「かわいいね」


真理子



そう、私は大変にかわいい。
生まれた時からかわいい。
罪なほどかわいい。

けれどずっと欲しいのは、「かわいいね」の一言。
ずっとずっと欲しがっている。




西洋人のような彫りの深い、筋の通った鼻が若い頃の美貌を思わせる父。
華のような艶やかな雰囲気を持つ、いつまでも若々しい美しい母。

この二人の間に生まれた私は、当然のように愛らしく可愛らしく美しかった。

私を溺愛する父。
そんな私達を優しく包み込む母。。
理想的な家族。
幸せな家族。

けれど私が小学校にあがってしばらくしてからだろうか。
徐々に徐々に、母の態度がおかしくなっていった。
私に対しての視線、接する仕草が冷たくなっていく。
突然のことに、私は戸惑った。
哀しかった。

けれどある日、その理由のすべてが判明した。

冷たくなった母の分も補うように、ますます私を愛してやまない父。
その私達を見ていた母の目。

なんて醜く、なんて綺麗。
それは、私を焼き殺しそうなほどの、嫉妬。
母は、娘の私に嫉妬していたのだ。



幼い私にすらも分かるようなまっすぐな嫉妬。

ゾクゾクした。
嬉しかった。

私はそれだけ、かわいらしいのだ。

あの美しい母をも嫉妬で醜く変貌させるくらい。


10にも満たなかった私は、女としての勝利を確信した。

私はとっても、誰よりも、世界一、かわいらしい。



***




彼と出会ったのはそれから暫くして。
幼い頃から習っていたピアノの発表会。
見に来ていた母の従妹が、終わった後に声をかけてきた。
その脇に大人しく立っていた私と同じぐらいの少年。
幼いながらも知的な目をして、柔和に微笑んでいた。
優しげな少年。

母にどこか似た明るい雰囲気を纏った女性が私を見て声を上げた。

「まあ、本当にかわいくなったわね!」
「本当、見た目だけ気にするような子になっちゃって」

母の言葉は謙遜と同時に、私に対する冷ややかなものが混じっていた。
が、そんなことは私にはどうでもいい。

当たり前だ、私はかわいいのだ。
それを磨くのは当然のこと。
幼い私ですら、そんなことは分かっていた。
かわいい、なんて私にとっては聞きなれた褒め言葉だが、何度言われてもいいものはいい。

長い睫に大きな目。
いつでも潤んだように輝く目は、私の一番魅力的なところだと思う。
華奢なつくりの細い手足は、私を守りたくて仕方がなくなることだろう。
大人も子供も私に夢中になる。
まあ、同年代の女子には嫌われていたが。
それはそれでかまわない。
女のひがみは、気持ちがよくて仕方がない。
ブスほど美人をけなしたがる。
性格ブス?
面白い。
その性格ブスを釣るんで貶すあんた達はどうなんだ。
人をひがんでいる暇があるなら、性格「だけ」でも磨くといい。
顔の良くない女は、それぐらいしかやることがないのだから。


褒め言葉と嫉妬は、私をもっともっと綺麗にしてくれるような気がした。
もっともっと私を褒めて。
私は自然と笑顔がこぼれる。

「ね、健一郎、真理子ちゃんかわいいね」

彼女は隣の息子に同意を求める。
この年頃の男の子は、かわいい女の子を素直に褒めたりなどできない。
かわいらしい女の子は、かえって照れていじめてしまうのだ。
学校で男の子にいじめられていた私に、父はそう教えてくれた。
そう思えば、男の子というのもかわいいものだった。
涙目で下手に出てみせれば、面白いほど思い通り。
この男の子はどうやったら私に従うだろう。
何度やっても、楽しくて仕方がない。

けれど予想に反して、その頭のよさそうな男の子は私をみてにっこりと微笑んだ。

「そうだね、かわいいね」

幼い頃から数々の賛美を浴びるように受け取ってきた私。
かわいい、綺麗、美人、小学生とは思えない。
そんな言葉は飽きるほど聞かされていた。

だから、分かってしまった。
目の前の優しげな少年の言葉に、まったく心がこもっていないことを。
私ほどかわいい子を見て、一つも心を動かされなかったのだ。

私は、プライドを、ズタズタにされた。


その頃から私は、彼の「かわいいね」の言葉を、ずっと欲しがってる。



***




「おはよう、健ちゃん」

あの幼いくせにどこか大人びていた優しい目の少年は、すっかり背も伸び、たくましくなった。
けれどその柔和な表情はかわらない。

出会いのすぐ後に、彼らは私の家の近くまで引っ越してきた。
あれは、その顔見せだったらしい。
私達は、はとこで、幼馴染だ。

「おはよう、真理子」

軽く色をいれた髪が、綺麗にセットされている。
相変わらずの、柔らかい笑顔。

「あ、髪ちょっと切ったんだな」
「うん、かわいい?」

些細なことでも気づく、細やかな男。
私はいつものように、けれど毎回真剣に、彼の批評を求める。

「うん、かわいい」

優しい笑顔、優しい言葉。

けれど、なんて嫌な言葉。

彼は一つも私を見ていない。



ずっとずっと欲しがってる、心からの「かわいい」。
彼からのその一言を。





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