「あ、おいしい」
「うん」

半ば強制的に学校内の購買に連れていかれて、バニラアイスを購入した。
早く寮に言ってゆっくりしたいんだけど、まあいいか。
奢ってもらえたし。
購買の場所分かったし。
一通りのものは揃っているようで、とりあえずは生活に困らなそうだ。

クッキーに合うように、シンプルなバニラアイスを一つ買って二人で分ける。
甘いクッキーと甘いバニラですんごい甘いけど、サクサクとした感触と蕩けるバニラの相性は最高だ。
しかし、太っちゃうな。
目の前で黙々と食べてる人はそんな心配なさそうなスレンダーな体をしているが。
綺麗な筋肉ついてるなあ。
しかし黙りこんで初対面の人と食べるってのはなんとなく気まずい。
雑談でもしてみるか。

「アイス、好きなんですか?」
「好き」
「甘いもの好きなんですか?」
「好き」
「辛いもの好きなんですか?」
「好き」
「私のこと嫌いですか?」
「別に」
「怒ってませんか?」
「ない」
「話すの面倒だったりしますか?」
「うん」
「分かりました」
「うん」

よし、とりあえず気分を害してはないらしい。
ならいいや。
とりあえずそれで我慢しよう。
もう多くは望まない。
この人の機嫌とか、慮るのは馬鹿馬鹿しそうだ。

「そういえば確か、ここの寮って二人部屋なんですよね?」
「うん」
「私の同室ってどんな人なんですか?」

そこでようやくスプーンを止めてくれた。
切れ長の涼しい目で、私を見てくる。
女性だって分かってるし、変人だって分かってるのに、ちょっとドキっとしてしまう。

「うるさい」
「は?」
「面倒くさい」
「えっと」
「我儘」
「………なんか、プラスな意見ないですか?」
「顔はいい」
「いや、なんか性格的な方面で」
「一部の人にはたまらない」

多分私はその一部の人には入らないだろうなあ。
どうしようかな。
いきなり先行き不安になってきたぞ。
ていうかまた顔がいいのか。
そういえばさっきのポニテの子もかわいかったよな。
容姿審査があるのか、この学校は。
いや、でもそれなら私は入れないな。

「先輩、よく言葉が足りないって言われませんか?」
「クールって言ってもらえるから平気」
「………」

まあ、この外見で無口ならクールでかっこいいって前向きにとらえることも出来るかもしれない。
まあ、いいや。



***




「ここ」
「はい」

アイスを食べ終わってようやく部屋に連れてきてもらえた。
随分遅くなってしまった。
日は暮れかけている。
荷物少しは整理しないといけないのに。
まあ、そこまで物が多くないからいいけど。
でも、面倒くさいな。
疲れたから、ベッドで横になってしまいたい。
澄田さんが軽くドアをノックする。

「はい」

部屋の中からは澄んだ鈴のような声。
さて、いよいよルームメイトとの初体面だ。
これからずっと寝食を共にする人だ。
なんとかうまくやっていきたい。
仲良くとはいかなくても、とりあえず面倒じゃない関係を作りたい。

「入るよ、結衣子」
「泉?」
「ルームメイト連れてきた」

ドアの前には澄田さんがいるので、中は見えない。
なんか緊張するな。

「本気だったの!?」

帰ってきたのは焦ったような怒ったような声。

「本気に決まってるでしょ」
「私は嫌だって言ったでしょ!!」
「あの二人に言ってよ」
「あいつら、私への嫌がらせのためだけにこんなことしてるに決まってる!」
「だろうね」
「止めてよ!」
「なんで私が」

えっと、これは間違いなく私、歓迎されてないよね。
仲良くどころか、全力で拒絶されているぞ。
どうしようかな。

「あ、あの………」

言い争いが一旦停止して、澄田さんが私を振り向く。
相変わらず無表情で、どうでもよさそうだ。

「その、そんなに嫌なら、別の部屋でも………」
「多分認められない。あの二人に言って」
「あの二人って」
「依子と静音」

会長さんと副会長さんか。
あの優しそうな二人だったら替えてくれる気がするんだけどな。
認められないってどういうことだろう。

「いや、でもこんなに嫌がられてたら居心地悪いんですけど………」
「嫌に決まってるでしょ!出てってよ!」
「えーっと」

そこで澄田さんが体をちょっと横にどけて、部屋の中の様子が明らかになる。
ベッドと机を置いたら一杯になってしまう、8畳ほどのそれほど広くない部屋。
きゃんきゃんやかましいルームメイト候補は、向かって右のベッドに座っていた。

