音をたて、校庭にいた何人かはこちらに目をやる。 俺はバクバクと激しく波打つ心臓を押さえて、後ろを振り向く。 そこには予想通りの奴がいた。 身長166の俺より2センチほど背の高いデカ女。 あきれ返った顔でこちらを見ていた。 「い、いきなり声かけんなよ、千夏!」 「校庭で危険思想繰り広げた上、口にしないでよ」 「なんだよ、好きな奴とやりたいって思うのは普通じゃねーか」 「同意の上じゃない場合は犯罪です」 「そこまでぶっとんだ想像してねーよ!単にちょっとこう、縛って無理矢理やっちゃったりしたいなー、とか、そんな年頃の男の子らしいエロ妄想をだな!」 「……大輔、今のうちに捕まっておいたほうがいい気がするわ」 今度は哀れむような目で、大きなため息をつく。 長い黒髪に、高い背に、女嫌いの俺でも美人だと思うような顔立ち。 まるでモデルのような独特の雰囲気を持った女。 いや、乳もでかいからモデルは無理か。 見下されるのは嫌だし、嫌味たらしいし、暗いし、無愛想だし、何より女だが、中々さっぱりした性格で、一緒にいてそこまで苦痛じゃない。 俺の下僕として傍にいることを許している。 一万歩譲って、まあ友達と言ってやってもいい。 「いいじゃねーか、少しくらい!」 「かわいらしい小動物のような外見のくせして、中身は男らしいっていうかなんというか」 「かわいらしい小動物言うな!殴るぞてめー!」 千夏のむかつく言葉に、俺は本当に拳を振り上げる。 しかしこのデカ女は、鼻で笑って軽く受け流した。 そう、俺は低い背に、高い声、なよなよした女顔に、どんなに日に当たっても赤くなるだけで陽に焼けない白い透き通るような肌、筋肉の付かない華奢な手足と、どっから見ても男らしいとは言えない外見だ。 その辺の女よりはよっぽどかわいい自信がある。 「本当に大輔は男好きね」 「おう、大好きだ!いい男は全部俺のもんだ!」 特に好きなのは渋谷みたいな男らしいタイプだ。 汗臭くて、男臭くて、むさくて、筋肉ついてて、荒削りの顔。 でもって真面目で、一本気で、純情で。 ああいうのに突っ込んで、バコバコやったら本当に最高だろうな。 「女の子にも、もてるのに」 「女にもてても嬉しくねーよ!うるせーし、ベタベタしてるし、うざったいし、すぐ泣くし、そのくせどこまでも図々しいしふてぶてしいし!」 「その女を前にして、よくそこまで言えるわね。本当に、女嫌い」 「世界中が男だけになるんだったら、俺はなんだってするぞ!」 「…………」 千夏が黙り込んで肩をすくめた。 そこまで言い切って、こいつも女だったことを思い出す。 「あ、あ、でも、お前は俺の下僕としているのを許してやるからな!」 こんな奴でも、いないと困るからな。 俺が男が好きだってこと知ってるの、こいつだけだし。 恋愛相談とか愚痴とかこぼせる相手がいなくなるのは、困るし。 まあ、男ハーレム世界でも、しょうがないからいるのを許してやる。 そう言うと、いきなり千夏に抱きしめられた。 千夏のFカップのデカイ乳に顔が埋まって、息がつまった。 「あんたって、その馬鹿で素直なところが憎めないのよね」 「苦し、苦しい!お前のデカ乳に埋もれて死にたくねーんだよ!」 「ああ、ごめん」 ようやく離して貰えて、大きく息を吸い込む。 このデカ女は、力まで強くてやがる。 無愛想でほとんど表情をかえないので、次の行動が読めやしない。 「お前な!少しは自分の乳がでかいってことを自覚しろ!」 「さっきから乳、乳って、大輔セクハラ」 「女の乳なんて、見ても触っても全く嬉しくねーんだよ!」 同じ乳なら渋谷の引き締まった大胸筋を触りたい。 