「てことでだ、千夏。お前がやられて嫌な告白方法ってなんだ」
「……されたい告白じゃないの?」
「ばっかお前、それじゃうまくいっちゃうじゃねーか!」

綺麗に焦げ目のついた卵焼きを口にしながら、千夏は軽いなため息をついた。
ちょっとムカっとくるが、気にしないことにしてクリームパンを齧る。

「幸せな青少年の恋を邪魔するのはよしなさいよ」
「お前、俺の幸せは大事じゃないのか!千夏の癖に生意気だ!」
「やめてよ、その○び太みたいな言い方」
「てことは俺はジャイ○ンか!?俺は音痴じゃねー!」
「誰がそんなこと言ってんのよ」
「そうだよ、余計なこと言って話を逸らすな、さっさと教えろ」

再度千夏は、今度は深く深く肺の中の空気をすべて吐き出すように息をついた。
そのあきれ返ったような態度に腹が立ったが、俺は顎を突き出して更に先を促す。
千夏は3度目のため息をつくと、肩をすくめた。

「そうね…、私がされて嫌だったのは、告白というか、付きまとわれるのは迷惑だったわ」
「付きまとわれる?」
「朝登校中一緒になるし、帰りも一緒になるし、偶然装って街中で会ったり、特に好きだとも言われないで、ただひたすら付きまとって、冗談めかして運命だとか言われるのよ。本当に迷惑だったわ」
「何それ!キモ!ウザ!」
「ひたすら無視しても2週間くらい続いたけど、さすがに我慢できなくて殴り倒して警察突き出すって言ったら来なくなったけど」

千夏はまあ、見た目はそこそこ悪くないから、男にモテる。
本人はそこまで男に興味がないらしく、適当に付き合うがそこまで深い仲になった奴はいなかった。
これで男好きな上に男の趣味が一緒だったら、俺はこいつとは一緒にいれなかっただろう。
まあ、なんか独特な雰囲気を持っているせいか変な奴にも好かれたりする。
いつも気をつけろと言っているのに、警戒心がないのかこの女は。

「2週間も我慢してんじゃねーよ、ばーか!お前は隙がありすぎなんだよ!」
「はいはい、ごめんごめん」

俺の言うことなんてどうでもいいように、たこさんウインナーを口にいれる。
またまたムカッとしたが、男らしくぐっと我慢して机の脇に置いてたメモにペンを走らせる。

「なるほどな、付きまとう、だな。俺も変質者に付きまとわれるのはすっげー嫌だったな」
「そうそう」
「他にないのか、他に」
「他にねえ…」

クールそうな見た目に似合わないがさつな仕草で箸を銜えたまま、視線を上にして考え込む。
俺はやきそばパンを口にして、その続きを待った。

「まあ、色々あるけど、いきなり抱きつかれたのは困ったわね」
「は!?」
「告白されるのはいいんだけど、いきなり羽交い絞めにされてさ」

その言葉を聞い途端、頭に血が上った。
俺は音をたてて椅子から立ち上がり、机に思い切り手をついた。
その音に教室に残っていた奴らが何事かとこっちを見るが、それはシカトする。
しれっとした顔をしておにぎりを口に運ぶ女に更に腹がたつ。

「どこのどいつだ、それ!ぶん殴ってやる!お前も何で言わないんだよ!」
「はいはい、抑えて抑えて、私がすでに殴ったわよ」
「本当だな!?今はいないんだな!?」
「いないいない、大丈夫大丈夫」
「ったく、今度そういう腐った野郎がいたら言えよ!俺は変質者が大嫌いなんだよ!」

鼻息荒く乱暴に椅子に座り込む。
イライラは収まらないが、しょうがないからやきそばパンにもう一度口をつける。
目の前のムカツク女は無表情のまま、座り込んだ俺の頭をくしゃくしゃとかき回す。

「撫でんな!」

その細い手を思い切り跳ね除けても、千夏は堪えた様子なくかすかに笑った。
俺がもっかい睨みつけると、全く心の篭もってない謝罪をする。

「ごめんごめん、つい」
「ついじゃねえ!」
「はいはい」

何を言ってもムカつき度が増すだけだからは、またペンを走らせる。
渋谷がいきなり女に抱きつくってのは想像するだけで嫉妬で後ろから女を蹴り倒したくなるから、ひとまず却下だ。
でも、案としては使えなくはない。

