そして更に渋谷が付き合い始めてから1週間ほどたった。
どっかに刺さったトゲが抜けなくて、俺はイライラしていた。
俺にアドバイスを求める渋谷が、ムカついた。
ただひたすら俺を信頼して、俺が嘘を言うなんて考えもしない渋谷にイラつく。
千夏に相談しようにも、自分でも整理できない感情を言葉にできない。

俺を信じきっている渋谷が愛しくて、俺を信じきっている渋谷が嫌いだ。
なんで、俺を信じるんだよ。
なんで。
なんで俺がお前に別の感情を抱いてるなんて、考えもしないんだよ。

そんなことを考えながら教室に残っていたら、いつのまにか夕暮れ時だった。
赤く染まった教室に、ようやくもう遅いことに気が付く。
最近こんなんばっかりだ。
即断即決の俺が、俺らしくない。
そんな俺にも、ムカつく。

イライラしながら、さっさと帰ろうと荷物を取り上げ教室をでる。
すると、廊下で何人かの女が固まっていた。
どうやら、1人の女を3人の女が取り囲んでいる。
あまり穏やかな雰囲気じゃない。

近づいて、その真ん中で小さくなっている地味な女に見覚えがあることに気付いた。

「……あれ、お前尾崎?」
「あ………」
「じゃあ、私たち帰るから」

取り囲んでいた女たちは俺の存在に気付くと、さっと尾崎から離れる。
リーダー格ぽい女が俺を邪魔そうに一睨みして、鼻を鳴らす。
鼻の穴が広がったその顔がすっげブスで、思わず俺は素直に感想を漏らしてしまった。

「うわ、ブサ」
「ああ!?何いきなり」
「あ、ごめん、だってお前本気でブスなんだもん。つい」
「ついじゃねーよ、全く謝ってねーよ!」
「いや、ほら、だって明らかに俺のほうがかわいいし」
「うっせーな、このオカマ!男のくせにかわいいとか言ってんじゃねーよ!」
「オカマでもなんでも、お前らより俺のがかわいいの確かだし。別に俺もこの女顔好きじゃねーんだけど」
「聞いてねーよ!」
「て、やべ!お前その顔やば!!ぶは!」

怒ると顔が真っ赤になって、更にサルにそっくりで、俺は指を指して笑ってしまった。
殴ろうとしたのか、一瞬手を握り締めたが大きくため息をついて悔しそうに口をゆがめる。
俺にケンカを売った人間がどんな目にあうかぐらいの噂は知ってるんだろう。

「こんなオカマに付き合っててもしょうがないから帰ろ」

俺の存在を無視するように、3人連れ立って後ろを振り返る。
通りざまにわざと尾崎にぶつかっていき、華奢な地味女はよろめいた。

「なんだ、あいつら、感じわりー」

ツンケンした態度は不快だし、甲高い声は耳障りだった。
そういえば、あいつら顔を見たことがあるような気がする。
確か渋谷に纏わりついてた、連中の中にいたような覚えがあった。

「あ、えと、神野君、ですっけ?あ、その、助けてくれてありがとう」
「は?」
「渋谷君が言ってた通り、とてもいい人なんだね」

すっかり存在を忘れていた地味女に声をかけられ、俺はそちらに目をやる。
にこにこと笑って礼を言われて、何がなんだか分からなかった。
俺は確かにいい人だが、こいつにいいことしたことないし、女にいいことする気もない。
ましてこの女にいいことをするはずもない。

「……お前、尾崎だったよな?」

口にするのも忌々しい、目障りな存在。
地味な顔立ち、地味な髪型、そこらに歩いていたら紛れてしまいそうな、平凡な女。
渋谷の趣味を疑う。

「うん。いつも渋谷君から聞いてる、神野君のこと」
「………へー」
「見た目は綺麗だけど、中身は友達思いで度胸据わってて男らしくていい奴だって、すごいいい友達だって」
「…………」

ざわざわとする。
自分の所有物のように渋谷のことを語るこの女を張り倒したい。
それと同時に渋谷が、俺のことを俺のいないところでもそう言ってくれてるのが、泣きたいほど嬉しかった。
裏表なんてない奴だって知ってたけれど、それでもあの言葉に嘘がないことが、嬉しかった。

