なんとか瑞樹が部屋に帰る前に戻り、服を着替えることが出来た。 破られた服なんか見たら、瑞樹がどう反応するか分からない。 それでも腫れた頬はどうしようもないのだが。 案の定、瑞樹は俺の顔を見るなり、顔を不愉快そうに歪めた。 「………おい、秀一、それどうした」 低く、瑞樹らしくない静かな声で問う。 その不機嫌さが怖くて、身が竦む。 「その、喧嘩を、売られて」 冷静に返そうと思っていたのに、つい声が震えてしまう。 瑞樹はますます眉に皺をよせ、目を吊り上げる。 「どこのどいつだ」 「に、二年の、奴らだった」 「顔は覚えてるか」 「あ、ああ」 そういえば、どこかで見たことがある奴らだった気がする。 どこで見たのだろう。 まあ、元々生徒数が少ない学校だから、だいたいどいつも顔を見たことがあるのだが。 「教えろ」 「えと、どうするんだ?」 「潰す」 瑞樹は淡々と静かに、顔色一つ変えずに言い切った。 その迷いのなさに、一瞬言葉を失ってしまう。 その気持ちはとても嬉しい。 俺のために、怒ってくれてるのは嬉しい。 でも、もしあいつらと話をさせて、俺がそういう意味で襲われかけたことや、柳瀬に拾われたことを知られる訳にはいかない。 いずれ知られることかもしれない。 いや、いずれ言わなければいけないことだ。 でも、今はまだ、心の整理もついていない。 もう少しだけ、時間は欲しい。 「い、いや、瑞樹に手を煩わせるほどじゃ」 「いいからさっさと教えろ」 「でも」 「うるせえ、教えろ!人のモンに手え出しやがって。本当にこの学校の奴らはどーしようもねーな!」 声を荒げ怒りを露わにする瑞樹は、その怒りが自分に向いているわけじゃないと分かりながら、怖くなる。 胸が冷たくなって、きゅっと絞られる感じがする。 痛みを誤魔化す様に胸元を抑えて、小さく息を吐く。 「お、俺がもうやったから、大丈夫だ」 「お前が?」 瑞樹が疑っているのか、胡乱な目で見てくる。 落ち着け。 柳瀬に言われたとおり、言えばいい。 「俺だけ、じゃないけど。その、柳瀬が助けてくれた」 「柳瀬って、あの秋庭のルームメイトか」 「ああ、ちょうど、通りかかって」 俺一人でといったら、疑われるかもしれない。 だから、そこだけは正直に言えばいいと言われた。 真実を織り交ぜたほうが、隠し事も嘘もうまくいくといって、あの酷薄な男は笑った。 「だから、大丈夫だ」 重ねて言うと、瑞樹は納得したのかしないのか、唇を歪める。 そして、その綺麗な髪をくしゃくしゃと掻き回す。 「お前が大丈夫、大丈夫じゃないとかは別として俺がムカつく。お前に手を出されたのが、すっげー腹立つ」 「ご、ごめん」 「………」 反射的に謝ると、瑞樹はもう一度頭を掻き回し、目を伏せて、ため息をついた。 そして目を開けて、怒りの表情を消し、苦笑した。 「いや、過保護だったな。お前が、自分で解決したんだもんな」 「あ、ああ」 「俺が出る幕じゃねーよな。お前だって、一人でできるもんな」 俺は弱いから、瑞樹は、いつだってこうやって守ってくれた。 心配してくれた。 俺を傷つけるものを追い払い、盾になってくれた。 そして俺はそれに甘えすぎて、役立たずの重荷になった。 もう、それは、終わりにしないといけない。 瑞樹を、解放しなければいけない。 「今回は、大丈夫だ。ありがとう、瑞樹」 大好きな瑞樹。 眩しい瑞樹 縋りつきたい。 泣きつきたい。 いかないでと言いたい。 でも、そうしたら俺は余計に瑞樹に鬱陶しがられる。 「いつも、守ってくれて、ありがとう。瑞樹には、いつも、ずっと感謝して、る」 なんとか、笑って告げる。 瑞樹にこれ以上嫌われないうちに、疎ましがられないうちに、弟でいられるうちに、離れなければいけない。 離れる方法は、柳瀬が、教えてくれた。 「………」 瑞樹は、じっと真顔で俺の顔を見つめる。 