10/01/31 はじまり

昨日教わったパンの入ったプリンと、お弁当を作って深山の家に行った。
少し怖かった。
人に、拒絶されるのは怖い。
聡さんがいないといい。
あの人は、嫌いだ。

家には深山一人だった。
何か言われる前に、弁当差し出した。
お腹空いているといい考えなんて、浮かばない。
一緒にお弁当とプリンを食べた。
おいしいって言ってくれた。
君は努力家だから、すぐに上達する。とても頑張りやだって言ってくれた。
やっぱり深山が好きだと思った。
俺のこと、こんな風に言ってくれたの、深山が初めてだった。
俺を認めてくれたの、深山だった。
だから頑張れた。
とても、こいつが好きだと思った。
泣いてしまった。
最近、俺はよく泣く。情けない。だから駄目なんだ。

深山が正直に言ってくれた。
最初に君が好きだと言ったのは、確かに嘘だった。
でも、好きになろうと思った。
恋愛感情として、君を好きになろうと思った。
そして、徐々に君が本当に好きになっていった。
まだ僕は恋愛感情っていうのがやっぱり分からない。
でも、君が好ましいと思ったのは本当だし、君と一緒にいるのは楽しい。
君を傷つけたのは、とても申し訳ない。
僕は、出来ればまだ君といたいと思う。
君といると、色々なことを知ることができる。
でも、どうするかは、君が決めていい。

あの日、深山の家に行ったら、聡さんがいた。
ドアの前で待っててって言われた。
聡さんが深山の部屋に入った。
会話が聞こえてきた。
嫌なパターン。
盗み聞きに、いいことなんてない。
書くの嫌だけど、一応書いておく。
現実は、見なければいけない。
そうしなきゃ、何も始まらない。

あの子、どこで捕まえたの?
駅前で。
どうやって決めたの?
10人目にした。0と1が、好きだから。
男の子でよかったの?
別にどちらでもよかった。男にも女にも、どちらも大した違いを感じたことない。
大きな違いだと思うけどなあ。
そうなのか?
まあ、美晴がズレてるのは今に始まったことじゃないけど。じゃあ、やっぱり別にあの子のこと好きでもなんでもなかったんでしょう?
好きになると決めたけど、その時点では好きじゃなかった。

だって。聞いてた?

そこで、ドアが開かれた。
深山が驚いた顔をしていた。
聡さんが面白そうな顔をしていた。
それ以外覚えていない。
頭真っ白だった。
分かったのは、深山は別に俺のこと好きでもなんでもないってことだけだった。

俺はこんなに深山が好きなのに。
いつでも一緒にいたいぐらい、好きだったのに。
だったら、あの照れた顔もお弁当おいしいって言ってくれたのも、一緒にいるのが楽しいって言ったのも真面目なところが好きだと言ってくれたのも嘘だったのか。
キスして、嫌じゃないって言われたのは嘘だったのか。

あいつってウザイよな。
本当に、空気読めないよな。
頭がガンガンした。

逃げた。
また、嘘をつかれた。
また裏切られた。
いや、裏切られた訳じゃない。
最初から好かれてなかった。
俺が、つまらない人間だから悪いんだ。

でも、悲しかった。
好きな人には、好きになってもらいたかった。
好きだって言った分、返して欲しかった。
そんなの、大それた望みだった。

俺は、つまらない奴だ。

でも、深山がそれでもいいって言うなら、頑張りたい。
俺みたいな奴でも、まだ一緒にいたいって言ってくれるなら、一緒にいたい。

一からまた、頑張りたい。
だって、俺はやっぱり深山が好きだ。


10/02/01 いつもどおりの日

朝起きて、走って、お弁当を作った。
いつもと変わらない朝。
いつもと変わらないようにしたい朝。

学校へ言って、柴村に仲直りしたことを言った。
大丈夫か?って聞かれた。
頑張るって答えた。
複雑だって、言ってた。
そりゃ、友達が男と付き合ってるって、複雑だよな。
悪いことをした。
けど、柴村はなんだかんだ言っても、頑張れよって言ってくれた。
いい奴だ。
柴村と友達になれてよかった。