「なんか、うらやましい。いいな、男の子の友情って」
「…………」
「私には入れなくて、ちょっと妬けちゃう」

無神経なことを言う女が、勘に触る。
俺はお前が羨ましくして仕方がない。
女になりたいとは、思わない。
けれど、あいつを好きでいて当然の権利。
ただ、女ってだけでそれを手にいれられる。

告白しても、気味悪がられたりしない。
想ってるだけなのに、どうしようもない罪悪感を抱いたりもしない。
たとえ片想いでも、胸を張っていられる。

「えーい、やめやめ!」

なんて、最近癖になっている、らしくない後ろ向きな考えを打ち消すように頭をふる。
思いっきり振りすぎて、頭がくらくらして2,3歩後ろによろめいた。
そんな俺をびっくりしたように尾崎が見ていた。

「か、神野君?」
「そういえば、さっきのあいつらは?」

何か問いたげな尾崎を遮って、逆に聞き返す。
今思えば、3人に囲まれていて、どうも穏やかな雰囲気ではなかった。

「あ、いや、なんでも」
「あいつら、渋谷につきまとってた奴らだよな、なんか言われてんの?」
「…………」

誤魔化すように首を振る尾崎だが、俺が更につっこむと黙り込む。
俯いて小さな唇をきゅっと噛んだ。
何も言い返さない尾崎にイライラする。

「まあ、あんたなんて、あいつら眼中になかっただろうし、いきなりとんびに油揚げだよな」
「………」
「大人しいあんたと渋谷じゃ、あわないしな」
「そう、だよね……」

本心からの言葉。
まあ、ぶっちゃけ渋谷に似合うのは俺しかいないからな。
この女もあいつらも、似合ったりはしない。
でも、そんな風にあっさり認められるのもまた腹が立つ。
いや、ここで私は渋谷に似合ってる!とか言われてもムカつくけど。
というかどう転んでも、この女は腹が立つんだろう。

「別れちゃえば」
「………」
「何、本当にあきらめんの?」
「………」

やっぱり何も言わないまま、泣きそうに顔を歪める地味な女。
それくらいで諦められるようなもんなのか。
あいつを手に入れられるくせに、あっさりと手放すのか。
それくらいなら俺にくれよ。
お前よりも、まだむしろ、こいつを取り囲んでいたブス女のほうがいい。
好きなら、全力でしがみ付けよ。
みっともなくても、ぶざまでも、何を失ってでも、手を放すなよ。

「へーやっぱりそんなもんなんだ。外から色々言われたぐらいで別れるんだ」
「………」
「じゃあ、とっとと別れろよ。そんなんじゃあいつもかわいそうだろ」

更に追い詰めるように言葉を告げると、俯いたまま更に唇をきつく噛んだ。
そして、そのまま小さく漏らす。
それは本当に小さな声だったけれど、しっかりとして迷いがない強い声だった。

「……いや、別れない」
「………」

ゆっくりと顔を上げる。
先ほどまでの泣きそうな顔はなりを顰め、俺をまっすぐに見返している。
ただただ大人しい地味な女なのに、その視線は強くて、鋭くて意外に思う。

「だって、私渋谷君、好きだし、それに、渋谷君も私が好きだって、信じられないけど、好きだって言ってくれてるし」

制服の胸の辺りを掴み、ぽつりぽつりと話し始める。
俺を見ているけど、自分に言い聞かせているように。

「私、渋谷君ずっと好きだったの。本当は、中学校から好きだったの」

だんだんと声が大きくなってくる。
頼りなかった小さな体に、力がみなぎっていく。

「中学校の頃、渋谷君。小さくて野球、そんなにうまくなかったけど、毎日1人で遅くまで頑張ってて、それでも他のこともちゃんとやってて、すごい人だな、て思ってたの」
「……………」
「だから、嬉しかった。本当に嬉しかった。だから、こんなことで負けたくない」

そして、今度こそ、その目は俺を見る。
独占欲と攻撃的な台詞。
それはいつも渋谷が言っているような、頼りない守ってあげたい女じゃない。

「渋谷君が好き。他の人が言うことなんて、どうでもいい。渋谷君を誰にも渡したくない」

それでも、今の尾崎は俺が見た中で一番綺麗だった。

「……根性あるじゃん」
「………ありがとう」
「…………」

だから俺は言い知れない敗北感を感じた。
ただの頼りない、守ってやりたい女だったらよかったのに。
こんな醜くてみっともない姿なんて、見たくなかった。

「……神野君て、本当にいい人だね。それですごい、かっこいいね」

尾崎はにっこりと笑う。
それが、本当にかわいくて、綺麗だった。



***




「神野、ありがとな、なんか尾崎がお前のこと、すごいいい人だったとか言ってた」
「……ふん」

ざわざわと落ち着かない気分を隠して、俺は鼻を鳴らした。
別にあの女に褒められても、全く嬉しくない。
けれど礼を告げる渋谷は、その言葉とは裏腹に浮かない顔をしている。

