「秋庭、あいつはやめておいた方がいいぞ」 霧口は薄汚れた制服姿で入ってくるなりそう言った。 俺と同じような素行の、俺と同じような趣味を持った人間。 さっそくあいつに目をつけて、襲ったようだ。 まあ、当然の結果だ。 男なら手を出さずにはいられないだろう。 「なんだよ?」 「あいつのボディガード。つええつええ。無理だわ、あれ」 「よわっちいな」 別に俺は処女性にこだわってはいない。 桜川が他の人間にやられても、最終的に俺のものになればいい。 だから俺は焦ってなかった。 むしろ初ものの面倒くさいから、ある程度こなれてた方がいい。 痛がるだけの処女はそんなに好きじゃない。 なので、周りがあいつを襲おうとしても俺は静観していた。 あいつの出方と、あいつの周辺を探るために。 「うるせーな、あいつ絶対なんかやってるぞ。他のも全員返り討ちにあってるんだからな」 あんだけ目立つ容姿だ。 他の奴らも散々いったらしい。 そして見事に敗れ去った。 霧口は忌々しそうに青紫に腫れた頬をさする。 随分と痛々しい姿になっていて、笑える。 「正攻法で普通にコクった奴もだめだったらしい。あのボディガードが近寄らせてもくれねえ」 「そりゃ、お前らじゃな」 こいつらみたいな弱っちいのじゃ、そりゃ無理だ。 顔も悪いしな。 俺が馬鹿にしたのが分かったのか、霧口は眉をしかめる。 「秋庭ならなんとかできるつーのかよ」 「俺になんとかできないと思うか?」 「………まあ、秋庭だもんな」 霧口はしぶしぶ認める。 俺は強い。 小さい頃から武道を習っているし、ケンカ慣れしている。 まあ、道場は素行が悪くて早々に破門にされたのだが。 それでも、その辺の奴らよりは強い。 この学校に来てから負けたことはない。 というか生まれたこの方ケンカで負けたことはない。 負けるとしたら柳瀬ぐらいかもしれないが、こいつとケンカする気もない。 負けるケンカをする気はない。 それに、俺は家が結構な権力と金持ちなので、すべてを揉み消してくれる優しい親がいる。 何をしようが、俺の自由だ。 学校の教師も、見て見ぬふりだ。 まあ、そこまで社会の迷惑になるようなことをしようとも思わないが。 馬鹿馬鹿しいし。 学生のうちの性の暴走なんて、かわいいもんだろ。 別に正攻法で行っても男も女も落とす自信はある。 力だけの男って訳でもない。 少々粗削りで男臭いものの、顔は十分整ってるし社交性もある。 金はあるし、背は高いし。 うわ、俺パーフェクトじゃん。 非の打ちどころが見つからない。 「そ、俺だしな。じゃあそろそろ俺が行くかな。どうやら告げ口する様子もないし」 あいつの家も結構な旧家らしい。 政治屋なんかも輩出している、名家。 ゴタゴタすると面倒だが、こんなところに送られるくらいだから、跡取り息子でもないようだ。 今まで散々霧口みたいのがとっこんでも、親に訴える様子も、転校する様子もない。 とりあえず、家が口を出してくることはないらしい。 それなら、家同士で構えるようなややこしい問題にもならないだろう。 「いいよなあ、家の七光りがある奴はよ」 羨ましいのかひがみか嫌みか、霧口は含みを持たせる。 嫌みにしても嫌みになってない。 事実を言われても、悔ししくもムカつきもしない。 俺は別に何も堪えない。 使えるものを使って何が悪いのか。 恨むなら俺に権力を持たせて、お前に持たせなかった神様でも恨め。 「うらやましいか、悪いな家が金持ちで」 そう返すと、霧口は鼻白んだ。 小さいやつ。 だからお前は駄目なんだよ。 「でも、正攻法でもいいかもな」 先日触った、柔らかな髪の感触を思い出す。 まるで繊細に作られた人形のような、儚い笑顔。 『そこまで言い切られると、気分悪くないものですね』 くすくすと少女めいて笑う。 俺としたことが、馬鹿みたいに見とれていた。 それぐらい、桜川はかわいくて。 少しだけ壊したくないと、そう思ってしまった。 別に無理矢理が好きって訳じゃない。 単に男に媚売ってまでヤる気がなかっただけだ。 女じゃない。 ただの性欲処理。 そんな相手に、優しくする必要がどこにある。 でも、あのとても綺麗な少年に、憎まれるのはきっといい気分じゃないだろう。 あの、綺麗な笑顔を壊したいとは、あまり思わない。 「なんだよ、ビビってんの?」 「あ?」 「あの付き人とやり合いたくないんだろ?」 けれどそんな俺に、霧口は馬鹿にしたよう鼻を鳴らす。 安い挑発。 腹が立つというより、分かりやすくて呆れてしまう。 自分がやられたのがそんなに悔しかったのか。 本当に小さい、三流雑魚キャラ。 別に挑発にのってやる義理はない。 「お前と違って、俺は自分自身の魅力にも自信があるんでな」 だからそうやって笑ってやる。 霧口は鼻に皺を寄せて、小さく舌打ちする。 マジ小者。 俺は思わず笑ってしまう。 「でも、まあ」 「なんだよ」 「あのボディガード君をぶちのめしてから口説いてもいいけどね」 たとえそれが負け惜しみだろうと、馬鹿にされるのは俺の主義じゃない。 それに、正攻法で行くにしても、あいつは邪魔そうだしな。 俺の手を振り払った時の、敵意に満ちた目。 あのクソ生意気な眼鏡。 排除してから、ゆっくり攻略してもいい。 霧口はぽかんと口をあける。 俺はもう霧口には構わず、傍らで座って本を読んでいた柳瀬に声をかける。 「じゃ、柳瀬、俺午後の授業サボるわ」 「ああ」 柳瀬は俺が何をするかを知っていても、止めない。 俺を止められるとしたらこいつくらいなものだが、こいつは正義感だの道徳心だのを持ち合わせていない。 自分の興味のあることにしか、動かない。 ある意味、俺以上にタチが悪い。 「ま、気をつけろ」 ただ、珍しくそんな言葉を残した。 こいつが俺を心配するような言葉をかけるなんて、明日は雨か。 「珍しいな。どうしたんだ?」 「いや、とりあえず頑張れ」 「おう、腰が抜けるまで頑張ってくるぜ」 柳瀬の煮え切らない言葉に、俺は軽く手を振った。 |