思わず気圧されて一歩下がってしまう、強い視線。 「なんだ?」 「なんか、急に様子変わったよな」 「え?」 様子、変わっただろうか。 いや、確かに、今朝よりずっと、心は落ち着いている。 ここの所ずっと泥沼を這いずりまわっているようだったのが、汚泥から抜け出したように軽くすっきりしている。 「まあ、前よりはいい顔してるか」 「………」 「最近なんかうじうじ悩んでやがってるみたいだったし」 瑞樹はなんでもお見通しだ。 俺のことなんて、なんでも、分かる。 ずっと一緒だった。 ずっと一緒にいてくれた。 瑞樹がいなければ、気が狂いそうだった。 でも、だから、もう、十分だ。 「大丈夫なんだな」 大好きな瑞樹。 優しい瑞樹。 眩しい瑞樹。 ずっと一緒にいたかった。 ずっとお前のモノでいたかった。 お前の所有物でいたかった。 「………ああ」 でも、それはお前を困らせ、鬱陶しがらせるだけ。 だから、手を、放さなきゃ。 「ありがとう、瑞樹。俺は、大丈夫だ」 いつかお前がいなくなっても、きっと大丈夫。 だって、俺には、飼い主が、いるから。 もう慣れ親しんでしまったいつもの埃っぽい資料室。 甘い匂いのする男の腕の中。 久しぶりに感じる日常に、ほっと息をつく。 こうやって過ごした時間なんて、二月と少し。 それなのに、これが日常だと感じてしまう。 「なあ」 「ん?」 本を読むこいつの腕の中が、こんなに落ち着く場所になるなんて、思わなかった。 どこかでおかしいと、思ってもいる。 俺を力で屈服させ、服従させ、凌辱し、好きに弄んだ。 人を犬扱いして、面白がっている。 あの男たちと、どこが違うのだろう。 よく考えれば、やってることは一緒じゃないだろうか。 でも、あいつらは駄目で、こいつに触れられるのは、大丈夫。 なんでなのだろう。 おかしい。 「お前は遭難したことがあるのか?」 「遭難?」 柳瀬は本から顔をあげて、俺を見下ろす。 だいたい無表情か冷笑のどちらかを浮かべている、細い目薄い唇の、整ってはいるが酷薄な印象を受ける顔。 「遭難したことがあるから、お菓子好きなんだろ?」 「ああ。ガキの頃からメシ抜きなることが多かった。非常食代わりに持ってないと落ち着かない」 「メシ抜きって、お前、悪いことするのか?お仕置きされたのか?」 こいつがお仕置きされるなんて、あまり想像できない。 まあ、していることは悪いことばっかりな気がするので、お仕置きぐらいされるかもしれないが。 「主に兄弟喧嘩だな」 柳瀬は薄く笑ってそう言う。 兄弟喧嘩、か。 胸がちくりちくりと痛む。 兄弟喧嘩なんて、俺はしたことなかった。 喧嘩が出来るぐらい、仲がいいのなら羨ましい。 でも前に聞いた時、家族のことをぼろくそに言っていたっけ。 「兄弟で、あまり仲良くないのか?」 「よくはないな。お互い死ねばいいと思ってる程度の仲だ。二番目の兄が特につっかかってるから何度か殺しかけた。あいつのせいでメシ抜きになることが多かった」 想像したのと違う答えに、固まってしまう。 兄弟喧嘩って、そういう殺伐としたものだっただろうか。 瑞樹と妹の玲様はよく喧嘩していたが、仲がよく喧嘩していても微笑ましかった。 玲様は女の子だから、また事情が違うのかもしれないが。 「………死ねば、いいって」 「お前にも兄がいたな。思ったことはないのか?」 柳瀬の何気ない問いに首を横に思いきり振る。 そんなこと、思ったこともない。 「………兄さんは、怖い」 喧嘩なんて、したことがない。 一方的に罵られ、殴られるだけだ。 いつ怒られるかいつ殴られるか、いつだってびくびくしていた。 姿を見るだけで、怖くて仕方なかった。 「そうか」 柳瀬が、あやす様に頭や耳や喉を撫でてくれる。 冷たくなった心が、それで少し温まる。 