「改めましてよろしく、栗林さん。私は藤河咲耶。これから一緒に部屋になることだし、仲良くしてね」 「………」 部屋に戻ると、栗林結衣子さんは不貞腐れた様子でベッドの上で本を読んでいた。 私がにこやかに精一杯愛想よく挨拶をしても、こちらを見る様子はない。 「えっと、よろしくね!」 「うるさい」 聞こえてないのかと声を大きくしてもう一度挨拶すると、そんなすげない言葉が返ってきた。 うわあ、ムカつく。 笑顔がひきつってくる。 我慢だが我慢。 我慢だ、咲耶。 この子と仲良くなれれば、20万円。 「ごめんね、聞こえてないのかと思って」 「私はあんたが同室だなんて、認めてないから」 「………」 こっちだって好きであんたと同室になった訳じゃない。 むしろできれば同室なんてごめんだ。 こんな性格激悪な奴と、何を好き好んで一緒にいなきゃいけないんだ。 駄目だ駄目だ。 笑顔を崩すな。 平常心平常心。 「そんなこと言わないで。これも何かの縁だし、まだまだお互い知らないことばっかりだし、話してみるのはどう?」 「なんであんたなんかと」 「私、何か栗林さんに嫌われること、したかな?」 そこでようやく栗林さんはこちらをちらりと見る。 その大きな猫の目は、一瞬ドキっとしてしまうぐらい魅惑的だ。 本当に顔だけは極上だな。 この子といい、あの生徒会の連中といい。 「存在が気に入らない」 「え、存在全否定」 「あんたみたいなブスと一緒にいる気になれない」 うーん、悪口のバリエーションは貧困。 私は自分の容姿に特に興味を持ってないから、そこをつつかれてもあまりダメージは受けない。 それにこんな子に言われたら、何も言い返せないし。 「ごめんね、整形は考えてないから我慢して。特に不快感を覚える顔ではないと思うんだけど」 「………」 「まあ、顔は特にこだわってないからいいけど、初対面の人間にそういうこと言うのはよくないと思うよ」 「偉そうに」 「栗林さん、お腹空いてるんじゃない?一緒にご飯食べに行こうよ。そしたらきっと気持ちも落ち着くだろうし」 「私は落ち着いてるわよ!構わないで、放っておいて!」 栗林さんは苛立たしそうに吐き捨てると、本を放り投げてベッドから飛び降りてしまった。 そしてそのまま部屋を飛び出す。 「うーん、手強い」 取り残された私は、そっとため息をつく。 ああ、やっぱりちょっと早まったかなあ。 「いやいや、頑張るぞ!昼食1年間!」 くじけそうな心を奮い立たせて、再度気合いを入れ直した。 鯖の塩焼きに野菜と鶏肉の煮物、ほうれん草のおひたしに豆腐とおあげのお味噌汁。 デザートはリンゴとフルーツヨーグルト。 「おお!」 訪れた寮の食堂に用意されていたバランスのいい美味しそうな夕食を見て、私は感嘆の声を上げた。 周りにいた人が私をちらりと見る。 しまった、声に出ていた。 恥ずかしい。 それにしても、さっきからすごい見られてるなあ。 私の格好、なんか変かな。 私服の人も多いし、浮いてるってことはないよね。 「………転校生?」 自分の格好を上から確認していると、そんな単語が耳に入った。 あ、そっか。 この学校中学校から持ち上がりが多い上に、もう一緒に暮らし始めて半年は経ってるんだよな。 そりゃ私みたいな新参者は不審な訳だ。 「はあ」 やっぱり、入りづらいだろうなあ、この環境。 もう人間関係なんて出来あがってるし。 せめていじめになんて会わなきゃいいけど。 視線から逃れるように辺りを見回し、そそくさと空いている席に一人座る。 初日からご飯一人とか寂しいなあ。 本当なら同室の子とかと来るんだろうけど、アレだしな。 他に知ってる人と言えば、会長さんと副会長さん。 一緒にご飯を食べるなんて、考えるだけで食欲が失せる。 澄田さんは食堂の場所だけは教えてくれたけど、一緒に来てくれる様子はなかったし。 言ったら一緒に来てくれたかな。 でもあの人といても何を話したらいいか分からないし。 まあ、前にいるだけいてくれれば、それなり寂しくないしな。 明日会ったら頼んでみようかな。 「あ、こんばんは藤河さん!」 鯖をつつきながら考えていると、甘い甘い飴のような声が上から降ってきた。 誰かと思って見上げると、そこにはにこにこと笑うポニーテールの少女が立っていた。 それは、お昼に会った印象深い小柄な女の子だった。 いきなり走ってきてスライディングする子なんて初めて見た。 えっと確か、名前は。 「あ、えっと、成田さん?」 「はい、おひとりですか?」 「うん」 よかった、名前はあってた。 成田さんはご飯の乗ったトレイを掲げて、にこにこしている。 「じゃあ、一緒にご飯食べていいですか?」 