師匠には顔が明るいねって言われた。
今まで暗くてごめんって言った。
なんで明るいのって聞かれた?
ケンカしてたけど、仲直りできたんだって言った。
そっか、よかったねって言ってくれた。
師匠はどこまで天使なんだ。

久々に、喫茶店に深山が来た。
店長さんが仲直りできたのね、よかったって言って俺にココア、深山にコーヒー奢ってくれた。
テンホウさんが、若いっていいねえってじいさんくさいこと言ってた。
二人とも、俺たちを心配しくれていたようだ。
俺の周りは、いい人達ばかりだ。

深山はいつもの席で本を読んでコーヒーを飲んでいた。
その光景をまた見れて、嬉しかった。
深山とまたいることが出来て、嬉しい。

深山は、聡さんに人を好きになったことはあるのか?って聞かれたらしい。
人を嫌いになったことはない。
違うよ、恋したことはないだろう。人を好きになるって素晴らしいことだよって言われたらしい。
だから試しに恋をしてみようと思ったらしい。
それで、俺を好きになることに決めたらしい。
やっぱりずれてる。
変な奴。

でも、俺に決めてくれて、よかったのかな。
分からない。

帰りに、待っててくれたお礼に肉まんを奢った。
深山はお礼にあんまんを奢ってくれた。
半分にして一緒に食べた。


10/02/02 名前

だんだん、朝起きても辛くなくなってきた。
もう朝なんて来るなって思わなくなった。
最近、中学校の頃のことまた思い出すようになってたのに、減ってきた。
もうちょっと落ち着いたら、もう一度生野に会いたいかもしれない。
俺のことウザかった?とか聞く気はないけど、ちゃんと向き合ってみたい。

あの頃の俺は本音で話すことなんてなくて、嘘ばっかりだった。
いつも笑いながら本音なんて絶対出さなかった。
にこにこしながら、なんで俺ばっかり、なんでみんなちゃんとできないんだよ、なんてことばっかり思ってた。
最後のリレーだって出たかったけど、みんなの活躍を見るのが一番だ、なんて言ってた。
嘘ばっかり。
嫌われるのは当然だったかもしれない。
今は、前よりはちょっとはマシになれた気がする。

今日は喫茶店で名前の話になった。
テンホウさんは前に聞いた通り、麻雀の役。
でもそれ本名じゃない。
本名なんなんだろう。

店長さんはカスミさんって言うらしい。
香りが住むと書いて香住。
コーヒーの匂いがいっぱいの喫茶店にぴったりだって言ったら、照れくさそうにマスターによくそう言われたわって言った。
マスターっていうのはマスターの前のマスター。
店長さんの旦那さん。
照れてる店長さんなんかかわいい。

いくみさんは郁美。馥郁たる美しい香り、で郁美。
店長さんの名前に合わせて旦那さんがつけたらしい。
旦那さん、男前すぎる。

俺の名前は普通すぎて恥ずかしかった。
でも、ぴったりだって言われた。
真面目で、でも人を和ませる、そんなあなたにぴったりよ、って言われた。
そんなこと言われたのは初めてだ。
名前なんてなんとも思ってなかったけど、嬉しい。

テンホウさんが、君は聞き上手だから和むね、こういう商売向いているかもしれないって言ってくれた。
今まで適当に聞き流していました、ごめんなさい。
反省。


10/02/03 節分

今日は横井さんが皆で食べよって太巻きを作ってきてくれた。
どうしたの?って聞いたら恵方巻きって言われた。
節分の日に恵方?とかいう縁起のいい方角を向いて食べると願い事が叶うらしい。
そんな習慣があったのか。
さすが師匠は色々知っている。
黙って食べなきゃいけないらしい。
柴村と八代さんと一緒に並んで黙って太巻きを食べた。
お前ら怖いって、クラスメイトに言われた。
確かによく考えれば異様な光景だった。