「ほら、食え」 そしていつものように横に置いてあったチョコレートを口に入れてくれる。 今日は甘い甘い、ミルクチョコレートだ。 「一番、チョコが好きなのか?よくチョコを食べてるよな」 「一番力が出るからな」 力が、出るか。 よくわからない。 甘いものはほっとするから好きだけど。 「秀一、うまいか?」 「ああ」 俺がチョコレートを食べきると、柳瀬は満足げに頷く。 そして再び、本に視線を戻そうとする。 粗暴な男は、意外と読書家で、ここにいるときはだいたい本を読んでいる。 「本、色々、読むな。なんでもいいのか?」 「ああ、本は面白くてもつまらなくてもなんでも勉強にはなる。知識は蓄えておいて損にはならないしな」 「なんか、面白い本あったら、教えてくれ。俺も読みたい」 「分かった、次に持ってこよう」 「うん」 柳瀬がどんな本を読んで、何を考えるのか知りたい。 同じ本を読めば、このよくわからない男が、少しは理解できるだろうか。 「他に聞きたいことはあるか?」 柳瀬は本を置いて、小さく笑う。 質問攻めに、しすぎてしまっただろうか。 また、心がツキンと、冷たくなる。 「あ、うるさかったか?いやだったか?」 しつこくしすぎてしまっただろうか。 小さい頃、こうやって瑞樹に話しかけて、よく怒られた。 少しは黙ってろと、言われた。 あの頃みたいに、してしまっただろうか。 柳瀬も、うるさいと思っただろうか。 柳瀬にも鬱陶しがられたらどうしよう。 「嫌じゃない」 柳瀬は笑って、頭を撫でてくれる。 けれど、怖くて、指先が震える。 疎ましがられるのは、嫌だ。 「ごめん」 「だから、嫌じゃない」 謝る俺の背を引き寄せ、柳瀬が抱きしめてくれる。 そしてくすくすと上機嫌そうに笑う。 「お前が話してるのを聞くのは好きだ。なんでも聞け、なんでも話せ」 「………鬱陶しく、ないか?」 「ない。何か話せ。お前の大事な大事な瑞樹の話でもいいぞ」 怒ってはいないようで、ほっとして肩の力がぬける。 でもそうやって話せと言われると、話のネタが浮かばない。 色々聞きたいこともあったんだけど。 「えっと」 「ああ」 しばらく考えて、前からちょっと考えていたことを聞く。 「瑞樹とお前、どっちが、強いかな」 「さあな、桜川は強そうだ」 「………どうして、お前らは、そんなに強いんだろうな」 瑞樹も柳瀬も、桁違いに強い。 俺もそれなりに鍛えているし、一対一な状態ならほとんど負けないだろう。 秋庭もかなり強かった。 俺は全然敵わなかった。 でも、その秋庭すら、簡単に瑞樹は凌駕する。 少しだけ見た、柳瀬のその圧倒的な強さは、瑞樹に匹敵するぐらいだった気がする。 「お前も十分強いだろう。ただ、喧嘩慣れはしていない」 「喧嘩、慣れ?」 「お前も秋庭も優しすぎるんだろうな。勝てるか勝てないかは、人を躊躇なく殴れるか殴れないか、それだけだ」 柳瀬は犬にするように俺の背中や顔を撫でながら話す。 擽ったいが、触れられるのは、気持ちがいい。 「躊躇なく、殴る?」 淡々と言われた言葉よくわからなくて聞き返す。 人を殴ることは、俺も秋庭もしているはずだ。 「っ」 その瞬間、風を切る音がして、柳瀬の拳が目の前にきた。 驚いて咄嗟に目を瞑ってしまう。 「な、何」 殴られるのかと思ったがそうでなく、恐る恐る目を開ける。 柳瀬はすでに腕を引いて、また俺の頭を撫でる。 「目を狙えば、反射的に人は目を瞑る。そのまま目を潰すなり鼻を潰すなりする。顔は急所の塊だ。目を潰せば、動きも止められる」 「顔………」 「骨を折る、石で殴る、ナイフで刺す、それが躊躇いなく出来れば、勝てる可能性は高くなる」 確かに最初に目を潰してしまえば、勝てる可能性は高いかもしれない。 でも、目や鼻を狙う。 想像して、恐怖で身震いする。 「でも、顔を殴られるのは、痛い、怖い」 振り上げられた手で打たれる頬の衝撃を覚えてる。 