「………はあ」
「どうかしたのか?」

沈黙の後小さく漏らしたため息を聞きとがめ、俺は渋谷に問う。
渋谷はしばらく迷ったように黙っていたが、再度促す俺にようやく口を開いた。

「でもさ、なんか、やっぱり俺、もうダメかなって…」
「…なんだよ」
「ケンカしちゃって、怒鳴りつけちゃって、泣かしちゃってさ…」

屋上のフェンスに並んで腰掛ける。
昼休が終わりそうな今の時間、人気は無い。
渋谷はもう一度大きなため息をついた。
いつも明るい渋谷が本当に暗い顔をしている。

「大丈夫か?」
「……神野」

顔を覗き込んだ俺に、渋谷はもたれかかるように肩に顔をつけてくる。
思わぬ近さに、心臓が跳ね上がった。
顔が熱くて、渋谷の息を感じる肩口からしびれてくる。

「ど、どうしたんだよ」

焦って思わず払いのけそうになってしまうが、渋谷の次の言葉でその動きは止まった。

「尾崎がさ…」
「………」

急に風が冷たくなったような気がした。
肩口にかかる息は、確かに渋谷のものなのに。
この温かい重みは、渋谷のものなのに。

「なんか、うまくいかなくてさ…、彼女、俺に隠してることとかあるみたいだし、なんかすごい困ってるみたいなんだけど…、誰かに嫌がらせされてるみたいだし…」
「…………ああ」

渋谷がらしくなく苦しそうに眉を寄せて、吐き出す。
それで、俺はこの前の光景を思い出した。
渋谷の取り巻きに囲まれていた地味女。
納得したように相槌を返すと、渋谷は俺の肩から勢いよく顔をあげた。

「お前知ってるのか!?」
「ああ」
「あいつ、何隠してんだよ!」
「……それは、俺から言うことじゃねーだろ」

あの女があえて渋谷には隠そうとしたのだ。
それなら、それに口をだす権利は俺にはない。
渋谷のタコの出来たごつごつの手が、俺の肩を握り締める。
薄っぺらい肩が握りつぶされそうで痛かった。

「いてーよ!」
「お前にも言ってるのかよ…でも、じゃあ、俺には言わないんだよ!!」

俺の抗議なんて聞こえていないように、渋谷は肩を掴んでゆすぶる。
くそ、単純体育会系馬鹿。
頭に血がのぼると人のことなんて聞きやしねえ。

「落ち着けよ!いてえって!!」
「困ってることも相談できないような、頼りない男なのかよ、俺は!なんだよ、そんなに俺が信用できないのかよ!」
「渋谷……」
「なんで黙ってるんだよ!それで怒鳴りつけても、言い返してきやしねーし!なんなんだよ」
「渋谷」
「それなのにお前には言ってるって!なんなんだよ、あいつ!ふざけんなよ!」
「渋谷!」

思わず声をあげた俺に、渋谷は言葉を止めて、目を丸くしている。
俺なんて見てもない渋谷が、とてつもない腹がたった。
勝手なことばっかり言ってる目の前の馬鹿を、殴りつけてやりたかった。

「……神野?」
「お前、なんでもかんでも話してりゃ信頼しあった恋人同士なのかよ」
「いや、だってお前がなんでも話せるようになるのが恋人同士だって…」
「そんなことはどうでもいい!」

言いかけた渋谷を、ぴしゃりと遮る。
渋谷は再度口をつぐんだ。

「お前が大切だから、言えないことだってあるだろ」
「……え?」
「俺は、尾崎から聞いたんじゃないぜ。たまたま見たんだよ。お前の取り巻き連中があいつ囲んでんの」
「な、に…」
「そんなのお前に告げ口できるか?お前のこと好きな奴に嫌がらせされてるって。まあ、する奴もいるだろうけど、お前の好きな女はそんな奴なのかよ!」