願い事。
深山のことにしようかと思ったけど、皆で何事もなく一緒に楽しく暮らせますように、にしておいた。
恋愛も大事だけど、友達も大事。

そのあと、誰かが持ってきた豆で豆まき合戦になった。
教室中が豆だらけになった。
先生に怒られた。
お前らは小学生かって言われた。
本当にそう思う。

放課後は深山に会った。
恵方巻きって知ってる?って言ったら、元はと言えば関西の風習だ、こちらで流行したのはコンビニやスーパーや食品会社の販売促進のためだ、って言われた。
なんか夢のない答えだ。
深山らしい。

やろうって言ったら、いいよって言ってくれた。
コンビニで豆と一緒に買って、深山の部屋で二人で黙々と食べた。
目を瞑って夜に食べるのが正しい作法らしい。
昼間のは間違ってたみたいだ。
まあ、いいか。
今度は、深山が俺のこと好きになってくれますようにって願った。

その後は一緒に豆を歳の数だけ食べた。
お腹一杯になった。
途中で深山の妹が用事があったらしく入ってきた。
中学2年生らしい。
かわいかった。
一緒に豆を食べた。


10/02/04 時の流れ

今日はアボカドとエビのサラダを作った。
つぶした玉子を入れたマヨネーズソースはおいしい。
今日は成功。
いい日だ。

学校で八代さんに、好きな奴っているの?って聞かれた。
いるって答えた。
クラスにいる?って言われた。
別の学校。
そっかあ、ってため息ついてた。
なんだろう。
八代さんも誰かに恋してたりするのかな。
悩んでたりするのかな。
だったら、親近感。

深山と一緒に参考書を見にいった。
英語とか数学苦手。
いい単語帳があるってことで、教えてもらった。
お茶しながら、話した。
君の喫茶店のコーヒーの方がおいしいって言ってた。
俺にはよく分からないけど、おいしいならいい。

効率のいい勉強の方法とか、横井さんと柴村の話とか、喫茶店での話とか、お弁当の話とかお菓子の話とかした。
深山は笑いながら聞いてくれていた。
深山も数学の話とか、学校の話とか、登山の話とかしてくれた。
聡さんの名前がよく出てきた。
それだけは嫌だった。
でも、沢山話すことがあった。
そういえば、最初一緒にお茶した時は話すことなんてなくて、1時間もたなかった。
今はもっと沢山話したい。
時間が足りない。

色々聞いてもらいたい。
色々聞きたい。
もっともっと知りたい。
もっともっと知ってもらいたい。

深山と、もっと話したい。


10/02/05 いくみさん

今日はちょっと走るコース変えた。
もうひとつの方の川に行ってみた。
気分が変わってよかった。
おにぎりに昨日の残りの生姜焼きいれたのは結構おいしかった。
師匠が作ったかやくご飯の丸いおにぎりは色とりどりで綺麗だった。
今度アレ作ってみよう。

今日の喫茶店は深山は来なかった。
代わりに聡さんが来た。
どんだけ暇なんだよ、あのおっさん。
本当にあの人、大嫌い。

にこやかに入ってきて、コーヒーを頼んだ。
さっさとコーヒー置いて消えようとしたら、話しかけられた。
他にお客さんいたら忙しいからって消えられるのに、野川屋さんしかいなかった。
仕方なく相手した。
嫌でも、客だ。
金だ。
これは、仕事だ。

コーヒー、おいしいね。少し深入りすぎな気もするけど。
美晴にコーヒー教えたのは俺なんだよね。最初はミルクと砂糖いっぱいに入れないと飲めなくてさ、かわいかったな。

本当に消えろって思った。
そうですか、って一応答えた。

にしてもさ、どうして君美晴と付き合ってるの?別に君、男なんて好きじゃないよね?冗談?にしても男と付き合うなんて趣味悪いね。うちの美晴に付き合ってるなら無理しなくていいんだよ。まあ、美晴は金持ってるし素直だから騙しやすいし付き合ってるとメリット多いと思うけど。