「…なるほどな、さすがに抱きつくってのは論外だけど、いきなり手とか握られちゃったら、女は引くだろ」
「そうねえ、時と場合によるけど」
「よしよし、他には?」
「そんなにすぐ出てこないわよ」
「別に嫌いなタイプとかでもいいぜ」

期待していなかったが、意外にいい意見を出してくれる千夏に、俺は先を促す。
千夏はプチトマトを口に放り込んで、ちょっと酸っぱそうに顔をしかめる。

「んー、俺の話だけ聞けってタイプ嫌ね。愚痴ばっかりとか」
「うん、確かにそれは最悪だな」
「本当にねえ」

千夏はこちらをじっと見て、何かを言いたげに口を開く。
俺が何かと首をかしげると、諦めたようにため息をついた。
なんだよ、感じの悪い奴だな。

「後、恋人だったらなんでも分かり合えるってのを前面に押し出してくる奴も嫌ね。所詮他人なんだから、踏み込んで来て欲しくないところもある」
「…そういうものか?」
「まあ、私はね」

今までの意見には納得できたのだが、これはちょっと分からなかった。
俺は好きな奴のことだったらなんでも知りたいし、
それとも、この考え方ってうざくて重いのだろうか。
ちょっと考えてしまう。
でも、俺より頭のいい千夏の言うことだからそういうものなのだろうか。

なんとなくもやもやしたが、俺はそれ以上何も言えないまま、メモに目を移した。
箇条書きされた、『これで完璧、完全失恋マニュアル』に、俺は満足と共に頷いた。

「…よっし!これをすべて踏襲すれば渋谷も嫌われること間違いなしだろ!」
「あんたのアドバイスでふられたって、逆恨みされたらどうするのよ」
「そこはそれだ。お前のやり方がまずかったって、さりげなく突きつけるんだよ!」
「さりげなく、ね」

鼻で笑われた気がする。
気がするっていうか本気で笑われた。
分かってはいたけど、どこまでも感じの悪い女だ。

「なんか言いたいのかよ!」
「別に」
「それで優しく慰めて俺のせいでごめんな、とか言っちゃって傷ついているところを付け入るんだよ!」
「爽やかなまでにせこいわね」
「恋は戦い!好きな相手をモノにするのに、せこいも汚いもない!」

千夏の咎めるような言葉を一蹴する。
せこかろうがなんだろうか構うものか。
恋は勝ったほうが全てだ。
渋谷ほどの獲物をみすみす取り逃がすなんて冗談じゃない。

「よし、もっともらしい話を作って吹き込んでくるぜ!」

善は急げと、俺は昼食のゴミを千夏に押し付けると、急いで席を立った。
渋谷のクラスは2つ隣、部活で忙しい奴を捕まえるには昼休が一番だ。
さっさと駆け出すと、後ろでなんか言っているのが聞こえたような気がした。

「でも、大輔、あくまで時と場合と人によるわよ、キモイ奴にやられたらストーカーでも、顔のいい男にやられたら一途な恋なのよ、て聞いてないのね、そうね。じゃあいいわ」



***




「て、ことで、やっぱりアピールするのが大切だと思うぜ?」
「なるほど、そっか、そうだよな。今のままだと接点もないし、まず仲良くならないとダメだよな」
「そうそう」

納得したように俺の嘘話に何度も頷く渋谷。
ちょろい、ちょろすぎる。
そんなところも大好きだけど、ちょっとは人を疑ったほうがいいぞ。
でも、こいつが馬鹿がつくほど単純で助かった。