「う」

本当に容姿審査があるのか、この学校は。
なんだこの極上の美少女は。
気が強い猫のような大きく釣り上がった目。
そのきつい容姿に似合いの小作りな唇はつんと尖っている。
肩より少し長いくらいの黒髪はつやつやと光り輝いて、思わず触りたくなる。
私より5センチ以上は高そうな背と、スカートから延びる白い足が眩しい。

「結衣子、文句はあの二人に言え」
「っ」

澄田さんの言葉に、美少女は釣り上がった目を更につりあがらせる。
そして顔を真っ赤にした。
ああ、そのきつい表情は、この子によく似合う。

「言ってくるわよ!!!」

きっと私を澄田さんを睨みつけると、私たちを押しのけるように部屋から飛び出していく。
いや、私にそんな敵意むき出しにされても困る。
私何も悪くないよね。

「………それで、私、どうしたらいいんでしょうか」
「さあ」

ああ、なんて先行き不安な、スタートだ。
とりあえず、無理矢理そこに居座るって選択肢もあったが、後でどうなるかも分からない。
仕方ないので澄田さんにもっかい学生会室に連れてきてもらった。
私としてもあんなに嫌がっている人と同室っていうのも辛いし。
澄田さんはすごく嫌そうに眉をひそめたけれど。
面倒くさいんだろうな。

「嫌だって言ってるでしょ!!!」
「困った子ね。我儘ばっかり」
「どっちがよ!」

学生会室に着くと、中から言い争いの声が聞こえる。
言い争いっていうか、怒る子供と宥めるお母さん、って感じだが。
これは会長と、さっきの子かな。

「いい加減協調性を身につけなさい。これはあなたのためよ」
「嫌だってば!」

この冷静な声は、副会長さんか。
ぴしりと窘めるような声は、結構厳しい。

「本当に結衣子は子供ねえ」
「うるさい、依子に言われたくない!」
「まあ、どちらにせよ、撤回はなしよ。決められたことだから、我慢しなさい」
「静音!」

そこで結衣子さんとやらは一瞬言葉を飲む。
そして少しだけ間があってから、出てきた言葉は単純明快だった。

「馬鹿!」
「生憎頭はいいわよ」
「私も結衣子よりは成績いいわね」

けれど会長も副会長も全く応える様子はない。
なんか可哀そうになってくるな。

「大っきらい!」

声と共にバタバタと足音が響き、目の間のドアが勢いよく開かれる。
開いたところに私がいたのに一瞬驚き、その後きつくつり上がった眼で睨まれる。

「ふん!」

いや、睨まれても。
私何も悪くないし。

「ふふ、本当に子供ねえ。かわいいわ」
「ねえ」

中に残された二人は穏やかに微笑みながら、結衣子さんの怒りなんて気にした様子もない。
恐る恐る、ドアの陰から覗き込む。

「………あの」
「あら、藤河さん」
「失礼します」

この煌びやかな空間に入るの嫌だけど、あの部屋で過ごすのはもっと嫌だし。
ここは、私からも部屋替えをしてもらうよう頼もう。

「どうしたのかしら?」
「あの、あの人、そんなに嫌がってるなら、私も出来れば別の部屋が………」

そこまで言うと、会長さんと副会長さんは顔を見合わせる。
そして、会長さんが大きな机の肘をついて、ふっとため息をつく。

「困ったわね」
「え?」
「あのね、基本的に部屋替えは許可されてないの」
「え!?」

どういうことだ。
それくらいの自由は許されるだろう。
ものすごく相性の悪い人とかだったらどうするんだ。
会長さんはその強い目で私を見つめながら、先を続ける。

「高等部から全寮制なのはね、社会性と協調性を身につけるためなの。どんな相手でも付き合っていけるように、社会に出ても困らないようにという訓練」
「はあ」
「だから、最初の1年はどんな相手でも、部屋替えは認められてないの」

