「はあいー、こんにちは、瑞樹ちゃん」
「ああ、先輩、こんにちは」

昼休みを裏庭でとっているのは知っていた。
クラスの中でも注目されている桜川は、休み時間は人を避けるために移動するらしい。
まあ、そんなことしても俺みたいのが寄ってくるから意味がないんだが。

「あ、ちょっと付き合ってくれない?」

にこりと笑って会釈する桜川に、俺も笑って問いかける。
どうも、毒気が抜かれる。
学校中の煙たがれている人間のとる行動じゃない。
でも、桜川の笑顔はどんな人間の警戒心も解いてしまうほど、かわいい。

「俺たちは食事をとっています。申し訳ないがあなたに付き合ってられません」

しかしそんな俺の上機嫌に水を差すように、陰険な声が割って入る。
桜川の向かいでやはり一緒に食事をとっていた眼鏡がこちらを睨みつけていた。

「お前に聞いてねーんだよ、ボケ。人の話に入ってくんな」

俺も苛立ちを籠めて睨みつける。
自慢じゃないが俺の目つきは悪い。
少し気の弱い奴ならそれだけで謝ってくるような凄味がある。
けれどムカつく男は動じない。
更に険を込めた視線を向けるだけだ。

「瑞樹に話があるなら、まず俺を通していただきたい」
「あ?俺に言ってんの?礼儀がなってねーな新入生」
「尊敬に値しない人間に、払う礼儀はない」

取りつく島もない、にべもない態度。
それまではふざけ半分だったが、さすがに本気になってくる。
桜川の犬だし、ひどい目に合わせるのはやめようかと思っていたがそんなささやかな慈悲も消え去る。
桜川は困ったように犬に手をかける。
その親しげな態度すら、ムカつく。

「秀一、別に………」
「下がってろ、瑞樹」
「かっこいいー、ナイトだね!」

寮で作ってもらえる弁当を脇において、眼鏡は立ち上がる。
綺麗な背筋、清潔そうな整った顔、隙のない制服の着こなし。
その何もかもが作ったような優等生で、いけすかない。
優等生は、自然体をとり、構える。
明らかに一戦交える気だ。
予想以上に好戦的な男を挑発するように、俺は鼻で笑う。

「やるの?血気盛んだね。別に俺は瑞樹ちゃんとちょっとお話したいだけなのに」
「瑞樹の名を軽々しく呼ぶな」
「何、お前瑞樹ちゃんのカレシかなんか?なんだ、もうお手付きか?」
「………下種がっ」

分かりやすい揶揄に、男は簡単に乗った。
思ったよりもずっと単純な男のようだ。
怒りで熱くなる頭に、その動きも単純なものになる。
直線を描いて撃ち込まれる拳を、俺はわずかに身を引いてよけた。
確かに早いしパワーもそれなりだが、教科書通りの動きだ。

「くっ」
「遅い遅い」

たやすく避けた俺が意外だったのか、眼鏡は眉をしかめた。
俺は自分でもムカつくだろう嫌みな笑い方をしてみせる。
容易く乗って、更に男は熱くなる。

「くそっ」
「おっと、お、おしい!」

打ち込んできた勢いを殺さないまま、眼鏡は方向転換をする。
そのまま抜き手で首を狙ってくる。
しかし熱くなった頭は、足もとに注意が回らなかったらしい。
腰をかがめてその足を払うと、笑ってしまうぐらい簡単に男は尻もちをついて倒れた。
すぐに身を起こそうとするところを、胸に蹴りを入れて仰向けに倒す。
そのまま右腕をとると、俯かせるように脇腹にもう一度蹴りをいれた。
ごきり、と嫌な音がした。

「………つっ」
「お、叫び声をあげないか。健気だね」

動きを封じるために、とりあえず関節を外させてもらう。
激痛に眼鏡は顔を顰めるの。
しかし歯を食いしばり声を殺して、睨みつけてきていた。

「秀一!」
「ほら、お姫様が呼んでるぜ」

怯えていたのか、黙って見ていた桜川だったが、さすがに駆け寄ってくる。
怖がらせただろうか。
嫌われちまうかな。
せっかく優しく口説こうかと思ってたのに。
ったく、この眼鏡のせいだ。
俺は背中に置いた足を動かして踏みにじる。
眼鏡は顔をしかめるが、痛いとも言わず自分の主に視線を向ける。

「み、ずき………いいから、行、け」
「うわ、かっこいい。這いつくばってまで彼女の心配?そんなに惚れてるの?」
「く、そが………」
「うるせーよ、負け犬」
「ぐ」

弱いくせにかっこつけてる男がムカついて、俺は脇腹を思いきり蹴りつけた。
桜川は逃げもせずに眼鏡の傍らにしゃがみ込む。

「秀一!」
「はいはい、瑞樹ちゃんお待たせ。じゃお楽しみタイムだね」

こうなったら、いつものコースしかないだろう。
無理矢理やっちまって、なし崩しにダッチワイフだ。
まあ、しょうがない。
それでもこの容姿なら楽しめるだろう。

「み、ずき………」

地面に這いつくばりながら、それでも眼鏡は主を逃がそうとする。
なんとも健気で、涙が出てくるね。

「お前の前でぐっちゃぐちゃにやっちまったら楽しそうだな」
「こ、の、へんたいやろう………」
「足もはずしてやろうか」
「つっっっ」

もう一度、今度は抜けた肩を蹴りつけた。
すると、さすがに声を洩らす。

「秀一!」
「さーて、おいで瑞樹ちゃん。可愛がってやるぜ」

桜川は悲痛な声を上げる。
優しくしたかったのは確かだが、そんな声にも興奮する。
苛め尽くして泣き声を上げさせるのも、悪くないかもしれない。

「ほら、瑞樹ちゃん、イイコトしようか」

俺は楽しくなってきて、笑いながら桜川の細い肩をつかんだ。





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