とか考えていたら、背にしたフェンスの向こう側から低くてよく響く声が響く。 「神野!」 「うわあ、渋谷!もう、終わったのか!」 俺は再び声を驚いて飛び上がる。 慌てて振り返ると、そこにはいまだ練習用ユニフォームを着たままの渋谷がいた。 俺の驚きに、一回首を傾げたが、男らしい眉をかすかに持ち上げ笑ってみせる。 うう、かわいい。 ハグしてチューして、押し倒してー。 「ああ、今日は早かったんだ。待っててくれたのか?」 「うん、お前話あるっていってたじゃん」 「…ありがとう、お前ぐらいにしか、相談できなくて」 なんだそのかわいい発言! ていうか、もしかしてこいつも俺に気があったりするのか!? もしかして相談って、そういうことか!? クラスも部活も違う渋谷。 近づくのは大変だったが、頑張って付きまとって友達の座を見事ゲットした。 今では全くタイプの違う俺とも、周り公認の仲の良さだ。 「気にすんなって!お前の頼みならなんだって聞いてやるよ。あ、金の相談以外な!」 「ははっ、そんなの期待してないよ。サンキュ」 高ぶる興奮を収めて、冗談めかして返すと、声をあげて朗らかに笑う。 それにまたムラムラしていると、渋谷は着替えてくると言ってまた駆け去っていった。 「おい、おいおいおい、千夏!あれどうよ、あれ!あいつ俺に気がねー!?」 「…いや、普通に仲のいい友達に相談をもちかける図でしょ」 「ばっか!お前あれは恋愛感情だろ!」 「うーん、まあ、そういうこともあるかもしれないけど、たぶんどっちにしろ、大輔が思うようなことはことにはならないでしょ」 「なんでだよ!」 「たとえ大輔に気があっても、それは大輔が女の子みたいだからでしょ」 「女ぽいって言うな!」 「いい加減学習しようよ。また襲われるよ」 そう、俺はこのかわいらしい外見が災いして、男に襲われたこと数知れず。 思えば幼稚園の頃から、変質者との戦いだった。 俺の美貌にクラクラ来るのは分かるが、女と同じぐらい変質者も大嫌いだ。 しかも、好きだった奴に必死にアピールして、あっちもその気になったかと思えば、当然のように俺を押し倒さてきたりしやがった。 その度にボコボコにして逃げたり、むかつくけど千夏に助けてもらったりしてた。 そして失恋だ。 俺の下になる気はないとかなんとか言いやがって。 「まあ、渋谷君は生真面目な体育会系ぽいから、いきなりそんなことはしないと思うけど…」 「あいつは俺がやるんだよ!俺が突っ込むの!」 「でも、体育会系だからこそ、普段からたまっている抑えきれない思春期の暴走とかでがばっと…」 「ばか、ばーか!お前なんて大嫌いだ!千夏のデカ乳!!」 「大輔!気をつけてよ!あんた馬鹿な上に警戒心ないんだから!」 後ろから叫んでくる千夏の声を振り切って、俺はその場から駆け去った。 だか、そんな千夏の心配は杞憂だった。 ムカつくことに。 「は?好きな女…?」 俺の呆けたような力の抜けた声に気付かず、渋谷は赤らめた顔でこくりと頷いた。 一緒に訪れたファミレスで、注文したものが運ばれてきた。 話があるっていったくせに、いつまでも切り出さない渋谷を促すと、あいつはそんなことを言い出した。 「その…、俺野球しかやってこなかったから、女の子ってどうしたらいいか分かんなくて…」 「…お前、もてるじゃん」 野球部のエースピッチャーである渋谷は、もてる。 甲子園出場とか言うまで強くもないが、県内では結構強い方に入る学校だ。 その中でも実力を認められている渋谷は、いつでも女がキャーキャー言っていた。 「いや、でも、今まで女ってあんまり興味なくて、むしろ、うるさいって思ってたぐらいで…」 そんならそのまま男に走れよ! そして俺にやられろ! 