えー。
そんな馬鹿な。
副会長さんが先を続ける。

「さすがにどうしても合わない相手というのはいるから、2年からはその辺は考慮されるけど。でも、基本的に部屋替えはないわ」
「特に1年生はね」

一対の人形のような美女達は、困ったように笑い合う。
どういうルールなんだ。
まあ、ここがどういうところなのかあんまり調べないまま来てしまったのもよくないけど。
思った以上にアレな場所だった。

「でも、あんなにあの人、困ってますし………」
「あれは困るというより我がままね」
「というかむしろ、私が困るんですが」

まあ、ぶっちゃければあの人の苦労よりも、あの人と暮らす自分の苦労に頭が痛い。
自分のために、ここはなんとか部屋替えを推し進めなければ。
会長さんは私の言葉に頷く。

「そうよねえ。1年の部屋替えも出来ると言えば出来るの」
「それなら」
「でもね、ペナルティがあるのよ」
「え、ペナルティ!?」

いきなり不穏な言葉が出てきたそ。

「そう罰則が」
「ど、どのような」
「1年間寮のトイレを全部掃除」
「厳しくないですか!?」

さっきちらっとだけ寮を見たが、結構広かったぞ。
ここ全寮制でそれほど生徒数が多くないとは言え、それでも200人前後はいたはずだ。
それが暮らしている寮のトイレを1年間掃除。

「それくらいの覚悟を持って望め、ということ」
「え、えええー!」

たかが部屋替えでどうしてそこまで覚悟が必要なんだ。
部屋替えは軍隊の部隊替えかなんかか。
ここは戦場の最前線か。

「依子、藤河さんは転校生だし、それは可哀そうでしょう」
「ですよね!」

副会長さん、いいこと言う!

「だから、半年にまけましょう」
「十分厳しいです!」

変わらねえよ!
思わず先輩相手に素でつっこみそうになる。

「とりあえず、1カ月ぐらい我慢してあの子と暮らしてみるのはどうかしら?」
「う、うーん」
「半年間トイレ掃除をするっていうならいいけれど」

副会長さんはあくまでクール。
いいわけないだろう。

「そ、それは」
「とりあず1カ月やってみて、それでも駄目だったら、私たちも考えるわ」

会長さんがそんな風にまとめてくれる。
しかしそれで納得できる訳がない。

「ていうか、転校生にその仕打ちはひどくないですか。なんでよりによっていきなりあんな攻撃的なルームメイトなんでしょうか」
「意外と意見を言うのね」
「たのもしいわ」

いい加減苛々してきたぞ。
なんなんだこの二人は。
顔に騙されそうになるが、かなり性格悪くないか。
この綺麗なお人形のような顔で見られるとうっかり許しそうになってしまうのだが。
二人はそこでがらりと様子を変えて、少しシリアスな表情を作る。

「あの子はね、あんな態度だけど、とても繊細な子なの」
「そう、昔色々あってね。人と中々打ち解けられないの。あの子が心を開くのは、私達学生会の人間だけ」

なんかそんな風に沈痛な様子で言われると、言葉につまる。
ディープな過去とかがあるのか。

「この学校の人間だと、やっぱり仲良くなれないから、転校生のあなたに希望を託したの」
「いや、一方的に託されても」
「あなただけが頼りだわ」
「だから会ったばかりの人間にそんな期待されても」

しかしそんな過去があろうとなかろうと私には関係のないことで。
私が一番大事なのは私の生活。
これからの3年間を過ごす上で、必要な生活環境を確保することだ。

「なんとかあの子に、同室なのを認めさせてあげてちょうだい」
「あの、人の話を聞いてください」
「トイレ掃除一年間がいい?」

半年じゃないのかよ!
副会長の言葉に突っ込みそうになるが、一応なんとか飲み込んだ。
駄目だ、この人達に何を言っても無駄な気がする。

「分かりましたよ!1ヵ月間だけですからね!」

1カ月して、どうしても駄目だったらさすがにこの人達も考えるだろう。
ていうか私が駄目だったら私が出ていくぞ。

「ありがとう、藤河さん」
「私たちの思った通りの人ね」

二人の悪魔は、そう言ってにっこり笑った。
何をどう思ってたんだが言ってみろ。

「でも、それなら条件と、私にもメリットをください」
「へえ?」

会長さんが面白そうに首を傾げる。
その挑戦的な微笑みに少しひるみそうになるが、ここは引いてたまるものか。
私の快適な学校生活のため、誰が相手だろうと、戦うまでだ。






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