「かわいいね」 そう、私は大変にかわいい。 生まれた時からかわいい。 罪なほどかわいい。 けれどずっと欲しいのは、「かわいいね」の一言。 ずっとずっと欲しがっている。 西洋人のような彫りの深い、筋の通った鼻が若い頃の美貌を思わせる父。 華のような艶やかな雰囲気を持つ、いつまでも若々しい美しい母。 この二人の間に生まれた私は、当然のように愛らしく可愛らしく美しかった。 私を溺愛する父。 そんな私達を優しく包み込む母。。 理想的な家族。 幸せな家族。 けれど私が小学校にあがってしばらくしてからだろうか。 徐々に徐々に、母の態度がおかしくなっていった。 私に対しての視線、接する仕草が冷たくなっていく。 突然のことに、私は戸惑った。 哀しかった。 けれどある日、その理由のすべてが判明した。 冷たくなった母の分も補うように、ますます私を愛してやまない父。 その私達を見ていた母の目。 なんて醜く、なんて綺麗。 それは、私を焼き殺しそうなほどの、嫉妬。 母は、娘の私に嫉妬していたのだ。 幼い私にすらも分かるようなまっすぐな嫉妬。 ゾクゾクした。 嬉しかった。 私はそれだけ、かわいらしいのだ。 あの美しい母をも嫉妬で醜く変貌させるくらい。 10にも満たなかった私は、女としての勝利を確信した。 私はとっても、誰よりも、世界一、かわいらしい。 彼と出会ったのはそれから暫くして。 幼い頃から習っていたピアノの発表会。 見に来ていた母の従妹が、終わった後に声をかけてきた。 その脇に大人しく立っていた私と同じぐらいの少年。 幼いながらも知的な目をして、柔和に微笑んでいた。 優しげな少年。 母にどこか似た明るい雰囲気を纏った女性が私を見て声を上げた。 「まあ、本当にかわいくなったわね!」 「本当、見た目だけ気にするような子になっちゃって」 母の言葉は謙遜と同時に、私に対する冷ややかなものが混じっていた。 が、そんなことは私にはどうでもいい。 当たり前だ、私はかわいいのだ。 それを磨くのは当然のこと。 幼い私ですら、そんなことは分かっていた。 かわいい、なんて私にとっては聞きなれた褒め言葉だが、何度言われてもいいものはいい。 長い睫に大きな目。 いつでも潤んだように輝く目は、私の一番魅力的なところだと思う。 華奢なつくりの細い手足は、私を守りたくて仕方がなくなることだろう。 大人も子供も私に夢中になる。 まあ、同年代の女子には嫌われていたが。 それはそれでかまわない。 女のひがみは、気持ちがよくて仕方がない。 ブスほど美人をけなしたがる。 性格ブス? 面白い。 その性格ブスを釣るんで貶すあんた達はどうなんだ。 人をひがんでいる暇があるなら、性格「だけ」でも磨くといい。 顔の良くない女は、それぐらいしかやることがないのだから。 褒め言葉と嫉妬は、私をもっともっと綺麗にしてくれるような気がした。 もっともっと私を褒めて。 私は自然と笑顔がこぼれる。 「ね、健一郎、真理子ちゃんかわいいね」 彼女は隣の息子に同意を求める。 この年頃の男の子は、かわいい女の子を素直に褒めたりなどできない。 かわいらしい女の子は、かえって照れていじめてしまうのだ。 学校で男の子にいじめられていた私に、父はそう教えてくれた。 そう思えば、男の子というのもかわいいものだった。 涙目で下手に出てみせれば、面白いほど思い通り。 この男の子はどうやったら私に従うだろう。 何度やっても、楽しくて仕方がない。 けれど予想に反して、その頭のよさそうな男の子は私をみてにっこりと微笑んだ。 「そうだね、かわいいね」 幼い頃から数々の賛美を浴びるように受け取ってきた私。 かわいい、綺麗、美人、小学生とは思えない。 そんな言葉は飽きるほど聞かされていた。 だから、分かってしまった。 目の前の優しげな少年の言葉に、まったく心がこもっていないことを。 私ほどかわいい子を見て、一つも心を動かされなかったのだ。 私は、プライドを、ズタズタにされた。 その頃から私は、彼の「かわいいね」の言葉を、ずっと欲しがってる。 「おはよう、健ちゃん」 あの幼いくせにどこか大人びていた優しい目の少年は、すっかり背も伸び、たくましくなった。 けれどその柔和な表情はかわらない。 出会いのすぐ後に、彼らは私の家の近くまで引っ越してきた。 あれは、その顔見せだったらしい。 私達は、はとこで、幼馴染だ。 「おはよう、真理子」 軽く色をいれた髪が、綺麗にセットされている。 相変わらずの、柔らかい笑顔。 「あ、髪ちょっと切ったんだな」 「うん、かわいい?」 些細なことでも気づく、細やかな男。 私はいつものように、けれど毎回真剣に、彼の批評を求める。 「うん、かわいい」 優しい笑顔、優しい言葉。 けれど、なんて嫌な言葉。 彼は一つも私を見ていない。 ずっとずっと欲しがってる、心からの「かわいい」。 彼からのその一言を。 |