「ありがとうな、神野、俺、頑張るよ」
「おう!頑張れよ!」
「………」

サムズアップと全開の笑顔で渋谷の決意を後押ししてやると、渋谷は黙り込んだ。
口をあけて、せっかくの整った顔が間抜け面になってる。

「なんだよ?」
「いや、なんか、お前って本当に綺麗な顔してるよな」
「は!?」

なんだか感心したようにしみじみと言われた言葉が、理解できなかった。
今度は俺が口をあけて、きっと間抜けな顔になっている。

「なんか、こう、女の子が好きそうな王子さまっていうか、いいなあ、お前もてるだろ」
「はあ!?もてるのはお前だろ!?」

更に意外なことを言われて、俺は思わず全力で否定した。
目の前の明らかにモテる男に言われるのは、なんだか馬鹿にされているような気すらする。

「いや、確かに周りにはいるけど、話しかけてくれたりはしないんだよな。やっぱり俺、でかいし、目つきとか悪いし、怖いのかな…」

一瞬モテ自慢なのかと思ったが、そんな嘘つく器用さをこいつは持ち合わせていない。
本気でそう思ってるらしく、肩を落として悲しそうにため息をつく。
く、かわいい、押し倒したい!

「いや、俺みたいのは女にとって、オモチャなだけだよ。かわいいとか言ってきゃあきゃあ騒ぐけど、アクセサリぐらいにしか思われてねーよ。本当にモテるのは、お前みたいな奴だって!」

欲望を必死で押し殺して、俺はフォローを入れてみる。
確かに俺は女から色々言われたりするけど、あいつら絶対俺のこと人間とも思ってないし。
よく言ってペットだろ。

「そうか?そうかなあ、俺が女だったらお前みたいな奴がいいけどな」

何気なく、本当に何気なく言うから、俺は言葉を失う。
息が詰まって、喉が変な音をたてた。

「………ば、馬鹿いってんなよ!」

取り付くように無理矢理ひねり出した声は、みっともなくかすれていた。
胸が痛くて、破裂しそうで、渋谷の顔が、見れない。

「ごめん。でも、お前本当に、いい奴だし、綺麗な顔だし」
「……お、俺は女みてーで、こんな顔あんまり好きじゃねー」
「女みたい?そう言われれば、そうかな?そうかもな」
「……お前、思わなかったの?なよなよした、男、とか」

顔が見れないまま、渋谷に問う。
小さい頃から男にも女にも、ずっと女男、とかオカマとか、言われ続けてきた。
中学に入った頃から女は俺の顔をかわいい、綺麗とかいきなり意見変えやがったけど。
けれど渋谷は朗らかに笑って、俺の言葉を一蹴する。

「あはは!なんだそれ。だってお前、すげー男らしいじゃん。王子さまみたいな奴とは思ったけど、なよなよした、とか女みたい、とか思ったことないぜ?友達思いだし、本当に友達になれてよかったよ」

涙が、出そうだった。
突き上げてくる感情で胸がいっぱいで苦しくなる。
この単純な体育会系馬鹿がお世辞なんて言えない人間だって知ってるから。
だから、ただ、その笑顔が嬉しかった。

「…………」
「ん?」
「……俺は」

黙り込んだ俺に、渋谷が首を傾げる。
その目を見つめて、胸の苦しさを吐き出す。

「うん」
「…俺は、おまえみたいな奴がいい。付き合うなら、お前みたいな奴がいい」

お前がいいよ。
お前が好きだよ。
お前に触れたい。
お前のその真っ直ぐさが、羨ましい。
触れたい、触れたい、触れたい。

「はは、そうか?ありがとな!でも、俺はお前みたいな奴のがいいな、て何言ってんだろうな、俺達」

照れたように少し目尻を赤くして笑う。
俺の言葉は、冗談として流されただろうか。
それとも、友情の延長として受け入れられただろうか。

「俺、お前と友達になれて、マジ嬉しいんだぜ?」

友達って言葉が、嬉しくて、嬉しくない。
純粋な信頼に申し訳なさを覚える。
友情を喜んで笑うお前に罪悪感に苛まれる。

この想いすら、お前にとっては嘘になるのだろうか。
俺は、嘘をついているのだろうか。

痛い。
苦しい。
悲しい。
切ない。

それでも渋谷、俺はお前が、いい。



***




渋谷の相談に乗るようになって、2週間弱。
ある日、廊下を歩いていると、渋谷がものすごい勢いでこちらに向かって走ってきた。
そのブルドーザーのような迫力に思わず身を引いてしまったが、でかい手で肩をガシリとつかまれる。
骨ばった手に触れられて、ちょっとだけドキドキした。