俺は何を言ってんだよ。
本当に何言ってんだよ。
こいつらがすれ違ってんだったら放っておけばいいじゃねーか。
なんでこんなあの女をフォローするようなこと言ってんだよ。

「お前のこと好きだから、言えないことってあるだろ!それくらい考えろよ!」
「…神野……」

本当にこの体育会系筋肉脳みそ馬鹿。
大事なことを隠してんじゃねーよ、あの馬鹿地味ブス女。
真の意味での馬鹿ップルが。
馬鹿じゃねーの。
馬鹿ばっかだ。

ホント、馬鹿じゃねーのか、俺。。

「…………そんな…」
「うじうじしてんじゃねーよ!このヘタレ!女に八つ当たりしてんじゃねーよ!」
「なっ!」
「うるせー、言い返せんのかよ、てめーキン○マついてんのか、この筋肉馬鹿!!」
「このっ」
「脳みそまで筋肉でできてんじゃねーの!いっぺん小学生からやりなおせ、この野球馬鹿!」

馬鹿馬鹿言いまくってたら、たくましい腕が俺の襟首を掴んで拳を振りかざす。
ひょろひょろの俺があれ喰らったらダメージでかいだろうなあ、とどこか冷静に考えながら目を強くつむる。
歯を食いしばって衝撃に備えた。

が、いつまでたっても痛みはやってこない。
しばらく待って、恐る恐る瞼を開ける。
すると、目の前が真っ白になった。

「な……」
「くそ…、お前の言うとおりだよ」
「渋谷……」

それは、渋谷のシャツの色だった。
しがみつくように、渋谷が俺を引き寄せている。
渋谷の男臭い汗のにおいが鼻腔をくすぐる。

「……悪い、神野」
「…………」

目頭が、熱くなった。
泣いてしまいたかった。
何も考えずに、俺に抱きつく神野が苦しかった。

「俺、最低だ、お前の言う通りだよ……」
「………ホントだよ」

苦く笑って、俺の肩に顔を埋める。
俺はその頭を、そっと撫でた。
ずっと触れたかった坊主頭。
これが、俺のものだったらどんなにか幸せなんだろう。

「……ありがとう、神野、俺、もう一回あいつと話してくる…」
「ああ……」

でも、こいつが話すのはあくまでもあの女のこと。
分かってる。
最初から分かってた。
どうにもならないことぐらい、分かってた。

「ありがとうな、神野!」
「………」
「お前、やっぱり最高の友達だ!」

そんな顔をして、笑わないで欲しい。
俺は泣くことすら許されない。

純粋な信頼。
まっすぐな友情。
他意のない笑顔。

尾崎やお前にあんな偉そうなことを言っておきながら笑ってしまう。
俺はとんでもなく臆病で。
何が恋は戦いで、せこいなんて関係ないだ。
何が醜くてもすがりつけ、だ。

それでも、俺はそれを失いたくないんだ。

「そうだろ、俺は最高の友達なんだからな!」



***




マウンドにいる、彼がとても綺麗だった。
背筋が伸びて、冬の弱い、けれど澄んだ日差しを受けて佇む彼に目を奪われた。
俺には持ってないものをいっぱい持っていた。
純粋で、強くて、真っ直ぐだった。

そんな彼に憧れた。

俺のものにしたかった。
俺の隣にいてほしかった。
俺に笑顔を見せて欲しかった。

俺はお前が、好きだった。



***




「千夏ー!!!!!」
「…何?」
「ちょっとこっち来い、てめー!!!!」

部活でいつも帰りが遅い千夏を探し出して、俺は無理矢理体育館から引きずり出した。
デカ女は特に何も言わずに黙って付いてきた。
千夏のチームメイトや顧問のセンコーが何か言いたげにしていたが構うもんか。
人気のない体育館まで手を引っ張って連れてくると、千夏の制服にしがみつく。