女になんて目をやるな! といいたい気持ちをぐっと堪えて、俺は引き攣り笑いをしながら先を促す。 「ど、どんな女なの?」 「あんまり目立たない子なんだけど、同じクラスの女子で、真面目で優しい子で…」 「…なんだそのベタベタな展開」 「え、なんか言ったか?」 「いやいや、なんで好きになったの?」 「なんか、この前朝練がいきなりつぶれた時、朝早く来たら教室に花飾ってて、初めて話したんだけど、いつも彼女が飾ってるらしくて、掃除当番とかも例え1人で真面目にやってて、さりげなく、人に気を使える子でさ」 照れて赤くなりながら、つっかえつっかえその女のことを説明する。 俺はまるで千夏の部屋で少女漫画を読んだ時のように胸焼けしてくる。 なんだこの甘酸っぱい青春を絵に描いたみたいな話。 「それで?俺に何を?」 それは我ながら冷たい声になってしまったかもしれない。 好きな男に呼び出されてのこのこ来てみりゃ、他の女のノロケ話。 ふてくされないほうが嘘だ。 「あ、いやその、どうしたらいいかな、って」 「は?」 「あの子と付き合いたいんだ!」 「へ?」 「どうしたらいいか、アドバイスしてくれ!」 がばり、とまるで土下座にように机にくっつけて頭をさげる渋谷。 そのボーズ頭のてっぺんを見ながら、俺はオレンジジュースを一口すする。 「…いや、なんで俺に?」 「俺の周り、俺と同じ野球馬鹿ばっかりだし、お前だったら女の扱いとか分かるだろ!」 あまりにも的外れなことを言われて、俺は頭が真っ白になる。 どう考えたら、そんなことになるのか、体育会系馬鹿の考えることは分からない。 「なんで俺が女の扱い分かるんだよ」 筋金入りの女嫌いの俺だ。 近くにいる女なんて、千夏しかいない。 しかもあれを普通の女としてカウントしていいのか分からない。 もしかして俺が女顔だからか? そういうこと言いやがったら、たとえ渋谷でもぶん殴るぞ。 しかし渋谷は頭を上げると、まっすぐに俺を見つめてくる。 「いや、お前、さっきの子、増田さんと付き合ってるんだろ?」 「………」 一瞬、何を言われたのか分からなかった。 ごくんと、自分がオレンジジュースを飲み込んだ音が嫌に響いて、それで現実に戻ってくる。 「は!?千夏!?」 「え、違うのか?」 「違う違う違う!そんな訳ねー!!!」 思わず立ち上がって机を叩いて全力で否定する。 あんな女と、っていうか女と付き合うとかありえない。 そんな誤解を好きな男にされているのは大問題だ。 「あ、そうなのか…。でも、お前だったら、俺よりは、女について詳しいかな、と。増田さんと仲いいし」 「それで、俺にアドバイスをくれ、と」 「あ、ああ…」 再び顔を赤らめて俯く渋谷。 純情男のかわいらしい様子に、このままここで押し倒してしまいたい衝動に襲われる。 ああ、これが俺に向けられた表情だったらよかったのに! 好きな男が別の女とくっつくために協力するなんて冗談じゃない。 ていうかそもそも女なんて俺に分かるわけないし。 知りたくもないし。 全力でお断りしようとして、俺はあることを思いついた。 しばらく考えてから、渋谷に笑いかけてやる。 「……いいぜ、協力してやる」 「本当か!?」 「ああ、勿論、お前の頼みだもんな」 「ありがとう!神野、ありがとう!!」 本当に嬉しそうに何度も頭を下げるかわいい渋谷。 俺はにっこりと笑って、強い決意を胸に抱く。 ぶっつぶしてやる。 相談にのってこいつの信頼を得て、更に失恋したところを優しくしてつけこんで押し倒す。 イッツパーフェクト! 我ながら惚れ惚れとする計画に、俺は楽しい明日を思った。 |