「神野!」
「お、ど、どうした、渋谷?」
「ありがとう、ありがとうな!」
「…は?」

向かい合ったまま何度も何度も頭を下げる。
ヘッドバッドされそうな近さに俺は逃げ出そうとするが、渋谷は気付く様子もないまま全開の笑顔でそれを告げた。

「彼女付き合ってくれるって!」
「………な」
「お前の言うとおり、部活の連中に頼み込んで朝練の片付け2週間だけ早く切り上げさせてもらってさ、彼女と二人きりになるようにして、帰りも早く終わる日は彼女送ってくようにしたんだ。で、昨日、告白したんだよ、お前のアドバイス通りさ、手握って、すっげ緊張した。あれなら、9回裏満塁2死の時のが全然楽だった。ホント死ぬかと思った」
「なんだとー!!!!!!」
「お前も喜んでくれるのか!?」

千夏ー!!!!!
てめー嘘ばっかりつきやがってー!!!!
うまくいっちゃってるじゃねーか!!!!

渋谷は俺の叫びの意味なんて気付きもしないまま、ひたすら俺に感謝を告げる。
俺を掴む手も、まぶしいぐらいの笑顔も大好きだけれど、俺の心は遠くの世界にいってしまう。

「ありがとう、お前のおかげだ!本当にありがとうな!!」
「……………」
「で、さ付き合うっていっても、俺正直何はなしたらいいかとか、分からないんだよな。 ごめん、神野、何から何までほんと悪いんだけど、これからどういうことに気をつけたら、いいかな?」
「…………」
「神野?」
「………くそ」
「神野?」

無言になってしまった俺を、心配そうに渋谷が覗き込む。
それでようやくあっちの世界にいったままだった意識が戻ってくる。

落ち着け、落ち着け俺。
まだ付き合いはじめだ。
しかも全然お互いを知らない。
まだまだつけこむ余地はある!
成田離婚とか、付き合って1日で別れるなんてのも普通だ!

渋谷の好きだって女を一度見たけど、本当に冴えない地味女。
あんな女に渋谷を渡してたまるものか。
渋谷の隣にふさわしいのは、ただ1人!
俺だけだ!
渋谷をヤるのは、俺だ!

なんとか自分を奮い立たせ、俺は無理矢理表情筋を動かして笑顔を作る。
不安そうな渋谷にを落ち着かせるように肩をぽんぽんと叩く。

「いや、なんでもない、そうだな、うん。これからだな」
「あ、うん、そうなんだ。なあ、どうしたらいいかな?」

なんだったけかな、千夏の言っていたことを思い出せ。
あれだ、しつこい男だ。

「やっぱりメールとか電話は欠かすなよ、毎日しろ」

後はなんだったけかな、そうだ、自分のことばっかり話す男だ。
愚痴ぽくて、なんでも分かり合えるって態度の男は嫌だ、だったな。

「後は、やっぱり深い相談とかするような仲になるのは重要だよな。部活の愚痴とかもこぼせるような仲になれよ」

俺のアドバイスに必死に頷く渋谷。
ひとしきりデートの話なんかも吹き込むと、長くたくましい腕で抱きしめられた。
予想通りの広い胸に、苦しくなる。
切なくて、叫びだしそうだ。

「ありがとうな、神野、本当にお前、最高の友達だ!」
「…………ああ」

単純な渋谷が頷くのに満足しながらも、ちくちくとどこかが痛む。
それは指に入ったトゲのように小さな痛みなのに、存在をアピールする。
なんてことのない痛みなのに、忘れることも、誤魔化すこともできやしない。

お前に嘘をつくたびに、痛みが増す気がする。
恋は戦い、せこいなんて言ってられない。
お前の恋を叩き潰し、弱みを見せてつけこんで押し倒す。
なんて完璧な作戦。

でもなんでかな、お前の笑顔を見るたびにトゲが増える。

痛いよ、渋谷。
痛い。





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