衝撃、痛み、その後の熱。 怖くて怖くて怖くて、いつだって泣きながら謝った。 それもまたあの人を苛立たせて、更に打たれたけれど。 「そうだな。そうやってされる側を想像できる奴らは優しい」 柳瀬はふっと笑って、俺を抱きしめる。 髪を掻き回す様にして、頭を撫でる。 「お前はそれでいい。お前が殴る必要はない。俺が守る」 額にそっとキスをされる。 それは温かくて、気持ちいい。 「でも」 こうやって抱きしめられ甘やかされるのはとても気持ちがいい。 でも、いつまでも、弱いままでいたい訳じゃない。 怖くても、痛くても、立ち向かわなきゃいけないこともある。 「俺も強くなりたい。俺に、戦い方を、教えてくれるか?」 「教えるようなものもないんだが」 「でも、俺も自分の身は守れるぐらいになりたい」 もう、あんな風に好きにされるのはごめんだ。 これ以上暴力で屈すのは、嫌だ。 せめて自分の体ぐらい、自分の自由にできるぐらいには、強くなりたい。 「それに、俺はお前の犬だろう?お前と一緒にいていいぐらい、強くなりたい」 それは、瑞樹と一緒にいる時も、そう願っていた。 強い瑞樹と一緒にいられるように、俺も強くなりたい、と。 瑞樹とは離れるが、それは変わらない。 この強い男と一緒にいて、この男の犬として過ごすなら、少しは強くならないといけないだろう。 守られっぱなしなんて、嫌だ。 「いい子だ」 柳瀬は優しく優しく微笑むと、唇にキスをする。 どうやら、俺は、柳瀬を喜ばせたらしい。 喜んでくれたのが嬉しくて、胸がうずうずとする。 「じゃあ、今度から、少しづつ教えてやる。と言っても、お前は基礎がちゃんとあるから、教えられることもそうないけどな」 「それでもいい。手合せとかしてくれ」 「ああ、分かった」 柳瀬は頷いてくれる。 この強く圧倒的な男に、少しでも、近づければいい。 一緒にいて許されるぐらい、強くなりたい。 「それにしても、桜川は良家のお坊ちゃんだろうに、なんであんなに場馴れしてるんだ?」 「………瑞樹は小さい頃からあの外見だったから、舐められたり、誘拐されそうになったり、その、襲われそうになったりしていた」 攫われかけたのは一度や二度じゃない。 そのたびに旦那様の手配や、瑞樹自身の機転によって切り抜けてきた。 そしていつしか瑞樹は自分の身ぐらい自分で守りたいと熱心に稽古をするようになった。 「それを成長してからは全部自分で排除していた。元々才能はあったし、あっという前に強くなった。そうだな、お前が言うとおり、瑞樹は躊躇しない」 瑞樹は基本的に優しいけれど、戦う時に躊躇うことはない。 「自分の敵になる人間を、許さなかった」 自分の敵に回った人間は一切の容赦なく、叩き潰してきた。 そういえば、そんな時の瑞樹と柳瀬は似ているかもしれない。 躊躇いなく迷いなく、ただ自分の力をふるうことができる、そぎ落とされた強さ。 俺は、それを持つことができるのだろうか。 「あの小さな体であれだけ強いんだ。大したものだ。すごいな」 考えていると、柳瀬が感心したように瑞樹をほめる。 瑞樹が褒められて、自分のことのように嬉しくなってしまう。 「うん!瑞樹はすごいんだ。頭もいいし、強いし、優しいし、いつだって、綺麗で、真っ直ぐで、眩しかった。それで、なんでもできて」 瑞樹への賞賛を並べていると、柳瀬は俺の顔をじっと見つめていた。 そこでやっと我に返る。 「あ、ご、ごめんなさい!」 飼い主の前で、前の飼い主を褒めるのは、いい気分ではないだろう。 慌てて謝るが、柳瀬はふっと笑って、先を促す。 「いい。聞かせろ」 「でも」 なるべく、気分を害したくない。 嫌われたくない。 鬱陶しいと思われたくない。 「秀一」 俯くと、大きな手が俺の頬を包み顔を上げさせれた。 柳瀬はうっすらと笑って、俺をじっと見ている。 