頭が真っ白になった。

本気にしてもさ、釣り合わないよね。君その制服、そこらの公立校だよね。勉強教えてもらったりもしてるみたいだけど、あの子の時間邪魔しないでくれないかな。君みたいのに付き合ってるほど、美晴は暇じゃないんだよね。

にこにこと笑いながら言ってるから、聞き間違いかと思った。
本当に何も考えられなかった。

そしたらばしゃって音がして、聡さんのグレイのスーツの色が濃くなった。
長めの髪から水滴がぽたぽた落ちてた。

あら、ごめんなさい。水のお代りにきたんですけど手が滑ってしまったわ。本当にごめんなさい。クリーニング代払いますね。やだ、風邪ひいちゃう、早く帰った方がいいですよ。さあさ、どうぞどうぞ、あ、お代なんていいんですよ。こちらが悪いんですから。本当にすいませんね。クリーニング代はこれくらいで足りるかしら。足りなかったら電話でもしてください。書き留めかなんかでお送りしますね。もうこんな店きたくもないでしょう。本当に申し訳ございません。

いつの間にか後ろにいたいくみさんが、息つく暇なくまくしたてた。
聡さんも目を丸くしていた。
俺も多分同じ顔してたと思う。
そんなにかかってなかったけど、高そうなスーツが濡れていた。
いくみさんが用意周到にもっていた諭吉三枚を叩きつけて、ドアに促した。
俺の一か月のバイト代と同じぐらい。
もったいない。

一瞬びっくりしてた聡さんは苦笑していくみさんがこれまた用意周到に持っていたおしぼりでスーツと頭を軽く拭くと、コーヒー代をちゃんと置いて、諭吉はもらわずに出て行った。
塩持っておいで!って言われて急いで塩もってきたら、入り口にまいてた。

何あの嫌みな男!さいってい!絶対もてないわよ!
って怒ってた。
野川屋さんは大うけしてつっぷして笑っていた。

客商売なのに、いいのかな。
いいのよって言ってたけど。

いくみさん、かっこいい。


10/02/06 言いたいけど言えない

今日は深山と一緒にランニングした。
登山に付き合ってくれるから、僕も君の好きなものを知りたいって言ってくれた。
嬉しい。
近くだとつまらないし、ネットで調べて遠くのランニングスポットまで行ってから家まで帰ってきた。
深山は文系のくせに、意外と体力ある。
気持ちよかったって言ってくれた。
よかった。
アウトドアわりと好きだしな。
文武両道って、こういうことか。
かっこいい。
さすが俺が惚れた男。

今日は俺の家で、お昼御飯食べた。
簡単にチャーハンとスープ。
師匠に教わったレタスチャーハン。
ちょっとべちゃっとしちゃったけど、おいしかった。
深山もおいしいって言ってくれた。
母さんもいたから一緒に食べた。
あんたの友達にしては珍しいタイプねって後で言ってた。
どこで知り合ったの?って聞かれた。
駅で、としか答えられなかった。
頭よさそうだから今後とも仲良くしてもらいなさいって言われた。
ぜひとも仲良くしたい。

俺の部屋でお菓子食べながらだらだらした。
ゲームやらせたら興味深いって言ってた。
パズルゲームうまかった。

聡さんのこと言おうかどうか迷った。
でも、深山は聡さんのことが好きだ。
もし、俺の言うことを信じなくて、嫌われたら嫌だ。
深山に謝られても嫌だ。
あの人のために深山が謝るの、嫌だ。
告げ口する嫌な奴って、思われるのも嫌だ。

聡さんより、俺のことを信じてもらう自信ない。

二人で一緒に部屋にいたけど、何もなかった。
キスとかしたかった。
でも、深山がしたいと思うまでは、何もしないと決めた。

でも、深山に触りたい。





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