「あ、本当?嬉しい」 「私も嬉しいです!」 ああ、かわいいなあ、この子。 あんな濃いキャラばっかりの後だと、ほっとする。 なんか泣いてしまいそうだ。 なんかこの学校に来て、初めて人に優しくされてる気がする。 「藤河さん、今日初めてですよね?同室の子は、連れて来てくれなかったんですか?」 「あー………」 「?」 なんとも言いがたくて言葉を濁していると、成田さんは不思議そうに首を傾げた。 とりあえず席について食事を初めて貰ってから、問いかける。 「栗林さんってどんな子?」 「あ、同室って栗林さんなんですか?」 「………そう」 「いい子ですよ!ちょっと人見知りが激しい照れ屋さんです!」 成田さんはにこにこしながら、そう答えてくれた。 あれを人見知りの照れ屋と表現するとは、なんとも心の広い。 それとも私以外には優しかったりするのだろうか。 私だけが気に食わないのか、もしかして。 え、なにそれショック。 そんなに人に不快感を与える外見も性格もしてないと思うんだが。 「仲いいの?」 「近づくと、あっちに行けって言われます!シャイな人なので、中々お話できません」 「………えっと」 ああ、なんというか、ちょっと行きすぎなぐらい大らかなのか、成田さんが。 うん、まあ、優しいのはいいことだ。 それにしても食べ方下手だな、この子。 ぽろぽろ箸から御飯が零れている。 汚いっていうより、犬っぽくてかわいいんだが。 まあ、いいか。 「あの人、誰にでもそんな感じなの?」 「はい。生徒会の人以外とは、あまりお話してるところみません」 「………はあ」 まあ、仲は良さそうだったな。 会長さんとも副会長さんとも澄田さんとも。 だったら自分らで始末をつければいいものを。 「生徒会の人と仲いいと皆から嫉妬されちゃうんですけど、彼女はすごい綺麗だし堂々としているので、逆に尊敬されてるんです」 「そんな生徒会って特別なの?」 「皆の憧れの的ですよ!」 あれがか。 ていうか女子高って感じだなあ。 やっぱりああいう人達がモテるのか。 まあ、女子高じゃなくても女子にも男子にもモテそうな人達だったが。 「そういえば、成田さんも、澄田さんにクッキーとか上げてたね」 そう言うと、成田さんはほわんと顔を赤らめた。 ほっぺたにご飯粒をつけながら、照れくさそうにはにかむ。 ああ、マジでかわいいな、この子。 小動物的で。 「私、先輩のこと大好きなんです!」 「………えっと、どの辺が」 「優しいところです!」 「………えっと、そっか」 あの人、優しいのか。 あのやりとり見てたら、全く優しさを感じ取ることができなかったが。 まあ、私は会って間もないから知らないだけなのだろう。 きっと秘められた優しさみたいのがあって、成田さんには感じ取ることができるのだ。 そういうことにしておこう。 つっこんでも無駄そうだし。 「えーと、それよりさ」 「はい?」 「その敬語って、いつもなの?」 「え」 「同い年でしょ?できれば普通に話してほしいな」 「あ、これ癖なんです」 「そっか。じゃあしょうがないか」 「すいません」 「あ、全然」 申し訳なさそうに眉をひそめる成田さんに、私は慌てて手を振る。 他人行儀じゃ嫌だなって思っただけで、誰にでもそうだというなら無理に直してもらう必要はない。 本人が楽なのが一番だ。 「成田さんって、真面目なんだね」 「そういう訳じゃないんですけど………」 ちょっと俯いて、また恥ずかしそうに笑う。 ああ、また箸から鯖を落っことして。 骨が散らばってるし、魚食べるのも下手なんだな。 食べるの遅いし。 しかし、この子がやるとなんかかわいいから問題ない。 「あ、良ければ優実って呼んでください」 「いいの?」 「はい!」 なんて和むんだ。 この学校にもまともな子がいてよかった。 あんなんばっかりだったら、今後どうしようかと思った。 今後3年間、なんとかやっていかなきゃいけないのに。 「じゃあ、よろしく優実ちゃん。私のことも名前で呼んで」 「えっと、いいんでしょうか?」 「嫌じゃないなら、是非呼んで欲しいな」 すると優実ちゃんはにっこりと嬉しそうに笑った。 それから、あ、と慌てた声を上げる。 「そういえば、お名前まで聞いてません」 「あ、そうだっけ」 そうだったけかな。 そうだったかも。 「咲耶っていうの、よろしく」 「はい!こちらこそよろしくお願いします、咲耶さん!」 さん、か。 なんか上品だなあ。 お嬢様学校ってこういう感じなのかな。 馴染めるかなあ、本当に。 でも、とりあえずは、お友達一人ゲット、かな。 「出来れば、仲良くしてね」 「はい、勿論です!」 ああ、和む。 |