「俺はお前が何をしようが、どれだけうるさくしようが、黙っていようが、吠えようが噛みつこうが、桜川のことを話そうが、構わない」 何をしても、構わない。 それは、どういう、意味なのだろうか。 「………それは、俺が、何をしようと、どうでもいいって、ことか?」 恐る恐る問いかけると、柳瀬は吹き出した。 そして頭を撫でて、額にキスをしてくれる。 「ただ、お前がお前であれば、俺には愛しいということだ」 覗き込む優しい目。 優しい声。 優しい言葉。 言われている言葉が、中々理解できなくて、何度も瞬きをする。 「飼い主は犬のすべてを愛するものだろう。俺もお前のすべてを愛する」 嘘だ嘘だ嘘だ。 そんなの、嘘だ。 そんなの、嘘だ。 俺を愛してくれる人なんて、いるはずがない。 心が、体が、震える。 胸がきゅうきゅうと引き絞られ苦しくて、でもいっぱいに溢れてきて、破裂しそうだ。 「で、でも、お前は、俺を殴るだろう」 「しつけだ。だが多少じゃれつかれて噛みつかれるのも悪くない」 その割には、結構殴られた気がする。 いや、俺も、だいぶ歯向かったりもしたけれど。 「お前はただ、お前の飼い主が俺だってことを忘れなければそれでいい」 俺の飼い主。 俺を服従させる男。 俺のすべてを支配してくれる男。 「俺に服従して、そしてお前がお前であれば、俺はなんだってお前がかわいい」 ぎゅっと抱きしめられて、耳元でささやく。 そして、耳にキスをされる。 喉に、肩にキスをして、最後に頬にキスをする。 「………お前は、酷いやつで、最低なやつなのに」 その温もりが泣き出したくなるほどに、優しく感じる。 いや、泣き出したくなるほど、じゃない。 もう、泣いていた。 涙が溢れてきて、ボロボロ零れて、頬を濡らす。 「俺が欲しかったものを、沢山くれる」 嫌いだったのに。 憎かったのに。 それなのに。 「俺はお前の飼い主だからな」 「………っ」 優しくしてくれる。 抱きしめてくれる。 愛してくれる。 俺のすべてを認めてくれる。 それはずっとずっと、俺が欲しかったもの。 「ん」 堪えきれなくなって、首に腕を回し、その薄い唇にキスをする。 押し当て、物足りなくて舐める。 「いい子だな」 柳瀬は俺の背を撫でながら、くすくすと笑う。 笑ってくれるのが嬉しくて、キスを深くする。 もっと近づきたくて、体を擦り付ける。 「う、ん、ん」 前と違って受け身で動かない柳瀬の舌がもどかしくて、強く吸いつき、絡める。 体が熱くなってきて、柳瀬の堅い体に更に密着する。 熱を持ってきた下半身が、柳瀬の腹に擦れて、気持ちがいい。 「こら、まだ怪我が治ってないだろう」 柳瀬は顔を離すと、俺の頭を軽く叩いた。 呆れたように苦笑する。 「………」 足りない足りない足りない。 もっと欲しい。 もっと触ってほしい。 キスしてほしい。 前みたいに一杯触って擦って、かき混ぜてほしい。 足りない。 欲しい。 「いい顔だ。もう少し我慢しろ。お預けだ」 前はこんなじゃ、なかったのに。 性的なことには嫌悪と恐怖を持っていた。 それなのに、こんなの、発情期の犬みたいだ。 この部屋の埃の匂いと、この男の甘い匂いは、俺の中で性的なもののスイッチでもあるかもしれない。 この匂いの中、散々に弄ばれた。 それを体が、覚えている。 「自分でも駄目だ。俺がいいと言うまでするなよ」 柳瀬は、熱くなった体をなだめるように背中を撫でる。 そのかすかな刺激すら気持ちよくて、息が荒くなる。 「………ふ」 「秀一?」 足りない。 この熱を解放したい。 でも、それは、許されていない。 じゃあ、我慢しなきゃいけない。 「………はい、京介」 京介の言うことは、絶対なのだから。 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