「健ちゃんにかわいいって言ってもらえるのが、一番好きよ」 女は黙っていても寄ってくる。 まあ俺は頭がよくて顔がよくて運動神経もよくて性格もいいから当然のことだ。 これだけの条件がそろえば、馬鹿な女は何もしなくても手に入る。 ちょっと手ごわい相手も、少しこちらが下手に出れば簡単に靡く。 靡かない女もいるにはいるが、俺に悪感情を抱く女の方が少ない。 靡かないのは俺みたいないい男を気にするのが許せない、無駄なプライドを持つ奴らなんだろう。 そういう奴らを相手にするような時間は俺にはない。 男だって、適当に接しているだけだが、敵もないし、友達も増えてくる。 所詮あいつらは自分に都合のいい人間が近くに欲しいだけだ。 俺はあいつらが欲しいものを沢山持っている。 理路整然ととられたノート。 俺にすり寄る女たち。 教師受けのいい肩書と性格。 それでいて優等生過ぎない付き合いやすさ。 頭の悪い遊びにも参加してやる度量の広さ。 こんな都合のいい人間、あいつらが手放せるわけはない。 こっちも適当にあしらって利用させてもらうだけだ。 俺がこんなにも思い通りにならない人間なんて、あの馬鹿くらいだ。 人間なんてこんなにも簡単。 分かりやすい利害関係。 「おはよ、健ちゃん」 「おはよう、真理子」 近所に住んでいるはとことは、毎日一緒に登校している。 今日も綺麗にセットされた栗色の髪をなびかせ、一部の隙なく笑ってみせる。 これでもか、というほどの女の匂いをさせながら。 この年下のはとこは、自分の外見が何より大切なものらしい。 常に整え隙を見せず、ひけらかしては満足するようだ。 自分に群がる男を切り捨て、悦にいる。 外見なんていずれ必ず色あせるものを後生大事にしている頭の悪い女。 確かに自分のはとこながら、整った顔をしている。 ふわふわの栗色の髪も、大きな目も小さな唇も、ちょっとだけ上向いた鼻も。 計算しつくされたように配置されて、見ているのは楽しい。 観賞用には十分だし、連れて歩くのは悪い気分ではない。 「今日はね、新しいシャドウにしてみたの」 「へえ、俺にはよく分からないけど、でも綺麗な色だな」 目に塗られた明るいブラウンは、重くなりすぎない程度に真理子の二重を際立てていた。 身支度に毎日1時間はかけるという真理子の努力の甲斐あって、それはよく似合っていた。 はとこはこうして、俺によく自分の努力を見せつけては感想を聞く。 「かわいい?」 「ああ、かわいいよ」 いつものように聞いてくる真理子に、俺はいつものように返す。 しかし真理子は一瞬不満げに唇を尖らす。 「真理子、どうかしたか?」 「ううん、どうもしないよ」 真理子の表情の裏が気になって問いかけてみるも、特に返ってこない。 それに、もういつものどこか勝気そうな表情に戻っていた。 俺もそこまで興味がなく、視線を前に戻す。 「健ちゃん」 「ん?」 「私はかわいいよね?」 「ああ、かわいいよ」 本当のことなので特に気にせず返す。 真理子はかわいい。 それは確かだ。 何度も問いかけられ、イラっとすることもあるが、はとこが何より大事にしている価値観を否定する気はない。 そんな面倒なこと、する気はない。 はとこが男を弄びまくって遊んでいるのは知っている。 それが、何より真理子を満足させるもののようだ。 本当に頭の悪い女。 だが、それも俺には実害がないから特に問題もない。 俺の前では殊勝な態度で、多少わがままだがかわいらしく振舞っている。 おそらく俺に気があるからなんだろうが、追及する気はない。 親戚づきあいが必要な近所の女に、ゴタゴタするようなことはしたくない。 そこまでする価値のある女とも思えない。 付き合ってもすぐに飽きるだろう。 真理子もプライドがあるから積極的に自分から動こうともしない。 傍にいてもウザくないかわいいはとこ。 その距離感を壊す気はない。 「あのね、健ちゃん」 呼ばれて、肩のあたりにある小さい栗色の髪に視線を移す。 真理子はにっこりと笑って俺を見上げる。 「なんだ?」 「健ちゃんにかわいいって言ってもらえるのが、一番好きよ」 少しだけ重たくて、鬱陶しい言葉。 美人に言われて悪い気はしない、かわいい言葉。 かわいらしい笑顔。 かわいいはとこ。 けれど、どこかグロテスクなその女性らしい微笑みに、なぜか俺は寒気がした。 |