「てめえのデカ乳貸しやがれ!!」
「別にいいけど、鼻水つけないでね」
「うるせー、俺がせっかく借りてやるんだ、つべこべいうな!」
「はいはい」

許可を得て、俺は千夏の無駄にでかくて柔らかい乳に顔を埋めた。
運動部だからか少しだけ汗臭いが、渋谷のものとは違う甘い匂いがした。

「うー!!!!」
「どしたの?」

ぽんぽんと千夏が俺の頭を撫でる。
それで、ずっと堪えていた感情が堰切ってあふれ出した。
感情と共に、ものすごい勢いで目から鼻水がたれてくる。

「ひっく、じぶやがおんなどーー!!」
「ああ、ていうかまだ続いてたんだ」
「うるぜー、ずっ、ぐっ」

千夏のどうでもよさそうな態度がむかつく。
ついでに鼻からも鼻水も出てくるから、俺はそれを千夏のTシャツに擦り付ける。

「はいはい、えらいえらい。鼻水つけないで」
「ひっぐ、うわーんー」
「いいこいいこ」

千夏は全く感情の篭もってない声でそう言いながら、頭を撫で続ける。
デカ女の無駄なだけの高い身長も、こういう時便利だ。
俺がしがみ付いても、まだまだ余って、よろけることもない。

「ぐぞー、でめーのせいだー!ばかー!千夏のとんまー!!」
「はいはいはいはい、すいませんすいません」
「てめーのかーちゃんでべぞー!!!」

大きなため息が上から聞こえる。
呆れ変えたようなため息。
それでも千夏は俺を突き放さず、されるがままになっていた。
しばらくして、静かに問いかけられる。

「私ね、あんたの妨害作戦止めなかったのなんでだか分かる?」
「う?」
「絶対こうなるって分かってたから」

なんのことか分からず、俺は千夏の乳から顔を上げてその人形のように整った顔を見上げた。
無愛想な女は相変わらずの無表情。

「大輔、気が強いくせに気が小さいし、攻撃的なくせに小心者だし、性格悪いくせに」

そこで一度言葉を切って、ふっとかすかに笑う。
元々目が釣りあがっていて意地が悪そうな顔してるから、笑っても優しい顔にはならないのだが。

「やさしいし」
「ひぐ、えう」

どうせ俺は気が小さい。
どうせ俺は小心者。
どうせ俺は、度胸が無い。

優しいなんてもんじゃない。
無理矢理ふんじばってでもヤッちまえばよかった。
ケツにつっこんで写真でもとって脅してやればよかった。
そう思ってたのに。
ずっとそう思っていたのに。

それでも俺は、あいつの信頼を失いたくなかった。
渋谷を、失いたくなかった。

チキンでビビリの、卑怯ヤロウだ。

「だから絶対、渋谷君のためになることしか、しないと思ってた」
「…分かったようなこといってんじゃねーよ、デカ女」
「はいはい、ていうか失敗すると思ってた。どうせあんたのザルな計画なんて滑るの目に見えてたし」
「ああ!?」

ケンカを売ってるような言葉に、俺は思わず掴みかかる。
するとますます意地悪そうに千夏はくすくすと笑った。

「その調子その調子。大丈夫よ、男なんてこの世の半分いるんだから。またいい人見つかるわよ」
「ぐぞー!!!俺は渋谷がずぎだったんだー!!」
「うん、知ってる。渋谷君、いい人だったもんね。好きだったよね」
「そうだよ、超いい男だったんだよ!好きだったんだよ、やりたかったんだよ!」
「うん、頑張ったね。すごいすごい、頑張ったよ。えらいえらい。犯罪者にならないでよかったよかった」

千夏の声は平坦で、ほとんど言葉に感情は篭もっていない。
むしろ馬鹿にしているように聞こえる。

それでも俺は、千夏のデカ乳に鼻水を流し続けた。



***




しばらくして、ものっすごいイチャコラして登下校する渋谷と尾崎の姿が学校中で公認となった。
あの取り巻き連中は、渋谷の周りで見なくなった。
彼女との仲がうまくいっているせいか、野球にもますます身が入って今年の夏体はいいところいけそうらしい。
そんなことを、にこにこと笑いながら渋谷から聞かされる日々。
そして、それに対して胸にささったトゲが疼かなくなってきた今日この頃。

せいぜい、仲良くやればいい。
馬鹿で単純でお人よし同士、とてもお似合いだ。

所詮、あんな筋肉脳みそ馬鹿は、俺にふさわしくなかったんだ!
俺にはもっといい男がふさわしい!

「おい、千夏!ものすごいいい男見つけたぞ!もう、これがすっげーいいケツしてるんだ!」
「……はいはい」
「反応薄いぞ!この馬鹿千夏がっ!」

だって、俺はいい男だから。
だから、絶対、見つかるんだ。
見つけてみせるんだ。

お前が言ってくれたんだ。
俺は最高にいい男だって。

だから俺は、きっといつか見つけてみせる。
俺だけの誰かを。






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